神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第22話 戯れと感情

 ログハウスの材料の為に伐採された木材はクニオの手によって次々と適正な長さへと切り揃えられていた。元々若木の中でも、そうまで水分量が多く無い物を乾燥させた事により、生木特有の歪みは見られない。既にどれ程の数が切られたのか、基礎となる部分の上に次々と組み上げられていた。

 

 

「やっぱこれキツイって」

 

「ロミオが言い出した事なんだ。まずは率先して動くのが筋じゃないのか。早く運ぶんだ」

 

「分かってるけどさ。ここでは力は基本の分だけだぞ。少しは休憩もしたいって」

 

 当初の予想通り、ここでの作業は困難でしかなかった。オラクル細胞が働かないこの地域での作業は実質的には自分が本来持っている筋力の分しか力を出す事が出来ない。その結果、幾らこれよりも重量がある神機を振り回すゴッドイーターも徐々に積み上がる木材を前に疲労感が出始めていた。

 元から建築現場で仕事をしているクニオは然程疲れを見せる事は無かったが、やはりロミオだけでなく、ナナやシエルも疲労感が表情に浮かびだす。作業効率を考えればまだ序盤でしかないが、やはり厳しい作業に変わりなかった。

 

 

「ロミオ先輩は少し休憩したらどうですか?シエルとナナも少しは休憩した方が良い。このままだと最悪はミッションにも影響が出る可能性がある」

 

「しかし、北斗も疲れているのは同じでは」

 

「ここに来る前まではこんな仕事はしょっちゅうだったんだ。特に疲れる様な部分はあまり無いから大丈夫だ」

 

 北斗は肩に担いだ木材を次々と運んでいく。確かに言われれば手慣れている様にも見えるが、ここで一つの疑問が浮かんでいた。ここに居るブラッドのメンバー全員は、自分達が何かしらの要因を持って過去に向き合いながら今に至っている。その中心には漏れなく北斗の存在があった。しかし、今の作業をして初めて気が付く。私達は北斗の過去を誰一人として知っているのだろうか。今回の件で元々住んでいた人間が来ているからなのか、北斗の表情は今まで見た事が無かった部分が多分にあった。

 新たな一面を見れるのは良いが、自分達ではそれが出来なかった事実が突き付けられる。隊長になる前の事知っているのは恐らくは今は亡きラケルだけなのかもしれない。ジュリウスも恐らくは何かしらは知っているのかもしれないが、余りにも何も知らないままに過ごしてきた事はシエルの気持ちを落胆させるには十分過ぎていた。

 

 

 

 

 

「伐採だけのはずが悪かったな」

 

「気にするなって。こっちもただ見ているだけってのもつまらんからな。折角まだ日程も余っているなら、昔みたいに一緒に動くのも悪くはないかと思ってな」

 

「そうそう。一々気にするなって。こっちだって期間限定なんだからさ」

 

3人も手伝った事で建築の速度は予想を大幅に変更する結果となっていた。同じ長さに切り揃えた木材を隙間なく組むと当時に配線の部分にも穴を開け、図面を片手に常に何かしらの作業をしている。当初は静観するつもりだったが、やはりブラッドの手緩い動きに痺れを切らしたのが事の真相だった。

 手早く壁となる部分を積み上げ、壁と屋根を一気に組み上げる。最低限の土台の部分が出来れば後の作業は簡単だった。

 

 

「俺らは問題ないが、お前は良かったのか?他の任務もあったんだろ?」

 

「それは問題無い。何かアラガミの動きがあれば、こっちに連絡が直ぐに来る手筈になっているんだ。お前達が気にする必要は無い」

 

「何だか本当にゴッドイーターになったんだな。詳しい事は知らないが、大したもんだよ。里の皆も大丈夫なのかって心配してたからな」

 

 時間的には戻る事も可能だったが、やはり時間にゆとりがある間にやる方が良いだろうとの判断から、ここに泊まり込む形で作業は続けられていた。元々ここには農業用にと最低限の生活ユニットが置かれている。

 多少の事であれば何の問題も無く作業する事は可能だった。既に日は沈み、夕闇が空を彩り始めている。時間は分からないが、かなりの時間である事は間違い無かった。

 

 

「仲間が助けてくれたから今がある。俺一人では何も出来なかったさ」

 

「何をまた……てっきり孤独の中かと思ったが、そうでも無かったとはな。心配して損したぜ」

 

