神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第13話 秘めた思い

「初めまして。如月エイジです。アリサからは色々と聞いてるので、これからも宜しくね」

 

「はい。こちらこそ宜しくお願いします!」

 

 ムツミとエイジの対面を見ながら、アリサは目の前に出されたジンジャーエールを飲んでいた。幾ら嫉妬が過ぎると周りから言われていても、流石にムツミにまで嫉妬するつもりは毛頭無かった。

 今のムツミの目は好意ではなく、むしろ憧れに近い物となっており、話の内容は明らかに料理に関する事しか話していない。普段は作る事はあっても、中々話をする機会が無いからなのか、お互いが嬉々として会話を続けていた。

 

 

「今後の事なんだけど、ムツミちゃんは学校ってどうしてるの?」

 

「今は通信がメインなので、学校に行く事は殆ど無いです」

 

 誰もが気が付く事が無かったからなのか、ムツミの言葉にその場に居たアリサも少しだけ驚いていた。確かに年齢を聞くまでも無く、本来であれば学校に行く年齢に間違いはない。まさかこの歳で飛び級をしている何て事も無い。幾らアラガミが闊歩する今でも、教育の必要性は考えるまでも無かった。

 

 

「確か通信でも何日かは学校に行く必要があったよね。だったら、ここに居る間は学校に行ける時は行った方が良いよ。ここでの仕事も分かるけど、やっぱり同年代の子達との話も悪く無いから」

 

「でも……」

 

「その辺は弥生さんにも榊博士にも言っておくから」

 

 エイジの言葉にムツミはそれ以上は何も言えなかった。決して学校がキライな訳では無い。ただ、ここでの仕事が立て込めば必然的に足が遠のくのは無理も無かった。そんな中でのエイジの提案に、ムツミは少しだけ考え方を切り替えていた。

 

 

「そうですよ。いざとなれば私もここに入りますから」

 

「その話、ちょっと待った!」

 

 アリサの言葉に突如として制止の声が響いていた。振り向くとそこにはコウタだけでなくソーマも一緒に居る。先ほどの声はコウタが発した物だった。

 

 

「何ですか?何か問題でもあるんです?」

 

「話は聞かせてもらったけど、さっきの話に関しては異議ありだ」

 

「何を馬鹿な事を……折角エイジがムツミちゃんを学校に行かせようと話をしているのが気に入らないんですか?」

 

 コウタの異議は、まるで行ってもらう事に文句がある様に聞こえたアリサは、思わず語気が荒くなっていた。確かに自分で応募した以上責任があるのは仕方ないが、これまでムツミが居なかった時の状況に戻るだけでしかない。

 まるで自分本位に考えているのかと判断したからなのか、アリサの視線は強い物となっていた。

 

 

「違う!ムツミちゃんが学校に行く事は反対しないよ。問題なのは最後のアリサの言葉だ」

 

「最後の……言葉?」

 

「ああ」

 

 先程の言葉にアリサはゆっくりと思い出す。最後に言った言葉は自分もここに入ると言っただけ。改めてコウタの言葉と同時にその意味を考える。その言葉の真意は考えるまでも無かった。理解したからなのか、アリサの表情はゆっくりと誰も気が付かない程に変化していた。

 既にコウタの目の前には一人の鬼が佇んでいる。ここでで漸くコウタは自分の発した言葉の意味を真に理解していた。

 

 

「コウタ。さっきの言葉の意味はどう言う事でしょうか?場合によっては少し話をする必要がありますよね」

 

「え……え?ぐぉっ」

 

 コウタが気が付いた時には一人の鬼が目の前に降臨していた。幾ら周囲を見ようが助け船が出る事は微塵も無い。孤立無援のこの状態を自分の力だけで打破する必要があった。

 

 本音すぎる事実に気が付けば、隣にいたはずのソーマはカウンターでエイジに飲み物を平然と頼んでいる。このやり取りを最初から見て理解した人間は既にコウタに視線を合わせる事はしなかった。

 ここで助けを呼ばれても何も力になれない。今出来る事は心の中で無事である事を祈るか、合掌する事だけだった。

 

 既にアリサはコウタの懐にまで接近していた。懐奥まで接近を許した以上、この距離での回避が出来る者は多く無い。アリサからの鋭く放たれた拳はコウタの腹部を下から持ち上げるかの様に放たれていた。

 拳がコウタの腹部に当たった瞬間、アリサの腰が鋭さを持って回転する。体重が乗った完璧な一撃はこれまでの中でも上位に入る程の威力があった。その結果、衝撃がそのまま突き抜ける形で身体を僅かに持ち上げていた。

 

 

「コウタはちょっと無神経ですね」

 

 アリサの一撃によってコウタはその場で沈んでいた。ゴッドイーター故に意識が刈り取られる事態にはならなかったのが、せめてもの救いだった。気が付けばムツミは驚きのあまり開いた口を覆い隠すかの様に手で押さえている。冷静になったのかアリサは少しだけ後悔をしていた。

 

 

 

 

 

「それに関しては問題無いよ。君がやってくれるのであれば良いし、その件に関しても元々は考えていた事だからね」

 

