神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第26話 思い出語り

 過酷なミッションが終わると同時に開催されたハルオミ主催の宴会も気が付けば既に終了となり、ラウンジは既に先程までの喧噪がまるで嘘だと言わんばかりの状態になりつつあった。

 既に準備が完了しているからなのか、カウンターの中はムツミではなく弥生が何時もの服とは違い、夜のラウンジ専用の服に着替えている。薄暗く落ちた照明は周囲のプライバシーを守るかの様に僅かに照らし出されていた。

 

 

「今日は大変だったらしいな」

 

「まぁ。そんな所ですね」

 

 一人カウンターに座っていた隣に居たのは、他の任務に出ていたリンドウだった。事の顛末は通信越しであったが、サクヤから聞いている。事実上の因縁のアラガミとは違うものの、やはり同種のアラガミはその人間の感情を大きく揺さぶる何かがあった。

 

 リンドウの前には既に顔を見たからなのか、弥生が琥珀色の液体が入ったグラスをそっと置いている。元々ボトルがキープされている事からも、それが何なのかは確認するまでも無かった。出された琥珀色の液体を僅かに喉へと流し込みながらリンドウはそれ以上の言葉を発するつもりは無かったからなのか、終始無言のままだった。

 

 サクヤから聞かされた対象アラガミでもあるルフス・カリギュラはリンドウも大よそながらに経緯を知っている。まだブラッドがここに来た当初、ハルオミが世界中を駈けずり回って追いかけていた因縁のアラガミ。自分の嫁の仇とも取れるそれの監督の為に当時は出動していた。

 

 今回の任務は接戦に次ぐ接戦であると同時に、これまでに無い程の力を持ったアラガミだった事からも、既にそのコアは榊の下へと回され解析されている。変異種ともなれば確実に自分達の出動の要請が来るだけでなく、今後の討伐の為のデータ採取までもが必須となる為に、リンドウは現時点での内容を榊から聞かされていた。

 

 

「そう言えば、リンドウさんに少し聞きたい事があったんです」

 

「聞きたい事?」

 

「ええ。今回の戦いで改めて感じた部分があったんで」

 

 沈黙を破ったのはハルオミだった。元々討伐したアラガミによって、どんな感情を持っているのかを予測してリンドウもここに来ている為にハルオミの言葉の先が読めなかった。

 

 

「感じた部分ね………そう言えば、俺はグラスゴーの話を直接聞いた訳じゃないからな。精々が姉上から聞かされた内容しか知らん。それと何か関係があるのか?」

 

 ハルオミは現在のアナグラの中でも上位に入る程のベテランの神機使いでもある。その職種から考えれば、これまでにも幾度となく人の生死を間近で見ている為に、ある意味では死に対しどこか鈍感になる部分は多分にあった。

 そんなハルオミが思う部分があるとすれば、それは自身に近い境遇か、若しくはそれに伴う何かである事に間違いは無い。幾らアラガミを討伐する為に超人的な力が発揮できるとはいえ、精神までもが強化される訳では無い。だとすれば、それが何なのかを聞いてみるのも一つの手だとリンドウは考えていた。

 しかし、それはあくまでもハルオミのプライバシーにも大きく影響を及ぼす。ましてやこんなオープンな場で話す様な内容では無かった。

 リンドウは改めて弥生の表情を見て確認する。それを察したからなのか、弥生は周囲を僅かに眺めながらも問題無いとばかりに僅かな笑みを浮かべていた。

 

 

「俺、以前に少しだけ言ったかもしれませんが、あのアラガミを討伐する為に世界中の支部を渡り歩いたんです。結果的には自分の手でケイトの仇を討てたまでは良かったんですが、やっぱり完全に蟠りが解消した訳でもなかったみたいで」

 

 独白とも取れる言葉を吐きながらもハルオミは自分の手の中にあった液体を喉へと流し込んでいた。口の中でゆっくりと広がるピートの香りは当時の事を懐かしむかの様にも思えてくる。

 偶然討伐したアラガミがそうだったからなのか、それとも飲んでいるマッカランがそう思わせているからなのか、何時もの様な雰囲気をハルオミから感じる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルさん。そろそろそれ位にしないと……」

 

「俺の事は無視してくれて良いぞ」

 

