神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第77話 夏の彩

 夕闇の中、天高く爆発音とも言える程の大音量を伴いながら開く大輪の花はアナグラだけでなく、周囲にまで範囲を広げていた。

 大きな音の後に大気の振動が周辺へと降り注ぐ。

 当初は何事かと慌てて外にでた住民も、今ではその花を見る為に外へと出ていた。

 一つ、二つと花開くからなのか、誰もが以前よりも住環境が良くなっている事を実感している。時折連続で上がるからなのか、打ち上がる花火の合間に人々の歓声が周囲に響いていた。

 

 

「思った以上に大盛況だね」

 

「そうですね。ウララ、周囲にアラガミの反応は?」

 

《今の所、半径10キロ圏内にアラガミの反応はありません。引き続き索敵を継続します》

 

「そう。お願いね」

 

 通信越しのウララの声も今回開催されている花火に若干気を取られているからなのか、声はどこか上ずっていた。

 旧時代にあった花火は今のオラクル技術を使用しているからなのか、従来の花火よりも更に大きな大輪の花を咲かせている。元々それに伴ってなのか、事前に依頼されていたイベントの申請を出したサクヤもまた、普段のクレイドルの制服ではなく珍しく浴衣を着ていた。

 

「サクヤ君も折角なんだ。リンドウ君達と家族水入らずですごしたらどうだい?その為の浴衣じゃないか」

 

「そうですね。ではお言葉に甘えて」

 

 ロビーからの通信をそのまま支部長室に繋いだものの、打ち上がる音の方が圧倒的に大きいからなのか、通信はタイミングが悪ければ聞き取りにくい程の音量。

 支部長室からも見えるそれは、これまでに記憶でしか無い程の大きさの花火がガラス越しに暗闇を彩っていた。

 次々と打ち上がるそれは、かつてアラガミがまだ闊歩する前に当たり前の様にこの時期に打ち上がっていた物。

 事前に周囲に居るであろうアラガミを打ち払ったからなのか、今日の為にクレイドルだけでなく、ブラッドや防衛班までも総動員しての大規模ミッションを開催していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「榊博士。俺達に用事って何です?」

 

「実は今回、君達には大規模ミッションに就いて貰おうかと思ってね。それぞれ忙しいとは思うんだが、宜しく頼むよ」

 

 支部長室にはこれまでに無い程に極東支部の主要なメンバーが召集されていた。クレイドルからはリンドウとエイジ、ブラッドからは北斗とシエル。防衛班からはタツミ。そして技術班からはナオヤとリッカが召集されていた。

 誰もがこのメンバーを見て思ったのは、極東に大きなアラガミの襲来の兆候が見えた際が殆ど。だからなのか、誰の顔も皆が緊張感に溢れていた。

 

 

「アラガミの到達予測は出来るのですか?」

 

「……いや。今回はそれじゃないんだ」

 

 シエルの言葉に榊は思わず何時もと同じ様な表情を浮かべながら普通に返事をしていた。

 招集されたメンバーの誰もが疑問を浮かべ榊を見ている。質問したシエルもまた同じ事を考えていたからなのか、今は榊の考えている事を聞くより無かった。

 

 

「あの、アラガミの襲撃では?」

 

「今回に関してはそれは無いんだよ。実は今回の件は君達に依頼したい事があってね。本来であれば少数での任務にしたいんだが、生憎とこちらが予想しているよりも厄介なんだよ」

 

 アラガミの襲撃で無ければ一体何なんだろうか。誰もが更なる疑問を浮かべていく。

 元々榊は自分の感心がある事に部隊を巻き込む事はこれまでに何度もあった。

 しかし、今回の件に関しては明らかにその度量を超えている。実質的な総動員に何の目的があるのかを把握出来た人間は誰も居なかった。

 

 

「素材集め……それが今回の依頼なんですか?」

 

「実際には特定の素材と言う但し書きが着くんだよ。サテライト計画もひと段落しているみたいだし、支部内の慰労も兼ねてるんだ。で、折角だから少し夏の彩があっても良いかと思ってね」

 

「夏の彩……ですか?一体何を?」

 

 何がどう折角なのかを横に置き、榊の提案にこの場に居た誰もが嫌な予感を感じていた。榊の提案は基本的には支部に関する事が殆どではるが、時折自分の思っている事を優先する事があった。

 榊の口から慰労の言葉が出たものの、それが決して自分達に向けられている物では無い。恐らくはゴッドイーターよりも居住区に住む人間を優先した結果だと言うのは薄々感じていたが、誰もそれにツッコミを入れる真似はしなかった。

