神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第150話 未来への経験 (前篇)

 戦場は常に残酷な結果をもたらす。闘争本能の先にある純粋な生存競争。

 その勝者が生きる者だとすれば、敗者にまっているのは明確な死。当然ながらその未来を漫然と待ち受けようとする者は、この世界には居なかった。

 明日を夢見てその為の努力をする。それがこの世界のルールだった。

 

 

《α1。バイタルが危険です。速やかに撤収をして下さい!》

 

「やれる物ならやってる!。こっちには手持ちの回復手段がもう無いんだ!救援はどうなってる!」

 

 普段であれば窮地に陥るはずがないはずのミッション。だが、今回に限っては完全に想定外だった。

 今回のメンバーはリーダーとして中堅の人間が中心となったメンバーだった。当然ながらその内容で発注されるミッションの内容には一定の制限が課せられる。何故ならそのリーダー以外のメンバーは、まだ限りなく素人に近い新兵だった。

 極東支部の様にアラガミが完全に乱入する様な事はこれまでに数える程しかない。当然ながら支部の人間の大半がそんな認識だった。

 想定外の事実に通信機越しのオペレーターでさえもが混乱している。本来であればオペレーターが率先して冷静に対処するはずが、完全に機能不全を起こしていた。

 突如として乱入したのは二体のヴァジュラ。極東以外の支部では、万が一遭遇した際には最低でも三チームが出動を余儀なくされていた。これが小さな支部であれば正に総力戦。今の目に映る光景は既に絶望と言う名のフィルターに通されていた。

 

 

 

 

 

《ここから6キロ先に大型種の反応が二体。既に交戦したチームからは緊急信号が出ています》

 

「了解しました。今後の予定に関して問題が無いなら、私達がこのまま向かいます」

 

 緊迫した現場の空気をまるで感じさせないかの様に応対する声に戸惑いは無い。それ所か、何時もと変わらない様な返事に、オペレーターは僅かに返事に詰まっていた。

 ヴァジュラの二体の出没。これまでの経験からすれば確実に、その場に残されたチームは全滅が予想されていた。

 だが、この内部では悲壮感は何処にも無い。これが何も知らない人間であれば憤るかもしれない。しかし、このオペレーターは搭乗者が誰なのかを明確に理解していた。

 少なくとも自分が知る中では最高のメンバー。この人選であってのはある意味では僥倖と酔寝る物。だからなのか、オペレーターは何時もと変わらない空気を滲ませながら、ただ現地のデータを口にしていた。

 

 

「随分とストレスを溜めこんでるみたいだな」

 

「ソーマは慣れてるかもしれませんけど、私にとっては苦痛ですから」

 

「二人共、そこまでだよ。そろそろ現地なんだ、極東じゃないからって油断は禁物だよ」

 

 二人の言葉を窘めるかの様に一人の青年の声で、二人もまた改めて自分の神機を確認する。少なくともこんな高高度からの滑空と同時に攻撃をする事は今に始まった話ではない。数える事すら必要が無い程の経験だからか、誰もが緊張する事は無かった。

 だからと言って平気と呼べる状況ではない。事実、女性は高高度からの攻撃に関しては忌避感を持っている訳では無い。悲痛な状況を良しとしない感情が発露した結果だった。

 

 

「私は大丈夫ですから」

 

「ああ。俺も問題無い」

 

 その声が合図になったかの様に突如としてヘリの扉は解放される。空気圧の影響なのか、一瞬だけ空気の流れが激しくなっていた。

 既に緊急信号をキャッチしてからそれなりの時間が経過している。これが正規のミッションであれば確実に支部長の指示を仰ぐ必要があったが、このメンバーに関してはそんな必要は何処にも無かった。

 密閉された空間を打ち破るかの様に空気の本流が三人を襲う。一人の女性の銀髪は乱気流の影響を受けたからなのか、髪は乱れていた。だが、そんな事を気にする事もせずに遠い現地に視線を投げる。既に心の準備が終わったからなのか、先程までの空気は完全に失われていた。

 

 

「じゃあ、このまま行きますので」

 

《了解しました。既に当事者でもあるチームには連絡済みです。問題無いとは思いますが、万が一の事もあります。ご武運を》

 

 オペレーターの声を半ば遮るかの様に純白の制服は強風に煽られたままだった。はためくコートの裾を気にする事無く褐色肌のゴッドイーターは一気に解放された扉から躍り出る。それを気にする事無く、銀髪の女性もまた同じ様に行動をしていた。

