神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第31話 緊急出動

 支部長室内は重苦しい空気に包まれていた。

 ドイツの状況を何も知らされていなかったアネットは榊の言葉に落胆を隠せないでいた。元々予定していた日程の半分を過ぎた頃に飛び込んで来た今回の情報が全ての原因だった。

 極東に派遣される前に言われた事実がここにのしかかる。今回の件でアネットが感じたのは神機の火力だけでなく、そのチームワークと互いの意志の共用が余りにも高い次元にあった事だった。討伐そのものは何の問題もなくこなす事が出来たのは、偏に各自の技量が高い事が要因だった。

 ここではハンニバルだけでも通常種と浸食種。更にはその発展系とも言えるカリギュラ種の存在がある。事実、アナグラに戻る際にエイジが不意に放ったカリギュラ種の個体の強靭さは、余りにも脅威過ぎていた。

 こことドイツではアラガミの強度が異なるのはアネットとて理解している。それ故に一人一人の神機が強化されているのは当然の結果だった。そんな状態にも拘わらず、最近出没したカリギュラの変異種の話にアネットは一抹の不安を覚えていた。これまで必死に努力した結果が水泡に帰す可能性が高い。思考の隙間を刺す様に、そんな嫌な考えが忍び込んでいた。

 

 

「これは現時点で分かっている事なんだが、ドイツに現れたハンニバル種は恐らく何かしらの能力を持っている可能性が高い。その件で今回は特別に我々からも戦力を派遣させるつもりなんだ。これに関しては既にドイツ支部と話は付いてるからアネット君が心配する必要は無いよ」

 

「はぁ……」

 

 アネットの心情を事前に考えた結果だったのか、榊は改めて説明をしていた。これまでの結果から考えれば、ドイツ支部だけに出没すると言った考えは何処にも無く、後々は極東にも出没する可能性が高い。それだけでなく、その能力を勘案すれば気楽になれる要素が存在していなかった。

 

 今回の討伐に関しても、本来であれば何かしらの報酬のやり取りが出るのは当然ではあったが、極東からの派兵コストはドイツ支部にとっても大打撃となってくる。それ故に今回は対象アラガミのデータ採取の為にコアを提供してもらう事で落ち着いていた。

 本来であれば新種のアラガミのコアは厳重に保管した後に然るべき所で解析をするのが当然ではあるが、このアラガミに関しては既に予測された能力が厄介だと判断した結果、従来のやり方をするつもりは一切無かった。

 

 まともなやり方をすれば、変異種のコアは確実に本部が召し上げる事になるが、最終的にはそれで終わり、情報が共有化される事はあまり無い。戦闘時のデータを解析すれば理論上はアラガミの能力を解析出来るとの見解がこれまで欧州における常識となっていた。

 討伐が完了した新種の情報の共有化は必須となっている。事実、極東で出没したアラガミのデータはすぐさまノルンを通じ、他の支部へも発信されている。しかし、本部に関してはこちらからの依頼が無い限り、積極的な発信をする様な事は無かった。

 

 その結果、本部だけ知り得た情報を支部が知る由も無く、結果として多くの血が大地を染め上げる結果となっていた。当時は何度も抗議したものの、データ上でのやりとりしなく、結果的には行き当たりばったりな部分が多分にあった。その結果、他の支部でも独自に情報収集をする為の措置として常に頭を悩ませていた。

 机上の空論ではやはり完全解析をする事は事実上不可能でしかない。そんな思いがあるからこそ、ドイツ支部としては極秘裏に極東支部に依頼する事を考えた末の結果だった。

 

 

「とにかく、明日の朝一番にはここを出発する事になるからそのつもりでね」

 

「分かりました。その様にします」

 

 弥生の言葉にアネットは頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思うんですが、このメンバーなんですか?」

 

 翌朝、集合場所に集まった顔ぶれを見たアネットは固まる事しか出来なかった。既に準備が終わっているからなのか、エイジとアリサ。ソーマだけでなく、そこにはシオの姿もあった。このメンバーの中で唯一非戦闘員であるシオの参加は先日の時点で聞いていたが、まさか昨日のメンバーがそのままだったのは完全に想定外だった。

 

 

「そうだよ。多分榊博士から聞いてるとは思うけど、本部に行くついでにドイツ支部の視察を兼ねる事になってるからね」

 

「正規の命令ですからアネットさんが気にする事は無いですよ」

 

