神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第135話 指導教官 (中篇)

 アナグラのロビーは何時もとは違った喧噪が響いていた。

 本部からの通達による士官候補生の来訪は事前に通達されている。幾らゴッドイーターが優遇されているとは言え、世間体を考えれば、多少の礼儀が必要なのは当然だった。

 以前に比べれば、極東支部の人間も少しは大人しい人間が増えている。だからなのか、ロビーに集まる男女が誰なのかを聞く人間は居なかった。

 

 

「では、今日から2週間と聞いていますが、基本的にはミッションが優先となります。その為に、カリキュラムに関しては多少の変更が起こる可能性がある事をご理解下さい」

 

 弥生の声が周囲にも響くかの様に伝わってた。

 士官候補生の大半はゴッドイーターの身内が居るか、それに近しい者がいるケースが殆ど。その為に実際にアラガミが出た際における緊急出動が発生した場合は、カリキュラムが中断する事を理解している。

 事実、弥生の言葉に異論を唱える人間は皆無だった。

 アラガミとの戦いは演習では無い。そこに有るのはただ己の命を掛けた生存競争の成れの果て。

 当然ながら最悪の場合は己の死をもたらす事になる。それが事前に理解されている証拠でもあった。

 

 

「それと、今回の教官に関しては事前に通達したかと思いますが、ブラッド隊が担当します。なお、一部はそれ以外の者が担当する場合もあります」

 

 その言葉に、ここに来た全員の表情が引き締まっていた。

 極東支部はフェンリルの全支部の中でもトップクラスの部隊を抱えている。

 一つは人類救済を目的としているクレイドル。それは既に他の支部にも大きな影響を与えていた。

 実際に貢献度はかなり高く、他の支部でもなれるのは一握りのゴッドイーターだけ。その課せられている研修もまた厳しい事を彼等も知っていた。

 

 士官候補生は全員が、すべからく幹部になる訳では無い。

 今回、極東支部に来た人間の半数が神機適合者。極東とは違い、他の支部では年齢による制限を設けていた。

 それは偏にアラガミの脅威度が極東程では無いからに過ぎなかった。それに該当しないのは本部から転属になったブラッドだけ。

 未だブラッド以外にP66偏食因子に適合する人間は居ないが、それでもやはり従来とは異なる運用をされている為に、注目度はかなりの物となっていた。当時は未発見の偏食因子を投与された事が一番ではあったが、今ではそんな事情は完全に消え去っていた。

 その要因は螺旋の樹。終末捕喰が発生した際、ユノの歌と共に終末捕喰を一度は退けた事だった。世界中に放送されたそれは未だ語り継がれている。その結果、知名度は予想以上に高くなっていた。

 そのブラッドが教官として自分達の下に来る。現場を知らない人間であっても、そこには一定の羨望があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に来ちゃったよ。本当に大丈夫なのかな…………」

 

「既に来るのは既定路線なんだ。今さらジタバタした所でどうしようも無いと思うが」

 

「リヴィちゃんはそうだろうけど、私は何をすれば良いんだろう…………」

 

 ロビーの死角からナナが遠目に弥生とその周辺を眺めていた。

 実際に男女合わせて10人ほどが集まっている。元々研修は少人数単位で行うのが一般的だった。

 しかし、極東支部に関しては現時点でも外部からのゴッドイーターを指導と教導の名目で集めている。勿論、そのまま戦力として確保するのではなく、本当の意味で鍛える事がされているからだった。

 ナナ達は気が付いていないが、極東支部の指導はある意味では苛烈な部分がある。

 自分の経験則に基づく動きを基本とし、延々と同じ様な事を繰り返す事が何度かあった。

 

 以前には誰かが抗議した事もあったが、それが肉体的にも精神的には染みつく人間は咄嗟の場面でも同じように動く事が出来る。その結果として生存率は格段の向上していた。

 

