神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第149話 たまにはこんな日も

 

 憩いの場でもあるラウンジは様々なゴッドイーターによって、その密度は常に変化し続ける。

 厳しい戦いの後であればベテランを中心に酒を酌み交わし、中堅になればこれまでの反省をしながらも、今後の事について話し合う。新人を中心とした新兵は毎回生き残れた事に安堵するのがこれまでの常だった。

 当然ながらその動きにはある程度の規則性がある訳では無い。ミッションの狭間に起こったほんの一時の事だった。

 

 そんな中、これまでの経験から大きく外れた雰囲気が一つ。極東支部に於いてはゴッドイーターの男女の比率は他の支部に比べれば、多い部類に入る。全員と言う訳では無いが、それでも何も知らない人間からすれば、ある意味では異様な光景の様にも見えていた。

 ラウンジの男女の比率が何時もよりも大きく異なる。この場にハルオミが居れば、確実に越えの一つもかける事は容易に想像が出来る程だった。

 

 

「最近のラウンジって、なんか何時もとは違う気がするんだよな。なあ、何でか知ってる?」

 

「あのさ、幾らここに居る時間が長いからって、全部の事を知ってる訳じゃないんだからさ」

 

 何時もの光景とは違うからなのか、コウタは思わずカウンターの向こうでフライパンと格闘しているエイジに話かけていた。実際にキッチンを中心とした造りになっているからなのか、ここからは背後の席以外の大半が視界に入る。実際に落ち着いた雰囲気を見せる窓側と、くつろぐスペースを擁する端が割と人気があった。

 

 普段の料理人がムツミであれば、それ程気にする事は無いが、これがエイジとなれば話は別だった。クレイドルの最前線を常に走ると同時に、厳しい指導を行う教導教官。誰もがおいそれと正面に座るのは抵抗があった。

 敢えて知る人間の殆どは、極東ではベテラン勢ばかり。そんな人間からすれば仮にエイジの前であっても気にする事は早々無かった。そんな一人が同期でもあるコウタ。何時もと変わらない光景のその空間には緊張感は皆無だった。

 だからこそ、コウタもまた、素朴な疑問としてエイジに確認する。幾らアラガミの気配を察知する能力に長けていても、人の感情までを正確に把握する事は不可能だった。

 

 

「確かにそうだけどさ、何て言うか……何時もの感じとは違うんだよね」

 

「気にしすぎだって」

 

「そうか?」

 

 幾ら見知った人間であっても、ラウンジの会話に関してはおいそれと話す事は無かった。

 何となくの噂程度であれば口にするが、個人的な内容に関してはエイジもまた積極的に話を聞こうとは思わない。勿論、相手も本当の意味で聞かれたくない事であれば、こんな場所で口にする事は無かった。それを知った上でコウタもまた、エイジに確認したに過ぎなかった。

 

 事実、ラウンジでの話の内容をエイジに聞いた所で、簡単に口にする事が無い事をコウタは理解している。仮に口にしても、それはこの場所ではなくミッションの終わりや個人的な話をした時だけだった。だからこそ、エイジの返事にコウタもまたそれ以上は何も聞かなかった。本当に問題があれば何かしら口にする。それが無い時点でそれ程問題にならないと判断していた。

 これまでと確実に違う事。ラウンジの男女の差が何時もとは明らかに違っている。普段であれば男女比は同じか男の方が多い。勿論、ミッションな時間的な面はあるかもしれない。だが、それを考慮しても、今のラウンジの比率はおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ~そんなのが流行ってるんだ」

 

「今の極東では結構流行ってるみたいですよ。特にノルンのアーカイブって割と内容が偏ってましたから」

 

 ラウンジでの仕事が終わったからなのか、エイジは自室でアリサに今日の事を話していた。エイジにとってはアナグラで何か特別な物が無ければそれ程知りたいと言った欲求は無かった。ラウンジでの仕事はあくまでも善意による物。当然ながら、そこで情報収集する様な事はしなかった。

 ラウンジの当初の目的はあくまでも激務であるゴッドイーターの為の憩いの空間。精神を癒す為の空間に緊張感をもたらす事は悪手でしかない。勿論、榊もまた当初の設置の際にはそんな事を口にしていた。

 当然ながらエイジもまたその理念を十分に理解している。アリサに確認したのは、本当に会話のキッカケ程度に過ぎなかった。

 

 

「そっか……確かに言われてみればそうかもね」

 