 エイジとアリサの言葉にアネットは内心かなり心強く感じていた。通常のハンニバルでは無いとは聞いているが、現状では目視して確認しない事には判断出来ないと言われている。

 新種に対しては弱点や行動、ありとあらゆる面での調査と同時に討伐をするのが一般的な為に、このメンバーがどれ程の物なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「しかし、榊のオッサンも考えたな。アネット。名目上はエイジとアリサは俺とシオの護衛となっている。今回の件に関してはドイツ支部にも連絡はされているが、大手を振って行く様な事はしない。あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うだけの話だ」

 

 ソーマの言葉に漸く先日のミッションが組まれた理由が判明していた。全く分からないメンバーではないが、やはり連携を考えると数回は同じミッションをこなす必要があった。

 元々から合わせやすいのは知っているが、新種の様な未知数とのアラガミであれば、どんな行動が致命的になるのか想像出来ない。可能性を考えれば、それは当然の判断でしか無かった。

 

 

「お前らも、無理はするなよ」

 

 リンドウの声に全員が振り向くと、そこにはリンドウだけでなく、サクヤ、コウタ、マルグリットが立っていた。今回の任務は実質的にはクレイドルの派兵に近い物があり、榊が言った様に言い訳にもならない稚拙な話で出動する事になっている。当初はリンドウがとの話も出た物の、やはりエイジとリンドウでは言い訳にすらならないからとアナグラの防衛をコウタと共に行う事で決定されていた。

 既に聞き及んでいるからなのか、リンドウだけでなくコウタとマルグリットも何時もと変わらない表情を浮かべている。このメンバーであれば問題になる様な事は無いだろうとの予測と同時に、絶対的な信頼があるが故の表情だった。

 

 

「今回はハンニバルの新種らしいですからね。感応種でなければ対策の立てようもあるとは思いますよ」

 

「そうだな。俺は政治的な意味合いで行く事は出来ないが、このメンバーならだ丈夫だとも思っている。だが、新種である以上は確実に行けよ」

 

「お前に心配される程おちぶれた覚えは無いから安心しろ」

 

「シオちゃん。ソーマの事宜しくね」

 

「ソーマの事はまかせろ」

 

 クレイドルの何時もの光景と変わらないその姿は、先日まで焦りを生んでいたアネットにも波及していた。新種であろうとアラガミはアラガミ。だとすれば、態々気負う必要は無いだろうと考えを改めていた。

 既に準備が終わったからなのかヘリは一気に急上昇していく。既にアナグラの駐機ポートは小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~もう行っちゃったの?」

 

「どうやら、ドイツ支部からの帰還要請が出ていたらしいです」

 

 アネットがドイツへ緊急帰国した話を聞いたからなのか、ナナはガッカリした表情を浮かべていた。幾らブラッドと言えど、歴戦の人間とのミッションはかなりの経験を享受できるケースが多分にあった。

 事実、ナナ以外にはエミールもアネットと少しだけ出た記憶はあったが、アラガミとの間合いの詰め方や、壊し方は十分すぎる程に参考になっている。数少ない神機だからこそ、ナナとしても勉強したいと思っていた。

 

 

「そっか……それだったら仕方無いよね。折角お手本になる人が来たって喜んだのに」

 

「ナナさん。それでしたらアネットさんが受けた教導をやってみるのはどうでしょうか?」

 

「確かにそうなんだけど……」

 

 シエルの提案にナナは珍しく言い淀んでいた。アネットと言えど、常時戦場で戦っている訳では無い。時には自身の身体能力を底上げする為に何度か訓練室にこもる事が多かった。

 当初はナナもどんな事をしているのかと興味本位で見ていたが、予想の斜め上を行っていた事から、少しだけ気後れしていた。

 

 

「ナナ。訓練とは地道な物だ。戦いの結果とは、これまで自身に培ってきた物の集大成でもある。見た目の華麗さに目を奪われているだけだと、返って大怪我をし兼ねない」

 

「確かにそうなんだけど……」

 

 リヴィの言葉の意味が分からない訳では無い。ただ、自分の能力をどうやって効率よく上昇させたのかが単純に知りたいと考えていただけだった。

 事実、ナナの数字はアナグラの中でもそう悪くはない。ただ、インパクトに欠けると言った実に曖昧な部分に拘りを見せていたからこそ、アネットの話を少しでも聞きたいと願っていた。

 

 

