神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第39話 見学会の裏で

 ヘリから見下ろす光景は何時もと何も変わらない光景だった。

 緊急事態であると同時に、想定外の大量発生したヴァジュラは防衛班の能力を上回っていた。

 決して防衛班が弱い訳では無い。純粋な数に押し切られた結果がもたらしただけだった。本来であればこうまで一気に襲い掛かる事はあまり多く無い。にも拘わらず、まるで示し合わせたかの様な接近は理不尽な短期決戦が要求されていた。

 

 

「テル君。ブラッドは間に合いそう?」

 

《ブラッドは現在感応種と交戦中。これは恐らくですが、感応種が何らかの形で呼んだ物と推測します。現時点で分かっているのはマルドゥーク。その能力だと思われます》

 

 テルオミの言葉に全員が理解していた。感応種はこれまでには神機を制御不能に陥らせる能力がある為に、リンクサポートシステムは殆どが稼動したままになっていた。

 もちろん神機だけでは無い。特には周囲に居るアラガミを呼び寄せる内容が厄介だった。今回のヴァジュラの大量発生は恐らくはそれが影響している可能性が極めて高い。確認をした訳では無いが、寄せられる際にアナグラを見たのか、マルドゥークに寄せられた以降の行動パターンは一気に変更されていた。

 

 

「それと確認だが、本当にヴァジュラは8体なのか?」

 

《現時点ではそうです……少し待ってください。目標数は8から5に変更。それとは別に近くに大型アラガミの反応。これまでのパターンからディアウス・ピターと予測されます》

 

 ソーマの質問にテルオミはレーダーで確認したままの情報を伝えていた。元々8体のはずが、数が減少しているだけでなく、大型種として新たに出てくる。となればディアウス・ピターが捕喰した可能性だけが高くなっていた。

 同系統のアラガミを捕喰する時点で既に変異種である可能性が高い。只でさえ厄介な状況に拘わらず、まるで追い打ちをかけるかの様な出現にソーマだけでなく、エイジもまた悩んでいた。

 この場に居るメンバーの中でディアウス・ピターの変異種との交戦経験があるのは自分だけ。勿論、これまでにも極東の内部だけの更新で公表されているが、やはり攻撃方法を考えれば厳しい戦いになるのは避けられなかった。既に近寄るヴァジュラの討伐に改めて防衛班が出動している。本当であれば態々こんな日にと思いたい部分もあったが、アラガミにはそんな事は関係無かった。

 

 

「テル君。ブラッド以外で動ける人間を出来れば早急にピックアップしてほしいのと、リンドウさんは今どこ?」

 

《現在動ける部隊は距離的に近いヴァジュラの討伐に出動しています。リンドウさんも既に状況を確認し、そちらに向かっています》

 

 テルオミからの通信に耳を傾けながらもエイジの視線は眼下のヴァジュラへと向いていた。同系統のアラガミを捕喰する以上、確実にこちらに来る可能性が高い。

 本来であれば数が減ったヴァジュラをそのまま防衛班に丸投げして自分達がディアウス・ピターを討伐するのが本来の行動なのかもしれない。しかし、餌でしかないそれをそのまま放置するとなれば、戦局は一方的に傾く可能性があった。

 となればやるべき事はただ一つ。自分達も同様に餌を排除してから何とかするしか無かった。

 

 

 

 

 

「これで後は専念出来そうだな」

 

 アナグラから距離が離れていなかった為に、ヴァジュラの討伐はスムーズに終わっていた。しかし、ここに迫るアラガミの事を考えると楽観視する要素はどこにも無かった。

 まだ距離がある為に交戦までは時間がある。だからなのか、敢えてこの場所から離れる選択肢を選んでいた。

 交戦ポイントの移動の為にヘリがこちらに近づきつつある。既に全員の気持ちは次の戦いへと向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりゴッドーターってスゲェよ。あんなの初めて見た」

 

「だよね。なんだかアニメの主人公みたいだった」

 

