神喰い達の後日譚   作:無為の極

37 / 158
第37話 映像化

 怪しさの中にどこか美しさを兼ね備えたアラガミは、まるで周囲の事など気にするつもりもなく猛毒をまき散らしながら漂っていた。

 既に数多のゴッドイーターを撃退したからなのか、新たな増援が来ようともまるで意に介さないとばかりにその存在を無視している。これまでと何も変わらない。そんな考えがあったかどうかは分からないが、今の状況は正にそれに近い物だった。

 自分の庭を歩くかの様にゆっくりと移動している。何時もと変わらないはずの日常。そんな空気が漂っていた。

 

 

「目標を発見しました。周囲に他のアラガミの姿は見当たりません」

 

《了解。シエルはもう少しだけその場で待機してくれ。こちらは現在移動中。射程距離は大丈夫か?》

 

「はい。こちらの有効射程距離にはまだゆとりがあります。万が一の際には発砲します」

 

《了解。なるべく早くそちらに行く》

 

 シエルは通信機越しに聞こえる北斗の声に改めて今回の作戦概要を思い出していた。

 元々、このミッションはブラッドが請け負った物では無かった。他の部隊が討伐の為に戦闘を開始したまでは良かったが、従来のサリエルとは違っていたからなのか討伐は思ったよりも手こずっていた。

 そんな中で近隣のミッションを終えたブラッドが応援要請を受けるべくこの地に来ていた。既に負傷した部隊の人間は北斗とジュリウスが保護に向かっている。下手に逃すよりもとシエルの狙撃を中心として作戦が立案されていた。

 未だこちらに気が付いていないからなのか、サリエルはゆっくりと移動を続けている。先程の通信から既に時間は5分が経過している。本来であればどこに移動するのかすら分からないが、幸か不幸か動く気配は無かった。

 

 

《シエルさん。今回の作戦ですが、気にせず何時もと同じ様にやって下さい。拙いと判断した場面はこちらで処理しますので》

 

「了解しました。私は何時もと同じ様にさせて頂きます」

 

 北斗ではなくフランからの通信にシエルは平常心のままだった。元々予定していなかったミッションであると同時に、今回はブラッドの戦闘を映像に残す事が事前に知らされていた。

 ミッションに関しては、余程の事が無ければ映像に残す事は殆どない。戦闘時の内容を確認するのであれば、コンバットログを見れば一目瞭然。にも拘わらず、今回はアナグラからも距離が近い事もあってか映像で残す事はが決定していた。

 

 

《シエル。こちらの準備は完了した。何時でも行けるぞ》

 

「はい。では5秒後に発砲し、任務を開始します」

 

 短い通信にシエルは改めてサリエルに向かってアーペルシーを構えていた。狙うはサリエルの頭部。ヘッドショットし、落下した所を一気に叩く作戦だった。距離はまだゆとりもあり、他の妨害も無い。既にシエルの視線は微動だにする事無くそのまま引鉄を引いていた。

 一発の銃弾が狙い通りサリエルの頭部に命中する。突然の衝撃によりサリエルはそのままゆっくりと地面に向かって落下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の戦闘をですか?」

 

《はい。アナグラの周辺だと言う事もありますが、今後の何か役に立つかもしれないからと榊支部長からの要請です》

 

 緊急時案とあってか、周囲の状況はどこか騒めく部分が通信越しに感じていた。元々支部の近隣にアラガミが接近する事は頻繁ではないが、それなりに数があった。

 防衛の為に巡回しているも、全部に目が届く訳では無い。時折そんな防衛ラインを掻い潜るかの様に数体のアラガミが接近する事があった。今回もそんな事態に備え部隊が派兵されていたが、予想外の個体だったからなのか帰投の序でとばかりに任務が更新されていた。

 そんな中での、戦闘時を映像に残す話はこれまでに無い経験。通常の任務と同じ様にこなす事が出来れば問題無いと言われていた。

 

 

「北斗。俺達がやるべき事はアラガミの討伐だ。だとすれば映像で残したとしても何ら問題無いだろう」

 