「しかし、アネットさんもまさかここで教導をしてたとはな。そっちの方が驚いたぞ」

 

「ギルもやっぱりそう思った?俺なんて未だにナオヤさんからボッコボコだぜ。何時になったら追い付けるやら……」

 

 先程まで受けていた教導を思い出したからなのか、ロミオの表情は暗い物だった。当時に比べれば格段に良くなっているのは間違い無いが、これまでにロミオはただの一度もナオヤに攻撃を当てた記憶が無かった。

 大太刀を振るのがバスターの代わりだとは理解しているが、取り回しはバスターよりも格段に良い。一撃の威力が高く、また、取り回しの良さは大きなアドバンテージだが、ナオヤからすれば気になる程の物では無かった。

 確実に攻撃の隙間に突かれる事が殆どの為に、ロミオはまともな攻撃を当たる前にカウンターで潰されていた。

 

 

「何だ。もう少しギアを上げた方が良いのか?」

 

「へ?ああ。いや……」

 

 不意に背後から聞こえた声に反応したのか、ロミオはゆっくりと首を後ろへと向けていた。そこに立っているのは先程まで教導相手として対峙したナオヤが休憩とばかりにラウンジに足を運んでいる。突然現れた事に対し、どう反応しようかと思考を加速させていた。

 

 

「一応言っておくが、アネットが今回やったのは体術を通した身体の動かし方だ。神機のアップデートだけじゃない。自分の身体が思い通りに動かなければ、厳しい場面に直面した際に、一瞬で捕喰される事になる。言っておくが、決して憎くてやってる訳では無いからな」

 

 ナオヤの言葉に誰もが何も言えないままだった。厳しい戦いを潜り抜ければ潜り抜ける程、最悪の展開時に後悔だけが襲ってくる事になり兼ねない。幾ら後悔した所でそれが戻ってくる可能性が無いのであれば、後悔する前に行動を起こすしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろだな」

 

 ソーマの言葉と同時にドイツ支部が視界に入り始めていた。支部の通信網が届く際に、現状を確認したまでは良かったが、結果は想像以上に厳しい結果となっていた。

 現時点で分かっている情報は見た目が完全にハンニバルである事は間違い無いが、体表の色が明らかに異なっていた点だった。明るい感じに光る体表は全身がメタリックなイメージを持つ事になる。

 クアドリガの様に何か生命体では無い物を捕喰しているのかと言った懸念もあったが、それに関しては明確に否定されていた。まだ目の前にはドイツ支部が見えるだけの位置でしか無い。だからなのか、ソーマが何気なくつぶやいた言葉の意味が重くのしかかってた。

 

 

 

 

 

「態々済まない。既に聞き及んでいるとは思うが、ハンニバルの変異種の件だ」

 

 アネットを先頭にそのまま支部長室に入ると既に聞いていたのか、支部長が険しい顔を崩す事無く机の上に置かれた書類を眺めていた。

 ヘリでの移動の最中にも一つの部隊が事実上の全滅に近く、辛うじて生き延びたゴッドイーターも今しがた息を引き取っていた。幾ら慣れたとは言え、何の抵抗も出来ない程に捕喰されたのであれば、最早打つ手がどこにも見当たらない。

 榊からの提案が無ければ生きた心地がしなかったのが事実だった。

 

 

「情報は既に確認していますが、どんな種なんでしょうか?」

 

「今分かっているのはこれまでの様な動きでは無いと言う事だけだ。攻撃能力の高さが突出しているだけでなく、そこに至るまでもが厳しい状況になっている。現時点では小康状態を保っているようだが、恐らくはこのままここに来るのは時間の問題だろう。我々としては、もう少しここから影響が少ない場所でと考えているが、そうも言ってられないだろう」

 

 エイジの言葉に支部長は淡々と事実だけを述べていた。ここに来るまでに交戦情報を確認しようにも、肝心の生き残った人間が居ないに等しい状況下では詳細までもが確認出来なかった。

 恐らくはレーダーからの情報を基に現状を推測しているが、それでも細かい部分については未知数のまま。そんな事もあってか、支部長は常に厳しい表情を崩す事は無かった。

    

 

「分かりました。時間の方は大丈夫なんでしょうか?」

 

「これまでに分かっているのは交戦中の行動と普段の行動が違っている点だけだ。仮にこのままの状態が続くとなれば、2~3日でここに最接近する事になるだろう」

 