 これまで使用していた道具を丁寧に片付けながら、改めてログハウスを北斗は眺めていた。まだ枠組みとしか言えない様な代物ではあるが、このままの調子であれば完成の日もそう遠くない。未完成な現状に不満はあるが、それでも全員の力を合わせた結果に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエルさんて凄いね。女の私でもガン見しちゃうよ」

 

「そんな目で見られても困ります……」

 

 女性の言葉にシエルは思わず自分の胸を両腕で隠していた。幾ら同性と言えど、マジマジと見られれば羞恥心の一つも沸き起こる。これまでにも温泉等で裸になった事はあったが、ここはそんな施設ではなく、事実上の公共の場所。今のメンバーが覗きに来る事は無いとは思っているが、それでもいつ誰が来るとも分からない状況は2人も自然と警戒しながらだった。

 

 シエルとナナは誘われた事によって、ログハウスの建築現場から離れた所で水浴びをしていた。季節的にはまだ少し寒いが、作業が思ったよりも厳しい事から、気が付けば身体にも随分と熱を持っていた。ここにはシャワーの設備は無い為に、そのまま帰るしか方法が無い。このままでも問題は無いのかもしれないが、やはり他の人間も居る為に汗臭いままもどうかとばかりに水辺に来ていた。

 シエルとナナを横目に女性は一気に着ている服を脱ぎ捨て、そのまま裸で水の中に飛び込んでいる。何時もは奔放なナナもこの行動には驚いていた。

 

 

「そう……こんな立派な兵器を持ってるなら、ちょっとした男ならイチコロだね。私にも少し分けてくれない?」

 

「これは私のですから分ける事は出来ません」

 

「だったら、少し堪能させてもらおうかな」

 

「何をするつもり……ですか」

 

 変質者の様な手つきでシエルとの距離を少しづつ縮めて行く。ここは地上ではなく水上の為に動く事は困難なはず。にも拘わらず、迫る女性は苦も無くシエルとの距離をジリジリと詰めていた。

 何かを掴もうとする手つきにいやらしさが滲んでいる。普段とは違う行動を目の当たりにしたからなのか、シエルはどこか怯える小動物の様な表情を浮かべていた。ナナに救援を頼もうと考えたが、物理的な距離があるからなのか、助けを求める事は困難なままだった。

 水の中のはずが地上と然程変わらない動きはシエルの予想を大きく裏切ってた。ゆっくりと動いているにも関わらず、抵抗を感じさせず近づく事でシエルの背後を瞬時に奪う。シエルが振りむこうとした瞬間、既にシエルの双丘は両手に包み込まれていた。

 

 

「おお……これはまた……」

 

「ちょっと……止めて……ください。ナナさん助けて…下さい」

 

「ゴメン。ちょっと無理かも……」

 

 背後から揉まれたからなのか、シエルは逃げる事すらできないままだった。気配を読み切る事すら出来ないままの行為になす術も無い。揉みしだかれる事によって形を次々と変えるその双丘は傍から見ても淫靡な光景に見えていた。

 本来であればナナも助けようと考えるが、今ここで踏み込めば確実にその手が自分に向かってくる可能性が高い。決して見殺しにするつもりは無いが、それでも女としての危機感を抱いたからなのか、ナナは呆然と見ている事しか出来なかった。

 

 

「うんうん。やっぱり実物は凄いね。柔らかい中に、はち切れんばかりの弾力は中々の……」

 

「こんな事されたの初めてです……」

 

 シエルと女性のやり取りはそれなりに時間をかけていた。逃げようとしても身体を密着しているからなのか、動きを完全に読んだ事で行動が完全に封じ込められている。幾ら同性とは言え、自分のそれを好き勝手にされて気分が良い訳では無い。

 それと同時にシエルにとっても想定外の出来事があった。行動を封じられているとは言え、その力は決して強い訳でも無い。完全に人間の行動原理を予測した動きは、卓越した技術以外の何物でも無かった。これが何でも無い状態であれば感嘆の声が出るかもしれない。しかし、お互いが裸の状態であるからこそ、冷静になれる事は無かった。

 

 満足したからなのか、女性は自分の胸と比べ僅かに落ち込んでいる。シエルも普段であればこんな肉体的な特徴で優越感に浸る事は今までに一度も無かったが、先程の行為に対し余程据えかねる部分があったからなのか、落ち込んでいる女性を見たシエルの溜飲が少しだけ下がっていた。

 

 

「いや~最初は冗談のつもりだったんだけど、段々楽しくなってさ。色々ゴメンね」

 

