神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第33話 打ち上げと目的

 

「お疲れさん。随分と今回の件は参考になったんじゃないのか?」

 

「はい。お蔭さまで随分と勉強させて頂きました」

 

「そうか。今後の件についてだが、当初予定していた日程よりも随分と早かった事もあってか、クレイドルには明日一日だけだが、色々とお願いしようかと思っている。極東でも散々やったとは思うが、今回の件も踏まえて学ぶと良いだろう」

 

「はい」

 

 討伐の結果と同時に支部長からは今後の予定について聞かされていた。

 元々今回のアラガミのデータと討伐に関しては支部長マターとなった為に大きな混乱も無くデータはそのまま極東の方へと流されていた。想定外のアラガミがもたらしたインパクトはあまりにも大きすぎた。欧州では一部では強固な個体が出る事はあるが、新種に関しては完全に想定外。アネットの派兵と並行して行われた事が完全に成功していた。

 

 支部内では完全に浮かれた雰囲気になっているが、ドイツ支部の幹部からすれば看過できない内容でしかない。今回の件で事前に本部にも応援を要請したものの、遠回しに断れた事実があったのは現場の人間は何も知らないままだった。苦渋の決断とは言え、本部に対する疑心暗鬼な空気は今もなお根深く残されたままだった。

 

 本来であれば極東支部の様な発言権はどの支部にも存在している。しかし、あくまでも建前の話であって、実際には口にする機会は存在していなかった。ドイツ支部はまだフェンリルから配給を貰っている立場。下手に事を大きくすれば、何らかの障害が発生する可能性もある。だからこそ、ゲスト扱いで本部に対し、誤魔化す手段を取っていた。

 

 

「それと、明日は一日如月中尉が教導に入る事は通達してある。アネットもそのつもりで居てくれ」

 

「了解しました」

 

 後で知った話ではあったが、今回の討伐に関しては元々はアネットの教導を兼ねた物であったと知らされていた。だからこそ最初は指揮権を委ねたものの、想定外の行動からすぐさま指揮権の移譲がなされていた事実をアネットはここで知らされていた。

 あれ程の速度を持ったアラガミに真正面から対峙すれば、どんな人間であっても確実に吹き飛ばされてしまう。事実アネットもギリギリで防ぐ事が出来たのは僥倖以外の何物でも無かった。アネットとしてもまだまだである事から日程が空くのであれば、学ぶべき事はまだまだある。支部長からの言葉に改めて自身に誓いを立てていた。

 

 

「所で、極東では毎回ああいった事をしてるのか?」

 

「それはどう言う事でしょうか?」

 

 支部長の言葉の意味が何一つ分からない。自分達が任務に入っていた際にここで何が起きていたのかを正しく理解出来るはずも無く、その結果、疑問だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の榊の名代として参らせていただきましたシオと申します。短い期間ではありますが、宜しくお願いします」

 

「ああ。今回の件に関しては我々としても渡りに船の様な物だ。来て頂いたのも有難いと考えている。出来る限りの事をしよう」

 

 アネット達が緊急で出動している頃、シオは支部長室で深く頭を下げ挨拶を行っていた。元々シオが同行する予定は無かったからなのか、何時もは強面の表情をしている支部長もどこか緩んだ表情を浮かべていた。その原因はシオの姿だった。

 極東では当たり前の様に着ている物だが、ここではかなり珍しいだけでなく、またそれがどれ程の価値があるのかはおぼろげながらに理解していた。白を基調としながらも描かれた絵柄がそうなのか、今のシオは完全に大和撫子を体現した着物姿の淑女であった。

 普段はどこか天真爛漫な言動をしているが、普段の屋敷の中では舞だけでなく、何かがあっても問題ない振る舞いを常に行っている。これまで何人もの外部の女性を見る機会があった支部長も、今のシオの姿には圧倒されていた。

 一つ一つの行動に優雅さが見てとれる。恐らくはこれから行くであろう本部での華として派遣されたのか、それとも何かしらの都合があるのかは分からないが、優雅な笑みを浮かべるその姿に、支部長も何時もの様に言えずじまいだった。

 

 

