神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第88話 蠢く思惑

 本部の中でも情報管理局のエリアには人影が存在する様な事は無かった。

 元々フェンリル内部でも公安の位置付けだからなのか、痛く無い腹を探られて愉快な気分にはならない。もちろん、局長でもあるフェルドマンの存在もまた、その一因だった。

 フェルドマンの辣腕によって下された人間の数は枚挙にいとまがない。

 これまでに処分されたのはゴッドイーターだけではなく、一部にはフェンリル上層部にまで及んでいる。あの当時の事件で一時期は降格すらも視野に入ったものの、仮に降格した所で、これまでに得た情報まで忘却する事は無い為に、脅威としては何も変わらない現実があった。

 今迄は局長が故に行動は把握できたが、これが降格すれば個人の行動を知る術が無くなってしまう。そうなればこれまで以上に探られて困る人間の方が多すぎた。

 結果的には今まで以上の結果をもたらした事もあり、今もまた同じ要職に就いていた。

 

 

「長旅ご苦労だったね」

 

「いえ。我々としても依頼であれば、その限りではありませんので」

 

 フェルドマンの労いの言葉にエイジは敢えて通常任務と同じ様に接していた。

 元々今回の内容は自分達だけではなく、最悪は一般の人間までも巻き込む可能性が視野に入っている。だとすれば、余りにも親しくした場合、何らかのトラブルが発生すると責任の追及が曖昧になる事を懸念した結果だった。

 エイジの言葉にアリサだけでなく、北斗とシエルもまた同じ様に敬礼をし対応する。

 そんな考えを悟ったからなのか、フェルドマンもまたそれ以上は踏み込む事をしなかった。

 

 

「では、単刀直入に言おう。今回の件に関してだが、名目上は各々の役割を果たす事になっている。それと同時に目先は来て早々で申し訳ないんだが、本部周辺に生息していると思われるディアウス・ピターの討伐をお願いしたい。

 本来であれば我々としても自前で処理したいんだが、ここ数日の間に状況が変わってね。これまでの様に単体ではなく群れの様な物を徐々に築き上げている様なんだ」

 

 フェルドマンは言葉だけでなく、作戦概要も踏まえているからなのか、目の前にある巨大なディスプレイに情報を開示していた。

 偵察班からの情報ではディアウス・ピターを中心に、プリティヴィ・マータやヴァジュラが生息している。ここの戦力が分からなければ、確実に自分達だけで討伐する事になる。実際には誰もがそう考えていた。

 これまでに分かった事実は、事前に聞かされた様に本部のゴッドイーターのレベルは極東支部で言うところの、教導明けの新兵に近いレベルでしかなかった。事実、ここで接触禁忌種が出没した記録は殆ど無い。確かにカリギュラやテスカトリポカの出現例もあるが、統計上は精々が数年に一度見かける程度でしかなかった。

 

 

「フェルドマン局長。今回のミッションに関してですが、折角ですから教導の一部としてミッションの発注をお願いしたいんですが、可能でしょうか?」

 

「ああ……だが、大丈夫なのか?君は知っていると思うが、ここの連中は言う程の能力は無いんだぞ」

 

「もちろんそれは承知の上で、です。今回の様な件はそうそう依頼がある訳ではありませんし、万が一アラガミと交戦中に無いとは思いますが、襲撃に備えた方が幾分かは良いかと思います」

 

「分かった。これが終わり次第指示を出そう」

 

 出されたデータに反応したのはエイジだけでなくアリサもだった。

 北斗とシエルは知らないが、以前のまだヨハネスが存命の頃にあった『蒼穹の月』とよく似たシチュエーション。

 当時はディアウス・ピター1体にプリティヴィ・マータが居ただけだったが、今回に関してはそれにヴァジュラまで居る。ここまで来ればヴァジュラが増えた所で然程変わらないのかもしれないが、それでも多少は経験を積ませる為に部隊を配置するのも良いだろうと判断した結果だった。

 せめて曹長以上の尉官級であれば手古摺ったとして討伐は可能なはず。そんな考えが声になっていた。

 

 

「それと、例の件なんですが、フェルドマン局長はどこまで情報を掴んでますか?」

 

 エイジの冷たい声にアリサだけでなく、北斗とシエルもまた同じく少しだけ強張った表情を浮かべていた。

 元々今回の討伐は事実上の前座。本命はその裏だった。

 ここに来るまでに聞かされた情報から判断すれば、今もなお何らかの実験が行われている可能性が高かった。

 詳細まで言わなかったのは暗に自分達が把握している情報と、情報管理局が持っている情報の擦り合わせの為だった。

 仮に食い違いが出た場合、どちらが違うのかを確認する必要が出てくる。尤もエイジからすれば無明からの情報の精度が高いと判断しているからなのか、フェルドマンの顔を立てる程度の考えでしか無かった。

