神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第148話 時間の流れ

 これまでにも幾度となく見た光景。本来であれば、今日もまたこれまでと同じ日になるはずだった。キッカケは本当に些細な事。だが、そのキッカケが自分の運命を大きく変えていた。

 オラクル細胞の適合試験。フェンリルの広報では簡単なパッチテストだと公表されたそれは、現実は大きく違っていた。断頭台の様な雰囲気のそれに腕を差し出す。その瞬間、体内にはこれまでに感じた事が無い程の嫌悪感が広がっていた。

 自分の躰のはずが、その感覚が完全に失われている。全身をくまなく駆け巡るそれは、完全に自分の躰を変貌させていた。どれだけの時間悶え苦しんだのだろうか。気が付けばそこには赤い腕輪が存在感を示すかの様に嵌まっていた。

 

 

 

 

 

《お疲れ様でした。この後、一時間後に簡単な機動試験を行います》

 

 こちらの様子を完全に伺ったからなのか、機械音はその人物に理解を求めていた。何も知らなかった一般人が、気が付けば神機を手に戦場を駆け巡るゴッドイーターとして働く事が決定付けられている。その人物の胸中に宿る感情が何なのかは当人以外知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の人は適合率が高そうだね」

 

「そうですね。詳しいデータはまだ検査してませんが、少なくともあの様子だと高いかもしれませんね」

 

「じゃあ、そろそろこっちも適合神機の準備にかかるよ」

 

「予定では一時間後になってますから」

 

「了解。何時もの手順だよね」

 

 初めて試験を受けた人間とは違い、ロビーでは何時もの会話が広げられていた。適合試験に立ち会ったのはツバキとヒバリ。その様子を伺いながら、バイタルの信号を常に確認していた。

 まだ数年前であれば適合率が低くても強引に試験を受けさせる事が多々あった。

 まだオラクル細胞を投与する前にシミュレーションをしなかった時代は、常にアラガミ化の可能性を考慮し、近くにゴッドイーターを待機させていた。それは極東支部の管轄するアラガミが強いだけでなく、また、ゴッドイーターの殉職率が高い事が要因だった。

 当然ながら試験の結果と生存率は必ずしも一致しない。それがこれまでの結果だった。

 

 だが、時間の経過と共にオラクル細胞と、当人の親和性がシミュレーションによって確立される。その結果、今では殆ど試験中のアラガミ化は無い物となっていた。

 当然、適合試験が終われば、次は基本性能を確認する為の機動試験。ここまでがゴッドイーターになったばかりの人間の初日だった。ヒバリの言葉を受けて、リッカもまた自分の仕事場へと戻る。未だP63偏食因子に適合する人物に遭遇する事は無いが、ブラッドの扱う第三世代型神機のノウハウは完全に既存の神機にもフィードバックされていた。

 

 

「はい、それでお願いします。ですが、今回の人は適合率が高かったので、その辺の調整はお願いします」

 

「了解。バッチリやっておくから」

 

 リッカの言葉に、ヒバリもまた次の仕事へと取り掛かっていた。最近になってオペレーターにも増員がかかっている。だが、実際にヒバリの様なベテランクラスになるのは相応の経験が必要だった。

 事実、フライアからの転属となったフランは戦闘に関する内容はそれ程問題にはならない。だが、極東特有の細々としたそれに対する対応はまだ練度が低いままだった。

 時間に余裕があればヒバリもまた指導する。しかし、戦闘が連続して都通様な場面が最近多かった事から、その当たりのレクチャーは改めて時間を作る必要が有った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですね。これを機に改めて細かい作業の部分をレクチャーしてもらった方が良いかもしれませんね」

 

「あの、私も良いんですか?」

 

「はい。その件に関しては今の時点でそれ程難しい事では無いので大丈夫ですよ」

 

 以前にも作業をした経験があったフランに対し、ウララは今回が初めてだった。実際に戦闘時のオペレートは職務としては当然だが、問題はそれだけではなかった。通常の戦闘や帰投の準備に関しては基本的なやり方は最初の段階で聞かされている。ウララに限った話ではなく、当時はテルオミもまた一緒に聞いていた。

 幾らテルオミがここでの内容を知っているとは言え、基本的には野戦整備士時代の話。オペレーターの様な完全な事務方となれば、これまでと同じやり方は出来なかった。

 当然ながら、転身した時点で一からの再教育。多少の知識がある程度の扱いだった。そんな中での今回のレクチャー。それを理解しているからこそ、テルオミよりもウララの方が反応していた。

