神喰い達の後日譚   作:無為の極

156 / 158
第156話 切り裂く弾丸 (前篇)

 何時ものメンバーであれば、それ程気になるはずが無い空間。仮にこれから挑むアラガミが厳しい未来を予想するとしても、それ程気にする事は無いはずだった。

 極東支部の中でもある意味では特殊部隊としての位置付けが強い存在。だからこそ、今回の様なイレギュラーなミッションは違い意味での緊張感を強いられていた。

 これまでの活動で考えればよくある光景。しかし、今回のメンバーの面子を考えれば、ある意味では仕方ない部分が多分にあった。

 

 

《現在の所、バイタルは正常値です。ですが、周囲の状況を鑑みると安穏とは出来ません》

 

「周辺から現場への予測時間は?」

 

《現時点では回収の時間を考慮すればギリギリ可能です。ですが、アラガミの行動が現時点で予測出来ない以上、警戒は必要です》

 

「了解。此方の準備は既に完了。後は周囲の状況と現地の状況を加味してカウントして下さい」

 

《了解しました。…現時点ではカウントの必要はありません。作戦開始は降下と開始となります》

 

 

 オペレーターの言葉だけを考えれば、それ程大事にある可能性は無いはずだった。カウントが不要となれば、生命の危機は少ないと判断出来るからだった。

 事実、これまでに他の部隊の救出ミッションは数多に上る。その経験則からの判断は、ある意味では間違いでは無かった。

 

 

「了解。こちらの行動と同時に作戦開始と判断しても?」

 

《その様に。では、作戦開始と同時に離脱に関するカウントを開始します。なお、救助に伴う周辺状況は当方で確認します。再度確認ですが、討伐ではなく救助を優先して下さい。それと、今回のミッションに関しては、離脱の場所が決められています。最悪はこちらからの指示が出ますので、それに従って下さい》

 

「了解」

 

 ヘリの激しいローター音とは別に聞こえる無機質にも感じる言葉。しかし、相手もまた状況を正確に把握しているからこそ、その状況が如何に厳しい物なのかを理解していた。

 本来であれば離脱のカウントをするケースは早々無い。仮にあるとすれば、それは明らかに厳しい局面での事。敢えて口にはしないが、それがどれ程高難易度なのかは言うまでも無かった。

 危険度が加速度的になれば救助に向かった部隊も二次遭難する可能性が高い。それほどまでに厳しい内容だった。

 仮に、今回のメンバーが精鋭部隊であれば気にしなかったかもしれない。しかし、今回のこれに関しては何時もとは様相が確実に異なっていた。

 

 幾ら精鋭が揃う極東支部と言えど、誰もが最初から精鋭であるはずが無い。今回のミッションに関しては、本当の意味で偶然に過ぎなかった。

 第一部隊だけでなく、クレイドルも全員が出動し、今もなお戦闘を繰り広げている。討伐が早まれば緊急の事案に対処出来るが、今回は生憎の連続したミッションだった。

 ブラッドに関しても、同じく感応種との戦いで向かう事が出来ない。そんな中でのミッションはまさに間隙を縫った結果だった。

 

 

 

 

 

(まさか、こんな場面に遭遇するなんて……)

 

 部隊長と思われた一人の少女。熟練しているとは言えないが、少なくとも新兵よりは動けるからと、今回のミッションでは暫定的に指名されていた。

 当然ながら指示を出したのは、これまでの状況と結果を鑑みた結果。ツバキだけでなく、サクヤもまた同じ考えの末の事。だからこそ、ベテランだけでなく、新人も選択の範囲の中に居た。

 だが、今回のミッションに関しては、完全に想定の埒外。本当の事を言えば、精鋭意外の部隊では二次被害と言う名の全滅の可能性すらあった。だからこそ、多少なりとも厳しい局面の経験があれば容易に想像出来る未来。部隊長に任命された人間は悲惨な未来の想像を口にする事は無かった。

 

 

「あ、あの……本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

「うん。今回のミッションはあくまでも救出であって討伐じゃないから。少なくとも今回のメンバーはこれまでにも生き残れている。だからこそ、指名されたんだ。自信を持って行こう」

 

「……そ、そうですね」

 

「あ、ああ」

 

