神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第136話 指導教官 (後編)

 カリキュラムは事前に通知されている為に、候補生たちはそれ程混乱する事は無かった。

 ブラッドの講義は一日の内に出来て一度。しかし、間にミッションが入るとその限りでは無かった。

 簡単に終わる物もあれば、時間がかかる物もある。元々それを予測していたからなのか、その隙間はサクヤとツバキが埋めていた。

 

 

「今回はここまで。午後からは少しだけ外部居住区を見ましょうか」

 

 幾ら学生の本分が学ぶ事だとは言え、それを教える人間もまたそれが本分だとは限らなかった。

 実際にサクヤだけでなくツバキもまた新人の面倒を見る事がある為に、それ程時間を使う事は出来ない。実際に今回のこれもまた神機適合者の教導を前提としていた。

 一般人とゴッドイーターでは神機を前提に考えれば学ぶべき事は大きく違う。しかし、それ以外となれば同じ部分は幾らでもあった。

 だからこそ、サクヤはその時間を有効活用する。

 

 外部居住区を移動するのはゴッドイーターが自分の護るべき対象が何であるのかを教える為だった。

 尤も、神機適合者の殆どは外部居住区に住んでいる。

 サテライトは人類救済を前提しているが、外部居住区ではまだ若すぎる才能を確保する目的もあった。

 当然の様に受けた恩恵の意味をここで改めて教える事によって、その想いを利用する。聞こえは悪いが、それがこれまでにやってきた中で一番効率が良かった。

 実際に候補生を輩出する学内を十全に理解している住人は意外と少ない。

 アラガミ防壁の全容を知る為には、それなりに内部の事を知る必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギル。次は貴方の番だから、準備はしてある?」

 

「勿論です。此方は何時でも大丈夫ですから」

 

「そう。じゃあ、お願いね」

 

 ミッションが完了し、帰投したブラッドを待っていたのはサクヤだった。実際に今回のスケジュール調整をしてる事を知っているからこそ会話の言葉は短い。

 元々ギルもまた、不特定多数の誰かに話をする事を得意とはしていない。だからこそ、自分の出来る事が何かを考えていた。

 改めて自分が出来る事を確認していく。事前にお願いした事もあったからなのか、準備は万全だった。

 

 

 

 

 

「ギルバート・マクレインだ。……話はそれほど上手くは出来ないが、宜しく頼む」

 

 部屋の扉が開いた瞬間、ギルは少しだけたじろいでいた。

 自分に突き刺さる視線を感じた事はこれまでに幾度となくある。勿論、今回もまた、そう考えていた。

 しかし、向けられた視線の含まれた感情はこれまでとは少しだけ異なっていた。

 今回のギルが話す内容は神機に関する事。これまでも支部の案内で整備班の場所こそは知っているが、中にまで入る事は無かった。

 ここに来てるのは未来の士官。当然ながら神機の事を知りたいと考えるのは当然だった。

 

 

「あの、一般のゴッドイーターが使用している神機と、ブラッドの皆さんが使用している神機に違いはあるんですか?」

 

「神機そのものにはそれ程差は無い。だが、ブラッドアーツを使用する為に多少の耐久性能は高めてある」

 

「神機そのものにはそれ以外に特殊な機能は無いって事ですか?」

 

「少なくとも極東支部の整備班が出した回答はそうなる。自分でも改良は施しているが、その件に関してはそれ程の差は無いな。ブラッドアーツに関しても、現在はオラクル細胞が由来する物だと認識している。本当の事を言えば、俺達も正確に理解している訳じゃない」

 

 候補生の言葉に、ギルは言葉を選びながらも答えていた。

 実際にこの件に関しては事前に榊だけでなく、リッカやナオヤからも話を聞いている。

 ブラッドの立ち位置が特殊なのは、摂取する偏食因子が違うだけであって、それ意外には見える程の違いが無い事だった。

 

 ブラッドアーツに関してはP66偏食因子を更に調べる必要性がある為に、神機とは異なる。しかし、ブラッドアーツがもたらす性能は既存の神機では対応が難しい為に、念の為に耐久性を高めていると言う点だった。

 実際にP66偏食因子に関しては極東支部だけで情報を秘匿している訳では無い。

 元々がラケルの遺産の為に、殆どは本部でも同じ情報を共有していた。

 しかし、学生や一般からすればその事を知る事は無い。ギルが神機に関する講義をする事を事前に知っているからこその質問だった。

 

 