 最終的には支部がダメージを負う可能性は無いかもしれない。しかし、これまでのメンバーを持って、まさかの素材集めとなれば、予測不可能としか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ。これって何する為なんだ?」

 

「そんな事、知るか。何で俺達までやらなきゃならないんだ」

 

 タツミから聞かされたのか、ラウンジでは珍しくシュンとカレルが榊からの依頼の件で話しあっていた。

 回収される素材は殆どが金属系に関連する物。新たに神機を作るのであれば分からないでもないが、神機の制作に関しては殆どがアラガミ由来の物が大半を占める。しかし、事前に聞かされた内容にはアラガミ由来の物は少なかった。

 そんな事もあってなのか、今回の依頼の品には完成形が全く見えないままだった。

 疑問に思うも榊の考えを十全に理解出来る人間は居ない。ましてや防衛班は榊との繋がりは少ないが、その性格は他の部隊の誰よりも理解している。

 下手に口を挟んでややこしい事になるのであれば、最初から何も言わない方が得策だと考えつつあった。

 しかし、それとこれは状況が違う。取敢えずは話を持ってきたタツミに聞くより方法が無かった。

 

 

「一応は支部長案件なんだし、俺達だけじゃなくてクレイドルやブラッドにまで招集をかけてるんだ。そんな簡単に断る訳には行かないだろ」

 

「でもよ。俺達だって暇じゃないんだ。そんな回収だけなら防衛班を使わなくても彼奴らだけでいいんじゃねぇのか?」

 

「今回の件に関しては不本意だが、俺もシュンに同意だ。そもそも今回の依頼が特別な何かなのかが分かれば話は別だが、それだけで部隊を動かすのは流石に同意できない」

 

「はぁああああ!何で俺の意見に不本意なんだよ!」

 

「そんな事は今はどうだって良い。タツミ。何をするのか榊博士から概要だけでも聞けないか?」

 

「確かにカレルの言う事にも一理ある。詳しい事は聞いておくよ」

 

 カレルの言葉にタツミも確かに確認は必要である事は自覚している。

 目的が無いままに防衛班を使うのは流石に負担が大きすぎる。

 そもそも素材の回収であればアラガミを選ぶ事も出来ない防衛班の立場から言っても得策とは言えなかった。

 せめて何かしらの概要だけでも分かればと判断したのか、タツミもまた榊以外に今回の件を理解していそうな人物に聞く事を優先していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、これって何をする為なんですか?」

 

「詳しい事は分からないんだけど、これまでの経験から判断すれば何かしらやろうとしているのは予測出来るかな。でも、詳しい事は何も……だね」

 

 アリサの質問にエイジもまた困惑気味に答えるしかなかった。

 これまでの経験から判断すると、榊がああまで招集するのであれば何かしらのイベントが絡んでいる可能性が高いと判断していた。

 そもそもこれまでの経験からすれば、FSDにせよ当初から支部全体を巻き込んでいた記憶がある。今回もまた夏の彩と称したまでは良かったが、それが何を意味するのかまでは分からないままだった。

 

 

「でもさ、夏の彩って言葉は何を意味するんだ?」

 

「夏……に関する物だよね……」

 

 コウタの言葉にエイジもこれまでの記憶を探るかの様に何かを思い出している。

 ここ最近の流れを考えれば七夕に代表される様に、幾つかの旧時代のイベントが復活していた。これまでに実績を考えれば、まさかとは思うが、それが本当に可能なのかすら怪しい。大きな音を聞きつけてアラガミが寄ってくる可能性も否定出来ない。

 一抹の不安が表情に現れたのか、アリサもエイジの顔を見ているしかなかった。

 

 

「お前ら、こんな所で何してるんだ?」

 

「あっソーマ、丁度良い所に来た。さっきエイジとリンドウさんが榊博士から招集を受けたんだけど、目的が分からないんだ。何か知ってる事は無いか?」

 

「俺が一々そんな事まで知る訳無いだろ。この前だって何か訳の分からん事をやっていたんだからな」

 

「因みに何をしていたの?」

 

「過去のアーカイブを見ながら火薬がどうとか、金属粉がどうとか言ってたな」

 

 ソーマの言葉にエイジは何となく榊が考えている事を理解した気がしていた。

 完全に知っている訳ではないが、火薬と金属粉と夏の彩を考えれば自ずと何を意味しているのかを理解している。しかし、ここで大きな問題が一つだけあった。

 どれ位の規模の物を作るのかは分からないが、大きな音が出る以上、アラガミの対策は必須となる。幾ら夜とは言え、万全の注意を払わない限り、何かと問題が起きるのは間違い無かった。