 実績を示されれば文句はそのまま立ち消えするしかない。誰もが自分の命と引き換えにミッションをこなす訳では無いからだ。

 異論が無ければそのまま継続される。その為に、実戦を良く知るツバキやサクヤに面と向かって抗弁する強者は既に何処にも居なかった。

 絶対的な実績を前面に出されれば文句は言えない。しかし、今回の件に関しては色々と突っ込める要素もあった。

 幾ら極東支部とは言え、これがクレイドルであれば実績が前に出る。しかし、ブラッドとなれば話は別。

 確かに終末捕喰の回避は多大な実績である事に変わりはないが、問題なのはその過程。

 戦闘経験が豊富でもなければ卓越した技術がある訳でもない。にも拘わらず士官候補生の教官をするのは厳しい物があった。

 

 

「そうだな。これは私も含めての事になるが、自分にしか出来ない事を話すのはどうだ?それならば時間の制限は無いだろう。直接聞いた訳では無いが、少なくとも私が支部長と同じ立場であれば同じ事をするだろう」

 

「でも、それってそれなりに経験がないとダメって事じゃ………」

 

「それは考えすぎだ。自分に求められている物が何なのかを理解しない事には前には進まない。幾ら士官候補生と言えど、自分の役割を本当の意味で理解はしていない。ならば進める時に一気に進んだ方が結果的には楽だそうな」

 

「それはリヴィちゃんの経験が豊富だからだよ」

 

 リヴィの言葉にナナは簡単に頷く訳には行かなかった。

 実際に内容の大半はツバキやサクヤが執り行う。幾ら教官と言えど、受講の途中でも感応種や他のアラガミが出れば否が応でも出動せざるを得ない。

 その結果として、ブラッドには短時間での講習となっていた。

 勿論、全てが完全に出来るとは考えていない。ブラッドのメンバーの中でナナだけが自分に自信を見いだせていなかった。戦闘時の能力と言う意味では無い。ただ人に話すにはネタとなる様な経験が少しだけ不足していたに過ぎなかった。

 

 

「確かにそうだな……だが、極東支部にはたしか『案ずるより産むがやすし』と言う言葉があったはずだ。なに、女は度胸とも言う。そこまで気張る必要は無いさ」

 

「それは……」

 

「済まないが、私も少し用事がある。ナナも早めに準備だけはしておくと良い」

 

 このままここで隠れていたとしても、時間だけは確実に過ぎていく。無駄になる位ならばとリヴィもまた自分のやるべき事がある為に、ナナをその場に離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが極東支部か……随分と想像とは違ったかな」

 

「そうかな?本部みたいに、見た目だけじゃなくて実戦的だと思うけど」

 

 ナナとリヴィが物陰からこっそりと除く頃、士官候補生たちもまた弥生からの簡単な話を聞いていた。

 元々士官候補生が他の支部で研修と積む事はこれまでに一度も無かった。

 そもそも士官候補生の発端となったのは、偏に情報の共有化によるゴッドイーターの生存確率の向上を主としてるから。それともう一つが詳細の擦り寄せだった。

 以前であればアラガミが出没する地域は大よそでもテリトリーがあるからなのか、他のアラガミが戦闘区域に乱入するケースは稀だった。しかし、最近になってからアラガミの活性化に伴いテリトリーに関係無く表れる場面が幾つもあった。

 極東支部の様に乱入に慣れていればそれ程大きな問題にはならないが、これまでに経験した事が無いゴッドイーターは確実に動揺していた。

 

 乱入した時点で討伐が完了していれば、多少はおぼつかなくとも結果は出てくる。しかし、これがまだ戦闘中であればその限りでは無かった。

 動揺から来る精神の乱れは、そのまま集中出来ない状況を作り出す。当然ながらミッションが未達になるだけでなく、そのまま命が散る事もあった。

 オペレター制度を導入はしているが、実戦に耐えるレベルの人材は早々簡単には育たない。

 確実な対処が求められる以上は、適当な情報で戦場に送り込めるはずが無い。その結果、士官候補生の中でも適合率が高い人間は多少の現場を経験させてから戦術を学ばせていた。

 幸か不幸か、アラガミの動物園と揶揄される極東支部が一番適切であるからと白羽の矢が立ったに過ぎなかった。

 

 

「そうだな。確かに本部とは違うだろうけど、それは他の支部でも同じだ。寧ろ、ここはゴッドイーターの福利厚生も割と良くなってる。そう考えれば無駄な部分に経費をかける必要性は見当たらないんだろうな」