「そうですね。我々は役者ではありませんから、何時もと同じ様にするだけです」

 

「ジュリウスの言う通りだ。今は余計な事を考えない方が良い。下手な先入観は危険だ」

 

 ジュリウスの言葉に同調するかの様にシエルとリヴィも同じ返事をしていた。元々北斗としても映像の残すから特別な事をするつもりは毛頭無い。だからなのか、他の3人の返事をそのまま了承した形を取っていた。

 手元に送られてきているデータはサリエルのそれだが、やはり幾つもの部隊を退けただけあって他の個体よりも強固な物に映っていた。

 

 

《データでも記載されていますが、今回のサリエルはこれまでの個体よりも強固になっている可能性が高いです。変異種とまでは行かないにせよ、このまま放置すればそうなるのは時間の問題だと思われます》

 

 フランの通信を聞きながら全員が改めて情報を共有する。見た目はそのままだが、中身は大幅に違う。変異種とまではいかなくても苦戦するのは間違い無かった。移動中のヘリがゆっくりと作戦領域にまで近づいていく。既に全員の心の中に映像の話は消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外の襲撃を受けたサリエルは予定通りヘッドショットを受けた事により、力なく落下してきた。既にシエル以外の3人は落下地点で待ち構えている。大きく開く咢はサリエルの胴体部分を捕喰していた。

 全身に力が駆け巡るかの様に自身の身体がうっすらと燐光している。バーストモードに突入してからの行動は迅速だった。

 幾ら強大な力を持ってしても、足場の無い空中ではどうしても力が入り切らず攻撃そのものが漫然となりやすかった。もちろんその辺りは技術で何とか出来る事も多いが、やはり普段よりも落ちるのは否めない。だからこそ今回の作戦は落下した瞬間に最大の攻撃を持って一気に決める方法が取られていた。

 

 どれ程の状態なのかは分からないが、今のサリエルがヘッドショットだけでこのままの状態になるとは思えない。理想は討伐だが、今はそれよりも先に結合崩壊を起こす事によって多大なダメージを与える事を優先していた。

 ジュリウスの独特の構えから放たれた斬撃は疾走と同時に幾重にも重ねられている。自身のブラッドアーツでもあるそれがサリエルの生体部分の脆い部分を破壊していた。一度の攻撃で幾度となく与える攻撃は初めて見た当時は驚きもしたが、既に何度もミッションを重ねれば目新しさは何処にも無い。短時間で最大限の攻撃をする際のブラッドアーツはまさに短期決戦に相応しい攻撃だった。

 そんなジュリウスに負けじとばかりに、リヴィも大きく跳躍しながらサーラゲイトの刃をひっかけるかの様にサリエルの下部から一気に上へと振りぬいていた。怒涛の連続攻撃は止まる事を許さない。既に北斗も準備をしていたからなのか、剣閃とも取れる斬撃を繰り出していた。

 

 

「中々の攻撃ぶりだね。やっぱりブラッドアーツの恩恵は思った以上に大きいみたいだね」

 

「ですが、あれはブラッドだけが使える物ですから、参考にはならないかもしれませんね」

 

「確かに。事実あの後で開発したP66偏食因子の適合はまだ見られないんだ。実際にどんな効果が発揮するのかすら不明だからね」

 

 ブラッドが戦闘を開始し、既にそれなりの時間が経過していた。用意周到に練られた作戦は目論見通り最大限の効果を発揮していた。シエルの一撃から開始された戦いは今の所、一方的な展開となっている。瞬時に幾つもの部位が破壊されたからなのか、サリエルの姿は何時もとは異なっていた。

 既に麗やかな上半身は何度も切り付けられたからなのか、斬撃の痕が残されている。一部のコアなファンの中にはその美しさを一目見たいと行動し、その結果ゴッドイーターが救援に向かっているケースが多々あった。

 そんなサリエルの上半身も北斗が放った斬撃により、両腕は斬り飛ばされ欠損状態となっている。既にこの時点で勝敗は決している様にも見える。しかし、油断する事は一切無かった。それはただの生命体ではない。人々を喰らうアラガミだからこそ、集中を切らす様な事はしなかった。