 

 

「エイジは榊博士が何をしようとしてるのか、分かったんですか?」

 

「大よそながらにだけど。でも、問題も大きいんだよ。本当に出来るのかも怪しいんだけど」

 

「で、何?」

 

 何かを思いついた表情を見たからなのか、アリサは答えを知るべくエイジに聞く。

 ソーマの言葉で分かったのであれば間違いは無いはず。だからなのか、アリサだけでなくコウタもまたエイジの言葉を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、今回の榊博士の依頼内容は特殊ですね」

 

「しかし、この素材は一体何を意味してるんだ?ロミオ、何か知らないか?」

 

「いや。そんな事、俺に聞かれても……」

 

 北斗とシエルが榊から渡された素材の一覧を偶然見たからなのか、2人だけでなくリヴィもまた首を傾げる事になっていた。

 これまでに何度も無茶振りとも言える苛烈なミッションを依頼されたからなのか、ブラッドも徐々に極東に毒されつつあった。

 素材を見ても何を考えているのか皆目見当もつかない。そんな中で必要とさせる内容を見たからなのか、このメンバーでは誰も分からないままだった。

 

 

「あれ?こんな所でどうしてるの?」

 

「ナナさん。実は先程、榊博士から素材回収の依頼を受けたんですが、これが一体何を意味しているのかが分からないままでしたので、皆で色々と考えていた所です」

 

「へ~榊博士の依頼なんだ。で、何を依頼されたの?」

 

 渡された用紙に書かれていたのは、これまでの中で然程重要視された事が無い物が殆どだった。

 既にリストになっているのは良かったが、問題なのは要求された数。

 通常の神機の様にレアな素材を要求されている訳では無いものの、やはり凡庸な素材とは言え、その数は尋常ではなかった。

 これが何にそう繋がるのかは分からない。そんな取り止めの話をしていた時だった。

 

 

「………あれ?これって………」

 

「ナナさん。何か知ってるんですか?」

 

「知ってると言えば知ってるんだけど、これ全部じゃないんだよね……」

 

 ナナの呟きを聞いたからなのか、シエルが真っ先に反応していた。

 幾ら何かをする物だと理解していても、それが本当に大丈夫だと思える物なのかどうかで、ミッションに挑むテンションは大きく変わる。幾らそれ程厳しくないとは言え、挑む為にはモチベーションは大切だった。

 

 

「ナナの知ってるレベルでも構わない。私達も何も知らないままに戦場に出る訳には行かないからな」

 

「…でも間違ってるかもしれないよ?」

 

「それでも構わない。さぁ、話してくれないか?」

 

「リヴィちゃん。ちょっと近いんだけど……」

 

 リヴィの言葉だけでなく、その場にいた全員の視線がナナに突き刺さる。まさか呟いた程度の内容にこうまで喰い寄るのは想定外だったからなのか、ナナは珍しく引き気味だった。

 

 

「以前に、スタングレネードの開発を少しやってたのは知ってるよね?その時に開発した『ときめきグレネード』の素材によく似てるな~って」

 

 当時の事を思い出したからなのか、ナナの言葉尻は徐々に弱くなる。

 このメンバーの中でそれを知ってるのは北斗だけ。だからなのか、誰もが改めて疑問を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に数える事すら諦めたかの様に、周囲にはアラガミの横たわった姿が幾つもあった。

 既に事切れたアラガミから次々とコアを引き抜き、周囲にある素材の全てを掻っ攫う。

 既に考えるまでもなく作業と化したからなのか、自分の意識とは切り離したたままでも身体だけは動いていた。

 ゆっくりと霧散していくアラガミはこれまでに戦った痕跡すら残さないと言わんばかりに消えていく。まるで自分達のやっている事がどこか無意味だと言われている様だった。

 

 

「どう?あったか?」

 

「全然。もう暫くは見たく無いかも」

 

 ロミオの言葉にナナは力なく首を横に振っていた。

 これまでに同じ個体を何度も討伐したからなのか、既にナナだけでなくロミオの目にも生気は失われていた。これまでに榊から提示された素材の7割は集まったが、そこからが意外と難航していた。

 元々アラガミの出現に規則性は無い。常に同じ個体だけを討伐しようにも、それだけを優先させる訳には行かなかった。

 