 アリサの何気ない言葉にエイジもまた改めて記憶をたどっていた。

 実際にノルンの情報は旧時代の内容が多く、かと言って、完全にその情報を網羅している訳では無かった。情報とは実体が無いだけに、それを残す事は難しい。ノルンの情報に関しても、実際にはどんな基準でアーカイブに保管されているのかを完全に知っている者は限られていた。

 当然ながら、そんな情報を一介のゴッドイーターが関知出来るはずがない。その為に、これまでの情報の蓄積から優先順位が決められていた。その筆頭に来るのが情報ではなく娯楽。幾ら失われているとは言え、文化が完全に廃れている訳では無い。その結果として世間の認識がそのまま構築されていた。

 

 

「私も参考に見ましたが、これまでとは違った層が関心を持っているみたいですね。意外と面白かったですよ」

 

「それが、これ……ね」

 

 エイジの手に有るのは最近になって発掘された色々なデータ。その中でもこれまでとは明らかに違うそれは、これまでに無いラインナップだった。エイジ自身に限った事では無い内容。所謂、純愛物の物語だった。

 

 

「勿論、娯楽に属する物なので、のめり込む程かと言われれば何とも言えませんが」

 

 これまでのアクションや感動ものとは違うジャンル。これまでにあまり無かったからなのか、以外な程に極東女子の琴線に触れていた。

 実際に極東支部のゴッドイーターは、他の支部に比べれば格段に年齢が低い。他の支部であれば何となく訓練する事はあっても、実際にアラガミと戦闘するケースは稀だった。

 色々と多感な時期である事は理解している。だが、それと人類の生存を同等に比べるには無理があり過ぎていた。

 常にアラガミとの戦いの中で過度なストレスを構築する側からすれば、娯楽などストレス解消の一環でしかない。それが偶然にも自分に当てはまっただけでの話だった。

 

 

 

 

 

「因みにアリサはこの手の話はどうなの?」

 

「私はやっぱり………ちょっとじれったい様にも感じますね」

 

 アリサの言葉にエイジもまたこれまでのアリサの事を思い出していた。実際に旧時代とは違い、今は人種に関してはそれ程忌避感や特別な感情を持つケースは少なかった。

 極東に限ってだけ言えば、純粋な意味で同じ国籍の人間同士がくっついている事はそれ程多くない。精々がエイジの身内程度だった。エイジ自身がアリサとは明らかに国籍が異なる。そう考えればある意味ではアリサの言葉は、ある意味お国柄と呼べる物なのかもしれなかった。

 

 

「でも、この場面は私も好きですね」

 

 何かを思い出したのか、アリサは自分のタブレットを操作していた。最近になってノルンから発掘されたアーカイブの大半は映像に関する事。文字になっている事の方が圧倒的に少なかった。

 この映像に関してはアリサ自身が発掘したのではなく、周りから純粋に勧められた結果だった。手慣れた操作でその場面を映している。ある意味では物語のクライマックスの様な場面だった。

 何気なく出された映像。だが、エイジは初見だったからなのか、何となくアリサの隣からその映像を眺める。内容はともかく、その映像に関しては、どこか懐かしいとさえ感じる様な感情が蘇っていた。

 

 

「ほら、これって私達が初めてした時みたいじゃないですか………」

 

「確かに言われてみればそうかも…ね」

 

 二人の目に留まった映像はキスシーン。アリサが言う様に物語の中でのそれは、ある意味では当時の状況に酷似していた。勿論、エイジとて狙った訳では無い。当時はまだ娯楽に対する認識は今以上に薄い物だった。殉職率は高く、些細な油断が死に繋がる。

 ミッションが終われば生き残れた事に感謝しながら生活していた時期だった。

 場所こそ違うが、シチュエーションはかなり近い。当時の事を思い出したからなのか、二人は何となく感情が高くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……何だかこんなシーンって憧れますよね」

 

「そ、そうかな……」

 

 エイジとアリサが当時の事を思い出している頃、エリナとマルグリットもまた他のメンバーと同じ様な感想を口にしていた。

 実際にゴッドイーターの様な命のやり取りをする者からすれば、こんな純愛を望むのはある意味では難しい物があった。常に戦場を駆け巡る為に、ゆっくりとした感情を育てる事は難しい。

 それだけではない。外部居住区でもそうだが、結果的には人類のコミュニティは予想以上に狭い物があった。遠距離なんて生易しい物は無く、仮にそうであれば、その状況を安穏としてる訳には行かなかった。

 

 フェンリルに保護されていれば、最悪でも食料だけは配給によって確保される。この外部居住区でもそんな部分は多分にあった。

 保護されてそれならば、完全に外の世界で生きる者は毎日が生存競争にさらされる。とてもじゃないが、そんな心情になれるはずがなかった。

 だからこそ、非日常の空間に憧れを持つ。それがゴッドイーターの心情と偶然にもマッチしていた。

 