 緊急ミッションの前だからか、多少なりとも鼓舞する必要があった。今回のミッションは少なからずこのメンバーの中で経験した事の無いそれ。ましてや同僚の命が天秤に乗っていた。

 僅かな可能性でも底上げする必要がある。だからこそ、臨時の隊長に命じられた少女もまた、自らを鼓舞していた。

 

 幾ら人材不足であっても、こんな厳しいミッションに新人から少しだけ抜け出した人間が出動するとは思えない。しかし、肝心の主戦力が不在であれば止む無しとも取れる程だった。

 元々極東支部の精鋭と言えば、一番に上がるのはクレイドル。次点としてブラッドや第一部隊だった。事実、その部隊長ともなれば、極限状態の中からでも生還で斬り程の技量を持つ。

 特にクレイドルの尉官級ともなれば、その実力を疑う事は皆無だった。

 

 

────一騎当千

 

 

 まさに圧巻ともとれる結果を常に叩き出していた。死地の中で常に活路を見出す。

 卓越した技術を持つ刃は、確実に対峙するアラガミの存在を屠り去っていた。

 霧散していく数多の骸。そんな姿を見た事が無い神機使いは皆無だった。

 だからこそ、厳しい局面での精神的支柱となる存在。厳しい状況下から人類を救うべく振るう刃は人類の希望とも思えていた。

 実際にその状況を目の当たりにした事があれば、確実にその状況を思い浮かべる。小さな積み重ねがクレイドルに対しての信頼を築いていた。

 

 そんな心の拠り所が無い部隊長はある意味では完全に実力を示す以外には何も無かった。

 それを無視するかの様に出た緊急出動。本音を言えば出したくない内容。

 しかし、出動できる人間がいるのであれば、見殺しに出来る程にツバキとサクヤの心が擦れていなかった。

 万が一の事も想定したミッション。出来る事は最初から限られていた。これが他の支部であれば真っ先に動くべき事案。だが、ここはそんな場所では無かった。

 

 アラガミの動物園とまで揶揄される程に厳しい支部。人類の天敵ともとれるアラガミの最前線での戦闘は、限りなく死に近い物。だからこそ、それなりに実力のある人間は極東支部への転属を希望し、そしてそのギャップを埋める事が出来なかった瞬間に人生の終焉を迎える。それ程までに苛烈な環境下での結果だった。

 

 

《今回のミッションはそれ程警戒する内容ではありません。今さらですが、普段の実力を十分に発揮してくれれば、何の問題もありませんから》

 

「……了解。周辺状況のデータは既に全員の意思の統一がされている。再度確認だが、こちらの動きを優先で大丈夫?」

 

《救出ミッションの為に、現時点での問題点はオールクリア。バイタルの情報は既に各々の端末に送信済みです。では、ご武運を》

 

 そんな思惑は全員に通じているのかは確認するまでも無かった。部隊長の少女に力無く聞くメンバー。少なくとも部隊長としての記憶の中では、新兵でない事だけが記憶に残る。だが、今回の緊急ミッションが初めてだったからなのか、言葉だけでなく、表情もまた力無い物だった。

 

 

 

 

 

「不本意だけど、今の状況だと当然の選択だよ。それとも教官に抗弁する?」

 

「それは………」

 

「今回のミッションは討伐じゃない。そこは理解してるよね?」

 

「……そうですね」

 

 隊長の言葉に、メンバーの一人は何も言えなかった。今回の緊急ミッションに出動した事は完全に想定外。本来であれば隊長格に指名されるのは、ある程度のキャリアが必要だった。しかし、緊急時の場合はその限りではない。その結果として今があった。

 緊急の際に発令したミッションを拒む理由が一切無い。何故なら、誰もが今の様な状況下に陥る可能性があったからだった。

 だからこそ、その言葉に反論するだけの力は無い。当然ながら極東支部の中でツバキとサクヤに抗弁をしようとする人間は皆無だった。

 

 

「頼りないのは自覚してる。でも、今は私達しか居ない。だとすればやる事は一つだけだから。それと気持ちをしっかりと切り替えないと、生きて戻れないよ」

 

「分かりました」

 