 恐怖心を払拭させる為に使用した映像はまさに当初の予定通りの結果をもたらしていた。

 見た事がない恐怖は勝手に自分の中で大きくなれば、それは周囲にも確実に伝播していく。人間の心がそれほど脆く、うつろい易いのは弥生が一番理解していた。

 レーダーと状況を考えれば、ここから確認出来る個体は確実に討伐に入る事は間違い無い。エイジであればそうするだろうと予測した結果だった。元々以前に撮ったブラッドの映像を考えたものの、それよりもあのメンバーのクレイドルの戦いの方が格段に良いだろうと判断した結果だった。

 結果的には無傷での勝利は弥生が予測した結果と同じだった。一方的な攻撃はゆっくりと恐怖心を溶かしていく。既に会議室の子供達と教員の目に恐怖は無くなっていた。しかし、次のミッションは確実に苛烈な物になるのは間違い無かった。これまでに戦った回数はたったの1回。しかも、当時のメンバーには無明が居た為に3人でもクリアできたが、今回はあの時とは違う。

 幾ら事前に予測したとは言え、対峙すれば別物である事が確実なアラガミであると判断出来る。あまりにも厄介なアラガミだとは思っても、現時点では何も出来ないままだった。

 

 

「ウララさん。ここで会議室の画像は一旦消しておいて。後のフォローはこちらでします。それと元の仕事に戻って下さい」

 

「は、はい。分かりました」

 

会 議室のモニターを確認し、素早く次の指示を飛ばす。既にやるべき事が決まったからなのか、弥生は再び会議室へと足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動中のヘリの中でエイジは以前に対峙したディアウス・ピターの変異種についての解説を全員にしていた。元々強固な個体である事に変わりないが、厄介なのは、一定以上のダメージを与えた際に、覚醒したかの様に翼状の刃を展開する事だった。

 広範囲の攻撃は、確実に回避をするか、的確に防御するかのどちらかしかなかった。このメンバーの中で一番厳しいポジションを要求されるコウタからすれば、まさにその攻撃は最悪の一言。以前にハンニバル戦でやったような回避方法も危ぶまれる程に厳しい状況になるのは既定路線でしかない。最悪の事態も想定する必要がそこに存在していた。

 

 

「だとすれば、完全に間合を把握しないと厳しいって事だよな?一応参考に聞くけど、初見の時はどうしたんだ?」

 

「僕と兄様は完全に回避だったけど、リンドウさんは防御だったかな。中途半端な間合いは死に繋がる。絶対的な距離でも油断は禁物だよ」

 

 エイジの言葉にコウタは改めて現状を考えていた。元々防御が出来ない事は今に始まった事では無く、回避の能力を底上げする為に、教導でも無手での訓練をこなしていた。それはエイジとて理解している。それを分かった上で話をする以上、油断なんて物は最初から無に等しい状況だった。

 

 

「なるほどな。となれば、少し考える必要があるな」

 

「案外と厄介な事に変わりないんだけどね。それとアリサも同じだよ」

 

「え?私もですか?」

 

 コウタと話していたはずが突然自分の名前が出たからなのか、アリサは改めてエイジを見ていた。交戦経験が物を言うからなのか、言葉の一つ一つを聞き洩らす事無く耳を傾けている。だからこそ、エイジが自分の名前を呼んだ意味が分からなかった。

 

 

「通常の状態はこれまでと同じだけど、刃が出たら、出来るだけ回避してほしい。それで防ぐとなると衝撃を完全に逃がさない限り、吹き飛ばされる事になる」

 

 全体重を活かす様な突進と同時に襲ってくる刃はまさに死神の鎌と変わりなかった。アリサのブリムストーンだと確実に防ぎ切れる物ではない。事実、自分も同じ事をした際にはギリギリで衝撃を逃がす事が出来たからこそ問題が無いだけだった。しかし、そう都合よく何度も出来る可能性は高く無い。

 自身の経験した体験だからなのか、その言葉にはいつも以上に力が籠っていた。

 

 

「何時もの事だが油断は禁物。じゃあ行こうか」

 

 エイジの言葉と同時に、全員が一気に降下を開始する。クレイドルとしての戦いがここに始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想以上だな。これは」

 