 グラスゴー支部は元々アラガミの出没が然程多く無い地域であったか事から、何かにつけて他の支部よりもあらゆる面で遅れる事が多かった。事実、近隣にはドイツやイタリアと言った大きな支部だけでなく、ここからは本部にも近い。本部はさて置き、他の支部から見てもグラスゴーに関してはどこか緩やか空気が流れているのは間違い無かった。

 ギルも初めてここに配属された際には、これまでの討伐記録を見ても大型種の討伐記録は殆ど無く、精々がコンゴウが時折出る程度の事だった。当然それに慣れればその支部の人間もそれに慣れていく。だからこそ事実上のイレギュラーとも取れたルフス・カリギュラの出没は支部内を蜂の巣をつついたような騒ぎにしていた。それと同時に部隊長でもあったケイト・ロウリーの殉職。その結果に至った内容もまたショッキングな物だった。

 

 当時に限らず、今でも部隊長であれば部下がアラガミ化した際には介添えの義務が発生し、また、その情報は完全に隠蔽される事が義務付けられている。それはアラガミに対し、何の武器も持たない一般人がゴッドイーターに対し忌避感を持たない様にする為の措置だった。事実、グラスゴー支部での殉職率はゼロに近く、ケイトが部隊長をしてからは大きな怪我を負う様な事案は何一つ無かった。

 

 

「ですが……補充の人員の話はまだ聞いてないんですよ。だったら少しは」

 

「暫くは良いだろ?あのアラガミの影響でここ1週間は見る事すら無いんだ。どうせ今日だって出やしないさ」

 

 ケイトの葬儀はしめやかに行われていた。事実遺体となるべき物は何一つ無く、腕輪だけがこの支部で存在していた証でしかない。事実上の何も無いままの葬儀は形骸化していた様だった。

 ゴッドイーターの殉職ともなれば遺体が残る方が稀である事は半ば常識となっている。最大の理由はアラガミに捕喰される為に、何一つ残らない事だった。そう考えればケイトはまだ腕輪が残っただけ良かったのかもしれない。事実ハルオミとケイトの事を良く知っている支部長からもそんな言葉をかけられていた。

 

 表面上はそれで問題無いが、だからと言って個人の気持ちは単純ではない。ギルが心配する様に、ここ数日のハルオミは明らかに荒れていた。既に部屋の中には酒瓶が幾つも転がっている。酒を浴びるように飲む事で自身の感情を誤魔化しているのか、それとも自暴自棄になっているのかは分からない。ハルオミが言う様にアラガミが出没しない事実だけが残された現実だった。

 

 

「ですが……」

 

「出た所でオウガテイル程度だろ?だったらお前一人でもどうにかなるだろ?」

 

「ハルさん。そんな事は誰にも分からないですよ」

 

「良いんだって。困るなら他の連中でも行かせればさ」

 

 そう言いながらハルオミはグラスに入れる事無くスコッチの瓶をそのまま口にし、ラッパ飲みしている。目の前の人間は本当にケイトが生きていた頃の人間と同一人物なのだろうか?少なくともあの当時3人で過ごした感覚は間違いだったのだろうか。これまで罪悪感だけが出ていたギルに僅かに疑念が浮かんでくる。死者を冒涜する訳では無かったが、あまりの目に余るハルオミの言動に、ギルは何も考える事無く不意に浮かんだ言葉がそのまま口に出ていた。

 

 

「らしくないですね。って言うか、ケイトさんが愛した男がこんな体たらくだったなんて、男を見る目が無かったんですね」

 

「ギル……今何て言った?」

 

「気になったんですか?言葉通りの意味に何か問題でも?」

 

 その瞬間だった。ギルの頬に熱をもったまま衝撃だけが走る。突然の出来事に何が起こったのかは分からないが、先程まで塞ぎ込んでいたはずのハルオミは怒りを持ったまま衝撃で座り込んだギルの前に仁王立ちしていた。

 

 

「お前に何が分かる!愛する物を失ったそれがどれ程の物なのかがよ!ひよっこの分際でデカい口叩くな!」

 

 怒りに我を忘れたかの様な表情に生気が生まれたのか、眼は先程までの無気力な物ではなかった。一時的とは言え、悲しみから脱却出来た事は喜ばしい事だが、ハルオミの言葉にギルも流石に憤りを感じていた。

