神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第57話 振り返れば

 支部長室には今回異動してきた一人のゴッドイーターが榊の前に立っていた。

 見た目は二十代後半の男性。身に着けている服からはそれなりに個性が強い事は読み取れるが、僅かに見える身体の一部にはゴッドイーターには似つかわしくない傷が幾つも刻まれている。通常であれば激戦区を生き残った猛者だとも取れるが、目の前の男からはそんなイメージがどこにも無かった。

 その最大の理由は身に着けた付属品。アクセサリーが過度に付けられているからなのか、僅かに動く際には金属の擦れる様な音が鳴っていた。

 

 

「極東支部にようこそ。確か、真壁ハルオミ君だったね。以前在籍していた支部長からも話は聞いてるよ」

 

 榊はそう言いながらも真壁ハルオミと呼んだ男性を見ていた。

 ここ極東支部では実力と年齢のバランスが極めて悪く、本来であれば他の支部では二十代後半はベテランと中堅の中間位だが、ここ極東支部に関して言えば明らかにベテランに属していた。

 男もまたここの支部の事は大よそながら事情は理解していたが、こうまで歪だとは思っても居なかった。

 これまでに見た異動先も決してレベルが低い支部では無い。しかしここが世界有数の激戦区だからなのか、支部長本人の目には口では語らないが、強い意志がそこに存在していた。

 

 

「俺……自分はそこまで実力があるとは思いません。ですが、ここに来た以上はやれるだけの事はやりたいと思います」

 

「そう固くならなくても良い。ここは君の様な年代のゴッドイーターは少なくてね。一人居るには居るんだが、生憎と今は本部に派兵中でね」

 

「それはリンドウさんの事ですか?」

 

 ハルオミの言葉に榊の分かりにくい目が僅かに鋭くなっていた。

 ここではリンドウの名前は広義に有名だった。ゴッドイーターがアラガミ化をしながらも生還しただけでなく、これまでの実績を考えれば知っててもおかしくは無い。

 事実、今のハルオミには隠す様な視線は感じられなかった。

 探ると言うよりも、そこか懐かしい様な表情。それを見たからなのか、榊は以前に見たハルオミのプロフィールを思い出していた。

 

 

「確か君は元々はここだったね。因みにリンドウ君とはどこで?」

 

「ええ。ここに来る少し前に本部で会いました。確かここの部隊長でもある如月エイジも一緒でしたね」

 

「……そうかい。君とは面識があったんだね」

 

 ハルオミもここに来る前に偶然ながらリンドウとエイジとも会っていた。

 当時は懐かしさがあったものの、それでもミッションでも一緒に行動した事実がある。

 たったそれだけの話ではあるが、目の前に立っているハルオミを見て、榊にとってはその技術力がどれ程の物なのかを示す結果となっていた。

 

 そもそも派兵中の二人はここだけではなく、他の支部から見ても過剰戦力とも取れる程の実力を有している事は割と有名だった。定時報告とも取れる内容を見ても、討伐任務や教導などの結果を残してるだけでなく、本部は各支部からの人材の出入りは割と激しい。その結果、本人達が望む必要が無いにも拘わらず、名前だけが一人歩きしていた。

 もちろんその弊害も多々あった。

 

 幾ら極東支部とは言え、精神的にも戦力的にも支柱を欠いた戦場を完全に回す事が出来る訳でなく、それぞれの実力に見合ったミッションが常に発行されている。実力があればそれに準じたミッションをこなす事になるが、それでも完全に手が足りているとは言い難い背景がそこにあった。

 

 

「君には来たばかりで申し訳ないんだが、今の極東支部が知っての通り、部隊長クラスが派兵で不在になっている。部隊運営に関しての経験がある様だから部隊長を引き受けてくれないかな」

 

「俺で良ければ」

 

 榊の視線に力が籠っていたからなのか、ハルオミはそのまま受諾していた。

 元々ここには捜しているアラガミが居るとの情報をキャッチしたからに過ぎない。これまでにも異動先で何度か部隊長をした経験があったからこそ、何時もと変わらない返事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すみませんでした……私、誤射しない様に精一杯やってるんですけど……」

 

「オーケー、オーケー。カノン。誤射に関しては一々気にするな。確かに訓練と実戦は違う。だがそれなりに経験を積めばその内何となくでもコツを掴む事は出来るはずだ」

 

「ですが、私もこう見えてここにはかなり居るんです……確かにハンニバルも討伐はしました。ですが、あれ以降は中々上手く出来なくて……」

 

