神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第35話 二人を応援

 一緒に出る訳には行かないからとタツミは時間差で温泉から出ていた。ここで誰かが居れば何かしらの揶揄う言葉の一つも出るが、生憎とここには誰もいない。目的の人物が同じだからなのか、2人はそのまま弥生の元へと歩いていた。

 

 

「あら?2人とも一緒だったの?」

 

「ええ。そんな所です」

 

「折角なんだし、一緒に入れば良かったんじゃないの?エイジ達だって偶にそうしてるわよ」

 

 何気に暴露された言葉にヒバリは少しだけアリサに同情していた。何だかんだと一緒に行動するからなのか、いつまでも新婚気分が抜けきっていない部分がある為に、アナグラでは既にバカップルの称号が本人達の知らない所で認定されている。もちろん弥生とて人を見て話す為に、多少は何かの潤滑油代わり程度にしか考えていなかった。

 先程の言葉から考えれば、偶然とは言え、一緒に入った事は知られている可能性が高い。事実、弥生の言葉と投げかけられる視線には大きな隔たりが存在していた。

 

 

「それで要件って何ですか?」

 

「そうそう。ヒバリちゃんは知ってると思うけど、ここ最近はゴッドイーターの結婚が割と増えているの。で、極東支部としてはこれを機に着物以外の販売も考えてるのよ」

 

 弥生の言葉にヒバリは以前に見た他の支部と極東支部の人材の分布を見た事を思い出していた。

 ゴッドイーターと言えど人間である。お互いが認識すれば結婚だって可能性が無い訳では無い。ただ、それに伴う妊娠による部隊の低下は看過できないとのレポートが来ている事を知っていた。

 もちろん弥生も秘書である以上、その事実は知っている。それと今回の件がどう関係するのかは何となく想像が出来ていた。

 

 

「まさかとは思いますけど、ドレス関係ですか?」

 

「そうよ。今回は思い切ってウエディングドレスの販売を視野に入れようかと思うの。それで妙齢の人達には声をかけているのよ」

 

「あの、因みに誰が?」

 

「今の所はアリサちゃん達かな。後は他にも声はかけているけど、年齢の関係もあるからちょっと難航しているのが本当の所かな」

 

 弥生の言葉にヒバリは改めて極東支部の年齢層を思い出していた。クレイドルは問題無いが、恐らくサクヤは良くてもリンドウが嫌がるのは想像出来る。コウタとマルグリットは何とも言えない。ソーマとシオに関しては性格を考えれば論外だった。

 一方でブラッドも全体的には年齢はまだ低い。シエルとナナは論外で、リヴィも雰囲気的には行けるが、相手が誰なのかにもよるかもしれなかった。男性陣であればジュリウスかギルだけ。北斗とロミオは間違い無く対象外となっている。着物とは違い、年齢層を考えれば確かに厳しい事に違いはなかった。

 

 

「それが今回の要件なんですよね?」

 

「そうね。前向きに考えてくれると嬉しいかな」

 

「因みに相手は?」

 

「ドレスがメインだから男性陣は適当になると思うわ。それが嫌ならタツミさんでも良いわよ」

 

「え、俺もですか?」

 

「嫌なら良いわよ」

 

 何気に話が飛んできたからなのか、タツミはどこか困惑気味だった。決して嫌では無い。ただ、着るのであれば撮影ではなく実際にしたい。そんな気持ちが勝っていた。

 事実、タツミが弥生に相談しようと考えていたのはそれに限りなく近い内容。まさかそんな話が出るとは思わなかったからなのか、僅かに驚きの表情が出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。私個人として答えれば良い?それとも支部としての言葉の方が良いかしら?」

 

 ヒバリとタツミは結局食事まで終えてから一旦はお互いが離れた状態で弥生と話をしていた。立場から考えれば、今のタツミの心情に一番相談に乗り易く、また何かをするにしても事実上、榊の許可と等しい部分がそこにあった。

 これまでの状況は弥生とて知っている。既にウエディングドレスの話が出ている以上、一番手っ取り早いと考えた末の相談だった。

 

 

「個人的な部分の方が有難いですかね。実際には俺が考えていてもヒバリちゃんがそう考えているかは分からないので」

 

「因みに聞くけど、ヒバリちゃんと具体的な話ってした事は?」

 

