神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第144話 新年の準備

 

 毎年恒例となった新年の準備はアナグラではお馴染みの光景となっていた。

 クリスマスが終わった翌日には正月に向けての準備が始まっている。あまりの変わり身の早さに新年をアナグラで過ごした事が無い人間は驚きを覚えていた。当然ながらその余波はラウンジの食事にも表れている。クリスマスまでは洋食の色が強かったが、正月に近い今は和食に近い。

 極東出身の人間にとってはそれ程違いは無いが、外部の人間は馴染みが無い為に戸惑いを隠せないでいた。

 

 

「すみませんが……」

 

「メニューの変更ですか。それ程選べませんが、それで良ければできますよ」

 

「何だかすみません」

 

 よくある光景が故に、ムツミもまた当たり前の様にこれまでの手を止め新たに調理をし出す。食堂の様に中が見えない場合は気がつかなかいが、ラウンジではキッチンがオープンになっている。その為に、新規で作ってもらうのは少しだけ罪悪感があった。ムツミは気にする事も無ければ、淀む事無く手を動かす。そんな光景がお馴染みになりつつあった。

 

 

 

 

 

「あれ、今日も一人で?」

 

「はい。最低限の事は終わってますのでまだ楽なんですけどね」

 

 休憩中であってもムツミの手は止まらない。普段であれば休憩時間だが、生憎と正月の準備はのんびとする時間を奪っていた。

 正月に関してはラウンジの営業はほぼやっていない。正月メニューと称したお節料理や雑煮が殆ど。これまでは屋敷からの差し入れだったが、人数が増えた事によって難しくなっていた。

 普段は口にしないメニューは、支部内でも期待する声は多い。善意ではあったが、やはり一定の年数を得た以上はこれが当たり前となっていた。それが人数が多いから出さないとなれば、それ程の影響が出るのかは予想出来る。

 少なくとも、これまでの事を知っている人間が落胆する。そうならない様にとの思惑があった。古参の人間であればその事情を良く知っている。恐らくムツミの言う最低限はエイジが手がけた物の可能性が高かった。

 

 

「あの、セルフで済みません」

 

「良いって。俺も少しだけ休憩で来てるだけなんだし、他に誰も居ないからさ」

 

 これ以上謝るムツミを見るのは、返って申し訳ない。その結果、ある程度自分でやっただけだった。これがハルオミでなければ更に恐縮するかもしれない。ムツミもまた、それを知っているからこそハルオミの行動に何もしなかった。日持ちのしない物が少ない為に、手間がかかる物を先にこなす。既に黒豆や昆布巻きの下拵えは完了していた。

 そんなムツミの行動を見るかの様にハルオミはコーヒーを飲みながら暫しその光景を目にしていた。

 

 

 

 

 

「なあコウタ。マルグリットはお節料理って作れないのか?」

 

「ハルさん。どうしたんですか突然」

 

「いや、ラウンジで一人奮闘してるみたいだからさ」

 

 ハルオミの言葉にコウタもまた少しだけその状況を思い出していた。実際にどれ程の量を作るのかは分からないが、少なくとも一人で作業をするには限界を感じる程だった。ここ数年で、アナグラの人数が大幅に増えた事は誰もが知っている。当初はラウンジもそれ程忙しい雰囲気は無かった。

 だが、時間の経過と共に慣れが出れば利用する場所にも変化が生じる。その結果、ラウンジに来る人の数は増えていた。そうなれば必然的に作業量も増える。傍から見ても忙しいと誰もが感じていた。

 

 

「確かにそうですけど……あれ?食堂にも頼んでたはずですよ。俺、エイジからそう聞いてますけど」

 

 ハルオミの言葉にコウタもまたクリスマスが過ぎた翌日にそんな話を聞いていた。実際に事前の準備が大変なのはエイジが誰よりも知っている。本来であれば手伝う必要すらある。だが、屋敷でも隊長格が呼ばれる為にそちらの準備に奔走していた。

 ラウンジでの作業は偏に善意による物。本来の業務の傍らでそれをやっていること自体非常識に近かった。だが、結果的にはそれをこなしている。その結果、誰もがそんなラウンジに居る事が当然だという認識を持っていた。

 

 実際にラウンジに出す食事に関しては、食堂に比べるとメニューは豊富な部類に入る。食堂はあくまでに基本となる食事の提供の場。ラウンジはどちらかと言えば嗜好品に近い役割を果たしていた。勿論、かかる費用も大幅に違う。その結果、新人や上等兵は食堂を利用し、中堅以上は食堂やラウンジを利用する事が多かった。