「もう。知りません」

 

 水浴びは何だかんだと終了していた。まだ肌寒い時期の為にこれ以上長く浸かれば体調を悪くし兼ねない。そんな事を考えたからなのか、3人はそのまま水辺から出る事になった。

 

 

「一つだけ聞きたい事があります。貴女と北斗はどんな関係なんですか?」

 

「関係って言われてもね……」

 

 先程の事で多少はお互いの壁が低くなったからなのか、シエルは何気なく目の前の女性に、来た当初の行為について確認していた。幾ら友人だとしても、あの行為はやりすぎの様にも見える。今の空気であれば多少の際どい事を聞いたとしても問題無いだろうとシエルは判断していた。

 

 

「友人であればキスなどする事は無いはずです。やはり何か特別な関係なんでしょうか?」

 

「特にそんな事は無いよ。でも、何でそんな事聞いて来るの?だってシエルって北斗の部下なんだよね」

 

 サラッと流れるはずの会話が、まさかの展開にシエルは僅かに歯噛みしたくなっていた。これまでの言動の軽さから考えれば、ここでの質問に大きな意味は感じるはずが無い。にも関わらず直接すぎたからなのか、シエルはその言葉に対する答えを持ち合わせていなかった。

 

 

「部下ではありますが、親しい友人でもあります。少なくとも向こう100年程は仲良くしたいと考えています」

 

「ふ~ん。友人……ね。それで満足なの?」

 

「満足とはどう言う意味でしょう?」

 

 まるで何も分かっていないと言わんばかりの質問に、シエルは改めて自分の気持ちを向き合う事を考えていた。友人で満足しているのであれば、あの行為に関しても気になる部分はどこにも無い。しかし、あの瞬間は自分が自分でなくなった感覚しか無かった。

 元々は頭を冷やす意味も込めてここに来ていたが、女性のそんな一言にシエルの気持ちは僅かに揺らいでいた。

 

 

「いや、別に……。ああ見えて北斗は言葉の意味をそのまま受け取る事は多いからね」

 

「はぐらかさないでください」

 

「初対面の人間にはぐらかす必要は無いんだけどさ……」

 

「シエルちゃん。そろそろ戻らないと皆が心配するよ。早く戻ろう」

 

 助け船を出すかの様にナナの言葉にシエルは漸く現実に戻されていた。気が付けば随分と確信めいた事を話してた気がする。まるで何かに魅入られたかの様な言葉にシエルは少しだけ背筋が寒くなる思いを抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水浴びしてたのか?まだ寒くないか?」

 

「平気だよ。日中は暑かったからね。君達とは違って女子は清潔さが必要だからね」

 

「清潔?今さら何くだらない事言ってるんだ。今までそんな言葉聞いた事無いぞ」

 

「あれ~そうだった?」

 

 女性と北斗のやりとりは、やはりブラッドの中とは明らかに違っていた。心が許せるからなのか、それともただ懐かしいからなのか、その判断は誰にも出来ない。どこか鋭さを残した雰囲気が今の北斗には無いからなのか、ロミオは疑問を口にしていた。

 

 

「でも、随分と親しいみたいだけど、どんな仲なんだ?」

 

「ああ。俺達は子供の頃から一緒に遊んでた仲なんだよ。北斗がゴッドイーターになる直前までは一緒だったな」

 

「なるほど。だから北斗はいつもより砕けてるのか」

 

 少し離れた場所でリヴィが食事を用意していたからのか、人数分の何かを持って来ている。既にクニオは持ってきた摘みを片手にビールを口にしていた。

 

 

 

 

「でもさ、ここって聖域なんでしょ。話を最初に聞いた時は驚いたけど、まさか本当にアラガミがいないなんてね」

 

「ああ。色々あったが、ここはまだ発展途上だ。その為の農業事業だからな」

 

 食事をしながらも北斗は現状を話していた。秘匿事項ではあるが、ここに居る以上変に隠す必要は無い。しかし、ここが出来た経緯を話す訳にもいかず、多少の嘘も織り交ぜながらの説明に、3人もどこか感心をしながら聞いていた。

 

 元々が悪意から始まった事実がこの地球を巻き込むまでの内容に発展したのは、色々な思惑が絡んだ結果だった。絶望の中に咲いた花の様に出来上がった聖域は未だ公表を許す事が出来ないままだった。