 弥生の言葉にこれまでの状況を思い出していた。エイジとアリサが式を挙げた際に、そんな事を口走った記憶はあったが、当時はまだ支部内が慌ただしい状況だった為に何時もの軽口の様な扱いを受けていた。

 しかし、当時と今は状況が大きく変わっている。既に支部内は聖域の事がある為に一部の部隊は苦労しているが、それ以外は完全に安定していた。当時と唯一違うのは自分が置かれた立場だけ。

 忙しさが今後も緩む事は可能性としては無い事だけは間違い無いからと、タツミは自分達の事を改めて考えていた。

 

 

「……まだ…ですかね」

 

「だったら一度お互い話したらどう?折角ここに来たんだし、一日位ならどうとでもなるわよ。タツミさんだって明日の午後までは余裕があるでしょ?」

 

「ええ。まぁ」

 

 各自のスケジュールを完全に把握しているからこそ出た言葉だった。確かに温泉で話した最後の方は今までと同じ様な空気になりつつあった。固さがなくなり何時もと変わらない。だからなのか、タツミは何か覚悟した様な眼で弥生を見ていた。

 

 

「そうだ。一つ聞きたい事があったんだけど、一部の噂でタツミさんは同じ部隊の娘と随分仲が良さげだって聞いているけど、本当なの?」

 

「仲が良いのかと言われれば何とも言えませんが、人間関係は円滑ですよ。実際にそうで無ければ部隊運営は出来ませんから」

 

「……タツミさんはそれで良いと思うけど、ヒバリちゃんはそう考えてるかしら?実際に些細な事で男女の仲は簡単に壊れる物なのよ。ヒバリちゃんが言い寄られている事知ってるでしょ?」

 

 弥生の言葉にタツミは改めてジーナから聞いた噂を思い出していた。その話は当時の自分と重なる内容。人聞きの為に実際にどんな状況だったのかは何も知らないままだった。

 それに対し、自分にまさかそんな噂が出ているなんて事は思ってもいなかった。嫉妬までは行かなくとも仮に自分が同じ立場だった場合、気持ちが良い物ではない。相手の事を思い過ぎた結果、不安にさせていた事を漸く理解していた。

 

 

「だったら、直ぐに話をしないと」

 

「話した所で、それで収まるの?」

 

 弥生の表情は先程とは違い真剣そのものだった。ヒバリは実質的にはオペレーター部門のトップとなっているだけでなく、任務中のゴッドイーターの精神的な支柱となっている。些末な男女間でその能力が発揮出来ないとなれば支部にとってはマイナスでしかない。だとすれば何をどうすれば良いのか。タツミが密かに計画している事を見透かしたかの様に弥生はタツミに話しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かにそうかもしれないわね。でも、それは私に話すんじゃなくて本人に確認してみたらどう?」

 

 タツミの話が終わると今度はヒバリとの話になっていた。弥生としても応援したい気持ちはあるが、エイジ達とは違い、状況はかなり異なっている。

 同じゴッドイーター同士とは違い、戦闘員と非戦闘員は案外と精神状態や環境が大きく異なる事が多く、確かに2人の関係は良好ではあったが、今回の様に離れる機会が多くなればなるほど心の内は揺らぎやすくなっていた。

 

 ヒバリの様に身持ちが固いのであれば特に気になる事は無いのかもしれない。だからと言って、それとこれは別問題。戦場の恋の様にお互いの精神状態が極限の中では、冷静になれる事が多く無いのも事実だった。

 特にタツミの立場は尤もその環境に近い。これまでに何度も部隊の危機を救った経験が多い事をヒバリ自身が一番知っている。

 オペレーターであれば部隊の状況確認は日常でしかない。ましてやヒバリ自身も何度かそんな場面に遭遇している。当時は安堵感でそれ以外に意識は向かなかったが、時間が経つ事によって改めて考えていた。

 まだタツミと付き合う前に本部で話を聞いた当時の状況に近い。そんな中での噂は何かを決定付ける可能性が高い事も理解していた。ヒバリからの相談はタツミから聞いたそれに近い物が存在していた。

 

 

「確かにそうなんですが、実際に顔を見ると中々……」

 

 何時もの様な溌剌した雰囲気は無かった。ヒバリとて人生経験がそう多い訳ではない。

 以前にアリサやエイジから相談された事はあったが、それはあくまでも自分には関係が無いから冷静になれる話でしかない。これが自分の事となると話は変わってくる。

 その結果、ヒバリが相談出来る人間となれば実質的には限られていた。

 