 

「あの……マルグリット先輩とコウタ隊長は普段はどうなんですか?」

 

「どう……って?」

 

 エリナの質問の意図はマルグリットにも何となく想像が付いていた。時代は変われど恋バナは女子にとっては大好物。ましてや自分の部隊の隊長と副隊長となれば、エリナから見れば格好の対象だった。

 

 

「ほら…アリサさんやエイジさんは割とよく話は聞くんですが、お二人に関しては中々話題には出ないな~なんて」

 

 エリナの言葉にマルグリットは僅かに後ずさっていた。実際にエリナだけではない。周囲に気配を広げれば、誰もが何となくこちらに意識を持っていた。自分とコウタの関係性は特に隠す様な真似をしたつもりは一度も無い。だからと言って喧伝するつもりも無かった。

 既にこれまでの経緯を知っている側からすればそれ程珍しい話しではない。だが、最近になってゴッドイーターになったり、情報を知らない人間からすればある意味では興味深い対象となっていた。気が付けば周囲の見る目に感情が籠る。戦場で培われた感覚が自然と発揮されていた。

 

 

「ふ、普通じゃないかな……そう言えばエリナはどうなの?ほら、エミールだってあんな事があったんだし」

 

 最近になってエミールの事が発覚した為に、周囲の当人を見る目は多少なりとも違っていた。事実、極東支部ではいかなる生まれであっても身分の差は一切ない。純粋な生存競争に打ち勝つ能力が要求される為に、身分差など誰も考える事は無かった。

 しかし、身内と本人のカミングアウトに近い内容によって事態は変化する。世間のエミールの見る目とは逆に、将来を誓った相手が居たのは想定外だった。そもそもエミール自身、その環境が当然だと思っていた為に、気にする様な事は何も無い。貴族とは血脈を維持する事が最善であり、その過程の中ではいかなる手段を用いても問題無いとさえ考える節があった。

 

 勿論エミール自身にそんな考えは無い。これが本部であれば多少なりともそんな思考があったのかもしれない。だが、極東特有の実力が全てを物語る環境下の中で、エミール自身が自分の喧伝する事は無かった。そんな側面があった為に、前回の出来事に周囲は改めてその認識を改めていた。

 エミールがそれならば、エリナもまた同じ様な環境で育っている。だからこそマルグリットは自分への質問を回避する為に、エリナに質問と言う形で話題を逸らそうと考えていた。

 

 

「私は、家の事に関しては殆ど関係が無いですね。何だかんだであの世界では女の存在はそれ程重要な問題にはなりませんし」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「私の事はどうでも良いんです。ほら、コウタ隊長って妹さんの事は口にするんですけど、それ以外に関しては中々口を割らないので」

 

 エリナから見たコウタの扱いにマルグリットの心中は複雑だった。自分の大事な相手は部隊長。当然ながら自分以外の命も背おう事になる。自分の神機が只でさえ厳しい運用を求めらられる割に、結果が伴わない銃型神機。それを運用しながらも最前線で未だに戦うそれは、そる意味では脅威だった。

 事実、配属された当初の誰もが旧型の第一世代型神機使いの事を良く思わない。だが、命を預かる戦場での結果を一度でも知れば、驕る様な感情を持つ者は居なかった。

 自分の神機特性を完全に理解すると同時に、その特性を活かした戦術を即座に組み立てる。その結果として多大な問題を持つ神機であっても、未だに第一線を張る事が可能だった。

 そう考えるからこそ、コウタ自身の存在は周囲からすれば奇異な存在に見えていた。銃型神機を使用しながらも第一部隊長として最前線に立っている。周囲の評判はともかく、少なくともエリナが知る中では侮蔑的な言葉は無かった。

 その最大の要因がコウタとマルグリットが与える影響だった。ヴァリアントサイズはその見た目以上に攻撃の射程距離は長く、また咬刃展開した瞬間は周囲に対して気を配る必要があった。

 味方を巻き込む攻撃をする者とは誰もが積極的にミッションに同行したいとは思わない。これがバレットによる誤射であれば許せても、神機の刃による攻撃はそう言う訳には行かなかった。

 その扱いが難しい事から未だにヴァリアントサイズを主要とする人間は少ない。事実、この極東の中でも数える程だった。そんな難しい神機であっても、コウタが一緒の際にはその限りではなかった。

