神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第59話 熱き戦場

 全ての物を飲みこまんと、溶岩は灼熱をまき散らしながら濁流の様に流れ込んでいる。

 如何にオラクル細胞の恩恵を受けようとも、一度そこに落ちれば待っているのは死への片道切符。だからなのか、この地で挑むゴッドイーター達は常に細心の注意を払わなければならなかった。

 一向に止まる気配が無いからなのか、入口からゆっくりと階段を下りて行く。一歩、また一歩と進む度に大気の温度は上昇し続けるからなのか、地獄の底へ向かう様な錯覚を覚えていた。

 

 

「こんな暑い時に暑い場所でミッションだなんて冗談じゃないぜ」

 

「でも、仕方ないですよ。誰でもやれるミッションでも無いですから」

 

「だよな。さっさと終わらせて冷たいビールをこう……」

 

 リンドウの言葉にエイジもまた同じ様な事を考えながらも、今回のミッションを思い出していた。

 『煉獄の地下鉄』と呼ばれたこの地に、これまでに無い多数のアラガミ反応を確認したからなのか、偶然帰投したリンドウとエイジに出動命令が出ていた。

 

 

「すみません。本来であれば我々が受ける任務だったんですが」

 

「良いって。彼奴らだって感応種の緊急討伐なんだろ?だったら俺達しか居ないなら当然だろ。一々気にするなって」

 

「ですが……」

 

 今回のミッションは元はブラッドが受注する予定だった。ここ最近のアラガミの出没に関しては一定の波があるからなのか、随分とその内容に幅が生じていた。

 今はまだ閑散期と取れる状況だからなのか、アラガミの数はそう多く無い。しかし、常に一定の間隔で出没するかと言われれば、現時点では調査中、若しくは研究中としか言えなかった。

 

 

「数はどれ位なのかは分からんが、とにかく大量発生してるなら時間との戦いになる。ここじゃあこんなのは当たり前だろ?」

 

「確かにそうですね」

 

 リンドウの言葉にシエルもまた先程までの様な申し訳ないと感じた感覚は既に無くなっていた。

 今回はこの地にアラガミの巣があるのか、当初から大量の大型種の反応が見られていた。既に種はヤクシャである事は確認されているが、やはり油断は禁物とばかりに追加メンバーをそのまま参加させていた。

 

 

「緊急だったけど大丈夫でした?」

 

「わ、私なら大丈夫です。でも、本当に私で良かったんですか?」

 

「カノンさんの火力には期待してますから、特に問題はありません」

 

 今回のメンバーの選考に当たっては、偶然に過ぎなかった。

 元々ブラッドの出動は決定だったが、万が一の事もあるからと常にアナグラには2人は常駐させる事が多かった。確かにリンクサポートシステムが有る為に、それ程気になる事は無いかもしれない。しかし、ここは極東支部。万が一データに無い感応種が出た場合対処できない事実がそこにあった。

 そんな中で当初はシエルだけを考えたものの、今回のミッションは大火力が必ず必要になってくる。そう判断した結果、カノンに白羽の矢が立っていた。

 

 

「んじゃ、取り得ずエイジはカノンと頼む。俺の方はシエルと動くから」

 

「了解しました。じゃあ、カノンさん、宜しくお願いします」

 

「は、はい」

 

 既にこのパターンはエイジが参戦する際に定着しつつたった。

 元々カノンの誤射の影響もあってか、誰もが一緒に行動したいと考えるケースは多く無い。事実内容によってはアラガミからの攻撃よりも誤射によるダメージの方が多いケースた度々見受けられていたからのか、カノンの出動率はあまり高い物では無かった。

 

 本来であれば今回の内容は各個撃破か数に物を言わせての短期決戦のどちらかを選択する事になる。しかし、今回はアラガミの巣があるのかと予想出来る事から、リンドウはツーマンセルによる各個撃破の選択肢を選んでいた。

 既に索敵を開始したからなのか、エイジとカノンの姿は小さくなっていく。一方のリンドウとシエルもまた同じく索敵行動に移っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……リンドウさん。どうして何時もカノンさんとエイジさんが同じミッションなんですか?」

 

「……ああ、それか。特に決めは無いんだ。ただ被弾率がここの中でエイジが低いだけの話だからってのが本当の所だな」

 

 まるで当然だと言わんばかりに出した指示と、それが当たり前だと言わんばかりに受けた内容にシエルは珍しく驚きを覚えていた。

 これまでにも何度も同行したからなのか、シエルもまたカノンの特性を理解していた。

 元々神機の組み合わせの関係上、シエルが直接の被害を被る事は殆ど無い。カノン同様にどちらかと言えば中衛から後衛気味だからなのか、その被害がどれ程のレベルなのかは視覚情報としては理解していたが、実際に体験した事は一度も無かった。