 

 

「さてと。後の事は僕がやっておくから、サクヤ君はブラッドに今回の趣旨を伝えておいてくれるかい?」

 

「了解しました」

 

 既に画面の向こう側ではサリエルの討伐任務も佳境に入っていた。サクヤとて、今は戦場に出る事はないが、3年前までは第1部隊の副隊長として戦場を駆け巡っている。そんな経験があったからなのか、血の様にオラクルを噴出しながらも辛うじて動いているサリエルの討伐任務が終わるであろう事を理解していた。

 一方の榊もこの状態でブラッドが何かミスをするとは思わなかったからなのか、既にロビーから姿を消し去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そんな事情があったんですね」

 

「確かにこれだけでもかなり分かり易いのは間違いないんだ。ただ、いつもの様な内容じゃないからね。折角君達が居るならば利用しようかと思ったんだよ」

 

 緊急のミッションを終えた北斗達はサクヤから聞かされた今回の件についての確認をしていた。そんな中でブラッドが見たのはドイツ支部で討伐したハンニバル種との戦いを記録した映像だった。

 一部では変異種の噂は出た物の、それがどんな能力を持っているのかはブラッドも知りえない。未だ更新されていないのは、今後の状況を見ての判断だった。

 神速とも取れる捕喰者の存在は厄介以外の何者でもなかった。事実、ドイツと極東以外でこんな場面を見る機会は早々ある物では無かった。

 瞬時に距離を詰めると同時に、その剛腕から繰り出す攻撃は既にゴッドイーターの反応速度から大きく逸脱している。そんな攻撃を意図も簡単に回避しているエイジの様子は北斗だけでなく、ジュリウスやリヴィも驚愕の表情を浮かべていた。

                                        

 この映像から分かるのはアラガミの個体よりもクレイドルの攻撃のイメージが強烈な事だった。何事も無かったかの様に回避しているだけでなく、エイジの行動をフォローするかの様にアリサのレイジングロアが牽制を続けている。その結果、完全に反撃の芽を摘み、こちらの攻撃だけが一方的に出されていた。

 その場に留まる事無く動き続ける事が出来るだけのスタミナと、瞬時に行動出来るだけの判断力は群を抜いている。そんな中で時折攻撃するアネットの破壊力は緩急を要り交ぜた攻撃となっていた。

 突然の緩急が付く事でアラガミの動きにも乱れが出始める。そして最後に止めを刺したソーマの一撃でその映像は終了していた。

 

 

「流石はクレイドルだとしか言いようが無いな。俺達があの領域まで行くのはまだ難しいだろう」

 

「これまでの交戦時間にも比例するのかもしれんな。我々もここまでやれるはずだ」

 

 北斗の言葉に追従するかの様にジュリウスは冷静に見ていた。元々はアラガミの特性を理解する為に見せるつもりだったが、気が付けば既にアラガミの事ではなくクレイドルの戦闘能力の高さに意識が移っていた。

 元々見せるつもりだったからなのか、榊だけでなく後で入室したサクヤもその様子を見ている。ブラッドとは違い、当時の状況と今の状況を理解しているサクヤは違う意味で眺めていた。

 

 

「あの……これの趣旨に関しては理解出来ました。ですが、これと我々の映像とどんな関係があるのでしょうか?」

 

「実はその件なんだが、今後の戦闘時だけでなく、一般に向けての情報を公開する際に利用したいと思ってるんだ。実際に君達の事は既に何度も世界の目にさらされているだけでなく、聖域の件もある。今はまだ本部や他の支部からも話は無いが、今後はどんな事を言われるのか分からないからね。だとすれば今回の様な映像を見せる事によって他に目を向けさせない様にするつもりなんだよ」

 

「はいは~い!榊博士、質問です。これって一般向けって話でしたけど具体的にはどんな人なんですか?」

 