 ソーマの言葉がここまでの全てを物語るかの様だった。序盤では戦いはクレイドルとしても手慣れた部分があったからなのか、これまで同様の攻撃を繰り出していた。

 戦いに於いて気を付けるのは跳躍した際に周囲に拡がる衝撃と雷撃。初見であれば確実に厳しい戦いになるが、この場に居る全員は既にその間合を完全に把握していた。

 ギリギリの距離で回避すると同時に、疾駆する事で距離を潰す。面倒な部分でもあるマントや攻撃の手段の一つとなる前足の部分を執拗に攻撃していた。

 先程のヴァジュラ戦の様に、やや一方的な攻撃を繰り返す。通常であれば慢心する可能性はあるが、エイジの指摘通りディアウス・ピターの肩口にある瘤が変異種である事を物語っていた。

 ソーマの重く鋭い一撃がマントの部分を破壊し、前足の一部もエイジの斬撃によって斬り落とされた瞬間だった。

 周囲一帯にいるアラガミまでもが竦む様な咆哮と共にディアウス・ピターの瘤が破裂。そこにあったのは翼の形状をした刃がゆっくりと広げられていた。

 

 

「あんなにデカいのかよ……」

 

「コウタ。回避は最新の注意を払うんだ」

 

 コウタの呟きにアリサとソーマも改めてディアウス・ピターの姿を見ていた。映像と言葉だけでは分からないその迫力は正に最悪の一言だった。

 生えた刃の羽を広げたままに一度だけ伸びをしたかの様な動作を開始する。再戦の開始。エイジの指示が飛ぶ前に全員はその場から瞬時に散開していた。

 距離があったにも関わらずそれを最初から無かったかの様にディアウス・ピターの羽は周囲を払うかの様に振り回す。単なる羽ではなく触れれば寸断されると錯覚する程の攻撃にコウタとアリサは思わず息を飲んでいた。エイジの言葉の意味がここで初めて理解できる。これを防ぐとなればソーマのリジェクター位しか考える事が出来なかった。

 

 

「羽はあるけど、基本は変わらない。結合崩壊した場所を重点的に攻めるしかない」

 

「みたいだな」

 

「そうですね」

 

 現実を取り戻させるかの様に放ったエイジの言葉で2人は瞬時に戦いへと意識を向けていた。冷静に見れば突進する瞬間や払う様に攻撃をした瞬間、僅かに硬直を見せる。周囲を払う攻撃は逆の言い方をすれば懐に入りやすいのと同義だった。近接戦で隙を見逃す程にエイジは甘くない。巨大な羽を払った後に待っているのはそれを元に戻す瞬間だった。

 刃の羽をギリギリの距離で見抜くと同時に、一気に距離を詰める。羽を払った速度と同程度の速度で接近されたディアウス・ピターの視界にエイジは映っていなかった。漆黒の刃は全てを断ち切らんと、渾身の力で結合崩壊を起こした場所に再び刃を突き立てる。

 既に弱点でしかないそこへの一撃はディアウス・ピターの躯体を怯ませるには十分すぎていた。

 

 

「コウタ!今です!」

 

「ああ!」

 

 怯んだ瞬間をコウタとアリサは見逃す事無くオラクルが尽きる程の勢いで銃撃を開始していた。数多の銃弾がディアウス・ピターの顔面へと着弾していく。視界を完全に潰した瞬間、ソーマの一撃がディアウス・ピターの顔面を深く斬り裂いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくこうまで厳しいなんてさ……」

 

「ですね……あの時以来ですね」

 

 横たわったディアウス・ピターの躯体はコアを抜かれた事によってゆっくりとそのまま霧散していた。アリサが言うあの時とは、リンドウの仇討ちとも取れるあの個体。当時のあれもまた強敵と言うにふさわしい物だった。

 銃撃によって怯む事無く戦うその姿は、油断をすればこちらの誰かが死を招く可能性を示唆していた。当時と今は確かに状況も戦闘技能もまだまだではあったが、やはり当時の中では事実上の最悪のアラガミ。それに匹敵するこれもまた悪夢と言えるアラガミだった。

 辛勝ともとれる戦いに、コウタだけでなくアリサも思わず腰を下ろす。仮にこの地に他のアラガミが乱入しよう物ならば即時撤退を考える程の消耗だった。

 

 

《皆さんお疲れ様でした。僕のオペレートはあまりに役立ちませんでしたね》

 

「いや。それは無いよ。今回のアラガミは実質的には初見と対して変わらないからね。今回の件で一定以上のデータが取れたから、後は改めて反映させるだけだよ」

 