「それと一つだけ言っておく事がある。偏食因子の件に関しては、情報は基本的に公表されている。一般的にはそれ程重要な事では無いので知られている事は少ない。だが、フェンリルに正式に配属されればノルンでその情報を確認する事は可能だ。実際にまだ研究途中であるのも事実なんだ」

 

 ギルの言葉に候補生たちは頷くよりなかった。

 実際にノルンでの情報となれば、フェンリルに正式に入る以外に入手できる事は少ない。

 仮に他の企業が偏食因子に関する改良や、新しい発表をするのであれば結果は違うかもしれない。だが、現時点ではその研究を満足にしているのは他には無かった。

 

 技術の独占は本来であれば良い事は何一つ無い。

 まだ旧時代であればそんな声があったかもしれないが、今は人類の天敵とも言えるアラガミが闊歩する時代。研究一つとっても決して良好な環境下で出来る訳では無かった。

 そうなればその技術は新鋭的に革新する事は無い。ある意味では仕方がない部分でもあった。

 

 

「とは言え、今の段階で難しい話をしても理解は追い付かないかもしれない。ゴッドイーターだからと言って、オラクル細胞の全てを知っている訳では無いんだ。あくまでもゴッドイーターはアラガミを討伐する存在ではなく、人類を守護する側に立つ。勘違いをしない様に」

 

 以前に誰かが話した言葉ではあったが、候補生がそれを知る術は無い。

 実際に自分もまたブラッドに入り、ハルオミや北斗と会わなければそんな感情を持つ事も無かったかもしれない。

 だが、それはあくまでもifの世界。今の自分があるのは少なからずここに来てからだった。

 気が付けば時間はそれなりに経過していた。元々、一人当たりの割り当てられた時間は大よそは決まっている。多少の前後は問題無い為に、ギルは改めて今回の趣旨の一つでもある技術班へ向かう事にしていた。

 

 

「これから技術班に向かう。向こうでは作業をしていると思うんで、邪魔はしない様に」

 

 その言葉に候補生たちは改めて興味を持ったのか、誰もがギルの後ろから歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……例の件ですが」

 

「あれ?今日だったっけ」

 

「ええ。そのつもりでしたが…………」

 

 何時もの様に整備班の扉を開けると、そこにあったのは大きな金タライ。水が張られている中には濃い緑の球体が幾つも浮かんでいた。

 太くて黒い縞模様のそれが何なのかはギルも知っている。しかし、それがここにあったのは完全に想定外だった。

 何故なら、既に幾つかは均等に切られ、整備班の人間が齧りついている。これまでに幾度となく足を運んだ経験があるギルも、この光景には言葉がまともに出なかった。

 

 

「何だ。ギルも話を聞きつけて来たんじゃないのかよ」

 

「班長……今日は候補生の関係で現場を見せるって言いませんでした?」

 

「おい。例のあれって今日だったか?明日じゃなかったのか」

 

 先程のリッカの言葉と班長の言葉がリンクしている。基本的に神機の整備は関係者のみでする事が多く、実際に見学する事はこれまでに一度も無かった。

 他の支部から教導で来ている人間も、神機の事まで明確に理解していないからなのか、関心は薄い。今回の様な事が整備班にとっては完全にイレギュラーだった。

 実際にここの人間は誰もが荒くれ者の様に見えるが、神機に関してはひとかどの者ばかり。普段はギルもお世話になっている為に、強く言う事は出来なかった。

 休憩中の可能性はあったが、まさかこんな状態になっていたのは想定外だった。

 

 

「今日ですが…………」

 

「そうか。まあ、良い。どうせ今は休憩中なんだ。折角差し入れで貰ったんだ。お前も食うか?」

 

「あ………」

 

 班長の言葉にギルは少しだけ考えていた。今はギルだけが居るが、自分の後ろには候補生たちが居る。仮にも自分が今は教官としてやっている以上、下手な事は出来ないと考えていた。

 実際にギルの前にシエルだけでなく、ジュリウスやリヴィも講義を行っている。そのどれもが座学であり、実践的な物は殆ど無かった。

 ギルにとっても、講義が前提だとは思っていたが、実際に神機の件に関しては自分の目で見た方が理解が早いと考えた上で今回のカリキュラムを組んでいた。

 しかし、目の前に広がる光景はそんな想いを簡単に吹き飛ばしている。その結果として判断に迷っていた。

 

 

「ギル。お前の言いたい事は分かるが、折角なんだから後ろの奴らにも渡せば良いだろ。数はまだ有るんだ」

 

「俺は構いませんが………」

 

「あの、マクレイン教官。自分達も出来れば少しだけこの場に居たいんですが」

 