 

 

「有難う。万が一の為にサポートは頼んだから」

 

 最後に残された青年の言葉に返事をする事無く、そのまま降下する。まるで事前に決まっていたかの様に扉は閉じていた。

 先程までの大気のうねりは最初から無かったかの様に落ち着いている。本来であれば何らかの指示を出すはずのオペレーターもまた沈黙をしていた。

 この先に起こる未来が何なのかを考える事すら無駄な事でしかない。当然なら先程戦場に降り立った人物が誰なのかを理解しているからこその結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達、救援がこっちに向ってる。少しは気合を見せて見ろよ!」

 

「本当ですか?」

 

「当たり前だ。こんな状況で冗談を言う程俺は耄碌した覚えは無いぞ」

 

 耳朶に響く情報は紛れも無く朗報。しかも投入されたメンバーが誰なのかを聞かされたからなのか、先程までは絶望の色しかなかった空気が一気に変化していた。先程までは恐怖の根源の様なヴァジュラの咆哮は、威嚇ではなく、断末魔の事前の様にも思える。元々この支部の特性を考えればあり得ない事実だった。

 これがこの支部でも中堅であれば具体的な対象者を聞いて来るかもしれない。だが、今のこのメンバーにはそんな可能性を考えるだけの余裕すら無かった。

 リーダーの言葉と表情が全てを物語る。口にこそしないが、その態度だけで自分達への救援が絶対である事を悟らせていた。

 

 

「あと三十秒だ」

 

 リーダーの言葉に他のメンバーも誰もが周囲を警戒する。仮に三十秒だとすれば確実にヴァジュラと交戦するはずの距離。にも拘わらず、周囲に人影を感じる事は無かった。

 

 

「リーダー。一体どこから?」

 

「ああ。あそこからだ」

 

 メンバーの一人の言葉に、部隊のリーダーがニヤリと笑みを浮かべる。神機を持たない左手は完全に握りこんでいたが、親指だけは上空を指すかの様に上へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ送られてくるバイタル信号から命に別状はない。ここは極東じゃないけど、何時もと同じだよ」

 

 高高度からの落下にも拘わらず会話をするだけの余裕が三人にはあった。実際に、高高度からの重力の恩恵を活かした落下攻撃はアラガミに対して絶大な威力を発揮する。これが小型種に対してであれば難しいかもしれないが、今回の標的は大型種でもあるヴァジュラ。当然ながら的を外す様な事はあり得なかった。

 

 三人が持つ刃はそれぞれがヴァジュラの背骨の中心に狙いを定めている。ここから先は指示を出すまでも無く、何時もと同じ行動をするだけだった。

 時間にして約十秒。その時間に上空からの攻撃に気が付くだけの察知能力がヴァジュラには備わっていなかった。事実、これまでのコンバットログからフィードバックされた情報からも、高高度からの成功率はほぼ十割。ましてや当然の様にやってきた人間からすれば呼吸をするのと同じ事だった。

 落下しならがも会話が可能なのは偏に数えきれない程に行ってきた結果。落下時の大気は全身をはためかすかの様に全身に当たっていた。

 

 

「当然だ。アラガミである以上は油断はしない」

 

「そうですよ。極東じゃないからって特に考える必要はありませんから」

 

 ソーマとアリサの言葉にエイジは少しだけ笑みを浮かべていた。時間にして十秒。この時間を短いと考えるか長いと考えるかは人それぞれ。当然ながら極東で経験した三人が紛れも無く後者ともとれていた。

 周囲を確認するかの様に二体のヴァジュラは未だ上空への警戒をしていない。救助信号が出ている以上、最短での討伐が要求されていた。

 

 

「まずは分断だね」

 

 エイジの言葉に二人もまた頷いていた。実際に二体同時に相手をする事は不可能ではない。これが通常の討伐であれば選択肢の一つではあるが、今回の様な救援が絡む為に万全を期す必要があった。

 下手に刺激した事によってどこで標的が変わるのかは分からない。相手がこちらを捕捉するのであれば問題ないが、過分にダメージを与えた際の行動が不確定だった。

 負傷したゴッドイーターが捕捉されれば、確実にヴァジュラのエネルギー源となる未来しかない。そうなれば作戦としては完全に失敗となる。可能性としては僅かかもしれない。だが。これまで極東で培ってきた経験はそんな可能性までも考慮していた。討伐を優先する為に分断する。これまで同様の当たり前の作戦でしかなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇ……これが極東の実力なのか」