 

「優等生は流石に言う事が違うね」

 

「優等生じゃなくても誰だってこの程度の事は分かる。それだけだ」

 

「んだと!随分と偉そうだな」

 

「もう。そろそろ止めなよ。こんな所にまで着て喧嘩は恥ずかしいよ」

 

 学生の小競り合いは本来であれば真っ先に富める必要があった。事実、その場面を見ていたウララはかなり慌てている。

 フランやテルオミもまた、その後の動向が気になるからなのか、視線こそ画面にむいているが、耳は完全に学生の方に向いている。

 この場で唯一、今後がどうなるのかを正しく予測したヒバリは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「貴様等。ここは学生がガヤガヤと騒ぐ場所では無い。既に研修は始まっているんだ。愚図愚図する様な人間は真っ先に命を落とすぞ」

 

 ツバキの声に先程までの喧噪は一気に失われていた。

 既にツバキの手には今回の学生の内容が記されたデータが渡っている。突然ではあったものの、鋭い声に学生だけでなくその場にいた誰もが急激にキビキビと動き出していた。

 

 

 

 

 

「諸君。今回の研修にあたっては既に聞いている通りだ。我々としては実戦を経験させたいと考えているが、生憎と本部からは禁止されている。この場に於いては誰もが等しく同じ立場になる。無駄口を叩く暇があるならば、直ぐにもこの環境に慣れる様に努力するんだ。良いな」

 

 ツバキの言葉に誰もが無意識の内に敬礼する。右腕の赤い腕輪に封印された跡。紛れも無く実戦を経験した証だった。

 説明をされるまでもなく、学生はその事実を理解している。それと同時に、この人物が誰なのかを正確に理解していた。

 極東支部だけでなく、フェンリルの中でも実戦を経験し、生き延びた証。少なくとも世界の中でそんな人間は数える程しかいない。ましてやそれが女性となれば、その人間は限られてくる。紛れも無く、候補生に注意したツバキもその中の一人だった。

 厳しい生存競争に勝利した者だけが纏う雰囲気に誰もが沈黙する。事実、極東支部の中で、まともに抗弁出来る人間は殆ど居なかった。

 ツバキの言葉に誰もが予定を思い出したかの様に行動する。先程までのダレた雰囲気は霧散していた。

 

 

「それと事前に配布した資料にもある様に、今回の諸君らの教官はブラッドが担当するが、不足している部分に関しては我々の方でフォローさせてもらう。

 疑問点があれば直ぐにでも出せる様に準備する事。ただし、質問の際には最低限の基準はクリアしてくれ。我々もそれ程暇では無いのでな」

 

 追い打ちをかけるかの様に出た言葉は候補生だけではなく、教える側にも聞こえる様に響いていた。

 事実、ツバキは物陰に隠れているナナの姿を確認した上で言葉にしている。その後、直ぐに動きを見せたからなのか、ナナの気配もまた遠ざかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「既にこの場面に於いての効果的な攻撃方法は教本にも記されていますので、基本的にはそれで問題は無いかと思います。ですが、それはあくまでも単一の種が前提になります。そうなれば他のアラガミが来た際にはかなり厳しい戦いが要求される事になりますので、あくまでも神機の属性に関してはベストではなくベターの方が良いでしょう」

 

「それは極東支部に限っての話では?」

 

「極東支部ではこれが普通、他とは違うは確かに前提が異なるのは当然です。基本は確かに重要です。ですが、最近のアラガミの分布や襲撃を見るに、一概にそうだとは言えないでしょう。装備に関しては色々と思う部分があるかとは思います。ですが、討伐に関しては時には長期の戦略を要求されるケースもあります。仮に自分の神機の構成が厳しくても、他のメンバーが主となれば問題はありません。単独で戦うのは余程のケースです。本当の意味での異常事態を基本にすれば、手痛いしっぺ返しが待っています。その際には自分の命を賭ける事になります」

 

 シエルの声は部屋に響く程だった。

 ブラッドが教官をする際に、真っ先に上がったのは戦闘経験の多寡。幾ら特殊部隊とは言え、ブラッドは一つの支部ではなくフェンリル全体からみれば、まだ中堅と呼べるかどうかだった。