 ミッションの内容が苛烈になればその文だけ報酬額も大きくなる。ある意味では機会が数無い食事の質を自然を上げる事によって、自分達の感覚を保っている部分があった。

 そんな意味合いすら違うのは正月のみ。新年に関しては食堂の職員もまた休暇を取っていた。

 そうなれば、その間は自分達で用意する必要が出てくる。仮に外部居住区に行くにしても営業する店舗はそれ程多くは無かった。そんな中でのお節料理。極東ならではのそれが、任務に出る人間のテンションを高めていた。榊もまたその内容を理解するからこそ、お節料理に関する費用は徴収しない。外部に出す部分もあるが、大半は支部内で作られていた。

 

 

 

 

 

 

「何だい?何か食べたい物でもあった?」

 

「いえ。ラウンジの方も大変そうだったんで、様子見に来たんですが……」

 

「生憎とこっちも手一杯でね。ムツミにも任せてるけど、中々……ね」

 

 人数が増えた事による唯一の弊害がここにあった。食堂からヘルプで人を回してもらおうかと思ったものの、肝心の人手はここでも不足していた。既に幾つもの大きな鍋には煮物と思われる物が湯気を上げている。コウタも多少なりとも料理の事は理解しているが、ここではそんな理解の範疇を超えていた。

 常にフル稼働するそれ。正月の分を一気に作る事になる為に、休憩する事無く作業が進む。そんな光景を見たからこそコウタもまたそれ以上は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「アリサ。そっちはどう?」

 

「そうですね。そろそろ大丈夫だと思います」

 

 そう言いながらアリサは簀巻きにんされた伊達巻の端を少しだけ口にしていた。まだここに来た当初から知っている人間であれば確実に驚く光景。当時の様に怪しい手つきはそこになく、既に手慣れたかの様に巻いて行くその光景はある意味驚愕だった。

 端の部分を口にすれば玉子の甘味を持ちながらもどこかお菓子の様な味わいを感じる。巻く方にも緩みは感じないからなのか、完成品もまた丁寧に作られていた。屋敷での分は既に完了していた。今アリサとエイジが作っているのはラウンジに出す分。事前に何を作るのかをムツミと打ち合わせて居た為に、その進行に澱みは無かった。

 実際にラウンジのキッチンはそれ程大きい物ではない。精々が二人が動く分だけのスペースしかない。そうなれば大量に何かを作るには別の場所が必要となってくる。その結果、二人は時間の空いている際には屋敷の厨房で作っていた。既に数える必要が無いと言わんばかりに伊達巻が並べれている。食堂にも渡す為には相応の数が必要となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスマスが終われば、もうお正月か。何だか一年が早いよね」

 

「確かに言われればそうですね。もう残す所それ程日にちもありませんから」

 

 ラウンジや食堂の忙しさはゴッドイーターの本来の任務とは何の関係も無かった。感応種の出没に伴い、ブラッドがそのまま出動している。事前に連絡があったからなのか、ナナやシエル達が到着する頃には、他のメンバーの退避は完了していた。既にコアを抜かれている為に、横たわる白い獣の姿は地面へと沈むかの様に消えていく。既にお馴染みの光景となっているが、口調とは裏腹に警戒が緩む事は一切無かった。オペレーターの指示が耳朶の通信機から飛び込む。既に周辺の状況も確認した為に、今は帰投の準備を開始していた。

 

 

「そうなると、またあそこで変わった物が食べれられるという事か?」

 

「正式な打診は無いけど、例年呼ばれているらしい。多分、アナグラに戻ればそんな話が出るんじゃないかな」

 

「そうか………」

 

「どうかした?」

 

「いや、今年もまたあれが漏れなく来るのかと思ってな」

 

「あれですか……」

 

「あれだね……」

 

 リヴィの言葉にナナとシエルもまた何かを思い出すかの様に当時の光景が過っていた。まだブラッドが極東に配属されて間もない頃、、初めての新年を迎えた際にはフェンリルの広報部もまたそこに来ていた。用意された着物の艶やかな姿。それと同時にその光景もまた映されていた。毎年恒例となった新年会。以降ナナだけでなくシエルもまた少しだけ警戒していた。