 

 

「ヒバリさん。今回のレクチャーは何を?」

 

「今回の内容は緊急時の連絡と、非戦闘員に関する事項です。極東支部そのものはそれ程問題になる事はないんですが、この近隣にあるサテライトと、女神の森に関しては此方からのフォローが必要になります。なので、その部分を重点的にやるつもりです。本当の事を言えば、適合試験もやりたいんですが、今日は時間が無いので、実地確認だけです」

 

 ヒバリの言葉に、フランとテルオミは今日が適合試験の日であった事を思い出していた。フランはブラッドのメンバーの試験の際にある程度の事をしている。テルオミに関しては、元が整備班だった為に、大よそながらに理解していた。

 そもそもこの極東地域は他の地域と比べれば、確実に要求される内容は高い物が多い。特にアラガミが当たり前の様に乱入する為に、ゴッドイーターだけでなく、オペレーターにも求められる物は多かった。

 

 通常は周辺を探索する為のレーダーと、アラガミのバイタルを図る為のオラクル濃度。精々がその程度の代物。しかし、ここではそんな程度の内容は初歩の初歩に過ぎなかった。

 一つの戦場でのコンバットログを確認しながら的確な指示を出すと同時に、周辺地域の情報を同時並行で確認する。その際にアラガミの反応をキャッチすれば、その予測を常に現地に発信するのは当然だった。内容だけを見れば簡単に捌ける情報量ではない。寧ろ、個人の技量を軽く凌駕する程だった。

 実際にヒバリのオペレートをこれまでにもウララやテルオミは何度も目にしている。フランもまた、その現状を冷静にに見ながらも内心では驚いていた。そんな技量を持つヒバリでさえも、アラガミの到着予想は完全に測り切れない。

 クレイドルやブラッドのメンバーであれば何とか凌げる内容でも、他の部隊にとっては致命的だった。そうなれば選択すべきは戦場に居る仲間の命。アラガミとの戦いを強引にでも打ち切るだけの判断も要求されていた。そんなヒバリからのレクチャー。その内容がどんな物なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「いきなり実戦で何かとする訳じゃありませんから安心して下さいね」

 

 足した事は無いと思わせるヒバリの言葉。だが、誰もがその言葉を真に受ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん。お疲れ様でしたと言いたい所ですが、これから実践してもらいますので」

 

 座学と言うにはあまりにも濃厚な内容を無理矢理叩き込んだと思った瞬間、次の予定が発表されていた。実践と言う以上は、どこかの戦場になる可能性は高い。現時点で幾つの戦場が立っているのかは誰もが知っている。そう考えればその実践は紛れもない実戦であるのは当然だった。何時ものヒバリとは違った様子に、全員の気持ちが一気に引き締まる。何も知らない人間であれば厳しいとさえ考えるかもしれない。だが、ここでの実状を知る側からすれば、ヒバリの対応は至極当然の物だった。ゴッドイーターとは違い、オペレーターの増員は簡単ではない。少なくとも一定以上の戦術を理解している必要があった。これがまだ旧体系であればそれ程必要性が高くないはずのそれ。だが、今ではそれなりに知識が無ければミッションの遂行は難しい物となっていた。

 事実、テルオミに関してはそれなりに戦術に関する理解度は高い。だがウララに至っては完全に及第点には程遠かった。勿論ウララとて何もしていない訳では無い。極東支部に採用される程度の内容は理解していた。

 そんな中での集中講義。短く休憩こそ入れるが、ほぼ実戦に即した内容なだけに、ヒバリの言葉に無意識の内に身構えていた。

 

 

「参考に言っておきますが、今回やってもらうミッションは新兵が主になるので、それ程厳しい内容になる可能性は少ないですから安心して下さい。フランさんはブラッドでもやってますから、まずはテルオミさんからお願いします」

 

「了解しました」

 

 ヒバリの実践はシミュレーションではなく、完全なる実戦。新兵のミッションが故にそれ程厳しい内容になる事はないはずだった。実際に新兵のミッションに関しては、殆どがベテランか第一部隊のメンバーが新兵の部隊に入る。少なくともこれまでのミッションの中で最初の段階で殉職する可能性は皆無だった。