 テルオミのやや自嘲気味な言葉は無理も無かった。本当の意味での初見であれば今回の様な攻撃をする事はないが、刃の羽が出てからの攻撃は事実上の初見と何ら変わらなかった。

 このメンバーの中で唯一攻撃方法を知っていたエイジが居たからこそ、大きな被害が出なかっただけに過ぎなかった。事実、コウタは確実にディアウス・ピターの行動パターンと範囲を読み切り、遠距離型特有のレンジで銃撃を行っている。一方のアリサもまた軽量故に重攻撃を繰り出すディアウス・ピターの攻撃は余程の事が無い限り回避行動に専念していた。

 前衛でもあるソーマとエイジの攻撃によって意識はそちらへと常に向かう。だからこそ中衛、後衛のアリサとコウタも通常と同じ様な攻撃をする事が可能だった。

 

 

《そう言ってもらえると助かります。僕もまだまだなので、今後はもっと精進する必要がありますね》

 

 エイジのそれとないフォローがあったからなのか、テルオミも先程よりも声は明るくなっていた。どんな状況下でも生きる事を諦めるつもりは毛頭無い。だからなのか、テルオミもまた、ヒバリからもっと学ぶ必要性があると考えていた。

 気が付けば帰投用のヘリがゆっくりと近づいてい来る。これで漸く一つのミッションが終了を迎えていた。

 

 

 

 

 

「そう言えば、見学ってどうなってるの?」

 

《その件なら既に弥生さんが手を打ってくれてるみたいです。因みに防衛班で残りのヴァジュラの討伐は完了し、現在は各部隊共に帰投しています。それと弥生さんから伝言がありますので》

 

 テルオミの言葉にエイジは僅かに心の中で構えていた。厳しいミッションではあったが、これは普段のミッションと大差ない。元々自分のやるべき事ではあるが、だからと言って他の事をおろそかにするつもりもない。しかし、弥生からの伝言だけはどこか嫌な予感だけが過っていた。

 

 

「因みに?」

 

《戻ったら至急見学用のお菓子を作って欲しいとの事です》

 

「ああ。了解。既に仕込みは終わってるから問題ない。そう伝えておいてくれる?」

 

《了解しました》

 

 元々予定には無かったが、エイジとしても折角だからと準備だけはしてあった。今回の襲撃が無ければ既に食べているであろう代物。先程までは厳しい戦いをしていたにも拘わらず、今度は日常の準備を開始する。

 あまりにも違い過ぎる状況ではあるが、これもまた極東ならではの事だと考え、着いてからの段取りを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、旨いよ。いつもこんなの配ってるの?」

 

「毎日じゃないけど、個数は多く無いけどロビーに置いてあるよ」

 

「ムツミもこんなの作れるの?」

 

「うん。これ、案外と簡単だから」

 

「じゃあ、今度作り方教えてよ」

 

「いいよ」

 

 エイジは戻ると同時に、先程までの純白の制服から白いシャツに黒いエプロンへと着替えていた。

 元々用意してあったタネをそのまま形を整えてオーブンに放り込む。元々見学会と言っても、そんなに生徒数が多い訳では無い為に、全部を焼くのに然程の時間は必要とはしなかった。

 熱によって平らだった物が、入れ物でもあるカップの淵から零れそうな位にゆっくりと膨らんでいく。きつね色に焼けたそれをオーブンから取り出すと、仄かに甘い香りが広がっていた。

 

 

 

 

 

「はいこれどうぞ」

 

 ラウンジで用意されたのはカップケーキだった。膨らんだ上にはホイップクリームを乗せたものと、カスタードクリームが乗せらた物がそれぞれ人数分だけ用意されていた。

 元々予定にあったのはレーションの試食だけ。食事の代わりではあったが、まさかこれもそうだと思ってなかったからなのか、子供達のテンションは随分と高い物だった。

 エイジ一人では大変だからと同じくエプロンをしたアリサがそれぞれ配っていく。子供にはエイジが、引率の先生にはアリサが対応していた。先程までの厳しい戦いを見せる事無く平然と渡していく。

 弥生としても元々そんな事を口にする程の物では無いからと、それ以上は何も言う事無く2人の様子を眺めていた。

 

 

 


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