 連戦に次ぐ連戦。既にアナグラから発って3日が経過しようとしていた。

 これまでのミッションで討伐のスコアが格段に伸びているのは知っているが、誰もがその数を見たいとは思わなかった。

 仮に一度でもそれを目にすれば確実に何かが崩壊する可能性が高い。激戦区と評判の極東支部ではあるが、その中でも最たる動きをするのはやはり、ブラッドだった。

 クレイドルや防衛班に関しても、全く何もしない訳では無い。ただ、お互いに抱える仕事の量が多いからなのか、多少の協力をしているだけに留まっていた。

 

 

「取敢えずは一旦指揮車に戻ろう。このままここに居ても、恐らくは何も変わらないだろう」

 

 流石に北斗の声にも疲労が滲んでいた。ここまでに討伐したアラガミは予定されていない物が圧倒的に多かった。

 基本的に依頼された素材はどちらかと言えば小型種の物が多く、既に回収している素材と合わせてもまだ数には物足りない部分があった。

 しかし、今討伐しているのは明らかに中型種や大型種。既に目的から大幅に違っているのは何となく分かっているが、やはり口に出せば明らかに疲労が現れるからなのか、誰もその話題を口にする事は無かった。

 

 

《皆さんお疲れ様でした。ここで一旦休憩を入れますので、指揮車に戻って来て下さい》

 

「了解した。参考に聞くが素材の進捗状況はどうなってる?」

 

《今回の討伐に関しては特段有用な物はありませんでした。ですが、リッカさんとナオヤさんから別で依頼が来てましたが、その分はクリアされています》

 

 フランの言葉に北斗は溜息が漏れていた。ついでとばかりに依頼されていたものの、内容を確認する前にクリアされているとなれば、恐らくは中型種か大型種関連の素材。

 榊博士の依頼が達成されていない以上、フォローとも取れるフランの言葉もどこか虚しさだけががこみ上げていた。

 このままここに居るよりはマシだろう。座りこんでいる他のメンバーに声をかけ、北斗達は改めて指揮車の下へと帰還していた。

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。これはクレイドルからの差し入れです」

 

「やった~アイスクリームだ!」

 

「この甘さが良いですね」

 

 フランの出迎えと共に準備された物をそれぞれに渡していく。

 今回のミッションに関しては当初の予定を大幅に上回る内容だったからのか、誰もが疲労の色を見せていた。

 傍から見ても厳しい内容である事を理解したからのか、フランも何か用意ようと思った矢先にエイジからの差し入れ。疲れて熱を持った身体に冷たさが染み入る。

 ナナだけでなく、シエルやリヴィもまた冷たいアイスクリームに舌鼓を打っていた。

 

 

「そう言えば、先程クレイドルからも少しだけ話がありましたが、クレイドルの方でも幾つかの素材を入手したとの事です。ですので、この調子だと明日には終わるかと思われます」

 

「そうか……今回のミッションは中々厳しいかと思ったが、案外と疲れはあるが以前程じゃないな」

 

「多分、屋敷での模擬戦の影響じゃないのか?あれに比べれば、今回のミッションはまだ気疲れが少ないからな」

 

 ジュリウスだけでなく、ギルもまた同じ事を思っていたからなのか、その言葉に同意していた。

 模擬戦とアラガミとのミッションが同じだとは思わないが、やはり精神的な物まで勘案すればアラガミの方がまだマシとも思えていた。

 確かに命の危険はあるかもしれない。だからと言って余程の事が無ければ窮地に陥る可能性は低かった。

 元々指揮車にもレーダーが備わっているからなのか、不意討ちされるケースは少ない。

 それだけではない。元々アラガミが隠密行動をするには些か図体が大きすぎていた。その結果、近くに来ても足音や物音で判断出来る。

 模擬戦の効果は思いもよらない部分で恩恵を受けていた。

 

 

「それと、どうやらこの周辺はアラガミの巣の様な物があったのかと思われます。既に対象のアラガミだけでなく、周辺にその影は感じられません。恐らくは大元を断つ事に成功したと考えた方が無難かもしれません」

 

「どうりで。だとすれば明日はどうなる?」

 

フランの言葉に北斗も少しだけ懸念していた。対象アラガミが居ないのであれば、再び終わり無きミッションへと変貌していく。そんな北斗の考えを汲み取ったからなのか、フランは少しだけ笑顔で答えていた。

 

 

「明日の件に関しては既に必要分の補充分の位置づけになります。ですので、万が一何も出てこない場合はそのまま帰投となります」

 

「了解した」

 

 フランからの言葉に北斗はこれまでの状況を確認していた。隊長権限で覗いた情報はブラッドのメンバー全員の討伐数が軒並み上昇していた。

 既にこれまでの上位の中でも両手に入る。事実上の遠征任務に漸く一区切りつけるのだと実感していた。

 

 

 


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