 隊長に指名された少女もまた暫定的な部下に言いながらも、その言葉を自らにも言い含めるかの様に口にしていた。どれ程厳しいのかは言うまでも無い。救出ミッションの過酷さを知らない者は皆無だからだった。

 

 極東支部に於いて、サクヤは元第一部隊の副隊長を務めている。教官になっているのは、あくまでも産休による弊害だった。

 ツバキに関しては言うまでも無い。クレイドルを始め、極東支部の屋台骨を支えていると言っても過言では無かった。

 教導教官のナオヤやエイジを当たり前の様に使う。新人のゴッドイーターからすれば、この二人の実力はまさに別格だった。そんな二人が頭に上がらない。それ以上の事実を考える必要は最初から存在しなかった。誰もが知る事実。だからこそ、ツバキに対して面と向かって抗弁する者は居なかった。

 

 隊長に指名された少女もまた、新兵訓練の際にはツバキとサクヤだけでなく、教導教官としてナオヤからも厳しい指導を受けていた。それも、常人ではなくゴッドイーターとしての教導。他のメンバーの事は分からないが、少なくとも少女にとっては逆らう気持ちすら生まれない程だった。

 だからこそ、その言葉に何も言えない。要求された事をクリアするには、この未熟な部隊で結果を残す事だけだった。

 

 

《現時点では周囲にアラガミの反応はありません。対象となるゴッドイーターのバイタル反応は現時点では問題無し。今回のミッションは対象者の救助となりますので、そちらを優先して下さい》

 

 無機質なアナウンスに少女は改めて現実に戻っていた。今回のミッションはオープンチャンネルではあったが、内容は討伐ではなく救助。当然ながら極東支部もまた派兵した内容を確認した上でのミッションだった。

 

 

「り、了解。周辺にはアラガミの姿は発見出来ません」

 

《了解。此方でもアラガミの反応は探知されていません。油断は……大丈夫でしょうが、無理は禁物です。ではご武運を》

 

 その瞬間、ヘリの内部には完全な機械音が発生する。自身のカウントダウンに対して出来る事は何一つ無い。敢えてするならば、それは覚悟を決める事だけだった。

 心臓の鼓動を感じる事に比例するかの様に自然と自分の感情が高まる。この瞬間、誰もが自分の完全な部下だった。もちろん、部下の命を蔑ろにする訳では無い。最大限に出来る事をするだけだった。高まる鼓動を強引に抑える。一つのルーティーンがそこにあった。

 気分を入れ替えるかの様に、静かに深呼吸をする。不安定だった思考がゆっくりと一つの思考に纏められていた。

 

 

 

「総員、命を大事にしろ!」

 

「了解!」

 

 たった一言だけの檄を飛ばす。これが熟達した隊長であれば普段の力を発揮させる言葉を口にしたかもしれない。しかし、この場にベテランと呼ばれる人間は居ない。だからこそ短い言葉によって気を引き締めていた。

 手元にある情報を鑑みれば、厳しい場面である事に変わりはない。だが、優先すべきは討伐ではなく救助。本来であれば厳しい事に変わりないが、それでもアラガミと対峙する事を考えれば幾分かはマシだった。高度とは言えない距離から目視で現場を確認する。レーダーが示すかの様に、周囲にアラガミの気配は感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なんでしょうか?」

 

「少なくとも周囲の状況から判断すれば、危険度は低いはずです」

 

「確かにそうなんですけど………」

 

 事実上の新人で組まれた臨時の部隊に、オペレーターチームの誰もが安穏とはしていなかった。今回のミッションに関しては人員の事を理解した上で発注をかけている。本来であれば完全なイレギュラーな内容は、確実にクレイドルの精鋭が出動する案件だった。

 飛び抜けた実力を有するからこそ、その実績に信頼を置く。

 困難な救出ミッションとなれば当然だった。だが、今回に限ってはその恩恵は無い。その意味が何を示すのかは言葉にするまでも無かった。

 

 本当の事を言えば、不安要素はまだある。だが、それに関してはあくまでも憶測に過ぎなかった。だからと言って、その事を口にすれば士気は確実に低下する。単純な予測ではあるが、ある意味では事実だった。