 だからと言って、絶対という訳では無い。乱入される可能性が低いからこそ、オペレーターの最初の内容としても問題無い代物だった。残された二人の意見を聞く事は無い。ゴッドイーター同様にオペレーターもまた厳しい内容であるのは当然だった。

 ピアノの鍵盤を叩くかの様にキーボードをリズミカルに操作する。既に予定されていた内容は最近になって漸く教導を終えたばかりの新人だった。画面上には簡単なプロフィールが浮かび上がる。訓練ではなく実戦である事を完全に理解させられていた。

 

 

 

 

 

「やっぱり以前の様には出来ませんね。情報量が思った以上に多いです」

 

「あの時は、まだ旧システムを利用しましたからね。ですが、今後はこのシステムに慣れてもらう必要があります。少なくとも複数のアラガミが出没するミッションでは必須ですから」

 

 ミッションを終えたテルオミは思わず深い息を吐きながらそんな事を呟いていた。実際に簡単なミッションではあるが、問題なのは自分の見るべき情報量が格段に増えていた点だった。これまでの様に何となくでも出来た物とは違い、新システムは細かい部分までが情報化されている。戦場に於けるバイタルデータに始まり、アラガミのオラクル反応やゴッドイーターの心拍数など、色々な部分が数値化されていた。その結果、数字では分かりにくい心理的な面や精神的な疲労面に関するフォローまでもが可能となっている。その結果としてゴッドイーターにはきめ細かいフォローが可能となっていた。

 

 

「となると、暫くの間は苦労しそうですね」

 

「後は回数をこなして慣れてもらうしかないですよ」

 

「……精進します」

 

 疲れ切ったテルオミを表情を見ながらヒバリは笑みを浮かべていた。決して嘲笑する様な物ではない。ここから新しい一歩が始まる事を知る笑みだった。実際にヒバリとて最初からこのシステムでオペレートしていた訳では無い。本部での研修を基にこれまでの経験を数値した物をこのシステムに落とし込んだ結果だった。

 ベテラン特有の勘だけでなく、その内容をさらに細部にまで亘ると同時にこれまで以上に正確にする。誰もが同じレベルで運用出来る前提で構築されていた。勿論、基本のシステムはどの支部も同じ。だが、支部特有のアラガミの分布をデータ化した事によって、各支部のそれは同時の進化をしていた。

 極東が故に出没するアラガミの種類は世界の中でも群を抜いている。その結果、データ処理には担当した人間のレベルが如実に反映されていた。

 本当の事を言えば、誰もが自分のミッションの際には相応の実力を持った人間について貰いたい。その結果として生存率が高まるから。勿論、最初は誰だって新人である。その不公平感を早く無くすのも隠された命題だった。

 

 

 

 

 

 

「次はウララさんですね」

 

「は、はい。が、がんばります」

 

 テルオミの次は自分である事は予測していたが、いざ自分の番と呼ばれた事によってウララの緊張感は極限にまで高まる。これまでにも幾度となくやってきたはずの事。にも拘らず、今のウララはまるで初めてこの仕事についたかの様だった。何時もと同じルーティンのはずの内容。しかし、自身の心情はある意味素直だった。僅かに手が震える。傍から見ていた為に、全く分からない物ではない。だが、他人の行為を見るのと、自分がするのは勝手が違う。ソツなくこなしたテルオミの後だった為に、ウララの平常心は何処かへ飛び去っていた。

 

 

 

 

 

 

「アラガミとの接敵まで後一分です。お、落ち着いて準備して下さい」

 

「α1。バイタルがこのままだと危険です。速やかに回復して下さい」

 

 声にこそ出ないが、外から見る今の光景は中々表現し辛い事になっていた。確かに最低限のオペレートは出来ている。だが、それはあくまでも新兵もまたアラガミと対峙する事に手一杯だからだった。

 ウララの目に映る画面に記されているのは情報過多ともとれる程の量。しかも、そのどれもが僅かな時間に浮かんでは消えていく為に、瞬時に判断する事すら危うい物だった。

 

 今の戦場であれば幾つかの情報が飛んだ所でたかが知れている。事実、一体の小型種に対して四人の新兵が集中攻撃を仕掛けている。集中砲火を喰らっているアラガミからすれば、反撃の糸口はほぼ無に等しかった。勿論、そのまま一方的に攻撃出来る物ではない。小型種と言えど、万が一の可能性があった。銃撃を続けていれば、いずれはオラクルが枯渇する。そうなれば必然的に接近戦になるのは当然だった。