 

 

「ああ……まぁ見てれば分かるんだが、ここで被弾しないのはエイジだけなんだよ。カノンも悪気があってやってる訳じゃないんだが……」

 

 歯切れの悪い回答に流石にシエルもリンドウの言わんとしている事を理解していた。

 コンバットログを偽る事は基本的には出来ない。

 個人の戦闘の記録だけでなく、行動やそれ以外のデータは初めて部隊を組む際に、必ず必要となる情報源。そんな重大な内容を変えるのは自身の命を軽視しているのと同じだった。

 しかし、コンバットログは基本的には部隊長権限の為に一般の階級では見る事が出来ない。リンドウやエイジ、アリサとソーマの様に部隊長ではないが、クレイドルの場合は人材の配置の関係上、同様の権限が与えられていた。

 

 

「リンドウさんの言いたい事は分かりました。ですが、本当の事を言えば私自身の目でどんな戦闘機動を行っているのは関心がありましたので」

 

「そうだな……今回のミッションは確かヤクシャだったな。だとすればあまり参考にはならんだろうな」

 

「出来れば一度ログではなくこの目で見たいと思ったんですが」

 

 シエルの言葉にリンドウもその意味を何となく理解していた。

 基本的にコンバットログを見れば大よそながらその戦闘内容は把握できる。しかし、内容はあくまでもとしか言えないレベルなのは、偏に細かい動きやアラガミに攻撃する前に細かいフェイントなどが入った場合、完全に拾う事が出来なかった。

 

 過去に無明がカノンを上手く指揮する事によって討伐できたハンニバル戦はそんな内容のオンパレードだった。

 当時の状況は分からないが、常に新人が入る事によってカノンも中堅になり、その結果新人とのミッションでは本当に中堅なのかと思われる事も度々あった。

 現在の教導の中でリンドウが一番新人とミッションに行く回数が多いからなのか、そんな話がある事を一番理解していた。

 

 

「だが、あの動きを参考に出来るかと言われるとな……」

 

「そんなに凄いんですか?」

 

「凄いと言えばそうなんだろうな……」

 

 ここ最近のエイジの動きは、まだ配属された頃から比べればかなり洗練された動きを見せていた。恐らく目指す頂きがハッキリと見えているからなのか、今のエイジの動きは無明を彷彿をさせる程にまで成長している。

 本人は気が付いていないかもしれないが、あれを見てコピー出来るとは到底思えない。

 シエルが関心するのはカノンとのミッションにおける被弾率ではなく、恐らく何らかの動きを参考にしようと考えているのではと予想していた。

 

 

「とりあえずは同じミッションなんだ。こっちのアラガミを討伐すれば見る機会も出てくるだろう」

 

「……そうですね」

 

 リンドウはそう言いながら視線は階段の方を向いていた。既に移動しているからなのか、ヤクシャの足音がこちらへと近づいてくる。

 お互いがそれに気が付いたからなのか、改めて戦闘態勢に移行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジさん。今回のミッションなんですが、私も少しチャレンジしたい事があるんです」

 

 カノンの言葉に索敵をしていたエイジの足が不意に止まっていた。元々ベテランや中堅が入るミッションの中でも同じ部隊のハルオミを除けばエイジが一番カノンとの出撃数が多かった。事の発端はハンニバルを討伐した頃にまで遡る。あの時の動きが身体に残っているからなのか、カノンは出来る限り当時の状況になってやりたいと考えていた。

 

 

「チャレンジって何をするんです?」

 

「はい。実はこれまでも私の神機の火力を活かすにはどうすれば良いのかをずっと模索していたんです。ですが、実際には思ったように動く事が出来なかったからなのか、どうしても誤射が多くなっていたんです。私も今のままが最良だとは思っていません。ですから、今回のミッションではポジショニングを少し考えようかと思いまして……」

 

 断られると思ったからなのか、カノンの言葉尻は徐々に小さくなっていた。

 カノンとしても誤射ばかりで良いとは微塵も考えていない。

 訓練をする際には問題ないが、いざ現場となった瞬間これまでの様な感覚を一切忘れ、常に引鉄を引く事だけを考えていた。そうなれば当然連携は無くなる。

 射線上に入るから悪いのか、それとも狙う方が悪いのかが区別できないままだった。

 

 