 咬刃展開した瞬間にコウタの指揮によって周囲は直ぐに行動を開始する。その結果として、ヴァリアントサイズから放たれたラウンドファングの様な攻撃はアラガミにとってもフェイントの様になっていた。

 そうなれば必然的に同士討ちが無くなると同時に討伐の効率が上がる。それが相乗効果をもたらす結果となってコウタの株はゆっくりと上昇していた。

 

 これが本来であれば実力者特有の動きが見られるはず。だが、実際にコウタに対してはそんな事は無かった。一番の要因はマルグリットの存在。見た目だけでなく、その女性らしさや気遣い。戦場での立ち位置を考えれば、コウタに対してのアプローチは自爆と同じだった。

 男と女が居る以上、その関係性は避けて通る事は出来ない。これが自分と似た様なレベルであればさらに情熱をもたらすのかもしれない。だが、マルグリットに対しては完全に自分達の方が劣ると理解しているからなのか、コウタに対するアプローチは皆無と同じだった。

 エリナからすればさっさとエイジとアリサの様にくっつけば良いとさえ考えている。だが、実際にそれを口にした所で何かが進むと思わなかった。事実、コウタの家にはマルグリットも足をかなり運んでいる事を知っている。

 半ば家族ぐるみの付き合いであれば、あとは放置するよりなかった。だからと言って、全く二人の関係に関心が無い訳では無い。ノルンの映像に感化されたからなのか、エリナは少しだけ勢いをつける事を考えていた。

 

 

「そ、そうかな?私の目からはそうは見えなかったけど」

 

「だって、コウタ隊長は何かあれば殆どがノゾミちゃんの事ばっかりなんですよ。確かに一緒に居れば話題にはしにくいのは分かりますけど、やっぱり多少くらいは知りたいじゃないですか!」

 

「そんな事知って、どうするの?」

 

「私も何となくそんな空気に浸りたいんです!」

 

「でも、それはほら、プライベートな事だから……ね」

 

「そんなんじゃコウタ隊長取られます……それは無いか……」

 

 エリナの欲望が出た様な言葉にマルグリットは苦笑するしかなかった。周囲の気配がこちらに向いている事は痛い位に理解していいる。だからと言って、自分はアリサの様に公言したいとは思っていなかった。

 コウタ自身が何となく衆目を集め、女性陣からの視線を多少なりとも浴びている事は自分が一番理解している。だからと言って露骨に何かしらやって示す事は自分の性格からはあり得ないとさえ考えていた。

 だからと言って自分の大事な人が貶められるのは面白くない。それはそれで心中が複雑だった。これが普段であれば確実に口を閉ざしたかもしれない。だが、今の空気であれば多少は大丈夫なのかもしれない。そんな取り止めの無い事を考えていた。恐らくはマルグリットもまた、この空気に酔っていたのかもしれない。

 アリサ達ではないが、多少の恋バナ程度なら許容範囲だと無意識の内に判断していた。

 

 

 

 

 

「……え、コウタ隊長ってヘタレじゃなかったんだ………」

 

「二人の時はそれ程でも無いよ」

 

「そう言えば、最初のキッカケって何だったんですか?」

 

 気が付けば既に時間はそれなりに経過していた。普段であればラウンジには食事目当てで来るはずの時間帯にも拘わらず、周囲の雰囲気は同じままだった。これが何時もと同じであればマルグリットも気が付いていたのかもしれない。だが、エリナが予想以上に聞き上手だったからなのか、気が付けばそれなりに暴露話に近い物になりつつあった。

 

 

「何って言うのは余り無いんだよね。でも、何となく気が付いたらって感じかな……」

 

「それじゃあ、もう、後は秒読みなんですか?」

 

「それは……どうかな」

 

「え~それ位は良いじゃないですか」

 

「それ以上はエリナでも秘密」

 

 そう言いながら既にテーブルの前に置かれたグラスは三杯目だった。既に何度かグラスが交換されたと同時に簡単に食べる事が出来る物が置かれている。この場にエイジが居ればマルグリットも正気だったのかもしれない。だが、生憎と今の時間はエイジでも無ければムツミでもない。弥生がカウンターの向こう側に立っていた。

 実際にこの時間になっても男連中が来ないのは偏に弥生がラウンジの前に一枚の紙を貼った事が要因だった。

 

 

 

───本日貸し切り。男子入るべからず

 

 

 これの時点でラウンジの向こう側へ行きたいと思う人間は限られていた。実際にその張り紙を見たハルオミは真っ先にミッションが終わった後はラウンジではなく、ギルを誘って外部居住区へと繰り出している。それ以外にラウンジに入るのは女性陣だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って事があったんだ」