 ディスプレイに映る光点は、その部隊の現在地を示す。当然ならが、場所を示す物であって状況を知らせる物ではない。これまでの経験からはじき出した独自の理論だけがそこにあった。

 

 

 

 

 

「現時点で動ける人間は我々だけとの事。でも、このミッションをクリア出来れば昇格のチャンスは確実にあります!」

 

「……そうですよね!今がチャンスなら、それを活かすのは当然ですから!」

 

 何気ない言葉ではあったが、ある意味では残酷な一言だった。

 実際にアラガミの脅威が去った事実は一度も無い。そんな状況下での訓練は新人には無理でしかなかった。

 討伐ではなく救助。どちらが困難のなのかは言うまでも無い。少なくとも目先のアラガミの討伐だけに神経を集中させる事に比べれば、救助の方が格段に厄介だった。

 

 要救助者を回収した瞬間が一番無防備であると同時に、戦力的にも厳しい場面が必ず出てくる。幾らそれなりに経験を積んだチームと言えど、今回の件に関しては確実に厄介事の種だった。

 これまでの慣習を破るとなれば、担当した人間は只では済まない。だが、今回のこれはそんな事すら考える事が困難な状況だった。

それを知るからこそ、目先の目標へと思考をずらす。現時点で出来るのは、精々がこの程度だった。

 欲望を刺激する事で、最悪の未来を濁す。その結果、起こるであろう未来の変更は一切無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解しました。現地に向かう事に問題はありません、ですが、手配は大丈夫ですか?」

 

《それに関しては問題ありません。しかし、当初想定した状況よりも悪くなっています。早急な対処をお願いします》

 

(どうして先に言わない!現場で動くのはこっちなのに!)

 

 この心情をそのまま口に出来れば、それだけ気が楽になったのだろうか。それ程までに耳朶に届いた内容は最悪の一言だった。

 普段であれば有りえない回答。少なくとも今の心理状況を加味すれば、どんな回答が来るのは考えるまでも無かった。

 

 オペレーターが伝えた事実が覆る可能性は皆無に等しい。事実、戦場に赴くチームに状況を伝えるのは当然の事。下手に感情を加味すればどうなるのかは言うまでも無かった。

 だからこそ、その事実を受け止めた隊長は冷静に判断する。そもそも救出ミッションがどれ程厳しいのかは、誰もが口にする必要のない物だった。

 

 

「周辺状況の確認と、アラガミの行動範囲の確認。それと救助の際に必要な事は?」

 

《オラクル反応は既に通常に戻っています。要救助者に関しても、既に気配を遮断すると同時に現在は救出を待っている状況です。周辺に関する情報は以上です》

 

 無機質な音声は隊長に指名された少女の耳朶に響いていた。事実、現地に向かうまでにはそれなりに時間が経過している。改めて状況を確認する必要は無かった。

 元々救助のミッションの際に重要視されるのは、要救助者の保護のみ。そこから対象となるアラガミを討伐出来る部隊はほんの一握りだけだった。

 本当の事を言えば、討伐した方が良いに越した事は無い。だが、それを実行出来る部隊は生憎と蚊帳の外だった。だとすれば、命の保護を優先するのが当然の事。それを理解するからこそ、隊長は冷静な判断が要求されていた。

 

 今回の救出ミッションは、ある意味では最悪に限りなく近い内容だった。そもそも、極東支部ではレベルとミッションの難易度はある程度考慮されている。それはゴッドイーターの手厚い保護を目的とした事ではなく、単純に人的資源を優先した結果だった。

 クレイドルやブラッドと言った突出した実力を持ったチームが、本来であれば早々一つの支部に固まる事は無い。精々が周辺の支部の中で一チーム程度のレベルだった。

 だが、厳しい環境はそんな甘い考えを容易く凌駕する。その結果として、極東支部では必然的に精鋭と呼ばれる部隊が幾つも混在していた。

 

 元第一部隊とも言えるクレイドル。そして、特異な能力を持つブラッド。そんな二つの部隊からは少しばかり遠ざかるが、第一部隊もまた極東支部の精鋭だった。そんなチームが悉く出動出来ない。

 本来であればあり得ない環境下のミッションは、部隊長からしても嫌な物に近かった。誰もが口にはしないが無意識に比べる現実。ある意味では下が育つには厳しい環境だった。

 

 

「了解した。これから周囲の索敵を開始する。アラガミの情報は逐一知らせる様に」

 

《了解。周囲の状況に関しては定期的に公表します》

 

 どこか無機質な雰囲気を持つが、この対応はある意味では正解だった。下手な回答は部隊の全滅を示す。幾ら極東支部とは言え、常に常識の埒外の英雄が出現する可能性を考慮する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、ここまでだなんて!)