「そう言って貰えれば助かります。何せ無作法故に、ご迷惑をお掛けするのでは無いかと、当支部長の榊も申しておりましたので」

 

「我々も同じ様な物。滞在期間も短い以上、気にする必要は無いですから」

 

「お心強い言葉、ありがとうございます」

 

 談笑に近い物ではあったが、やはり支部長室の中はどこか違う空気が流れていた。お茶を用意した秘書でさえもシオの姿と振る舞いに圧倒されている。そんな事もあってか、何時もとは違う支部長の態度に気が付かないままに退出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ~そう言われれば、確かにそうかもしれませんね」

 

 支部長の言葉にアネットは一つの可能性を見出していた。正確には極東支部ではなく屋敷での話である事は直ぐに察していた。当然の様に浴衣や着物を着ている事が多く、時折旧時代の文化の継承とばかりに何かしらの教導をしている。アネットは直接見た訳ではないが、時折浴衣姿で歩くリヴィやマルグリットを見た記憶が確かにあった。

 

 

「極東支部はフェンリルの一部の上層部も何かと関心がある様だな。時折、他の支部長とも話題として出てくる事がある。俺も一度は行ってみたいものだな」

 

 何か思う部分があるのか、支部長はアネットの存在を無視するかの様に話をしていた。

 他の支部とは圧倒的に何かが違う。広報誌で見る事はあっても実際に足を運ぶ機会が無いからなのか、アネットとしても支部長の気持ちが分からないでも無かった。

 

 

「そうですか……ですが、出てくるアラガミはここの比では無いですね」

 

「そうか……それは当然だな。そう言えば整備班の連中がクレイドルの神機を見て驚いていたからな。俺達が使う物よりも明らかに性能が違い過ぎる。特に如月中尉の神機に関しては極東の榊支部長からも特記事項として案内が来てたからな」

 

 ハンニバル討伐の情報は実際に画像で確認していたからなのか、討伐が完了した瞬間会議室内は歓喜に見舞われていた。これまで幾度も部隊を全滅させたアラガミはドイツ支部内に鬱憤を残したままだった。

 当初は厳しい視線も飛んでいたが、鮮やかとも取れる交戦状況に誰もが食い入る様に画面を見ていた。素早い動きを物ともせずに回避しながら攻撃を繰り返す。事実、アネットも戦場で戦っていた際に、エイジとアリサが盾を展開した場面を見た記憶は殆ど無かった。

 ハンニバル特有の逆鱗を破壊しなければ多方面への一斉攻撃が来る事は無い。精々が火球を回避か受け止める程度。そう考えるとクレイドルのレベルがどの辺りにあるのかは考えただけでもゾッとする程だった。全員が事実上の部隊長レベル。そう考えるとその差は歴然としたままだった。

 この中でまともに対峙出来る人間は何人いるのだろうか。そんな取り止めの無い考えだけが全員に過る。そんな中で止めを刺す連携は見事だとしか言えなかった。

 

 

「私もずっと出てましたが、今後の事を考えるのであれば、短期でも派遣させるのも手かもしれませんね」

 

「だろうな。俺も見たが、神機のレベルがそもそも違い過ぎてる。聞いた話だと曹長クラスでも指揮も執れるとも聞いている。今後の課題にするのが良いかもしれんな」

 

 何かを考えているからなのか、支部長は既に何かを思案している様だった。完全に脅威は無くなった訳では無いが、当面の脅威は無いのも間違い無い。今後の課題も見えたからにはそれに近づける事だけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここもやっぱり同じですね」

 

「全くだよ。でも、仕方ないだろうね」

 

 エイジとアリサは未だ喧噪止まない集団から少しだけ距離を置いていた。帰投直後に見た光景はこれまでの経験に無い程だった。賞賛と期待が入り混じる視線の先に何かが見える。確かに極東でも厳しい戦いの後は毎回馬鹿騒ぎする事が当然の様だったが、ここでもやはり同じ結果だった。まだ夕方にすらなっていないにも関わらずアルコールが入っているからなのか、騒ぎが止む気配は一向に無かった。

 

 

「そう言えば、榊博士にデータ送ったけど、解析は少しかかるみたいだね。どのみち極東に戻ってコアの解析をしない事には進まないだろうね」

 