 榊から指示されたのは第4部隊長への就任要請だった。これまでに何度か部隊長を経験したが、まさか自分と一人だけとは想像していない。当初はカノンの姿を見て役得だと思ったが、数回のミッションをこなしてからの、これまでのリザルトとコンバットログを見たハルオミは内心焦りを生んでいた。

 

 元々唯一の隊員でもある台場カノンはここ極東支部の中でも極めて高い適合率を有する期待されたゴッドイーターだった。

 当初はプロフィールだけしか目を通さなかった為に、その事実と現状のギャップに疑問を抱いていた。これ程までに高い適合率を持ったゴッドイーターをハルオミも見た記憶が無い。恐らくは期待された新人なんだとばかり考えていた。

 しかし、現実はそう甘くは無かった。改めてカノンのデータを確認すると、これまでは防衛班に所属していた為に、小型種や中型種の討伐数が圧倒的に多かったが、そんな中でも一部大型種が混じっていた。

 本来であれば大型種が混じるケースはそう多く無い。極東の基準は分からないが、少なくともこれまでハルオミが所属していた支部の殆どは大型種が出没した際には事実上の総力戦となるケースが多く、ハルオミもリンドウやエイジと共に行動する前であれば同じ様な感覚を抱いていた可能性があった。

 そんな大型種の中でも接触禁忌種に指定されているハンニバルのログを発見した際、ハルオミは盛大に驚いていた。

 

 

「まぁ……その辺りは追々考える事にするさ。それよりもここの福利厚生のラウンジだったか?確か今日からバーとしても利用できる様になるらしいな」

 

「詳しい事は分かりませんが、確か弥生さんがそんな事を知っていた記憶はありますね」

 

 ラウンジの夜間の利用に関しては全員に一斉で通知されていた。

 元々決まった時刻に働く様な職場ではなく、アラガミの出没の状況如何で出動が常に要求されるからなのか、ここでのメールの確認は必須となっていた。

 事実、ハルオミだけでなく、カノンもまたここの全員が集まる様な機会を得た事は一度も無い。だからなのか、ハルオミの言葉にもどこかぼんやりした返事しか出来ないでいた。

 

 

「取敢えず、今日の所はここでミーティングだ」

 

「ええっ!良いんですか?」

 

「第4部隊のミーティングなんだ。部隊長の俺が言うんだ。問題なんて無いさ」

 

 おどける様な言い方ではあるが、カノンとしても興味があったからなのか、否定する様な真似はしなかった。

 ヒバリへの報告を終えると足早にラウンジへと歩み始める。ゆっくりと開けた扉の先には何時もの様な雰囲気は微塵も無かった。

 

 

「随分と本格的だな」

 

「何だか気後れしそうですね」

 

 落とされた照明は部屋全体を照らす事は無かったからなのか、辛うじて利用している人間が見える程だった。

 元々アルコールの種類も本部にこそ負けるが、他の支部よりも格段に多い。カウンターの中には何時もとは違った服装の弥生がバーテンダーの様に準備をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?ハルオミさんとカノンちゃん。珍しい組み合わせね」

 

「はい!今日はここでミーティングだそうです」

 

「カノン。それ以上はちょっと……」

 

 雰囲気に呑まれたからなのか、カノンの言葉に珍しく弥生の表情が険しくなっていた。

 何時もは穏やかな笑みだが、今は剣呑とした笑みを浮かべている。先程口走った言葉が原因だからなのか、ハルオミもまた引き攣った表情を浮かべていた。

 

 

「今日は初めてだから大目に見ますが、そんな事でここを利用しない様にして下さいね」

 

「ええ……善処します」

 

 窘められたからなのか、ハルオミもまた苦笑するしかなかった。言葉の綾みたいな物だが、目の前に極東支部長の秘書が居る以上、迂闊な言葉を口にする訳には行かない。

 だからなのか、ハルオミとカノンはカウンターではなく、ソファー席を利用する事にしていた。

 

 

 

 

 

「な、カノン。少しは落ち着いて狙ったらどうなんだ?確かに焦る気持ちは分かるんだが、それで誤射するとなれば無意味だぞ。何事も時間をかけてゆっくりと…だな」

 

「ですが、それではアラガミが逃げちゃいますよ」

 

「う~ん。カノンにはまだこの話は早かったか」

 