 実際にベテランクラスまで行けば、その経験の多さからアドバイスにも重みが出てくる。しかし、これが中堅となれば対外的な貫禄は不足していた。

 極東に研修が決まった際に、候補生たちは実際にデータでブラッドと言う部隊を理解したつもりになるが、やはり自分の目で見た際には、どこか力が足りない様にも見えていた。

 決して下に見ている訳では無い。本部では常にそんな話が頻繁に出ている為に、そちらの感覚に引きずられている。

 候補生からの質問もまたその感覚から出たに過ぎなかった。

 

 

「常に周囲には気を使うのが前提なんですね」

 

「そうですね。確かに各支部には広域レーダーがあるので、ある程度のアラガミ動きは察知出来ると思います。ですが、信用しすぎるのは危険です」

 

 そう言いながらシエルはメタルフレームのメガネの端を少しだけ持ち上げていた。

 普段のシエルはメガネなどは絶対にしない。そもそもゴッドイーターが自分の躰に補助出来る物を付けるのは稀だった。

 それだけではない。何時もの様に両サイドで纏めた髪型ではなく、後頭部に一つにして纏めている。普段のシエルを知っている人間であれば驚く程だった。

 今のシエルは誰もがまだ16歳であるとは思えない程大人びていた。

 

 

「アラガミは常にこちらの想定通りに動くとは限りません。皆さんは知っているかとは思いますが、クレイドルになるには最低限の資格に曹長レベルが求められています。それは突発的なアラガミに対する対処や、現地でのゴッドイーターの指揮など多様に求められるのが要因です。現時点ではクレイドルの件は関係ありませんが、近い将来その立場に立つ可能性が高いのであれば、視野狭窄になるのではなく、視野を広げながら並行して物事を進める力も要求されます。その時に如何にして対処出来るのか、それとも出来ないのか。その為には実戦をよく知りる必要があります」

 

 シエルの言葉に質問した青年もまた、頷いていた。

 士官候補生は現場に配属される時点で最初から曹長として登録される。戦場で戦う際には不要だが、それでも何かがあった場合には階級が優先されていた。

 指揮官は部隊の人命を預かる立場。ここに来るまでにしつこい位に聞かされたからなのか、誰もがその言葉を噛みしめるかの様に聞いていた。

 

 

「では、そろそろ時間ですので、本日はこれで終わりとさせて頂きます」

 

 シエルの言葉に誰もがが立ち上がって礼をする。只でさえ冷静沈着が売りのシエルがメガネと髪型が違う事によって、現場ではなく、完全に指導教官のそれに近い。

 シエルが室外に出た事を確認した後、誰もが思わず息を吐きながら椅子に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか極東支部のイメージって思ってたのと違うよな」

 

「ホントだよ。俺、ここに来るまでのイメージが完全に壊れたよ」

 

 士官候補生は基本的には食事等は食堂を利用する事になっていた。元々ラウンジは憩いの場である為に、その殆どがゴッドイーターで占めている。勿論、職員もまた利用する事はあるが、実際の利用頻度はそれ程多くは無かった。

 しかし、今回の研修に関してはピーク時以外の利用は問題無い。だからなのか、休憩とばかりに自慢のラウンジへと足を運んでいた。

 

 

「だよね。私も同じ事思ってたんだもん。だってアランソン教官はまだ16歳なんだよ。あの年齢であれだけの知識と経験って本部では考えられないかも」

 

 極東支部のイメージは一般的にはそれ程良い物ではない。

 常に最前線と言う名の死地に立ち、最悪は自分の命が簡単に消し飛ぶ。その根底にあるのは技術だけでなく運も必要だった。

 他の地域とは違い、アラガミの強度もまた別格。

 本部に限った話では無いが、早々ヴァジュラの様な大型種を目にする機会は無かった。

 だからこそ、自分の本能の赴くままに生きる人間の方が多く、広報誌はそんな暗い部分を隠していると考えていた。

 