 悩むギルの背後から聞こえたのは一人の少女の声。徐に振り返ると、そこには誰もが特に問題は無い様な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「何時もこんな感じなんですか?」

 

「何時もじゃないな。人間誰だって張りつめたままで仕事なんて出来ないんでな。余裕がある時はこの位の事はするさ」

 

「何だかイメージと違ってます」

 

「他所はどうかは知らんが、ここでは厳しい時は本当に厳しいんだ。ゴッドイーターの連中が命を賭けて戦場に出るなら、俺達の戦場はここになる。しっかりと区切りさえ出来れば問題は無い」

 

 西瓜を片手に誰もが整備班の人間と話しをしていた。実際に現場の声を直接聞く事は余り無い。

 神機に関しても自分で調整をするケースが殆ど無いからこそ、今回の様に話を直接する事は候補生視点から見れば僥倖だった。

 事実、ギルがここに来る前に座学でそんな話をしなければ、興味を持つ事は無かったのかもしれない。

 整備班は裏方の為に、表舞台に出る事は基本的には無い。しかし、その整備班が自分の矜持を持って整備するからこそ、現場は命のやりとりを遠慮なく出来る。

 当初の目論見とは違ったものの、内容に関しては概ね予定通りだった。

 

 

 

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ。中々予定とは違ったなと思っただけで」

 

「偶には良いと思うぞ。俺だって教導では全力は尽くすが、それ以外ではそれなりに対応するからな」

 

 西瓜を片手にギルに話かけたのはナオヤだった。

 実際に教導で教官をしている為に、その言葉には重さがある。確かに普段の仕事や教導では厳しいが、それ以外であればそれ程気になる様な事は無かった。

 張りつめた物が容易く切れれば、そのまま修復されるには相当な時間と労力が要求される。

 ましてや、常に自分の命を天秤にかける行為は多大なストレスの発生原因でしかない。

 だからこそ、その分どこかで緩める事が出来ればそのまま実行する。整備班に限った事では無く、極東支部全体がそんな空気を持っていた。

 

 

「確かにそうですね。俺も改めて人に話すのは難しいと感じましたから」

 

「だろ?ギルはまだ見本があるから良いけど、俺達はそんな物は何一つ無かったんだ。何もかもが手探りも厳しいぞ」

 

「身をもって体感してますから」

 

 打ち解けた空気を壊す事無く、ギルもまた今の状況を眺めるより無かった。

 実際にどこまで何を伝えるのかの線引きは難しい。

 仮に自分の言葉によって将来が歪められれば、それは自分の責任でもある。その為に出来る事が何なのかを何となくでも理解しているからこそ、今回の件を提案していた。

 何時もとは違った穏やか空気が流れる。そんな中、不意にギルの腰にあった通信機が音を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現時点ではまだここに来る可能性はそれ程大きくは有りません。ですが、今回の襲撃の中で一部感応種も居ます。ブラッド隊にはその感応種の討伐をお願いします」

 

「感応種の種類は?」

 

「生憎と、詳細までは不明です。こちらで確認しているのはあくまでの偏食場パルスから求めた情報なので、時間を頂ければ判別は可能です」

 

 何時ものロビーでは無く、会議室が全体の指揮所へと変貌していた。

 既に設置された大型ディスプレイには幾つもの赤色が点滅している。

 既に見慣れた光景が故に誰もが驚く事は何一つ無かった。

 

 

「では、情報の確認次第詳細を詰める。それまでに今回の概要を説明する」

 

 既に調査を開始しているからなのか、ヒバリは手元にある画面と端末の操作に集中していた。

 感応種が出ている時点で、大よその作戦は決まっている。説明をするのは偏に今回の件を候補生にも見せる為だった。

 何も知らない候補生は緊張感が漂うこの場所に視線を動かす以外に何も出来ない。

 本来であれば今回の様な内容は完全にカリキュラムから外されているはずだった。

 

 実戦を見せるのはある意味ではリスクが付きまとう。下手に先入観を持たない方が大胆な指揮を可能とする為に、他の支部でもその部分に関しては賛否両論だった。

 しかし、極東支部からすれば今回の様なケースは完全に教科書と変わらない。それだけ実力が揃ったタレントを確保しているから。

 

 確かに戦いに於いて絶対は無い。しかし、今回の様な大規模に近い作戦では、その殆どは中堅以上が中心となっていた。

 勿論、そのフォローにはベテランが配属されている。万が一の為の措置だった。

 ツバキが今回の作戦を淡々と説明する。既に招集がかかった部隊長はその内容を確認していた。

 