 事実、苦しんでいるのはハルオミだけではない。ギルとて査問会議に呼ばれ、何度も陳述を繰り返した末に今に至っている。幾ら緊急事態とは言え、周囲の目は決して良い物では無かった。

 『フラッキング・ギル』幾ら無罪放免とは言え、世間の、自分達と同等のはずの神機使いからもそう呼ばれている事実は直接聞いた訳では無いが、遠回しに聞く事が多かった。

 何かにつけてヒソヒソと噂される事実は、ギルの精神をゆっくりと蝕んでいく。ハルオミだけでなくギルもまた今回の件の実質的な被害者だった。

 

 

「本当の事だろうが!ゴッドイーターの殉職は日常だってあんたが言ったんだろうが。ただそれが自分の見知った人間だっただけだ。そこにどんな違いがあるんだ!」

 

「違いだと?お前は他人と身内が一緒だと言いたいのか?じゃあ聞くが、どうしてケイトに手をかけたのがお前なんだ!俺だって向かってたんだ。それ位分かるだろうが!」

 

 立ち上がらせるべくハルオミはギルの胸倉をつかみ自身の身の丈とも言える思いを口にする。当時の状況はギルからは何も聞かされていない。当時の状況を知ったのも支部宛に来た査問委員会の議事録で知った程度だった。今際の言葉が何だったのかすら分からない。多少なりとも何か分かればと思い、議事録を読んだが個人の感情については何も記載されていない。

 そこにあるのは今回の査問委員会の内容と結果。知りたいと思われた事実は何一つ書かれていなかった。だとすれば当人の口から直接聞くのが一番だった。幾ら叫ぼうともギルはそれ以上の言葉を口にする気配は無い。それどころか秘匿したままでいる様にも思えてた。

 最愛の人間が今際にした言葉が何なのか。どんな顔をしていたのか。それすらも分からない。ギルの言葉にハルオミの感情は最高潮にまで達していた。

 

 

「ふん。分かりたくもない。こんな腑抜けだから今際の言葉すら口にする必要性は無い!」

 

 ギルはそう言いながらもハルオミの腹に向けて拳を振るっていた。至近距離での攻撃に威力は小さいが、外す事は無い。不意にやられた攻撃に今度はハルオミがその場でうずくまっていた。

 

 

「そう言うなら、俺がどんな思いでケイトさんを介錯したのか分かるのかよ!自分だけが被害者面するな。今のお前は自分に酔ってるだけだ!」

 

「何だと!」

 

 一触即発の状態は既に通り過ぎていた。お互いが殴り合うそれを止める者はここには居ない。お互いの気持ちのやり場がなかったからだったのか、ギルとハルオミの目には光る物が浮かんでいる。少し前までは当たり前だった現実が既に崩壊している。

 この地に敬うべき神の姿は存在しなくなって既にどれ程の時間が経過しているのかは考えるまでもない。そこには単なる結果だけがそこに残されていた。

 

 

 

 

 

 お互いが殴り合ってどれ程の時間が経過したのか、部屋の中は静寂に包まれていた。お互いの気持ちを吐き出したまでは良かったが、気まずさだけが残っている。事実ケイトの最後の言葉を考えれば、現状をハルオミに見せたくない気持ちがギルには痛い程理解していた。

 決して公表しないでほしいと懇願された訳では無いが、それでも最後の言葉とケイト自身の事を考えれば口する事すら憚られていた。一方のハルオミもまたギルの言葉は図星を突かれた部分が存在していた。

 本来であればギルのやった行為はゴッドイーターとしては当然の行為でもあり、また部隊長はそれが義務付けられている。本来であれば査問委員会の招集がある事自体が異様だった。

 ハルオミの立場であれば正論を振りかざして突っぱねる事が理論上は可能である。確かに権限は支部長にあるかもしれないが、部隊の作戦中は事実上隊長が権限を持つ事になる。

 ハルオミの状況を勘案すればギルではなくハルオミがその任を担うべき内容。それが配属して間もない人間にさせるべき物ではなかった。

 

 

「少しは加減しろよな」

 