 下手な行動をすれば間違い無く全世界の支部に公表される事になる。未だブラッドに限らず他の人間も極東支部所属になるゴッドイーターが他の支部に出る事は早々無かった。

 激戦区での戦いを基準と考えた場合、仮に新兵や上等兵であっても、他の支部に行けば相応の実力を有する事が多かった。

 アラガミの狡猾さや強度が他の支部とは確実に異なる。時折他の支部からの教導で来た際に聞く話を耳にすれば、誰もがその内容を理解していた。勿論、ゴッドイーターを完全に囲うつもりは毛頭ない。だが、他の支部に慣れてからここに戻った当初はそのギャップについてこれず殉職するケースもあった。

 以前の実力と今の実力。これまでに他の支部でこなしてきたミッション。そのどれもがずれたままだったから。ギャップを理解する頃には殉職となれば人的資源として考えるよりみ悲惨な結果だけが待っていた。

 その結果、対策として一番手っ取り早いのは再教導か最初から出ない。ブラッドに関しては未だ感応種が極東の固有種となっている為に、他よりも顕著だった。

 そんな極東支部特有の事情を抱えている為に、他の支部への異動は既に無いに等しかった。そう考えれば他の支部からの情報が入る可能性は低い。今の三人にはそう考えるしか無かった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。帰投直後にすみませんが、支部長がお呼びです。この後支部長室にお願いします」

 

 帰投の際に出た話である可能性は極めて高かった。実際にこの時期であれば何らかのアナウンスがあるのは間違い無い。既に予想している為に、それ程混乱する事は無かった。

 

 

「了解しました。この後、直ぐに向かいます」

 

 シエルの返答と共に誰もが直ぐに手続きを終えると同時に移動していた。極東支部は他の支部とは違い、それ程規律に関して厳しい制限がある訳では無い。だが、榊からとなれば話は別だった。支部長からの指示を無視する程横柄では無い。だからなのか、誰もが手続きを終えると同時にそのまま支部長室へと直行していた。

 

 

 

 

 

 

「帰投後に済まないね。もう大よそながらに理解していると思うが、新年会を昨年同様に開催する予定なんだ。君達に関しては参加で間違いないかい?」

 

「はい。ブラッド全員が参加させて頂きます」

 

 ミッションに参加していなかったメンバーもまた招集されていた。本当の事を言えば隊長に指示を出してそのまま回答を待てばそれ程問題になる事は無かった。だがブラッドに関しては万が一の可能性もある。事実、以前にも打診はしたものの、緊急出動をしている。不参加にはならなくとも、やはり今後の事を考えればある程度の引締めは必要だった。

 一番手っ取り早いのは、この時期特有の新年会。これまでにも参加している為に、それ程混乱する事は無かった。

 

 

「それと、一つだけ頼みたい事があるんだ。君達も知っての通り、ここでは新年に対する考えが最近になってかなり広い範囲で取り戻せる様になったんだ」

 

 先程までの空気が完全に変わっていた。榊の唐突な言葉にブラッドの誰もが改めて思いだす。ラウンジの状況が極東支部の誰もが知っている。そこから先に続く言葉が何なのかは考える必要は無かった。

 

 

「ラウンジに限った話ではないんだが、既に正月に向けての準備が始まってるんだよ。で、君達にも特別ミッションを依頼したいんだ」

 

 榊は自分の言いたい事を言うと同時に、一つの依頼書をブラッドに差し出す。本当の事を言えば命令書にすれば問題無いが、今回に限ってはその限りではなかった。記された内容は一つだけ。外部居住区の住人との親睦だった。詳細に関しては何も書かれていない。ブラッド全員がそれを目にした事を確認したからなのか、榊は再度言葉を続けていた。

 

 

「今回の依頼に関しては報酬は定めていない。勿論、強制するつもりはないんだ。内容は外部居住区のとある場所での新年の準備。既に準備は終えてるから、後はそこに行くだけだよ」

 

「ブラッド全員でしょうか?」

 

「さっきも言った様に、この依頼に関しては報酬は何も無い。君達の判断一つだけだよ。仮に受けなくとも既に他のメンバーにも依頼はかけてあるから心配する必要は無いんだ」

 

「いえ。この任務受諾します」

 

「そうかい。そう言ってくれると助かるよ」

 

 榊の言葉にブラッドの誰もが何となく以来の内容を理解する。ここまで前振りが出た以上、正月に関する何らかの内容である事は間違い無かった。それが認識出来ればブラッドの中で拒否する材料は何処にも無い。そうなれば返答は一つだけ。応諾した事によって全員がすべからくその内容に赴く事が決定していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ。まさかとは思うけど全員がここに来たの?」