 

 無意識ともとれる呟きは、他のメンバーにの耳にも届いていた。だが、その言葉の本当の意味までを理解した訳では無い。今は物陰からのぞき込んでいる様にその戦闘を見る事だけに集中していた。

 実際に極東での教導がどれ程の効果を発揮しているのかは殆どのゴッドイーターが知る所だった。

 実際に教導を受けた人間のスコアは常に上位に留まり、瞬時の判断力も悪くは無かった。当初は純粋に強いアラガミとの戦いの成果だと思われていたが、実際に同じ戦場に立った瞬間、その感覚は明らかに違っていた。

 常に最短を考えた行動から始まり、そこには一片の容赦するない。人によっては完全にゴッドイーターとしての常識の理から外れたかの様にも見えていた。

 

 だが、そんな人物でさえ、教導教官にはまともに打ち合った事すら無かった。常に二手先、三手先を読まれ、仮に読まれなかったとしても、目的の行為に至るまでの目測は全く外れない。その結果、傍からみればまるで自ら攻撃を受けるかの様にも見える程だった。

 今回のリーダーに関しても、そんな極東でのエピソードに関しては何度も耳にしている。勿論、感情や実感がこもった言葉を疑う程猜疑心が強い訳でも無かった。

 何故ならフェンリルの全支部のスコアを見ても明らかに一人だけスコアのケタが違う。誤魔化した可能性もあったが、討伐の際には確実にデータが蓄積されている為に、虚偽の成果を作る事は出来なかった。

 

 ゴッドイーターであれば当然の事実。それを知るからこそ、討伐のスコアの数値が異常だった。そんな教導教官の戦いをこの目で見る事が出来る。不謹慎ではあるが、ある意味では最良の教科書の様にも思えていた。だからこそ、無意識に言葉が漏れる。他のメンバーがはそんな呟きすら耳に届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事前の作戦通りで行きます!」

 

「ああ。了解だ」

 

「了解」

 

 何気ない一言だったが、このメンバーを知る人間であれば、誰もが疑問を持っていた。クレイドルと言う組織は基本的に隊長と言う概念が無い。尉官級の人間が臨機応変に対応する為に、命令系統は自由になっていた。

 クレイドルの誰もが自分の責任範囲の中で行動する。その結果として組織でありながら個人の裁量で動く。しかし、一つの組織として考えれば事実上の部隊長は決まっていた。

 名実共に極東の絶対的エース。教導教官としての名前ですらフェンリルの中で轟いている。そんな人間に対して誰もが疑問を持つ様な事は無かった。勿論、当人にその気持ちは最初から無い。今の状況も結果的にそうなったにすぎないとさえ考えていた。そんな人物を横にしてアリサが指示を出す。そこには一つの隠された意味が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が……ですか?」

 

「ああ。この裁定は僕個人だけの話じゃないんだ」

 

 何時もとは違った空気に、呼び出されたアリサは僅かに気圧されていた。実際に幾度となく難しいミッションの話をここでしてきたが、今回に限ってはそんな甘い可能性は微塵も無かった。榊だけでなく、そこにはツバキの姿もある。そんな困惑したアリサの事を慮るかの様に榊は言葉を重ねていた。

 

 

「ですが、私じゃなくてエイジの方が良いんじゃないですか?」

 

「当初はその可能性もあったんだ。ただ、今後の事を考えると少々困った事になってね」

 アリサの尤もな言葉に察会もまた苦笑いを浮かべていた。遠征の際に見ず知らずの部隊を預かる行為は、当人には多大なプレッシャーを与えていた。元々ゴッドイーターの中でも古参、若しくは中堅レベルになれば大半は何度か修羅場を経験する。死地の中を己の技量だけで生き残る技量は、少なくとも周囲に対しても相応の影響を与える。その結果、周囲に対しては必然的に正式的な支柱になる事が多かった。

 

 だが、アラガミからすればそんな事情は何の意味も無い。本能に従い捕食する存在は、される側の事情を一切考慮しない。当然ながら未熟なゴッドイーターを保護するのはそんな人物が殆どだった。

 当然ながら一人で複数のアラガミと対峙して生き残れる確率は砂漠の中で砂金を探す以上に低くなる。その結果、待っているのは殉職の暗い未来だった。

 