 元から新兵に対しては過度な期待をしていない。実際にこの戦いに於いても、この形になるまでには、何度か厳しい攻撃を受けていた。ゴッドイーターの強化された肉体であれば回復する手段は幾つもある。その中でも回復錠を使った瞬間、些細な傷程度であれば直ぐに回復していた。だが、あおれはあくまでも表面的な事。長きに亘れば確実に精神もまた肉体動揺に摩耗するのは明白だった。

 そうなれば幾ら肉体が修復されても、精神的な疲労によって動きは鈍る。その結果として被弾率も高くなっていた。

 

 

「アラガミの活動限界が見ています。皆さん、ここで落ち着いて行動して下さい」

 

 半ば無心の領域だった。本当の事を言えば、小型種のアラクル反応を検知する事は意外と難しい。これが近くに大型種が居れば確実に判別出来ないレベルだった。今回のこれは小型種が一体だけのミッション。その為にウララもまた表示されている内容をそのまま伝えていた。中型種以降とは違い、小型種であれば、オラクルの限界が見えれば後は討伐へと一気に向かう。今回もまた同じ内容だった。

 ウララの言葉に反応するかの様に新兵達は自分の体力の限界値を無視して瞬時に攻撃へと転換する。ウララが言葉で示した様に小型種の定番とも呼べるオウガテイルはそのまま地面へと沈んでいた。

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。今回のミッションでは色々と考えるべき点があったとは思います。ですが、それに関しては今直ぐに解決できる物ばかりではないので、今後は少しづつでも勉強が必要ですね」

 

 ヒバリの言葉に二人もまた思う所が多々あった。実際に今回のミッションに関してはそれぞれが課題となるべき物が露見していた。テルオミに関しては、これまでの野戦整備士の経験が影響しているからなのか、指示が何処となく現場寄りになっていた。

 現場寄りが悪い訳では無い。ただ、目の前のアラガミに集中しすぎると、複数の討伐任務が入った際には、何かと厳しい部分が発生するからだった。今回の様な一体だけのミッションであれば、それ程気になる事は無い。だが、突然乱入されたり、聴覚が鋭いアラガミが戦場に居た際には何かと注意が必要だった。オペレーターは現場の指揮官ではない。寧ろ、指揮官の為の補佐としての役割が殆どだった。実際に現地でゴッドイーターが全ての状況を把握する事は不可能。だからこそ、オペレーターには全体を見渡す俯瞰の視点が要求されていた。

 純粋に戦いだけを見れば及第点かもしれない。だが、オペレーターの立場であれば、確実に及第点には程遠い有様だった。

 

 

「テルオミさんはどちらかと言えば、前のめりになりやすいですね。それに、もう少しだけ視野を広くしないと、今後のミッションでは味方を窮地に追いやる可能性もありますから」

 

「視野を広く……ですか?」

 

「そんなに難しい事じゃないですよ。簡単に解決するなら、画面の表示をもう少しだけ広げれば解決しますから」

 

「そんな事で大丈夫なんですか?」

 

「最終的にはそれに頼らなくても出来ますよ。ただ、今は対処方法を学ぶ方を優先しましたので」

 

 ヒバリの言葉にテルオミは改めて自分の修正すべき箇所を確認していた。実際に自分では分から難い部分が露見している。そう考えればヒバリの助言はまさに当然だった。

 

 

「だからと言って、画面を見ないなら片手落ちですから、視線は常に意識して下さいね。それと、ウララさん……」

 

「は、はい」

 

 何気ないヒバリの言葉ではあったが、ウララにとってはある意味では死刑宣告に近い様な心情になっていた。フランは言うまでも無いが、同じ時間を過ごしたはずのテルオミに至っては、ウララの目から見ても堂々とした物だった。実際に自分と照らし合わせれば、考えるまでもない。言われるまでもなく、劣っているのは明白だった。

 

 

「あまり結果を求めなくても大丈夫ですよ。それに、テルオミさんは既に野戦整備士として、戦場でのゴッドイーターの動きを理解してますから。ウララさんは自分のペースでやれば大丈夫ですよ」

 

「ですが……」

 

「誰だって最初から万全に出来る人間は居ませんから」

 

 ヒバリの言葉にウララは何となく理解はした。だが、理解と納得が別の話。勿論、これまでの経験がある程度要求される事は、オペレーターになった当初に言われていた。だからこそウララもまた、戦術に関するデータに幾度となく目を通す。