 

「参考までに聞くんだけど、今までもこんな事が何回もあったかと思うんだけど、どうして今回はそうなの?」

 

「色々と考える事があったので……」

 

 弥生の質問にヒバリの回答は歯切れの悪い物だった。そんなヒバリの様子を見て思いついたのは一つの可能性。今回のウエディングドレスの影響なんだろうとおぼろげながらに考えていた。

 

 

「確かに色々とあるわね。タツミさんも今晩はここに泊まる予定だから、ヒバリちゃんもどう?話す時間は多ければ多い程良いと思うわよ」

 

「でも、タツミさんの迷惑になるんじゃ……」

 

「ヒバリちゃんらしく無いのね。タツミさんがそんな狭い了見だったら、ここから叩き出すから大丈夫よ」

 

 弥生はウインクしながらヒバリに話す。いつもの調子に戻っただけでなく、自分の心の内容を吐露したからなのか、ヒバリはどこかスッキリとした様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はありがとうございました」

 

「私は何もしてないわ。2人で話した結果でしょ」

 

「でも、昨日よりはスッキリしましたので」

 

「私で良ければ相談にのらせてもらうわよ」

 

 2人は何かしらの話が出来たからなのか、明るい表情で屋敷の門から離れていた。お互いが思い過ぎた結果なのか、それともお互いの連絡が足りなかったからなのか。原因は大よそ見当が付くも、恐らくは何かしらのキッカケが一気に進む可能性だけは残っていた。

 それと同時に、タツミと話した際に感じた決意。だとすれば何かしらの刺激になるだろうと考えたのか、弥生はとある所へと連絡を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうね。私としては問題無いわよ。相手も居ないし折角着れる機会があるなら良いかもね。因みに他には誰に?」

 

「今の所はアリサちゃん達だけですかね。それ以外だとサプライズがあるかもって所ですね」

 

 モデルとして打診していたジーナから快諾の返答が得られた事で弥生は珍しくホッとしていた。特に今回に関してはアリサだけでも出来ない事はないが、やはり色んなケースが会った方が結果的にはバリエーションが増える事になる。

 良くも悪くもアクが強いキャラクターは何かと引き立たせるには都合が良かった。ジーナから出た条件は眼帯はそのままにだけ。元からそれは想定していたからこそ、条件に関しては何も言う事は無かった。

 

 

「それってタツミとヒバリの事かしら?」

 

「ご存じでした?」

 

「ええ。実際に私もタツミの事は焚き付けた側だしね。折角こんな機会があるんだから活かさない手は無いと思うんだけど」

 

「そうですね。私としても今回の件は本当に偶然でしたので。これを機に少しは良くなると良いですね」

 

 ジーナも予測していたからなのか、弥生との会話は随分とスムーズに進んでいた。元々ヒバリの状況を教えたジーナとしても、そろそろアクションを起こさないと、長すぎる春ではないが、ズルズルと続けるのは厳しいと考えた結果だった。

 これまでにもゴッドイーター同士で付き合うケースは多いが、全員が必ず上手く行く訳では無かった。万が一別れた際には部隊が違えば大きな問題は起きにくいが、タツミの場合は、確実にヒバリと会うケースも多く、また立場的には上手く行ってくれた方が何かと有難かった。

 一緒になればなったで面倒な事はあるだろうとは思うが、自分が焚き付けた以上それ位の迷惑は甘んじて受けても良いだろう。そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?それってどう言う事ですか?」

 

「すみません、こちらの手違いで……この差額に関しては此方の落ち度なので頂きませんので」

 

 メールを確認したタツミはとある店で頼んだ物を受け取りに足を運んでいた。元々頼んだ物はデザインリング。暫くの間会う事が出来なかったのと、当時はまさかこんな状態になるとは思わなかったから何気に頼んだはずの物だった。

 確かにデザインリングとしても若干シンプルだとは感じたが、ヒバリがどんなデザインが好みなのかが分からなかった為に無難な物を選んでいた。しかし、店頭に受け取りに来て見たそれは、明らかにデザインリングではない。寧ろシンプルな中にもどこか豪華な感じのそれは事実上の結婚指輪に近い物だった。

 

 タツミとしてもいつかはと言った感情はあるが、それが今なのかと言われれば安易に返事が出来なかった。まだヒバリには何も言っていないと言うのが最大の理由。先だっても自分の後で弥生と何か話しをしている事は知っていたが、結局は何も分からないままだった。