 

 救助のミッションがどれ程厳しい内容なのかは、隊長に選出された際に、嫌と言う程に聞かされていた。

 救助者の為に出動したチチームまでもが要救助者になる事は可能性の一つとして聞かされていた。勿論、救助のミッションに選ばれた時点で相応の実力を有する事は、ある意味では当然の事。だが、緊急時に関してはその限りではなかった。

 隊長は誰でも出来る程に簡単な事ではない。一番の理由は緊急時の指揮官としての能力を優先した結果。

 幾ら強靭な肉体を持つゴッドイーターとしても、僅かでも隙を見せれば待っているのは捕喰される未来。

 だとすれば、幾らこちらが優勢になっても、万が一の可能性を完全に捨てきる事は困難だった。だからこそ、厳しい状況下での戦いがもたらすそれは、明らかに逸脱していた。

 

 

「あの……私達は大丈夫なんでしょうか?」

 

「勿論よ。私達も依頼を受けている以上は、凌ぐ手段は幾らでもあるから」

 

 今回の救出ミッションは、ある意味では僥倖だった。新兵の教導が終えて数度のミッションをこなした程度。中堅か、相応の経験を積んだ部隊であれば明らかに虚構とも取れる言葉だった。

 中堅クラスにまでなれば、感応種を除くそれなりのミッションを経験している。今回のメンバーは事実上の新兵に毛が生えた程度の経験を持った人間で構成されていた。

 当然ながら事実を知る術はない。仮に知った所で今の自分達の状況が覆る可能性は皆無でしかなかった。

 だとすれば、出来る事は一つだけ。実際の内容を悟られない様にするだけ。

 だからこその仮初の言葉。だが、救助を受ける側からすれば、その言葉が全てだった。

 

 

「現時点で救助チームは幾つか行動を開始している。此方としても、速やかに動く必要があるから」

 

「……わかりました。こちらもその前提で動きます」

 

 無機質な音声が切れると同時に、現状を嫌が応にも示していた。要救助者の殆どは、それ程大きなダメージを受けた覚えはない。精々がかすり傷、その程度だった。

 

 

「オペレーター!アラガミの周辺状況は!」

 

《現時点では視認出来る意外のアラガミは感知されていません。討伐を考えるのではなく、生き延びる事を優先してください》

 

 

 どこか感情を感じない回答に部隊長の少女は、内心では舌打ちして暴言を吐きたいと思える程だった。

 実際に現地に突入するまでの事前情報では、アラガミの反応は一切関知されていない。仮にどこかに潜んでいたとしても、直ぐに場所をキャッチ出来るはずだった。

 元来オペレーターの役割はミッションを敢行している部隊に対するバックアップ。そんな事を理解するからこそ、何かにつけて問題があった。事実だけを述べれば良いだけではない。

 

 オペレーターの本来の役割は、現場で命を天秤にかける者への救済。ギリギリの瀬戸際の中での情報がどれ程重要なのかを分かっているはずだった。

 仮にヒバリやフランであれば表面上の言葉を口にする事はあり得ない。だが、今回のオペレーターはそんな人物とは明らかにかけ離れていた。

 言葉の一つ一つが軽すぎる。事実、死地を経験した部隊長であれば、確実に怒声が飛ぶ内容。だが、今回に限ってはその限りではなかった。

 自分の命が天秤にかかっている以上は、乗り越える意外の選択肢はない。だからこそ自らも鼓舞するかの様に声を荒らげていた。

 

 

「ここが正念場よ。分かってると思うけど、無理は禁物だから!」

 

「了解!」

 

 ここを如何に乗り切るのか。それが現状では最優先される内容。

 実際に同行しているメンバーを見れば、明らかに実力とアラガミがミスマッチとなっている。少なくとも、このメンバーで受ける事が可能な内容では無かった。 

 