 

 

「完全とまでは行かないが、既に所在に関しては掴んでいる。だが、最悪な事に既に実験は行使されているのか、幾つかの目撃証言もある」

 

墜ちた者(フォールマン)ですか」

 

「そうだ」

 

 エイジの短い言葉に他の3人もまた楽観視とまでは行かないが、内心は厳しい戦いになる可能性を考えていた。

 通常のアラガミではなく、明らかに人型のそれは人間の持つ禁忌の行動を引き起こす可能性が高い。特に人型である事は即ち殺人を意味すると同時に、下手に攻撃を仕掛ければ最悪は返す刀で自身が斬られる可能性もあった。

 以前の様にアリサの救出ミッションで斬った事があるエイジは何とも思わないが、アリサや北斗、シエルに関しては未知数のままだった。実際にこの場所は既に無明も掴んでいる。

 人を斬る前提で考えない事には前に進むのは困難だと考えていた。

 

 

「因みに、現時点で確認されているのは2体だけ。だが、以前のアメリカ支部で起きたような生温い物では無いだろう。既に腕や足の一部が人間では無い事が確認されている」

 

 映像は無かったからなのか、フェルドマンは口頭で伝えるだけに留まっていた。

 幾ら精鋭と言えど、人型である為に忌避感はかなり高い。そんな事を考えた末の判断だった。

 アラガミよりもある意味では厄介なのはフェルドマンとて理解している。人間を斬るストレスがどれ程なのかはリヴィが居たからこそ理解出来る。

 本部の揉め事を外部の人間が解決するとなれば何らかの軋轢すら出てくる。エイジに限った話では無く、誰もがそんな可能性を理解していた。

 

 

「色々と思惑はあるかもしれませんが、実際に我々の立場からすれば今回の件に関しては極東支部として到底容認できないと榊は言っています。我々はその剣となる為に任務を果たしますので」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 エイジの言葉にフェルドマンはその意図を明確に汲んでいた。誰が何をどうするのではなく、結果だけを求める。手短に終わらせるはずのミーティングは思いの外時間をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「博士。最初はまさかとは思ったが、こうまで上手く行くとは思わなかった。我々としては今後はフェンリルに対し、宣戦布告の用意をしようかと思う」

 

「それはご自由にどうぞ。私としては自分の理論が正しいと証明出来れば特に問題にする事は有りませんので」

 

「新たな結果、楽しみにしてますので」

 

 アドルフィーネ・ビューラーは、脱獄してからはそのまま以前の研究に没頭し続けていた。元々自身の研究でもある既存のゴッドイーターを超越した者は確かに成功していた。

 超越者が統治する世界はアラガミ無き恒久的な平和。それと同時にフェンリル内による『北の賢者』と呼ばれた自身の名声も為でもあった。

 しかし、それも想定外の結末によって計画は失敗に終わるだけでなく、自身の研究そのものすら最初から無かった事になると言う最悪の結果だった。

 

 裁判に於いても反論はおろか、事実上の決定事項だけが淡々と読まれいてる。拘留された時点でビューラーは諦めていた。

 本来であれば研究者はおろか、人間として人生も終わった様に思われていた。

 そもそも研究者が何も出来なければ死んだも同じ。そんな諦めの窮地に達した際の事だった。

 突如としてフェンリル内部に激震が走る。その際に聞いたのは、今は亡きラケル・クラウディウスの開発したP66偏食因子とそれに伴う新たなゴッドイーターの計画。

 螺旋の樹の異変と、これまで世捨て人同然だったビューラーに再び野望の灯が灯っていた。

 しかし何をするにしてもここからの脱出が不可能である今は、指を咥えているしか手立ては無い。そんな中での脱獄の計画が舞い込んだのは僥倖だった。

 元々捉えらえていた場所は通常の犯罪者が行く場所ではなく、政治犯などの犯罪者が囚われる特殊な場所。隣にいたのは宗教団体でもある『神喰教』の幹部だった。

 宗教と研究者では考え方は全くの正反対だった。教える事により神の存在を示す者と、その神自身を自らの手で作り出し、他の神を制御しようと考える者の利害の一致がそこにあった。

 そんな事もあり、外部からの手引きによって脱獄に成功している。それが今の状態になるキッカケだった。

 