 しかし、現実は違っていた。

 アラガミとの戦いは常に一定の戦術を基に練り上げられ、それが後任へとフィードバックされて行く。その結果、碌に交戦記録が無い新人であっても相応に戦う事を可能としていた。

 勿論、力だけでは生き残れない。根底にあるのは冷静かつ理知的な物。少なくとも自分達は知っている様で何も知らされていない事実を突きつけられていた。

 

 候補生はゴッドイーターとは違い、基本は制服で過ごしている。その為に、極東支部に居る人間は誰もが彼らが学生である事を理解していた。

 これが新人であればフェンリルの制服を着ているが、候補生は学生服。だからなのか、誰もが遠目に見る事はあっても直接的に話しかける人間は居なかった。

 彼らはあくまでもお客さんであって、同僚や部下では無い。下手に何かを口にして問題を起こされても困るからなのか、近寄る事は無かった。

 

 

「でも、アラガミの出没と言うか、出動率は尋常じゃないって。常時あれだけの戦いを経験するなら、誰だって知識を蓄えないと死ぬって」

 

「俺、神機の適性があるんだけど、こんなんで現場やれるのかな」

 

「それを言うなら私もよ。オペレーターは部隊の命を支えるのよ。そう考えると気が重いわよ」

 

 それぞれが愚痴とも付かない言葉を口にしながら、頼んだ飲み物をそれぞれが口にする。口の中で爽やかさが広がるも、心中は爽やかになる要素は何処にも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエルちゃんはどうしてメガネなんてしてるの?」

 

「教えるのであればこの方が良いと聞きましたので」

 

 候補生たちがラウンジで凹んでいる頃、何時もとは違う雰囲気が気になったからなのか、ナナだけでなくリヴィもまたロビーで話していた。

 実際にシエルの顔にメタルフレームの眼鏡は似合っていた。

 普段を知る人間は誰もが一度はそれを確認する為に振り向く。

 元々シエルは基本的に見た目にはそれ程拘りを持つ事は無い。だからなのか、物珍しさが先に出ていた。

 振り向くのはそれが原因ではあるが、本当の意味を誰もが理解していない。その様子を見ていたヒバリは何となく誰が言ったのかを予想していたが、その件に関しては敢えて口を挟む事は無かった。

 普段とは違う格好は意外にその為人を見るのに一番適している。単純に面白いからと言う部分も否定はしないが、それでも普段とは違う雰囲気を横目で眺めていた。

 

 

「やっぱり見た目って重要なのかな」

 

「どうでしょうか?少なくとも私の講義の際には皆さんは真剣に聞いていたと思いますが」

 

「そっか……シエルちゃんでそうなら、私もやった方が………」

 

 これまでに人の前に立って話をする経験をナナは持っていなかった。

 実際にシエルだけでなくブラッドの殆どが同じではあるが、他の人間を見ても誰もが落ち着いている様にしか見えない。

 何時ものナナであれば、シエルのその状況にツッコミの一つの入れるのかもしれない。

 しかし、これまでに無い状況だからなのか、完全に方向性は迷子になっていた。

 

 

「落ち着け。少なくともナナが出来る事を話せば良いだけの事だ。それに見た目が変わっても案外と人は気が付かない物だ。ましてや相手は候補生。普段の通りに過ごせばいいだけの話だ」

 

「リヴィちゃんがそう言うなら…………」

 

 一人が慌てすぎれば周囲は自然と冷静になる。元々今回の趣旨を明確に榊は話していないからなのか、それを判断するだけの材料は何処にも無かった。

 ナナが焦っていたのは偏に何をどうやって伝えれば良いのかを見失っているから。

 ブラッドとひとくくりにしても、誰もがある意味では個性的だった。

 リヴィの言葉にナナもまた少しだけ何時もの調子を取り戻す。

 今回の日程はそれなりに長いからなのか、各々の時間はそれなりに取られていた。

 今回も偶然シエルの時間が取れたが由の結果。次回が誰になるのかは大よそ聞いているが、あくまでもアラガミが出ない事が前提の話。

 時間は確かにあるかもしれないが、それが本当の意味で落ち着けるのは話す内容が決まっている人間だけ。ナナは未だその事実に気が付いていなかった。

 

 

 


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