 琥珀色の液体が入ったグラスを片手にハルオミは少しだけまともな話をしていた。

 元々関心があったとは言え、弥生の手前何も話さない訳には行かない。もちろん、常日頃同じ事を言ってるつもりだが、やはり何時もとは違った雰囲気だからなのか、ハルオミはいつしか上機嫌になっていた。

 

 

「やっぱり私の努力が足りないんでしょうか……」

 

「そんな事は無いさ。カノンが努力してる事を俺は知っている。その内きっと良くなるからもう少し焦らず落ち着いて…だな」

 

 余程口にあったからなのか、それとも何時もと味わいが違った物だったからなのか、ハルオミは既にそれなりの酔いが回っていた。

 気が付けば時間もそれなりに経過しているからなのか、カノンの姿は見えなくなっている。そんな中で、ここでは目にする機会が少なかったアリサの姿に少しだけ違和感を感じていた。

 

 元々ここでの飲酒の出来る年齢にアリサは達していない。事実、ここで未成年を見かける事は無かった。気が付けば他の人間もアリサを見ている。

 弥生が居る以上、下手な事が無い事位は分かるが、それでも普段目にする機会が無いからなのか、ハルオミは自身の好奇心を殺す事無くアリサの下へと歩いていた。

 

 

 

 

 

「あれ?なんでここに?」

 

「あ、ハルオミさんこそどうしてここに?」

 

 ハルオミに気が付いたからなのか、アリサは少しだけ驚いていた。

 元々気分転換の為…ではなく、弥生からの任務の名目で来ていたからなのか、既に酔ったハルオミに対し、アリサは僅かに構えた様子が見て取れていた。

 ハルオミが近づいた事で先程までのアリサに向けられた視線が完全に弱くなっている。そんな雰囲気を察知したからなのか、弥生はそれ以上何も言わず、アリサの前にカクテルを差し出していた。

 

 

「私、アルコールはちょっと……」

 

「それなら大丈夫よ。一口飲めば分かるから」

 

 細長いロングタイプのグラスにはミントらしき葉と、炭酸が効いているのか弾ける音が聞こえている。これが何時ものラウンジであれば間違い無くアリサも飲んでいるが、ここはバータイムのラウンジ。出されたグラスが普段とは違うからなのか、少しだけ緊張した面持ちだった。

 弥生から促される事で恐る恐るストローを咥える。ゆっくりと口に含んだそれにアルコールの雰囲気や味はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。だが、一人でやれる事なんて、たかが知れてると思うんだが」

 

「そんな事は分かってます。でも、私が先頭に立ってやる事に意味があるんじゃないかと思うんです」

 

 アリサと話をしながらハルオミは内心舌打ちしたい気持ちがあった。

 元々こんな話をするつもりで近寄った訳では無い。単純にアリサと言う人間がどんな人間なのかを見たいが為に近寄ったに過ぎなかった。これまでに何度かハルオミもアリサの姿を見た事はあったが、こうまで近寄る事は殆どなかった。

 常に何かに追われている様にも見えるからなのか、どこか心に余裕が無くなっている。

 今はまだ大きなミスをしていないが、張りつめ過ぎた物が破裂するのは時間の問題だった。

 アリサと会話をしながら横目で弥生を見る。自分の考えがまるで読まれたかの様に、その顔には慈悲の笑みが浮かんでいた。

 

 

「……まぁ、ここは俺にとってはまだ新参者だが、ゴッドイーターの先輩。年長者として一つだけ言わせてもらうと、周りはそんな事を考えてなんかいない。そもそも一人でやり過ぎる位だからハラハラしているはずだ。それだったら出来る事と出来ない事を選別して効率を図った方がかなりマシだと思う」

 

 ハルオミは内心説教臭いとも感じながら以前にいた支部の事を思い出していた。

 スカーフェイスで少し人間味にかける部分はあるが、芯では素直な新人。そんな事を思い出したからなのか、口でこそ説教じみてるが表情にはやさしさが浮かんでいた。

 

 

「そうでしょうか……」

 

「ああ。少しは気を紛らす事も仕事の内だ。張りつめた雰囲気は周囲にも伝播するからな」

 

 そう言いながらハルオミは自身のグラスを傾けている。既に無くなったからなのか、空になったはずのグラスの隣に新たなグラスが置かれていた。

 

 

「これは私からの奢りよ」

 

「そりゃどうも」

 