 当時一緒だった幹部の男はビューラーに声をかけ終わると同時にそのまま研究用の部屋を出る。元々神を作る為の手段として完成した『墜ちた者(フォールマン)』は当初の予測を大幅に超える数値を叩き出していた。

 

 

「これで神を作り出す一歩が完成した。あとは贄となる物を如何に取り込むかだな。アメリカ支部の二の舞にはならぬようにしなければ」

 

 ビューラーは誰も居ない事を確認した訳では無い。ただ自身の考えが口から言葉となって漏れただけだった。

 狂気の研究はまだ始まったばかり。だからなのか、画面に映る実験体のデータを我が子を見るかの様に愛おしく見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如月中尉。今回のミッションですが、僕も立候補したいんです」

 

「それは構わないんだけど、今の所はまだ正規の発注はされてないはずだけど?」

 

「表立ってはそうですが、今回の件は既に噂レベルではちょっとした人間は知っていますので」

 

 フェルドマンとの作戦会議を終え今後の準備があるからと、エイジ達は本部のロビーへと足を運んでいた。

 元々本部では他の支部の様に一つ一つ確認する事はあまりなかった。出没するアラガミの強さにそれ程差異が無い事が一番の要因ではあるが、それとは別に既にディアウス・ピターの姿が頻繁に確認されている事からも、今回極東から来たメンバーが動くのは当然とさえ思われていた。

 事実、ディアウス・ピターだけではなくプリティヴィ・マータやヴァジュラも確認されている。とてもじゃないが、幾ら極東支部のゴッドイーターだとしても4人だけでの討伐は無理がある。そんな考えからの言動だった。

 

 

「そう……間違い無く今回のミッションに関しては一部の討伐は本部で取り仕切るのは間違い無いんだけど、問題はどれだけの人数が手を上げるのか次第なんだ。もちろん志願するのであれば、それに関しては問題無いよ」

 

「分かりました。では依頼が出次第直ぐに立候補します」

 

「そんなに力を入れなくても大丈夫だよ」

 

 余程力が入っているからなのか、青年は再び元いた場所へと踵を返していた。

 今回のミッションでは確実に数は必要になる。しかし、問題なのはその力量の平均値だった。

 突出した人間だけで討伐をするのであれば単独でやった方が効率が良い場合が多い。

 アラガミの動きをコントロールし、自分の都合の良い場所へとおびき出す。瞬時に殲滅が出来れば、また次のアラガミに向えば良い。それだけの話だった。

 しかし、歪な編成になればその限りではない。何事も最適値と言うのは常に決まっている物だった。

 

 

「でも良かったんですか?」

 

「何が?」

 

「いえ。今回のミッションですが、まだ確定した訳ではありませんが、可能性だけ考えればディアウス・ピターは変異種の可能性が高いと思います。下手に実力が伴わないのであれば危険じゃないですか?」

 

 アリサの言葉はエイジが危惧していた内容そのものだった。

 (いびつ)になればなるほど連携は取れなくなり、その結果歪んだそこを起点に陣形は一瞬にして崩壊する。そうなれば今の本部の力量では討伐以前に餌にしかなりえない存在でしかなかった。

 恐らくはここの殆どの曹長から少尉までのレベルは確実にエリナよりも劣る。

 口にはしないが、そうだと言いたいのは偶然見た訓練の内容だった。良く言えば自然体。悪く言えば完全な手抜き。

 僅か数秒先の未来を生き抜く為に血反吐を吐き、時にはプライドすら叩き折られる事も当然だと言わんばかりの教導は極東ならではの内容だった。それがあって初めて実戦に駆り出される。その結果、これまで以上の生存率の高さがそれを物語っている。

 驚異的な数字を叩き出してるからこそ、今ではそのシステムに疑問を持つ者は誰も居なかった。

 

 仮にエリナがここに来れば確実に尉官級のレベルに達している。極東が故に今の曹長の階級ですらギリギリだった。

 戦場全体を見渡せる視野の広さと瞬時の判断力。そして万が一の際の一点突破すら可能とさせる技量は曹長以上に求められる最低限の内容。比べる事そのものが無意味なのは当然だとさえ思える程だった。

 

 

「アリサの言う通りなんだけど、それだけで何もしないとなれば、今後は更に困る事になるからね。だったら、確実に経験が積める時に積んだ方が効率的だよ。極東支部だって最初から今みたいな体制じゃなかったんだし」

 

「それは……そうですけど」

 