 

 

 

「今回のアラガミですが、確認出来たのはハンニバル種。そのうち一体が感応種であるスパルタカス。それともう一体はハンニバル浸食種です」

 

「スパルタカスに関してはブラッド隊。ハンニバルに関しては第一部隊が対応する。それ以外に関しては防衛班が対応する様に。なお、今回の作戦に関してはブラッド、第一部隊は対象アラガミを優先し、後は防壁に近づけるな」

 

 ツバキの言葉に部隊長は返事をする。既に作戦が開始されたからなのか、先程とは違った空気が会議室に漂っていた。

 

 

「さて。候補生諸君。今回の件に関しては元々カリキュラムには含まれていない項目だ。我々としては今回の様な現場は知っておく必要があると考えている。

 だが、本部ではその方針を取っていない以上、ここから先の事に関しては諸君ら個人個人が判断してほしい。

 対象となるアラガミは先程述べた通り。ハンニバル種そのものは本部で遭遇する機会は殆ど無いかもしれない。だが、アラガミに絶対はない。今回の件は自分の未来に関する事だ。1分だけ時間を与える。それまでに判断しろ」

 

 ツバキの言葉に候補生の誰もが驚きを見せていた。

 これまでの感覚からすれば、全員が強制的にこの場面を見る事になると思っていたからだった。

 しかし、ツバキからの言葉は各自の判断。自分の未来がどうなのかを考えた末の言葉である。

 時間の制限があるにせよ、その言葉の意味を全員が正しく理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラッド。スパルタカスと交戦を開始。第一部隊も同じくハンニバル浸食種と交戦を開始しました」

 

「防衛班の状況は?」

 

「既に大森大隊長より各班への指揮が開始されています。現時点で支部への襲撃をするであろうアラガミの大半は中型種の為、分散しての交戦となる模様です」

 

「そうか」

 

 特別な危機感は既にこの場には何も無かった。

 これまで幾度となく大規模な襲撃を極東支部は経験している。だからなのか、今回の襲撃の規模はそれ程厳しい物ではなかった。

 これまでと違うのは、スパルタカスの存在だけ。感応種の対応に問題が無ければそれ程厳しい戦いでは無い事を誰もが理解していた。

 だからなのか、緊張感こそあるものの、そこに悲壮感は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

「これが、大型種………」

 

「すげぇ…………」

 

 会議室に設置されている画面は色々な情報を一度に確認出来る様に幾つかに分割されていた。

 実際の数値はヒバリが管理している為に、ゴッドイーターのバイタル情報は映されていない。

 その中で一番変わりやすいのが各地の戦闘画面だった。

 支部から近い事もあってなのか、スパルタカスだけでなくハンニバルの戦いまでもが画面上に映し出されている。ここで映る映像は映画の様に作られた物では無く、現在進行形で戦っている画面。

 

 只でさえ大型種との交戦を目にする機会が無い候補生からは、驚愕の言葉だけが出ていた。

 第一部隊に関してはどの支部でもアラガミの討伐専門部隊として支部の顔の意味合いを持っている。その為に本当の意味での精鋭が揃っていた。

 しかし、極東支部に於いてはその限りでは無い。実際に今戦っているのは正規のメンバーであるが、実際の運用に関しては殆どが教導を終えたばかりの新人が配属されていた。

 他の支部であればあり得ない措置。候補生もまた第一部隊の性質を理解している為に、初めてその話を聞いた際には驚きに溢れていた。

 しかし、今回の様に大規模な戦闘になった際には正規のメンバーが出動する。そのメンバーもまた異質だった。

 

 部隊長はまさかの第一世代。しかも銃形態の神機使い。それ以外のメンバーに関しても、色々と特徴があり過ぎていた。

 副隊長に関しては、未だ扱いが難しいヴァリアント・サイズ。他のメンバーはチャージスピアにブーストハンマー。そのどれもが一癖も二癖もある代物。

 当然ながら一般的な剣を使用していなかった。

 

 標準的な神機を使用しないのであれば、何らかの戦術を持て戦う事になる。それが何なのかを見ようとした瞬間だった。

 大気が震える程の咆哮。

 その発生元はハンニバル浸食種だった。

 ハンニバルの咆哮は初めて聞く人間は必ずと言っていい程に戦意を喪失する。画面越しとは言え、ハンニバル浸食種の咆哮は候補生の本能に影響を与えていた。

 今は画面越しだが、これが実戦であれば確実に自分達は捕喰される。そう思う程に心臓は激しく鼓動していた。

 それと同時に第一部隊の様子を確認する。先程の咆哮など最初から無かったかの様に平然とした動きを見せていた。

 