 気が付けばお互いが同じ事を考えていたからなのか、既にハルオミの部屋からギルは立ち去っていた。殴られた腹をさすりながらも今は何もしたく無いとばかりにベットに横たわりながらぼんやりと考えていた。苦し紛れに言った様に、結果的にはアラガミの気配を感じる事も無く一日が終わる。

 ギルとのやりとりで何かを思う事があったからなのか、ハルオミは不意に以前ケイトが何かを書いていた物があったはずだと思い出していた。当時は何を書いているのかを聞きはしたが、その都度はぐらかされた事実があった。形見としてではなく、不意にそう思った結果。ケイトの死がどれ程自分を蝕んでいたのかを今になって実感していた。

 

 

 

 

 

「ケイト……」

 

 それを見つけたのは偶然に過ぎなかった。ハルオミの手には本来であれば見るはずの無いそれが机の上に置かれている。ケイトが自身の記録の為に遺した物なのか、それは色々な紙に書かれた些細な日常の記録だった。日記の様な物ではなく、その時々に感じた感情が短く記されている。以前に見たそれも何かの紙片だった記憶が蘇っていた。

 

 日々の感謝すべき出来事やギルが始めてグラスゴーに配属された記録など、ケイトの筆跡にはその当時の感情が浮かんでいる様だった。そんな中で見た一枚の紙片。第1世代から第2世代への神機のコンバートと、除隊の勧告が書かれている紙片。何か水分が落ちたのかと思わる様な染みが浮かんでいる。ケイトが常に考えていた思いをハルオミは垣間見た様にも感じていた。

 ギルが心配するのは当然だと思うのは仕方の無い事。ケイトの紙片の大半は自分とハルオミの事が書かれている。それが何を意味するのか、それをどうするのか。ハルオミは改めて見る事により自身の心の奥底に溜まった澱がゆっくりと溶けていく様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさん。一つ聞きたい事があったんですけど、行方不明から帰還した当時ってどんな気分でした?」

 

「何だよ藪から棒に……その件については正直何と言って良いのか分からない事の方が多いんだよ。実際に苦労したのはサクヤであって俺じゃない。だが、再開した際には随分と心配させたって事は間違いないな」

 

 何かを思い出したかの様にハルオミはリンドウの右腕を見てから問いかけをしていた。リンドウがアラガミ化した事実は既にアナグラの殆どが知っている。当時の経緯は伏せられているが、教導や普段のミッションで一緒になれば、誰もがその異形の腕に視線が集まる。そんな事もあってか、今では座学の際にはリンドウの件も改めて伝えられていた。

 

 

「ここに居る連中は誰だって何かしらの傷は抱えてるもんだ。事実、俺がまだ第1部隊だった頃のここはもっと酷かったからな。口の悪い連中も多かったし、跳ねっかえりだっていた。でも、後ろを振り返らず誰もが傷つきならがらも前を向いて歩いている。気が付いたら今に至るって訳だ」

 

 そう言いながらリンドウは残り少なくなった琥珀色の液体を喉に流しこむ。今日はこれ位でと思った矢先に、改めて代わりのグラスが置かれていた。

 

 

「弥生さん。俺頼んでないぜ」

 

「良いのよ。これは私からの奢りよ。それとハルオミさんもこれ」

 

 空気を察したのか、弥生は2人が飲まないであろう液体が入ったグラスを2人の間に置いていた。リンゴの香るカルヴァドスはケイトが好んで飲んでいた物。まるで捧げるかの様に出されたそれにハルオミは何か懐かしさを覚えていたのか、改めて自分のグラスへと視線を戻していた。

 

 

「献杯」

 

 小さいながらも2人に響く弥生の声にリンドウとハルオミも改めてグラスを掲げゆっくりと飲んでいく。全ての思い出を飲み干すかの様に少なくなる中身は魂の癒しの様にも思えていた。

 

 

「ハルオミさんも普段からそうだったら、もっと皆の印象も変わると思うんだけど」

 

「何?俺に惚れた?」

 

「まさか。心に大事な女性を住まわせた貴方に惚れるつもりはないわよ」

 

「そりゃどうも」

 

 弥生の言葉にハルオミは何時もと同じ様な雰囲気で返事を返す。そこには何時ものありふれた日常が広がっていた。

 

 

 


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