 何時もであればもてなす側のエイジも今回に限っては完全にもてなされる側となっていた。何時もと変わらない任務のはずが、到着した際に全員が笑顔で駆けつけてくる。今回のアラガミの脅威を考えれば、それはある意味では当然の事でしか無かった。

 本来であれば、新種が出た際には直ぐにレポートの作成や今後の展望など、考えればキリが無いと思える程にやるべき事は多々ある。にも拘わらずドイツ支部に至っては、そんな事は後回しだと言わんばかりに今回の様な騒ぎが早々目開始されていた。

 

 

「確かにあの動きは厄介ですね。初見で対応できるケースはそう多くないでしょうから」

 

 アリサの言葉にエイジもまた今回の戦いを改めて思い出していた。神速とも取れるハンニバルの圧力は通常の物とは段違いだった。

 攻撃に特化しているからなのか、あの動きに慣れる頃には人によっては捕喰されている可能性すらある。ここで出没した物が極東に現れる可能性は否定できないが、それよりもここの方が更に可能性が高い事は間違いなかった。

 帰投中に支部長からお願いされた明日一日の限定での教導は恐らく今後の事も含め、何かしらの要件があるからだろうとエイジは考えていた。アラガミの前では如何なゴッドイーターと言えどちっぽけな存在でしかない。それはアラガミが世界に現れてから今に至るまでの純然たる事実だった。人知れずエイジの手に力が入る。今後の事を考えれば素直に酔える雰囲気では無かった。

 しかし、そんな思考は長くは続かなかった。気が付けば隣に座っているアリサが微妙に揺れている。どう見ても何かに酔っている様にしか見えなかった。

 

 

「アリサ。まさかとは思うけど、飲んだの?」

 

「ここでは私の年齢でも大丈夫らしいですよ」

 

 頬が薔薇色に染まっているからなのか、それとも厳しい戦いを終えた後だからなのか、アリサは表情は何時もの凛とした雰囲気がどこにも無かった。ここでサテライトの仕事が出来る訳でもないからなのか、完全にリラックスしている。極東では口にする事が無かったアルコールは恐らくはアリサの味覚に合ったからなのか、一口だけ飲んだ様には思えなかった。呼気からも僅かにアルコール臭が漏れると同時に、眼も潤んでいる。何時ものアリサを知っているエイジからしても、今のアリサはどこか扇情的にも見えていた。

 少しだけ遠くに離れているからなのか、エイジの肩に頭を乗せ、少しだけまどろんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではまたの機会に」

 

 エイジ達を見送りに来たのはアネットだけだった。昨日の教導の効果なのか、戦場に出ていない者の大半は何かしらの痛みを訴えていた。

 丸一日しかないからと、支部長の発案で希望者全員が教導を受ける事になっていた。

 元々やっていた事だったからなのか、エイジは気にする素振りは一切無い。しかし、受けた人間は初めてだったからなのか、改めて二つ名の意味を骨身に刻む結果となっていた。

 初めの頃はアネットも心配する様な部分はあったが、戦力として見た場合、確かにここの曹長は極東の上等兵か若しくはそれ以下の可能性が高いと感じていた。厳しければ厳しい程、それが自分の血肉となって蓄えられていく。自分が実感しているからこそ、ただ黙って見ている事しか出来なかった。

 既に死屍累々とした訓練場はどこか異様な雰囲気が漂っている。アネットの隣に居た支部長も初めて見たからなのか、口元は完全に引き攣っていた。

 

 

「また何時でも極東に来てください」

 

「はい。時間を作って行かせて頂きます」

 

 ヘリに乗り込んだ事によってアネットの姿は徐々に小さくなっていた。事実上の目的でもあったドイツ支部での内容はそのまま榊の下へと送られている。これから行く本部の事を考えれば頭が痛くなる可能性はあったものの、今回の内容に比べれば可愛い物でしかなかった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、今回の目的はこれで終わりみたいな物ですけど、本部では何をするんですか?」

 

「今回はダミーの予定みたいだからな。俺は元々インビテーションが来てたからこのままフォーラムに参加だ。アリサは何かしらの予定が入ってたんじゃないのか?」

 