 

「それでか……今日に限ってラウンジが貸し切りなんて張り紙がしてあったから、疑問だったんだよ」

 

「弥生さんがやってくれたんだって」

 

 自分の仕事に漸く区切りがついたからなのか、コウタは大きく息を吐くと同時に背を伸ばしていた。以前の様に報告書を後回しにする様な事は無くなっていた。一番の要因はマルグリットの存在。本当の事を言えば、コウタが全ての書類を作成するのがこれまでだったが、最近になってからは一部の仕事をマルグリットがする様になっていた。

 隊長を一度でも経験すれば、誰もが待っている試練。報告書の多さは最大の障害だった。その情報がゴッドイーターにとっての生命線である事は既に周知の事実。コウタ自身も最初の頃こそは碌にノルンの情報を見る事は無かったが、第一部隊の隊長に就任してからは確実に重視する様になっていた。

 

 旧第一部隊の人間は誰もが自身の行動を理知的にする。エイジだけでなく、アリサやソーマもまた各々の明確な行動原理を持っていた。その結果、隊長でもあったエイジが指示する前に、各自が戦局を判断する。個人でありながら有機体の様に動くそれは一つの生物だった。

 互いの行動を把握しながらもアラガミの動きを先読みし、討伐を最短で行う。コウタ自身もまたその一因だった。そんな部隊がクレイドルになった際に、コウタは人知れず努力をしていた。神機のハンデだけでなく、前任者の事を考えれば嫌が応にも比べられる。その結果としてコウタは新種の際には真っ先に弱点を探す様になっていた。

 事前準備に時間をかければそれ以外の時間は必然的に無くなっていく。それがコウタを苦しめていた。

 そんな時間が厳しい中で一筋の光明が出る。マルグリットの暫定的な隊長就任。その結果としてコウタの仕事を自然と手伝う様になっていた。お互いが一緒に過ごす事が増えた為に自然と会話も増えていく。その結果として親密度合いは以前よりも高くなっていた。

 

 

「でも、ある意味では良い傾向なのかもね」

 

「良い傾向?」

 

「そう。そんな事に気を回すだけのゆとりが出来てるって事だよ」

 

「……そっか。そうだよね」

 

 コウタの何気ない一言に、マルグリットもまた改めてここに来た当時の事を思い出していた。まだ赤い雨の脅威にされされながら戦い続けた日々は今となっては、遠い日の記憶をなりつつある。本当の事を言えば、そこまで時間は経っていない。ただ、ブラッドがここに来てから、色々な事がめぐるましく過ぎ去っていた。

 それはアナグラだけに留まらない。自分もまた、何時命の灯が消えるのかを怯えながら見えない未来に妄執を抱く日々。それを考えれば今はある意味では幸せなのかもしれなかった。

 

 マルグリット自身に身内は殆ど居ない。今の自分にとってはコウタを通じた家族が身内だった。だからと言ってコウタの口から未来を約束する様な言葉はまだ聞いていない。ただ、何となくその態度が言っている様に感じるだけだった。

 勿論、世間を見れば急ぐ必要は無いのかもしれない。だが、マルグリットの見える範囲の中で考えれば、周囲は以外に身を固めた人間の方が多かった。

 あの時はそんな事すら考える余裕が無かった。だからこそ、今の自分の事を当時の自分がどう思ったのかを少しだけ振り返りたくなっていた。それは偶然見た映像なのか、それともコウタの何気ない言葉になのか。不意にコウタの傍から離れたくない感情が思考よりも先に出ていた。

 

 

「ま、マルグリット……」

 

「少しだけこのままにさせて」

 

「……ああ。分かったよ」

 

 コウタもまたマルグリットの行動に少しだけ驚きはしたが、そこに焦る様な感情は失われていた。先程まで隊長としての書類と格闘した躰にはマルグリットの柔らかなぬくもりと匂いを感じる。コウタもまた何となくでも、このままの状況を良しとは考えていなかった。親友でもあるエイジに限った話ではない。事実、未だにマルグリットの人気はかなりの物だった。

 女性らしさが常に出るからなのか、一度は誰もが視線を投げる。コウタからすれば面白いと感じる事は一度も無かった。以前にほんの些細な会話でエイジとそんな事を話した記憶が蘇る。先延ばしするつもりは無いが、今はまだ完全に準備するだけの時間が足りなかった。自分に躰を預けているそれは紛れも無く安心しきった空気を醸し出す。コウタもまた、そんな感情を感じ取ったからなのか、少しだけこの時間を大切にしようと考えていた。

 

 

 


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