 

 

 

 

「ハンニバル浸食種のオラクル反応が消失。直ちにその場から反転し、掃討をお願いします」

 

《了解。このまま防衛班に合流します》

 

 ヒバリの指示に答えるかの様に女性の声が響く。部隊長が他のメンバーに指示と飛ばしている関係上、副隊長が答えた結果だった。

 既に画面に映るのはハンニバルがゆっくりと霧散していく光景。未だ候補生たちは呆然としたままだった。

 まるでタイミングを見計らったかの様に先程までの第一部隊の戦いではなく、今度はブラッドが画面に映る。

 先程とは違い、既に交戦してからかなりの時間が経過している為に、アラガミの状況は酷い有様となっていた。

 既に脚部や上半身の一部は結合崩壊を起こしている為に、黄金色ではなく、肉の赤黒い色が目立っている。

 気が付けば頭部も既に崩壊寸前なのか、このまま戦えば時間の問題程度にしか見えない。

 

 元々ブラッドは偏食因子の関係上、感応種との交戦はするが、それ以外では既存のゴッドイーターと大差無かった。

 候補生たちもそれを理解した上で状況を見るも、その動きは素人目でも直ぐに分かっていた。

 お互いが指示を出す事無く有機的に動く。

 何も知らない人間であれば確実に驚く内容。

 干渉する事無く流れる様に襲い掛かる攻撃は見る者に絶対的な安心感をもたらしている。

 これが本当の意味での特殊部隊の実力。画面上に見える誰もが先程まで教鞭を振るっていた人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「討伐対象のアラガミの確認は出来ません。周囲の警戒をしながら撤収をお願いします」

 

 時間にしてどれ程が経過したのかを確認した際に、気が付けば既に三時間程が経過していた。

 既に空の色は青から赤へと変わり始めている。

 これまでに幾度となく出動した人間からすればそれなりに疲労感は漂っていたが、今回の襲撃はそれ程では無かった。

 これまでに厳しい戦いを強いられた際には大型種はおろか、そこに何体もの感応種や神融種までもが合わさっている。それからすれば今回の襲撃はそれ程では無かった。

 当然ながら負傷者はあっても死者は居ない。だからなのか、会議室の空気もまたそれ程厳しい雰囲気は皆無だった。

 しかし、これ程の大規模襲撃を始めてみた候補生はそんな風には思わない。気が付けば誰もが青褪めた表情を浮かべていた。

 

 

「恐らくは本部や他の支部ではこれ程の襲撃は絶対とは言わないが、数える程も無いだろう。だが、対アラガミに絶対は無い。諸君らもその事を踏まえた上で残り少ない時間を過ごしてくれ。今日の襲撃に関しては本来はカリキュラムから逸脱している。レポートの提出はしないが、各自の中でそれぞれ消化する様に」

 

 ツバキの言葉に誰もが言葉を発する事無く解散する。

 元から予定されていなかった内容ではあったが、やはり何も知らない状態では厳しかったのかもしれない。だからと言って隠した所で現実を知る頃には殉職と言うのも後味が悪かった。

 

 本部が戦闘に関しての映像の閲覧を厳しく規制するのは、何も知らないままに心が折れる事を懸念した結果。ツバキとてそれを理解しているかこそ見る前に念を押していた。

 今の極東支部に於いて殉職は珍しい話ではない。

 確実にアラガミの脅威が増している事を考えれば、今の生存率は寧ろ高い。しかし、あくまでも極東基準であって他の支部の基準では無い。そう考えれば候補生の今の心情が何なのかが見えていた。

 何らかのフォローが必要かもしれない。そんな事を考えながら撤収の準備を仕切っていた。

 

 

 

 

 

「では、今回を持って研修は終了する。色々と各自思う事はあるとは思うが、それは諸君らが現場に出て初めて実感する部分もあるだろう。アラガミとの戦いは綺麗事では無い。誰もが己の命を賭けた戦いをする。本部でも今回の経験をぜひとも生かしてほしい」

 

 ツバキの言葉を誰もが嚙みしめるかのように聞き入れていた。

 ここに来る前はゴッドイーターの意義など考えた事が無かったのかもしれない。しかし、今回のあれは各々に再度考えさせる物を宿らせていた。それが何なのかは当人にしか分からない。だが、自分達が望むであろう未来への第一歩であることに間違いは無かった。

 

 

 


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