「良い質問だね。実はこの後になるんだが、アナグラの見学をいくつか予定しててね。世間的にはアラガミは怖い物で、それを討伐するのがゴッドイーターの仕事だと理解している。もちろん危機管理能力を持ってないのは困るんだが、今後の事も考えるとそれらを牽制する必要も出てくるんでね」

 

 ナナの勢いの付いた質問に榊は冷静に回答していた。人類にとって強大な敵でもあるアラガミはまさに厄介な存在でしかない。

 既存の兵器を受け付ける事も無く、捕喰する事で自ら学習し進化し続ける。そんな厄介な物をただ恐怖だけで知らしめるのは、今後の防衛に関しても不利に働かせると判断した結果だった。

 その背景には既に幾つも建設が進められているサテライトの中で、一部の防壁を喰い破った事によるパニックが原因だった。極東のアラガミは他の地域に比べれば格段に違っている。

 元々サテライトの計画の最初も増加する人類に対し、何とか出来ないのかと考えた末の計画でしかない。しかし、そんな内容で推し進められたとは言え、それを全員が正しく理解しているかと言えば否だった。

 アラガミに対し、攻撃や防御の術が無い一般人が立ち向かえとは言えない。だからこそ何かあった際に恐怖でその場に留まらない様にするには、アラガミとはこんな物なんだと認識させる方法でもあった。それと同時にゴッドイーターの普段の仕事ぶりも垣間見える。だからなのか、今回の件では色々な思惑を一度に解決する方法でしか無かった。

 

 

「そうでしたか。であれば、我々とて断るつもりもありません」

 

 既にジュリウスが了承したからなのか、北斗もそれ以上の言葉を出すつもりは無かった。何かにつけて発信するのは構わないが、それが回りまわって自分に返ってくるとなれば話は変わる。今の話が正しければ実質的な啓蒙活動である事が理解出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれをですか?」

 

「そう。今の所はまだ一部の人間しか見てないから、問題にはならないと思うんだけどね」

 

 ドイツでの映像の事はアリサだけでなく、エイジやソーマも理解していた。これまでに無い形の映像はある意味では見本となる部分がそこにあった。教導の際にはエイジとナオヤが戦っている映像を結果的には殆どの人間が目にした事によって、今やっている完成形が分かり易い形で見えていた。

 目標が無いままに動くよりも、特定とは言え目に見える形のゴールがあれば誰もがそこに向かって行動をする事になる。当時の映像を今さら削除した所で何かが変わる訳では無い。だからなのか、エイジだけでなくナオヤも黙認していた。

 しかし、今回の件はまたそれとは状況が異なっている。確かに目で見た方が文字だけよりも情報量は格段に多い。教導の面で見れば良い事づくしではあるが、それと同時に一抹の不安もそこにはあった。

 戦闘そのものは問題ないが、それを真似できるのかと考えた場合、確実に一度は考えるかもしれない。しかし、それが事実上不可能だと判断した際には本人のモチベーションが大幅にダウンする可能性もあった。

 技術は一朝一夕で身に付く物では無い。地味とも言える行動を繰り返す事によってその行動が無意識の内にでも出るレベルまで到達するには、やはり時間が必要だった。そんな中でのあの映像の事を理解しているのかと、少し勘繰る部分があった。

 

 

「私は特に構いませんけど、エイジやソーマは良いんですか?」

 

「俺は気にしない。だが、エイジはそう思っていないみたいだな」

 

「教導教官なんてやってると色々と考えるんだよ。実際に同じ様な事をしたからと言って確実にアラガミが討伐出来る訳でも無いからね」

 

「それは考えすぎじゃないですか?」

 

「そうなんだけど……」

 

「どうせ榊のオッサンが何か画策しての話なんだろ?だったら何かが起これば丸投げすれば良いだけだ」

 

 渋るエイジにソーマはあっけらかんとした回答を口にしていた。以前にであれば確実に断るはずが、今は肯定している。何があったのかは分からないが、今は確かにソーマの言う通りだった。映像だけで何かが起こる訳では無い。そんな事を思いながら3人は使用許可のサインをしていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。