 ハルオミと弥生のやりとりを見たからなのか、アリサはこの時初めてこれまでの事を振り向く事にしていた。

 確かに一人でやってきただけではない。事実、サテライトの建設に関しては弥生に頼った事はあったが、実際には細かい部分までフォローされていたはず。

 今回ここに来るキッカケになった書類も改めて確認すれば、自分がやった記憶が無い書類も幾つか混ざっていた事実があった。

 

 

「そうですね。少しだけ……」

 

 何気に出されたグラスに口を付ける。先程とは違った少しだけコクがある様な味のカクテルなのか、アリサは少しだけ意識を手放していた。

 

 

 

 

 

「おいおい。こんな所で寝るなよ。で、どうする?」

 

「それなら問題無いわ。ちゃんと手は打ってあるから」

 

 この場所で寝たままにする選択肢は無かった。今のアリサに手を出そうと考える人間はゼロではない。過去はともあれ、一人の女性として見た場合、アリサは羨望の的だった。これまではエイジと言う名の抑止力があったが、今は居ない。

 ゴッドイーター全員が品行方正ではない。そんな当たり前の事を知っているからこそハルオミは今のアリサの原因を作った弥生に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

「ったく人遣い荒すぎると思うんだが」

 

「丁度良かったわ。ナオヤ、貴方これから帰るんでしょ?だったらアリサちゃんの事任せたわよ」

 

「は?何言ってんだよ。俺がそんな事出来る訳無いだろ」

 

 突如呼ばれたからなのか、何も知らないハルオミを前にナオヤは極当たり前に弥生の言われた事に反論していた。

 確かに女性を送る行為は親しい関係であれば問題無いが、恋人が居る場合、その限りでは無い。事実ハルオミもアリサを見た際に、目に飛び込んだのは右手にはめられたリングだった。

 

 昨日今日はめた物ではない。既に長い期間はめているからなのか、細かく付いた傷が当然だと言わんばかりに存在感を放っている。当初は口説く目的もあったが、そんな状況を見たからなのか、ハルオミはそれ以上の事はしない事を決めていた。

 もちろん、これがあと6~7年若ければ行動に移したかもしれない。しかし、自分も同じ立場だったからなのか、今では簡単なセクハラ程度で留める事にしていた。

 だからこそ、このナオヤが呼ばれた当初はアリサの男だと思ったが、会話を聞くに連れ違う事だけは理解出来ていた。

 

 

「どうせ、リッカちゃんも居るんでしょ。2人で連れて行って。手配はしておくから」

 

「………分かったよ。じゃあ、後で回収に来るから」

 

 何か葛藤があったのか、ナオヤは渋々ながらも了承していた。余程何か弱みでも握っているのだろうか。突然の出来事にハルオミは暫し呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……ここは」

 

 アリサが目覚めた先は何時もの天井ではなく、屋敷の天井だった。板張りの天井に見覚えがある。屋敷の中でもここはエイジの部屋だった。

 

 

「あら、もう起きたの?もう少し寝たらどう?」

 

 アリサの様子を伺いに来たのは昨日ラウンジで作業をしていた弥生。気が付けばアリサの服も制服ではなく浴衣へと着替えさせられていた。

 

 

「私が着替えをさせたから大丈夫よ。身体が休息を要求してるんだから、少しは休みなさい」

 

「ですが……」

 

「休暇届は出てるから安心して」

 

 アリサの言いたい事を理解しながらも弥生はアリサに戻ろうとすることを許すつもりは無かった。気が付けば昨日まで感じていた頭の鈍痛が消え、身体は少しだけ軽くなった様にも思える。

 弥生が言う様に身体が悲鳴を上げていた事は間違い無かった。

 

 

「分かりました。今日一日は静養します」

 

「よろしい。ご飯は何時もの場所だから」

 

「色々とすみません」

 

 伝えたい事を言いきったからなのか、弥生はそれ以上アリサを構うつもりは無かった。

 弥生が出た事で部屋には静寂が訪れる。改めて周囲を見ればやはりエイジの部屋に間違い無かった。

 

 

 

 

 

「顔色は随分と良くなったみたいね」

 

 食事が終わるとアリサは勝手知ったる場所だからなのか、自分の行動出来る範囲で屋敷の中を歩いていた。

 子供達の声が聞こえ、道場からは時折お互いが稽古しているからなのか、激しい声が聞こえて来る。これまで後ろを振り向く事無く進んできたが、改めて振り返った先には自分の理想とする場所がそこにあった。