 本来であれば、その差額で同じ物がもう一つ作れる様な金額。とてもじゃないが、間違いでしたと言われて素直に頷ける程タツミは楽観的な性格では無かった。

 

 

「はぁ……でも、これってシルバーじゃなくてプラチナですよね」

 

「ええ。どうやら発注書の不備があったのが原因の様です。既にこちらとしても受け取って頂ければありがたいですね。どうしてもと言われれば、改めてお作りしますので」

 

 店員の言葉にタツミは改めて考えていた。間違いとは言え、こちらが頼んだ物に比べれば、遥かに高額な物に違いない。売却するつもりは毛頭ないが、何かしら使える可能性の方が高い。そんな考えが見えたからなのか、タツミの表情を見た店員は申し訳ない様な表情はしていなかった。

 

 

「いえ。これはこれで購入しますので。ですが、その差額は支払います」

 

「いえ。私どもの手違いをお客様に押し付ける様な真似は出来ませんので。当初の金額で購入して頂く。そう言っていただければ助かります」

 

 どこか納得がいかないまでも、自分が損をした訳では無い。後々の事を考えると渡に船かもしれない。そんな妥協めいた物があったからなのか、タツミは店員の表情を見る事は無かった。

 

 

 

 

 

「ええ。はい。その様にさせて頂きましたので……いえ。我々としてもあの程度であればお安い御用です」

 

 店員はタツミが店から離れた事を確認すると、すぐにとある人物へと連絡をしていた。当初持ち込まれた話にどこかいぶかしく思う部分はあったものの、詳細を聞くにつれ、今回の横槍とも言える依頼を引き受ける事にしていた。

 元々今回のイベントの件に関しては既に協賛しているだけでなく、一部の商品は事実上の宣伝になるからと、そのまま応諾していた。タツミとヒバリが知らない部分では着々と外堀は埋められていく。当人達が気が付かないまま、撮影の当日を迎える事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は宜しくお願いします」

 

 いつもの広報誌で慣れているからなのか、今回の参加者は特に気になる様な部分はどこにも無かった。

 初めの頃は何かと緊張するケースもあったが、既に数える事すら不要だと言わんばかりに撮影をされた事によって誰もが気にする事なく撮影は開始されていた。これまでに用意されたウエディングドレスを数点着替えていく。今回の参加者が思ったよりも少なかった事もあってか、撮影には思った以上に時間がかかっていた。

 

 

「まさか貴方が受けるなんて、どんな風の吹き回しかしら?」

 

「俺が受けたのは、今回の件で報酬が出るからだ。で無ければ態々こんな場所に来る必要は無いからな」

 

「あら?報酬なんて出るの?」

 

「厳密にはそうでないかもしれないが、今の俺にとっては同じ様な物だ」

 

 ジーナの視線の先にはカレルが珍しく白いタキシードを着て準備をしていた。元々カレルの元にも依頼は来ていたが、面倒事に首を突っ込む様な真似はしたくないからと拒否していた。

 

 しかし、些細な事から状況は大きく変わっていた。カレルが経営する病院にはこれまでに無い程の患者が殺到していた。患者が来れば病院としては経営的には有難いが、それと同時に困った事も出ていた。いくら神の手と呼ばれる医者だとしても肝心の薬が無ければ話は進まない。増大する患者に対し投与出来る薬は限られていた。

 薬効を考えれば安易に減らす事は出来ない。下手に耐性を持たれると、今度は治療そのものが困難になる可能性が高かった。

 そんな中で弥生から提案された内容はカレルにとっても拒否する必要が無かった。いくら大金を積もうが、一般に出回る薬そのものはそう多くは無い。ここで非合法な薬を使えば今度は治療そのものが出来なくなる可能性もある。まるで謀ったかの様に窮地に差し出された弥生の提案はカレルにとってはまさに魅力的な物だった。

 

 

「なるほどね。身を挺してやってるって訳ね」

 

「俺がこんな物に出るだけで融通してくれるのならば安い物だ。今のご時世、金だけではどうしようも無い事の方が多いからな」

 

 ジーナとカレルの前に映る光景はアリサとエイジが数点の衣装を変えながら撮影している様だった。既に一度は来ている為に随分と手馴れている様にも見える。だからなのか、その表情には余裕が感じとられていた。

 

 

 


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