 相応の実力者を失う事になれば支部としても些細な痛手として処理するには被害が大きすぎていた。

 精神的なだけでなく、実力者を失う事に対するリスクはどう考えても負の結果しかもたらさない。誰もが簡単に予測できる未来だった。

 そんな中で、激戦区でもある極東の生存率と討伐スコア。誤魔化しが利かない数字を見て何も思わない指導者は居なかった。本当の事を言えば、単独でも相応の結果を出せる人間を見ず彼の懐に招き入れた方が支部としては安泰である。だが、そんな事は夢物語でしかなかった。これが正規の指導者であれば良かったが、生憎と極東の指導者は正規の教官ではない。現時点でも少しでも実力の底上げを狙う為に、極東へは出向と言う措置で出すより無かった。

 

 

 

 

 

「そう言う背景があったんですか……」

 

「僕の方も色々とやってはみたんだがね」

 

 これまでの経緯から榊もまたアリサの対応には対策を立てていた。実際に今回の件に関してはアリサの事も然る事ながらエイジの立場も明確にする事に問題は無い。本当の事を言えば、現役の段階でフェンリルの正規の教導教官の資格は破格だった。

 極東だけの狭い世界だけでなく、フェンリル全支部に対しても大手を振って動く事が出来る。

 それだけではない。クレイドルとしての活動に対しても、これまで以上に注目を浴びるのは当然だった。

 幾ら軌道に乗り出した計画とはいえ、明確に安泰という訳では無い。資金に関しても、少ないよりは多い方が動ける範囲が格段に変わる。そう考えれば悪い物ではなかった。唯一悪くなるのは物理的な距離が離れる可能性がある。それだけだった。

 当然ながら、二人の距離が離れたのは今に始まった事ではない。まだクレイドルが発足した始めた頃、エイジとアリサは物理的な距離がかなり離れていた。その結果、極東でのゴッドイーターの運用は格段に悪化していた。感応種の問題もあったが、実際には万が一の際の最強の盾と矛が無い為に、殉職する率が高くなった事だった。事実上の死地と呼べる環境下で確実に生き残れるだけでなく、仲間の命を救う。それは無自覚に支部に所属するゴッドイーターに安心感をもたらしていた。

 生命の保証があれば生き残れる確率は格段に上昇する。それを一旦無にするのがどれ程難しい事なのかは、考えるまでも無かった。そんな事情を隠す事無く伝える。ある意味ではその方が言葉に重みが存在していた。

 

 

「勿論、今回の件に関してはエイジ君だけではない。リンドウ君も対象になる。彼に関しては既にゴッドイーターとしての責務を全うしてるからね。ただ、彼の戦力を現時点で失うには些か問題が多すぎてね」

 

「それは……分からないでもないですけど」

 

 アリサもまた榊の言わんとする事を理解していた。ゴッドイーターとしての前線での活動は十年を基本としている。幾ら人員が不足しているとは言え、それを簡単に破れば現場の信頼は一気に失うのは当然だった。

 何も知らない人間であっても、ゴッドイーターの任務がどれ程過酷なのかは知っている。当初は殉職率が高いが故に問題になる事は無かったが、ここに来て配属されてから十年と言う時間を過ごすであろう人間に関しては一定の数が出始めていた。

 当然ながら規定の中で満足に全うした人間は数える程しかいない。その殆どが膨大な経験を活かすべく教導教官として次代の育成の(いしずえ)となっていた。

 

 

「それと、これから話す事は君達の活動にも影響があるんだよ。既に気が付いているとは思うけど、最近は候補地の選定が遅れている事を知っているかい?」

 

「その件ですが……」

 

 榊の唐突な言葉は、アリサにとっても知りたいと思う部分だった。実際にサテライト拠点の数は本当の意味で多いとは言えない。未だ厳しい環境下で生活をしている人達がまだいる。そう考えれば、まだまだ数は多いとは思えなかった。

 当然ながら候補地の選定に関しては既にアリサ達ではなく防衛班の一部が選定に努めている。ここ最近に至ってはその数がかなり激減していた。

 

 

「アリサ君の言いたい事は分かってる。ただ、現時点ではこれ以上の拡大は難しいんだよ」

 

「予算ですか?」

 

「それならまだ良かったんだけどね」

 

 歯切れの悪い言葉にアリサは訝しんでいた。少なくともアリサの知る榊は言葉を濁して誤魔化す様な事は殆どしない。余程言い難い事であっても最終的には口にしていた。にも拘わらず明確に言葉にしない。今回の件とどう関係があるのだろうか。アリサは榊が言葉を発する事を待つより無かった。