「ポジショニングであれば、僕としても少し考えたい事があるんだ。出来れば僕の方も少しお願いしたい事があるから、カノンさんの件については問題無いよ」

 

「え!本当に良いんですか?」

 

「うん。今回はちょっと考えたい事が幾つかあってね」

 

 快諾された事にカノンは驚くだけだった。もちろん任務である以上、早急な対応が優先される。

 ただでさえ今回のミッションはヤクシャの数が多い。一つの戦闘に時間をかけすぎれば戦闘音を察知する事で不用意に集まる可能性が高かった。

 だからなのか、極東でも上位を誇るカノンの火力を当てにするのはある意味当然の話だった。

 

 

「分かりました。ではやれるだけの事をやりましょう」

 

 決意を新たにカノンは10メートル先で何かを捕喰しているヤクシャを確認したからなのか、音を完全に殺しながらエイジと共にゆっくりと距離を詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、援護を頼む!」

 

「任せてください」

 

 リンドウの言葉と同時にシエルの持つアーペルシーが放った弾丸は、狙いすましたかの様にヤクシャの頭部へと着弾していた。

 幾重にも起こる小爆発がヤクシャの視界を完全に殺す。幾ら聴覚が優れようと、頭部に着弾した際に起こる破裂音はリンドウの行動を確認出来る程優れてはいなかった。

 リンドウに比べヤクシャの躯体はかなりの大きさ。着弾した箇所から鈍い音が聞こえると同時に見えたのは結合崩壊を起こしたそれだった。

 

 まともに振るっても刃が頭頂部に届く事は無いからなのか、リンドウは走る勢いそのままに大きく跳躍を開始していた。ゴッドイーターの人間離れした力がヤクシャをそのまま飛び越えんとする程の高さまで瞬時に上がる。リンドウは巨大な刃をそのまま縦に空中で大きく回転していた。

 前方へと向かう勢いと、器用に身体を曲げる事で回転する速度を落とす事無くヤクシャの肩口を斬り裂いていた。人間で言えば僧帽筋にあたる部分が一気に切断される。鋭い一撃はヤクシャの右腕の稼働を許す事は無かった。

 

 

「ちっ!浅かったか!」

 

 リンドウは回転していた事もあってか、目視での状況を確認する事は出来なかったが、その手応えが全てを物語っていた。

 軽い手応えは多大なダメージを与える事が出来なかった証。空中では如何なる行動も不可能である事は既に言うまでも無かった。回転した事によって斬撃の威力は向上しているが、その分運動エネルギーは大きくロスしている。事実上の死に体。今のリンドウは実質的には無防備な状態と何ら変わらなかった。

 

 

「そうはさせません」

 

 ヤクシャとてこのままダメージだけを一方的にに受ける様な事は無かった。

 回転しながら斬りつけたまでは良かったが、明らかに傷は浅い。本能がそうさせるからなのか、動かない右腕ではなく、自由が利く左腕を使い、自身を斬りつけた存在に反撃を開始する。

 

 通り過ぎたリンドウを狙おうとするのは必然だった。発動から発射まで時間を有する射撃は本来であれば余裕をもって回避できる代物。しかし、今のリンドウにとっては回避する術が無いからなのか、ヤクシャはリンドウに銃口を向けた瞬間だった。

 一度だけ聞こえた銃声は結合崩壊を起こしたヤクシャの眼球に直撃していた。頭部が結合崩壊したとしても、アラガミの生存本能は通常の生物とは比較する事すら烏滸がましかった。

 自身のダメージよりも本能の方が勝ったのか、受けたダメージを無視する事で攻撃を加えたそれの生命反応を終わらせる。そう思った瞬間だった。

 一発の弾丸が眼球を直撃したままその勢いは衰えることなく頭蓋を貫通し、背後の壁面へと着弾していた。

 弾丸の勢いそのままに脳漿と思わる何かが周囲に飛び散る。既に息絶えたのか、ヤクシャはそのまま短い人生を終えていた。まるでその場だけ時間の概念が無いかと思える程にゆっくりと動いている。気が付けばヤクシャは膝からゆっくりと崩れ落ちていた。

 

 

「危なかったぜ。すまんな」

 

「いえ。その為のチームワークですから」

 

ピクリとも動かないヤクシャからコアを引き抜き周囲を確認する。既に気配を感じる事が出来ないからなのか、リンドウは珍しく煙草に火を付けていた。

 

 

《リンドウさん。周囲にアラガミの気配は感じられませんか?》

 

「こっちか?こっちは……」

 