 まだ普通に生活していた頃には、世界の危機が訪れようとも何処か他人事の様にも思えていた。事実、一度終末捕喰を行ったノヴァが地球から月に放たれたそれは、自分達が何も関与しないままの出来事。しかし、二度に渡る終末捕喰は自分達が当事者である以上、これがどんな結果を及ぼすのかを理解していた。

 以前にハニートラップの講習で聞かされた『人間の悪意がどれ程の物なのか』を身に染みて理解したからこそ、ここが如何に奇跡的に出来た場所なのかを改めて考えさせられていた。

 

 

「詳しくは分からんが、大変だったみたいだな」

 

「まぁ、そんな所だ」

 

 秘匿事項である事を事前に聞いていたからなのか、それ以上の詮索をされる事は無かった。残された期間はあと2日。材木の加工だけが当初の契約であるのであれば、必然的にここでの話もそう長くは出来ない。久しぶりに会っただけでも良しとするしか無いと判断したからなのか、出された食事をお互いが食べるだけに留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ログハウスの建築の完成までにはまだ時間がかかるが、契約された期間は本日で終了となる。既に帰る準備を終えたからなのか、3人は既にヘリを待つだけとなっていた。

 

 

「中々楽しかった。また機会があったら一緒に何かしたいな」

 

「そうだな。まだまだここでの作業も終わる事は無いが、時間にゆとりがあれば一度顔を見に行く位の事はしたいな」

 

「そうそう。シエルやナナ。リヴィとも仲良くやれそうだったから、来るなら皆で来てよ」

 

「って言うか、何したんだよ。あの後かなり気まずい空気が流れたんだぞ」

 

「その辺りは言いっこ無しだって。やっぱりゴッドイーターは皆胸が大きいのはオラクル細胞の影響なのかな」

 

「そんな訳ないだろ」

 

 ウインクしながら話す女性の言葉にあの後の事を思い出していた。水浴び以降、どこか警戒をしている様なそぶりが見えた事もあってか、シエルとナナの様子が明らかにおかしかった。

 リヴィに関しても何かがあったからなのか、どこか恨めしい目をしていた。原因を聞こうにも誰も事実を口にする事はない。何となく予想は出来るが、敢えてその可能性を排除していた。

 

 

「じゃあ、またな」

 

「ああ」

 

 そう言うと同時に3人はヘリに乗り込んで行く。徐々に小さくなるヘリを見たからなのか、どこか寂しい気持ちが北斗にもあった。

 

 

 

 

 

「何だか騒がしい人達でしたね」

 

「言動はああだけど、仕事は完璧にこなす連中だからな。ああ見えて体術はかなりの腕前だぞ」

 

「そうだったんですか……だから……ですか……」

 

 何かを思い出したからなのか、シエルの顔が徐々に赤くなりだしていく。出来る事ならば記憶の奥底に封印したいとまで思える程の行為だったからなのか、僅かに言葉が濁っていた。

 当時は気がつかなかったが、今になって分かる。背後を取られた後の行動は完全に封じ込められていた。体術に関してはシエルとて心得はおろか、軍隊格闘術を使う事も出来る。本来であれば多少の当身で距離を取る事も可能だったが、それすらも完全に把握されたからなのか、完全に成すがままだった。

 事実、毒牙にかかったのはシエルだけでなく、ナナとリヴィも同じだった。ナナは体術の心得は無い為に好き勝手されていたが、リヴィに関してもやはりシエル同様に抵抗空しく背後を取られた後は好き勝手されていた。

 

 自分の欲望が満たされたからなのか、その後の女性は何と何を比べたからなのか、どこか誇らしい様な表情を浮かべていた。それ以上の事は気にしたら負けだと判断したのか、シエルだけでなくナナも何も見なかった事にしていた。

 その後の行為に関してはシエルもナナも北斗に話すつもりは全く無い。一見、隙だらけの様にも見えるが、3人共に同じ様な部分が多分にあった。極東には無明だけでなくエイジと言った従来の神機だけを扱う事を良しとしない者が居る。

 以前に軍事訓練を受けた際にも教官に伝えられた暗殺術の説明の際にも、それとなく伝えられていた事実があった。

 

 

「大よその事は想像できるが、あいつらに代わって済まない。まさかとは思うが、何か辱められたんじゃないのか?」

 

「いえ。それには及びませんので……」

 

 改めて言われるとシエルとて何も言えなくなってくる。既に当事者が居ない以上、焦る必要は無かった。ここで漸く少しだけ落ち着く事が出来ていた。

 

 

 


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