「一応はサテライトの件でとは聞いてますが、詳しい事までは何も聞かされていないんですよ」

 

 アリサが言う様に、建前はソーマとシオの護衛として来ている為に、公式な予定では無かった。サテライトの計画もある程度軌道には乗っているが、それでも万全とは言い難い物がある。何かしらのクレームを付けられる訳でも無いだとろうと、一先ずは現地に着いてから考える事にしていた。

 

 

「向こうでは僕も一緒だから、どうとでも対応できるから」

 

「そうですね。でもあそこに行くのは久しぶりです」

 

 当時はまだキュウビを追いかけていた頃にここに来ただけの記憶しかなかった。あの頃に比べれば今はかなり状況が異なっている。当時の事を懐かしく思いながらも最後の目的でもある本部へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ソーマは良かったんですか?」

 

「この場は俺には似つかわしく無い。ここではシオが最優先だ」

 

 当初予定された内容は問題も無く完了していた。既に恒例となった晩餐会はフォーラムの恒例行事となっている。何時もであれば何か適当な予定を付けて辞退していたソーマも、今は珍しくタキシードを身に纏い、どこか苦々しい表情で会場の壁際に佇んでいた。

 元々これがある事を知らなかった訳では無い。初めて来た際には無明の後ろに居た為に、ソーマに話題が振られる事は余り無かったが、今回に関してはシオの件があったか為に拒否する事は出来なかった。

 事実、この会場の中でも男性陣の参加者の中ではソーマが一番若い。周囲には既に慣れた空気を醸しながら談笑している人間が何人も居る。以前に聞いた社交界での噂。それにどんな意味があるのかは分からないが、貴族の会話はソーマに取っても何かと気になる部分も確かに存在していた。

 笑顔の裏には隠された刃で何かを裂こうとしている様な剣吞な空気は、ある意味では厄介な物でもあった。人一倍聴覚に優れたソーマからしても、時折聞こえる物騒な話は思わず顔を顰めたくなる程。人間の醜い部分を見せつけられる様な気がしたからこそ、一人この場から離れていた。

 

 

「なるほど。確かにあれでは大変そうですね」

 

 アリサの視線の先には何人かの壮年の男性と話し込んでいるシオの姿があった。当初シオが参加すると聞いた際にはアリサとソーマは心配する部分が多分にあった。屋敷での行動を考えると、決して安心できる材料が無い。しかし、今遠目で見ているシオはどこか別人の様にも見えていた。

 微笑みを浮かべながら場の空気を壊す事無く何かの話をしている。何時もとは別人だと言わんばかりの姿はソーマにとっても複雑な物となっていた。

 

 

「そう言えばアリサの方はどうだったんだ?」

 

「私の方は問題はありませんでしたよ」

 

 シオ同様にアリサもまた着物姿でこの会場の華として参加していた。当初は護衛だからと拒否していたものの、やはり今回の着物の件で弥生から話は出ていた。見本としての着物は今後の部分でも何かと重要となる。だからなのか、アリサも渋々参加していた。

 これまでであれば何かしらの声がかかるケースもあったが、ここでもやはりエイジの名は絶大だった。最初の段階で妻として紹介されただけでなく、一時期は水面下で自分の懐に入れたいとの思惑があったからなのか、アリサにおいそれと声を掛けるケースは無くなっていた。

 万が一何かあれば心象は最悪になってしまう。未だ諦めていない人間からすれば下手に手を出す訳には行かなかった。

 

 

「そうか。だが肝心のあいつはそうでも無さそうだな」

 

「え?……私、ちょっとここから離れますので」

 

「ああ。だが、極東支部の恥は晒すなよ」

 

 ソーマの視線の先に居たのは見た事もない女性と談笑するエイジの姿。既婚だろうと、ここに参加する女性からすれば指輪はお守りどころか何の役にも立たない。そんな光景を見たからなのか、アリサは静々とエイジの下へと歩いていた。

 幾らアリサと言えど、こんな場所で癇癪を起す様な事は無いだろうと考えはしたが、それは既に当事者の話であって自分には関係の無い話。気が付けばシオの周囲も少しづつ人が増えたからなのか、ソーマは改めてグラスを片手にシオの下へと歩き出していた。

 

 

 


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