 エイジの言葉にアリサも改めて自身が極東支部に来た当時の事を思い出していた。

 当時はまだ今の様な体制になっていない為に、殆どが簡単なプログラムをクリアすれば、その後は即実戦として戦場に放り込まれていた。

 もちろん、現実はシミュレーションとは違う。新兵の殉職率が高いのは、ある意味では当然だった。

 新兵が育たないのであれば、後進は無い。今の形になったのはあの事件以降の話だった。

 

 

「フェルドマン局長も危惧してるみたいだから、極東の様に4人って事は無いと思う。それに僕らもバックアップに入る事になるだろうしね」

 

「それしかないですよね」

 

 まだ公表されていない作戦ではあるが、事実上は自分達が提案した内容。そんなエイジとアリサの考えを他所に、会談30分後には新たな作戦が公表されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか、あの時と同じ様な感じですね」

 

「ああ。まさかこうまで似ているとちょっと……な」

 

 北斗とシエルが思わず口にしたのはある意味では当然の事だった。

 今回の作戦に関しては、極東の4人を中心に、周囲のアラガミを一掃しながら中心地点まで攻め上がる電撃作戦が立案されていた。

 周囲にはまるで砦を想像させるように視界が悪くなっている。

 しかも、高さだけを考えるとアラガミであれば跳躍すれば乗り越える事も可能だが、ゴッドイーターからすれば跳躍で登り切るのは不可能な高さだった。

 仮にバーストモード全開で行けば可能かもしれない。しかし、向こう側の状況が分からないのであれば安易に飛び込むのは自殺行為でしか無かった。

 

 天然の要塞を前に北斗だけでなくシエルもまた戦略を練っていく。

 仮にヴァジュラが何らかの結果として他のアラガミを呼び寄せようとした場合、この場所は最悪の展開を迎える可能性を秘めていた。

 幾ら自分達でも移動できるスペースが少ない場所での戦いは、最悪の展開を予測せざるを得ない。

 これまでの経験でヴァジュラがアラガミを呼び寄せる事は無かったが、可能性はゼロではない。何も知らない人間からすれば考えすぎだと言われるかもしれないが、策はどれだけあっても困る事はないのもまた事実。

 ましてや今回は本部側のゴッドイーターと言うイレギュラーも存在している。2人は改めて周囲の状況を確認していた。

 

 

「確かに言われてみればその通りだね。でも、今回はあの時とは違う。大丈夫だとは思うんだけど、序盤のヴァジュラに関しては僕らは基本的にはサポート要員として動く。その間に他のアラガミが出れば、そっちを優先だ」

 

 背後から聞こえたエイジの声に北斗とシエルが振り向く。既に準備は完了しているからなのか、隣のアリサもまた直ぐにでも戦闘を開始出来る状態だった。

 

 

「今回の作戦ですが、本部側からは6人が派兵されますでの、まずはヴァジュラからですね」

 

「あの……ヴァジュラ相手に6人ですか?」

 

「極東なら4人なんだけど、今回は6人だね。経験を積ませる事を優先させるから、せめて人数だけでも多くしないと、心理的な負担も少ないから」

 

「そうでしたか」

 

 エイジの言葉にシエルは今回派兵された6人のパーソナルデータを確認していた。

 スコアそのものは極東に比べればかなり低い。実際に自分達ですらまだここまで低いと感じた事は無かった。それと同時に、今回の作戦に関しては一つ気が付いた事があった。

 6人は殆どが曹長クラス。尉官級は1人も居ない事だった。

 恐らくは何らかの言い訳を作って戦闘には参加しなかった事が一因ではあるが、今となっては下手にやる気が無い人間を引き擦り出した所で碌な戦果が上がらないのは間違い無い。

 だとすればそれなりにやる気があった方が多少なりとも良い結果を残せる可能性が高いと判断していた。

 

 

「しかし、この数字でいきなりヴァジュラは厳しいですね」

 

「仕方ないよ。この辺だと大型種なんて早々出没しないから。だったら、このメンバーなら多少の負傷はあっても捕喰されたりする事は無いだろうからね」

 

 何気に答えたエイジの言葉に北斗は苦笑するしかなかった。

 確かにどれだけの訓練を積もうが、一つの実戦に比べればどちらの方が血肉になるのかは言うまでも無い。しかも驕る訳では無いが、このメンバーが居るのであれが、最悪の状況に陥る前には討伐が可能となっていた。

 気が付けば本部側の人間も準備が完了したからなのか、こちらへと駆け寄ってくる。その後、数分もすれば戦いの火蓋は斬られるのは明白だった。

 

 

 


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