 突然ウララからの通信がリンドウの耳朶に届いていた。声のトーンは何時もと変わらないが、少しだけ様子がおかしかった。改めてシエルの方に視線を向けるが、同じ通信を聞いていたからなのか、シエルは顔を横に振るだけだった。

 

 

「こっちは無いな」

 

《そうですか……》

 

「で、何があったんだ?」

 

 歯切れの悪い言葉に何かを察したからなのか、改めてウララへと確認していた。

 元々今回のミッションはアラガミの巣を模した様な部分が多分にあるのか、出没数は通常よりも多かった。事実、先程のヤクシャで既に討伐数は二桁に届いている。これが通常の内容であれば間違い無く救援が出てもおかしく無い内容だった。

 

 

《地下だからと言うのもえるかもしれませんが、これまでに無い程の強いオラクル反応と磁場が発生しているからなのか、エイジさん達との交信が途絶えがちなんです》

 

「今の様子は?」

 

《バイタルに問題はありませんが、やはり信号のキャッチが弱々しいです》

 

 ウララの言葉にリンドウの表情が険しくなっていく。今交戦しているのであれば、何らかの要害が発生した可能性が高かった。

 エイジに限って遅れを取る様な事は無いはず。そんな考えが過ると同時にまさかとの思考も過っていた。

 

 

「ウララ。エイジ達の場所を教えてくれ」

 

 その言葉と同時に加えていた煙草を一気に吸い上げ、そのまま溶岩へと投げ捨てる。一瞬にして燃えた音と同時に、エイジ達の下へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カノンさん。大丈夫ですか?」

 

「はい。何とか大丈夫です」

 

 エイジ達は想定外のアラガミの出現に一旦態勢を整えるべくスタングレネードからの退避を余儀なくしていた。

 元々今回のミッションではヤクシャの討伐がメインだった。今のエイジにとってヤクシャはそう怖いアラガミではない。しかし、時折そんなヤクシャに混じって襲い掛かるヤクシャ・ラージャには手を焼いていた。

 元々カノンの神機の特性を考えると必然的にお互いの立ち位置は決まってくる。ましてや誤射の事を考えればその立ち位置は尚更だった。

 お互い挟みこむ様にヤクシャと対峙し、瞬殺とも取れる程の速度で屠っていた。既に5体程討伐した頃、まるでイレギュラーなのか、それとも図ったからなのか、時折ヤクシャ・ラージャが混じった事により少しづつ混戦めいていた。

 

 自分に限った事では無いが、最悪は盾を展開して防御する事でダメージを軽減する事は当然の行為。しかし、第1世代型神機でもあるカノンは遠距離型故の防御する手立てがどこにも無かった。

 突如突進するヤクシャ・ラージャはカノンの攻撃の隙間を縫うかの様に突進してくる。

 幾ら回避しようとしても、距離があるからなのか回避先へと向かってくる。その結果、ある程度の行動を見切らない事には回避する事は困難になっていた。

 このままではカノンだけを狙われてしまう。そんな思いが過ったからなのか、エイジはスタングレネードを使用した結果だった。

 

 

「このままだと拙いかも」

 

「私のせいですよね」

 

「それは無い。完全に僕の落ち度だ。だからカノンさんは気にする必要は無い」

 

 気配を殺し音を立てない様に様子を伺う。このまま単独でやっても問題無いが、懸念するのはそれ以降の事だった。今はまだ1体しか居ないが、これが複数となれば話は変わる。

 単独の間に一気に屠るか、それともリンドウ達を呼ぶのか選択を迫られていた。

 

 

「カノンさん、リンドウさんに連絡出来る?」

 

「それが……幾らやってもつながらないんです」

 

 カノンの言葉にエイジもまた僅かに迷っていた。ここで戦闘する際にコクーンメイデンを見た記憶は一切無い。可能性があるとすれば他の要因しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクヤさん。今リンドウさん達の戦域でジャミングの影響なのか通信が繋がりにくいです」

 

 ウララの言葉にアナグラのロビーはにわかに騒がしくなっていた。今回のメンバーを考えれば苦戦する要素はどこにも無い。これが他のメンバーであれば動揺を誘うが、リンドウやエイジに限ってと言うのが本当の所だった。

 しかし、通信が途絶えたとなれば何らかの措置が必要となってくる。既に出動した人間が殆どだったからなのか、今のアナグラに直ぐに動ける人間は誰も居なかった。

 

 

「アリサとソーマを念の為に呼んでちょうだい。それと、防衛班で近い場所に居るチームにも万が一に備えておく様に」

 

「了解しました」

 

 

サクヤの指示により、アナグラはにわかに騒がしくなりつつあった。

 

 

 


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