 

 

 

 

 

「それは……盲点でした」

 

「残念ながら、これ以上となれば信用の度合いが低下するんだ。そうなると本末転倒なんだよ」

 

 まさかの言葉にアリサもまた納得するしかなかった。榊が口にしたのは候補地の無さではなく、防衛するための人材の数。建設するだけでなく、それを維持してこそ初めて意味がある。そんな大前提が履行されないのであれば既にサテライトに居住している人間からも不信感が出る可能性があった。

 一度でも地に堕ちた信頼は早々上昇する事は無い。そう考えれば施設防衛をおろそかにする訳にはいかなかった。

 

 

「榊博士。それと俺達と同関係があるんだ?もう少し簡単に言ってくれると助かるんだが」

 

「リンドウ君の言いたい事は理解出来る。今回の要請は極単純な事なんだよ」

 

 リンドウの言葉を待っていたかの様に榊は改めて口を開いていた。今回の計画の肝は、クレイドルの中でも身軽に動く事が出来る人間がピックアップされている。能力も然る事ながら、突出した実力を持つのであれば、早々に問題が発生する事は無かった。その実力を前提とした計画。ある意味ではこれまでのクレイドルの活動をより強固にする為の布石だった。

 

 

「今後は極東だけで人材を揃えるのは無理がある。当然の事ながらその人材を確保する為の有効手段だよ。特に君達二人に関しては既に相応の実力と実績があるからね。今回の件に関しては事実上の追認みたいな物だね」

 

「それは分かりました。ですが、アリサに関しては関係無い様にも思えますけど……」

 

「アリサ君にもまた違った役割を持ってもらうつもりだ」

 

 榊の構想は三人の予想を大きく覆していた。教導教官としての実績を追認するのは理解出来る。だが、アリサに求められた内容は完全に想像の域を超えていた。

 

 

「私には重い様にも感じますが」

 

「今回のそれは本当の事を言えば当初から計画があったんだよ。実際にサテライトの計画が上がった際に一番動いたのはアリサ君だ。勿論、他のメンバーも同じ事が言える。だけど、その先頭を常に歩き続けるのは大変なんだよ。今後の事を考えれば現場でかなり重い判断を下す必要性が出るかもしれない。その為に経験と実地をしてほしいんだ」

 

 当然の様に言う榊に対して三人だけでなく、古参の人間は異議を唱える事はしない。突拍子も無い事をする事もあるが、この場に於いて冗談を言う事は無かった。本当の事を言えば強権を発動しても立場的には問題はない。にも拘わらず、当人に許可を取る辺りが榊らしかった。

 荒唐無稽な意見ではなく、実利に傾いている。そんな事を良く理解するからこそ反論するだけの余地は無かった。当然ながらアリサも理解している。事実上の決定だからか、異論と唱える事は無かった。

 

 

「で、今回の件に関しては短期間ではあるが、各支部を回ってほしんだ。極東の防衛もあるから一先ずは君達だけの運用になる。今回は本部に向かう途中でいくつかの支部を回ってもらう事になるよ」

 

 そう言いながら一枚の書類を三人の前に出す。正規の辞令。榊の言葉が事実である証拠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救助信号が出てます。まずはアラガミを移動させることを優先して下さい!」

 

 何時もと変わらない判断をしたのは、極東でもよくある光景だったから。勿論、油断する事は一切無い。驕る事無く最優先でやる事が決まっている為に、その動きに澱みは無かった。

 高高度からの一撃はヴァジュラに多大なダメージを与える。背骨の部分にこそ直撃はしなかったが、それでも奇襲じみた攻撃はヴァジュラの動きを鈍らせるには十分だった。悲鳴じみた声が漏れると同時に、既にその場に三人の姿は無くなっている。深々と刺さった刃をそのまますれば、手痛い反撃を受ける可能性は極めて高い。討伐ではなく救援任務。その為には自分もまたダメージを受ける訳には行かなかった。

 

 

「ソーマ、そっちは頼んだ!」

 

 エイジの言葉にソーマもまた返事をする前に行動に移る。事前にしたブリーフィングの為に、そこからの動きに澱みは無かった。当然の様にヴァジュラの動きを誘導する。物陰から見た部隊の人間は驚くより無かった。

 

 

 


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