 要救助者がゴッドイーターであればまだしも、戦闘力やアラガミに対しての知識を殆ど有していない一般人。

 強靭な肉体を持たない時点で、如何にアラガミから遠ざけるのかが至上命題だった。

 だからこそ、多少なりとも無理をする必要がある。だが、隊長でもある少女が発した内容は、その対極に位置する言葉。だからこそ、新兵に近いメンバーもまた己の事を優先する様にしていた。

 

 スナイパーライフルの機能を活かした望遠レンズ越しに見えるそれ。僅かに動かす事で見えたアラガミの数は三体だった。厄介な事に、その三体全部が音の探知が鋭い個体。少なくとも救助のミッションに於ける内容としては最悪の相手だった。

 

 

「スタングレネードの数は確認した?これからのミッションは時間との戦いだから。殲滅する必要も無ければ、討伐する必要も無いから」

 

「ですが……」

 

「今回のミッションは討伐じゃない。自分達の命を最優先。無理に動いて命を散らす事は最悪の結果だから」

 

「……了解。ミッションを開始します」

                           

 その言葉と同時にミッションは開始されていた。周辺の状況は兎も角、少なくとも周囲を徘徊するアラガミはコンゴウとサリエル。まだ目視されていないが、一番厄介なヤクシャの存在も確認されていた。

 

 コンゴウに関しては一定以上の経験を要求されている。だが、ヤクシャに関しては完全の想定外だった。

 僅かな戦闘音すら察知する聴覚は厄介意外の何物でもない。まだ一体だけなので問題にはなっていない。だが、三体を超えれば苦戦は決定的だった。優れた聴覚だけでなく、そこからの戦闘機動。少なくとも時間を長引かせた時点で増援が来るのは既定路線でしか無かった。

 だからこそ慎重になる。本来であれば、確実に何らかの要請が来るのは当然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「周囲の状況を!」

 

《現時点でのアラガミの総数に変わりはありません。ですが、このまま膠着常置が続けば最悪の結果を招く可能性が高くなります》

 

 無機質な声に隊長でもある少女は舌打ちしたい気持ちになっていた。救出ミッションに関しては厳しい環境下であっても、ギリギリこなす事が完了している。本来であれば、ここで全てのミッションが終わるはずだった。

 戦闘音をさせない程度で動くミッションは、想像以上にゴッドイーターの精神を摩耗させていた。自らの命を戦場の天秤に乗せ、その結果は自らの手で作り出す。その結果として今、自分が置かれた現状をゆっくりとクリアになっていた。

 

 

「そんな事言われなくても分かってる!」

 

 声が荒ぶるのはある意味では必然だった。既に幾度となくリンクエイドする事によって、残された命の灯は消える直前にまでとなっている。事実、派兵のメンバーの大半は戦線離脱を余儀なくされていた。

 他人事の様な言葉に、苛立ちが募る。それ程までに厳しい状況に陥っていた。未来がどうなるのかを考えるまでも無い。それ程までに厳しい状況は、既に絶望に色を染め始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「周辺の状況確認は完了。これから帰投します」

 

《了解。帰投用のヘリの手配を……シエルさん。緊急ミッションが入ってます。帰投ではなく、このまま出動は可能ですか?》

 

 これまでの内容とは明らかにトーンが違っていた。本来であればミッションが完了した時点でオペレーターもまた緊張感が僅かでも緩む。だが、今回に限ってはその限りではなかった。

 連戦のミッションを彷彿させる雰囲気。少なくとも今回の雰囲気はそれに近い物があった。仮に普通の部隊であれば多少なりとも動揺するかもしれない。だが、ブラッドとして幾度となく厳しいミッションをこないた側からすれば、今回のこれは必然に近かった。

 

 

「活動そのものに問題はありません。可能であればこのまま継続します」

 

《ありがとうございます。では、ミッション概要はデータで送信します》

 

 迷う事無くシエルはそのままミッション継続を口にしていた。少なくとも現時点で自分達の立ち位置を正確に把握している。だからこそ逡巡する事なく決めていた。端末に送られた作戦概要。そこから導き出された内容は考えるまでもなかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。