「そうですか。では、明日に決行とします」

 

「そうか。済まないが、その様に頼む。既にかなりの数のゴッドイーターを失っている以上、このままでは今後の運営すら危ぶまれる。君達の事は榊支部長からも聞いている。明日の件も含めて英気を養ってくれ」

 

 忸怩たる思いを胸に秘め、支部長はそのまま頭を下げていた。事実上、アネットを含めた4人でのミッションがどれ程の内容になるのはまだ分からない。しかし、今で出来る事はただ祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと。明日は朝一番には行動を開始だから、時間には遅れないようにしようか」

 

「ちょっと待て。少し聞きたい事がある」

 

 エイジの言葉に珍しくソーマから疑問が出ていた。既に聞くべき事は何もなく、今晩はこのまま解散し、明日のミッションに備えるのは当然の流れだった。既にエイジとアリサは同じ部屋で荷ほどきをしている。元から少ない荷物だった事もあってか、ソーマの言葉の意味が理解出来なかった。

 

 

「気になる事でもあった?」

 

「気になるじゃねえ。何で、ここでの部屋割りが俺とシオが同じ部屋なんだ。エイジ。お前、榊のオッサンからどう聞いてるんだ?」

 

 討伐の事ではなく、目先の部屋割りの事に納得が出来なかったからなのか、ソーマの表情は僅かに険しい物となっていた。事実、ドイツ支部内では新種の交戦は命がけかもしれないが、極東からすれば、然程珍しい物でもない。

 特にエイジに関しては新種の場合はデータを取りながらの討伐任務にこれまで何度も遭遇している。膨大な経験から導き出される行動に対し、ソーマだけでなく、アリサもまたそんな心配は微塵も無かった。だからこそ、ソーマの疑問も元が何なのかは容易に想像が出来ていた。

 

 

「何言ってるんですか。今回は元から本部に行く予定のついでで、ここに来てる事になってるんですよ。ソーマだって本部に行けば何をするのか知ってる筈ですよ」

 

「そんな事は俺も何度も経験している。そんな事よりも、どうしてこうなっているのかが知りたいだけだ」

 

 アリサの言葉にソーマは改めて今回の件についての疑問を口にしていた。エイジとアリサは夫婦である為に問題になる様な事は無いが、ソーマとシオに関してはまた別の問題が発生していた。今回の目的の為に人数を調整するのは当然の話だった。

 これがソーマ1人だけであれば、護衛の数はエイジだけ。しかし、シオを付けた事によってアリサも護衛任務としての付く事が事が可能となっていた。元々アネットを入れて1チームを作る予定であれば、これ程理に適う事はない。だからこそソーマの気持ちは分からないでもないが、実際には大きな問題では無い事も同時に理解していた。

 

 

「ソーマの同伴者がシオだからとしか言えないよ。だって後のあれにも出るんだったら当然じゃないの?」

 

「だが……」

 

 ソーマの言葉が不意に止まっていた。何かを感じたからなのか、シオがソーマの袖を引っ張った事がそれ以上の会話を許さなかった。

 

 

「ソーマはシオといっしょなのは嫌なのか?」

 

「……そんな事は言ってねぇ」

 

 何かを思ったのかシオがソーマに上目遣いで見ていた。元から身長差があるからなのか、常にシオがソーマを見上げる形となっている。だからなのか、今のシオの言葉にソーマはそれ以上の言葉を失っていた。

 

 

「今回はとつぜんだったけど、ソーマといっしょだって聞いたからうれしかった。でもソーマは嫌だって……」

 

 項垂れるかの様にシオがガックリと頭を下げていた。確かに本来であればシオがここに来る道理はどこにも無い。事実、シオを派遣する意味を誰もが聞いていない。無明からは何かしら聞かされているかもしれないが、誰もがおいそれと聞ける様な内容では無かった。

 

 

「シオちゃん。ソーマは嬉しいけど照れてるんですよ。シオちゃんと一緒になれるからウキウキしてただけですから」

 

「そうなのか?」

 

「当然ですよ」

 

「おいアリサ。適当な事言うな!」

 

 ソーマの叫びがアリサだけでなくシオにも届くことは無かった。既に何かを聞いているからなのか、シオはアリサの耳打ちに意識を傾けている。既にこの状況を回避する手立てが無い事を悟ったからなのか、エイジはそれ以上は何も言うまいと決め込んでいた。

 

 

 


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