 

「はい。榊博士からの依頼ですから」

 

 外部居住区で待ち構えていたのは第一部隊のメンバーだった。既に事前に告知していたからなのか、周囲には住人が集まっている。既に蒸し器が用意されている時点で、納得したのは北斗だけだった。

 

 

「そっか。今回のこれは外部居住区に餅を渡す事。で、これを使って餅つきをするんだけど大丈夫か?」

 

「何とか出来るとは思いますが……」

 

 コウタの言葉に北斗は珍しく言い淀んでいた。実際に餅をつくのは最後の行程。実際の準備は既に終わっていた。用意された蒸し器をマルグリットとエリナが運んでいる。討伐任務ではなく、住人との触れ合いだからなのか、その空気はどこか穏やかだった。

 

 

 

 

 

「では、華麗な杵捌きを見せようではないか!」

 

「それ、ハンマーじゃないんだけど」

 

 自分の神機と同じ系統だと判断したからなのか、エミールのテンションは高いままだった。周囲の住人もまたエミールの性格を理解しているからなのか、行為に対して何も変化は無い。コウタの手さばきと同時にエミールの持つ杵は臼へと吸い込まれていた。

 テンポよく響く音と、臼の中で仕上がる餅。誰もがこの瞬間だけは旧時代を思い起こすかの様だった。つく事によって変化する。既に住人の意識はそこに向かっていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、行っくよー!」

 

「ナナ。焦らずにやるんだ」

 

「そこは大丈夫!」

 

 エミールに触発されたからなのか、ナナもまた杵を全力で振りかざす。ジュリウスの声が本当に届いているのかはかなり怪しい。だが、既に任務ではなく、ナナの行動の一つ一つが純粋な住人との触れ合いに変化していた。用意された物が次々と運ばれる。事前に告知されているからなのか、誰もがその光景をただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は助かったよ。去年よりも数が多くてさ。一時はどうなるかと思ったんだよな」

 

 つきたての餅を口にしならがらコウタは改めて周囲の様子を見ていた。これまでのとは違い、少しだけゆとりが見える様な気がする。元々コウタに関しては近隣住民からも慕われている為に、その部分に関しては特に口にする事は無かった。

 まだここが旧泰然としていればこんな光景を目にする事は出来ない。それ程までにのんびりとした光景だった。元々はここの住人の為の物。その為に、参加者への振る舞いは限定的だった。

 だが、そんな光景をだれもが笑顔で広げている。まだ旧の頃を知っているコウタからすれば、この光景は満ち足りた物に見ていた。

 

 

「そんなに酷かったんですか?」

 

「そうだな……ほら、俺はここの産まれだからさ、当時の状況は知ってるつもりなんだ。そう考えると感慨深いんだよ」

 

 そう言いながらコウタの視界に映る光景を北斗もまた眺めていた。実際に見える住人の表情には笑顔が見える。終末捕喰を阻止した事を踏まえても、随分と穏やかだった。

 

 

「毎年思うんですが、ここは良い所ですね。居住区の人の活力を肌で感じます」

 

「だろ!あんな光景を見るとさ、俺もまだ頑張らないとって思うんだよ」

 

 気が付けば、マルグリットやエリナが配膳をする。それ程までのこの状況に馴染んでいた。実際にこの状況になるまでに時間がかかったのかを北斗は知らない。コウタの表情を見てもその苦労を感じる事は無かった。

 

 

「ですね。俺もそう思います」

 

「そう言えば、ブラッドも新年会には呼ばれてるんだよな」

 

「はい。榊博士から聞きました」

 

 餅をつく光景を目にしながらコウタは思い出したかの様に口にしていた。実際にコウタに関してはそれ程屋敷に赴く事は少ない。マルグリットがよく行く為に何となく知っている程度だった。当時はコウタに関しては休暇で家に戻っている。だが、今回に関しては近隣住人からの勧めもあって屋敷に行く予定だった。そう考えれば北斗の方がまだ知っている。だからなのか、コウタもまた改めて聞く事が多かった。

 

 

「俺はそれ程新年会には出ていないんだよ。何となくは知ってるだんけどさ」

 

「だったらマルグリットさんに聞いた方が早いんじゃ………」

 