 アリサがサテライトの建設に邁進したのは、初めてここを訪れた事が起因している。ここでは人間の当たり前の営みがあり、誰もがお互いを尊重しながらも生活をしている。

 この場所を見て、ネモス・ディアナを知ったからこそ、アリサは一刻も早い建設を考えていた。そんな中で声をかけられたからなのか、振り向くと、そこには弥生が立っていた。

 

 

「何とか。これで明日からも頑張れます」

 

「そう。でも、急ぎ過ぎるのは禁物よ。今回の件だってエイジからも心配されてたみたいだから」

 

 この場に居ない名前が出たからなのか、アリサは少しだけ焦っていた。最後に通信をしたのは2日前。あの時は顔色やくまはメイクで完全に誤魔化しきれたはずだった。

 元々外部に居る事が多く、通信時も本部ではなく外からだったはず。どれほど知られていたのかは分からないが、心配された事実に間違いは無かった。

 

 

「メイクして誤魔化したんですけど……」

 

「馬鹿ね。その程度のメイクじゃバレるわよ。それに声にも張りが無かったんだし」

 

 当然だと言われた事でアリサはそれ以上何も言えなかった。自分では完璧だと思ったはずが実際にはバレバレの状態。間違い無くかえって来たら文句の一つも言われるのではと思う程だった。

 

 

「もう。エイジも直ぐに言えばよかったのに……」

 

「きっと遠慮したんじゃないですか?最近の私は結構厳しかったみたいですし……」

 

 これまでの状況を改めて理解したからなのか、アリサの言葉はどこか自虐めいていた。

 もし自分が倒れる様な事になれば、作業が遅れるだけでなく、全体にも影響が出てくる。その結果、更に遅れて行くのは、ある意味当然の事だった。

 

 

「自分で理解したなら問題無いわ。今度からは少し緩める事も考えなさい」

 

「そうですね。体調管理も仕事のうちですから」

 

 張りつめた糸が切れる事無くゆっくりと弛緩していく。

 今回の計画は対外的に見ても失敗は許されない状況にあるのは間違いなかった。

 責任感が強いアリサからすれば失敗すれば自分を赦す事はしないはず。成功が前提の計画だったからなのか、前のめり過ぎてそのまま倒れる事だけは避けたいと感じていた。

 その結果がラウンジでの所業だった。アリサに気が付かれない様に僅かに弥生はアルコールを含ませていた。

 本来であれば味が変わる為に直ぐに気が付くが、今回はいつも以上にシェイクする事によって味そのものを随分と誤魔化す事に成功していた。空気を大量に含んだそれは新たな味わいを作り出す。その目論見が成功したからこそ、今がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は随分と前のめりでしたね」

 

「そうね。少なくとも周囲はハラハラしてたみたいだけど」

 

 当時の事を思い出したからなのか、弥生は空になったグラスを下げていた。目の前にあるのは既に半分程になったサラトガクーガ。当時の事を思い出したからなのか、中にあった氷も僅かに溶けていた。

 

 

「でも、今日はどうしたの?一緒じゃ無かったの?」

 

「実は急遽やる事が出来たので、まだ向こうなんです」

 

 アリサの言葉に最近のサテライトの事情を思い出していた。

 今回はアラガミの強襲ではなく、以前同様に近くに何か動物が居るからと探索する事が記載されていた。本来であれば気にする必要は無いが、ブラッドから聖域で住まわせる為にとの話があった為に、最近では建設地で見かけた際には捕獲する方針を取っていた。

 アラガミとは違い、野生に近い動物は案外と厄介な部分が多分にある。今回も帰る寸前に見つけてしまったが故にエイジ達が率先して行動していた。

 

 

「今後は無理しちゃダメよ」

 

「そうですね。ここにきてやっと軌道にも乗りましたから」

 

 一度軌道に乗ってからの建設は想像以上にスムーズな物となっていた。

 これまでやってきた実績だけではなく、現場もまた慣れだした事が一番大きかった。

 苦労して時間がかかった物に改善の痕があれば後はいとも簡単に事が進む。それを理解しているからこそ、ようやくゆとりが生まれていた。

 

 

「あ、アリサさん、ここでしたか」

 

「アリサさん!私も隣良いですか?」

 

「ええ。構いませんよ」

 

 アリサの姿を見たからなのか、シエルとナナもラウンジの中を歩いてくる。周囲を気にするかの様に近寄るが、エイジからの通信を聞いたからなのか、アリサの表情はどこか明るいものだった。

 

 

 


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