 人間同士が行う戦場ではなく、対アラガミとの戦い。捕喰欲求に駆り出された動きを完全に知る事は不可能だった。過去の事例を見れば、そのどれもが行動に一貫性が無い。戦術とは言う物の、実際に勉強になる事例は数える程だった。

 

 

「そうですね……アラガミの動きが分からないのは当然ですから、もっと分かりやすい事例を見ると勉強になるかもしれませんね」

 

「分かりやすい……事例……」

 

「さしずめ、クレイドルのログを見る事から始めると分かりやすいかもしれませんよ」

 

 ヒバリの言葉にウララは改めて、自分の権限で確認出来るアーカイブに目を通す。本来であればコンバットログを見ても、それが意味するのが何なのかは中々想像出来ない。だが、オペレーターに関してはその限りでは無かった。

 戦いの流れを読む事によって、その意味を見出し、助言をする。その為には最低限、それが読める知識が必要だった。

 ウララもまた最初の頃にそれを学んでいる。だからなのか、ウララは迷う素振りを見せる事は何一つ無かった。

 情報が溢れるかの様にウララの視界に飛び込んでくる。先程のブリーフィングを終えてから、ウララは手が空いた時間には多くの戦闘を見る事にしていた。今自分に足りないのは圧倒的な経験値。テルオミの様に戦場を知っている訳でも無ければ、ヒバリやフランの様に厳しい戦いを直接指示した事も無い。自分にで居る事は残されたそれを無駄なく吸収する事だけだった。気が付けば既に時間はそれなりに経過している。既に周囲に人影は無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、いきなり皆と同じレベルって無茶じゃない?」

 

「確かにそうですけど、本人が危機感を持っている以上は私に出来る事はそれ程多くないですから」

 

 先程のウララの様子を見たからなのか、ラウンジで休憩しているヒバリにリッカは話かけていた。実際に時間は既に終業時間を過ぎている。幾ら過酷な仕事とは言え、平時であれば最低限の時間は護られていた。幸運にも今日は緊急ミッションはまだ入っていない。それを知っているからこそヒバリもウララを半ば放置していた。

 幾ら外部から言われても、最終的には自分の気持ちが無ければ身にならない。ヒバリもまたかつて同じ道を辿った経験を持っていた。当時は影で涙した事は数えきれないほどにある。そう考えれば、今の内容はある意味では恵まれていた。

 ヒバリやフランと言った、一定以上の技量を持つ人間が導き手となる。そうなれば後進の人間はその作られた道をゆっくりと歩くだけだった。何も考えなければ漫然と歩くだけ。だが、ゴッドイーターの命が掛かっているからこそ、ある意味では死と隣り合わせに等しかった。それを知った以上、ヒバリが出来る事は納得いくまでやらせる事。その先に見える何かを掴んで欲しいと願うだけだった。

 

 

「確かにそうだよね……実際に私の所だって同じだよ。ノウハウなんて最初から無かったんだからさ」

 

「お互いに経験を重ねたって事ですよ」

 

「何だかババ臭いよ」

 

 笑いながらも二人はこれまでの事を思い出していた。まだ自分たちが新人の頃。今の様な教育体制にはなっていなかった。常に手さぐりでやるべき事を作り出す。それを考えれば、ある意味では最近の新人は恵まれていた。

 ノウハウは簡単に身に着ける事は出来ない。自分が自分自身を追い込んだ先にある物。ヒバリからすれば果て無き道程の最初の一歩を踏み出したに過ぎないと考えていた。

 縁の下の力持ち。それがオペレーターとしての役割だった。

 

 

「私達の仕事は目立つ様な事はありません。それに、私達が目立つ事になる時は追い詰められている可能性が高いですから」

 

「確かにそうだね」

 

 ヒバリの言葉にリッカもまた、何かを思い出すかの様に記憶を取り出していた。厳しい状況下での戦いはゴッドイーターだけではない。

 まだ感応種が出た当初は、まともな対策を出来るはずもなく、常に一定の人間だけが稼動し続けていた。そんな中での整備が出来る事は限られている。本当の事を言えば、二度と経験したくないとさえ考えていた。

 まるで何かを払拭するかの様にグラスの中に残った液体を一気に飲み干す。二人は改めて時間の経過を感じ取っていた。

 

 

 

 


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