 コウタとマルグリットの仲がどうなのかはアナグラでは誰もが知っている。お互いが実力あり、部隊を率いるだけの実力を持っている。コウタの様に正式に隊長にマルグリットはなっていないが、上層部からは隊長としての実力を有している事は確認されている。ある意味では認知度はかなり高かった。北斗としても良く知った人間から聞く方が分かりやすい。単純にそう考えただけだった。

 

 

「新年の準備で忙しいんだよ。それに家に帰ればノゾミが、さ」

 

「そうですか……」

 

 コウタの言葉に北斗は何となく実状を見た気がしていた。詳しい事は分からないが、かなり家族と馴染んでいる。その点に関しては問題無いが、コウタとしても心中複雑だった。北斗も下手に介入する事はしない。それを理解しているからこそ、それ以上触れる事は無かった。

 

 

「俺が知ってる内容だと、結構厳かにやってますね。それと毎年広報部が来てますね」

 

「マジで?」

 

「はい」

 

 北斗の言葉にコウタもまた少しだけ思う事があった。実際に広報部が来ている時点で何となく察する部分があった。これまでの経験からすれば何となく嫌な予感だけがする。だが、そこで行かない選択肢を選ぶ訳にも行かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にここまでとは……」

 

「俺も初めて見た時はそう思いました。コウタさんは知らなかったんですか?」

 

「何となく…かな。最近は来てないから」

 

 新年の宴が序盤の厳かさは既に無く、今は完全に和気藹々とした空気が流れていた。屋敷に来た事はそこそこあるが、まさかこうまで違っているとは予想しなかった。コウタの呟きに答えるかの様に北斗もまた持ったグラスを片手に周囲を眺める。元々隊長格の人間だけが招待される事が多い為にそれ程雑多な雰囲気はないが、着物姿でのそれはある意味では壮観だった。

 彩の鮮やかな光景には既に着慣れたマルグリットの姿が見える。周囲もまた鮮やかな着物が故に、何時もとは違った光景が広がっていた。

 

 

「コウタがここに来るんなんて珍しいですね」

 

「今回は色々と重なってさ。偶にはここに顔を出すのも必要だろ」

 

 コウタの姿を見たからなのか、アリサは物珍しい顔をしていた。既に自分の用事も終えている為にアリサもまた着物を着ている。周囲と違うのは振袖ではなく留袖。長さが多少違う程度だった。

 

 

「何時もは自宅でしたからね。偶には良いんじゃないですか」

 

「今年は母さんとノゾミにも言われたんだよ。家族の事も大事だけど、そろそろ自分の事もやれって」

 

 コウタの言葉にアリサも何が含まれているのかを何となく理解していた。これまでであればコウタは確実に自分の家族を優先していた。だが、マルグリットと付き合う様になってからはその状況は変化している。実際にコウタが出動している際にもマルグリットだけがコウタの家に行く事が多々あった。実際に女同士、何を話しているのかは分からないでもない。以前にも何となくそんな話を聞いていたからだった。

 コウタがここに来たのも、恐らくはその一環。家族の目から見ても今のうちに捕まえる事が出来たのなら、そのまま一気に前に進めと言っている様だった。アリサの目から見ても、時期的にはそろそろ一緒になっても良いのではとさえ思っている。だが、それはあくまでも当人同士の話。時折リッカやヒバリともそんな話は出るも、それ以上何かをするつもりは無かった。

 

 

「そうでしょうね。コウタもそろそろシスコンの異名を返上する必要がありますから」

 

「誰がシスコンだよ。俺は違う」

 

「はいはい。そう言うならそうだと思いますよ」

 

 アリサの目にはコウタの向こう側に居るマルグリットの姿が映っていた。となれば、ここで時間を潰すよりもエイジの傍に居た方が良いかもしれない。そう考えたからなのか、その後の動きは早かった。

 

 

「マルグリット。後は頼みましたよ」

 

「はい」

 

 コウタが振り向いた先にはマルグリットが食事の為の用意をしていた。立食形式の為に、各自で取り皿にお節料理を取っていく。明らかに自分の分では無く、コウタの分だった。

 

 

 

 

 

「コウタはどうだったの?」

 

「どうでしょう。少しは変わるのかもしれませんね」

 

 エイジの言葉にアリサも少しだけ何かを思い出したかの様に口にしていた。元々エイジはもてなす側の為に、会場でゆっくりとするだけの時間は早々無い。アリサに関しても、今年はそうだった。周囲を見れば広報部のスタッフと思われる人間が色々と撮影をしている。恒例になりつつある新年の宴は穏やかに過ぎていた。

 

 

 


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