 ラウンジで起こった事件は今更だからとそのまま放置し、エイジは今回の事を榊に話していた。年齢を考えれば分からない話ではなかったが、以前に話をした際には通信でも大丈夫だと言っていた記憶があった。

 しかし代役が居るのであれば短期間だったとしても今後の何かに役立つのは間違い無い。幾らフェンリルと言えど、一人の人生を勝手に出来る道理は無かった。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、君だけじゃなくリンドウ君も接触禁忌種の専門なんだから、あまりのめりこむ様な事だけは勘弁してくれたまえ。今来ている話からすれば然程遠くない内にこちらに正式にアサインされるはずだからね」

 

「分かりました」

 

 榊の言葉にエイジはまたかと思う部分が僅かにあった。ここ最近は接触禁忌種でも新種の発見がいくつか存在していた。

 新種となれば戦い方や弱点としての特性などが全て手さぐりとなる。そんな事実があるからこそ本部からはラブコールの如く、クレイドルに派兵の要請を出していた。その結果として、任務がひっきりなしに舞い込んでいた。

 

 

 

 

 

「確かに教育は大事ですからね」

 

 エイジは榊に話した事をアリサにも伝えていた。今は一時的にここに居る事を知っているからなのか、時間が許す限りアリサは一緒に居る事が多かった。

 それと同時にアリサは隣に並んで鍋をかき混ぜている。隣でリズミカルに聞こえる包丁の音をバックミュージック代わりに夕食を作っていた。

 

 アリサもムツミにはああ言ったが、エイジが居る間はかなり積極的に作る事が多かった。人前には出せなくても、エイジであれば然程気にならない。当初から今の状態だった事もあってか、アリサとしても気になる様な事は無かった。気が付けば隣に立っているエイジは魚の切り身とザックリと切ったネギをフライパンで焼いている。事前に作ったタレを絡めて照り焼きが完成していた。

 

 

「それと、まだ何もムツミちゃんには言ってないんだけど、板長にも指導してもらったらどうかと思ってね。レパートリーも増えるし、今よりも味のレベルは上がるだろうからね」

 

「でも、何でそんなに急ぐんですか?時間はまだあるんじゃ……まさか…」

 

 アリサはそう言いながらも何となく事情を理解していた。急ぐとなればそれは再びエイジが派兵に出る事を意味する。考えたくない事実ではあるが、それはある意味では仕方ない部分もあった。

 

 クレイドルが発足した際に言われた事実。サテライトの建設には多額の資金が必要となる。極東支部の予算だけでは近い将来破綻する懸念があるからと、事実上の出稼ぎの様な部分でエイジとリンドウが派兵される事が決定していた。

 確かに長い期間の別離はアリサにとっても厳しい部分が存在するが、これは全て自分達が決めた未来の結果でもある。自分が決めた未来に対し、他人に抗議するのは見当違いだからと寂しい気持ちを押し殺してアリサは何も言う事は無かった。

 

 

「以前の様に長くは無いから大丈夫だよ」

 

 安心させるように出た言葉が気持ちを落ち着かせたのか、準備が出来た物から次々とテーブルへと置いて行く。アリサも完成したのか自分で作った味噌汁をお椀へとよそっていた。

 

 

 

 

 

「本当に良いんですか?」

 

「話をしたら問題無いって」

 

 エイジから話が出た際に、ムツミは驚きのあまり思わず大きな声が出ていた。何かを色々と話した結果だったからなのか、ムツミの事情は何となく理解していると同時に、今後の事を考えれば両面で新たな環境を整える方が良いだろうとの判断があった。

 幾ら正式に採用されているとは言え、最低限の教育をこなす事は決して悪い内容では無い。同年代とのふれあいから何かしらのヒントが貰える可能性だけでなく、屋敷でも新たな何かを学ぶ事が出来れば今後の幅も広がるのは間違い無かった。

 ここでの事を考えれば二足の草鞋ならむ三足の草鞋は時間の調整を考える必要があった。

 

 

「学校の方はともかく、屋敷の方も問題無いから、時間を上手く調整する必要があるだろうね。大変だとは思うけど頑張ってね」

 

「はい。私もこれを機に出来る事をやってみます」

 

 既に段取りは終わっているからなのか、予定が書かれたスケジュール表は真っ黒になっていた。この年齢としては異常にも思えるが、それぞれの場所が変われば気分も変わる。

 新たなアイディアを考える為の気分転換になるとエイジは予想していた。

 

 

 

 

 

「あの、千倉ムツミです。宜しくお願いします」

 

「中々根性が座った嬢ちゃんだな。エイジからも聞いてるが、俺で良ければ教える事は問題ない。早速だが、包丁の業を見せてくれるか?」

 

 学校に行きながらの屋敷での教えはこれまでムツミが体験した事の無い事ばかりだった。一つ一つの料理の方法に関する手順とその意味はこれまでに考えた事も無い事ばかりだった。多少の手順が違った所で味そのものは変わり映えする事は無いかもしれないが、食感が大きく変わったり、一つ一つの味が研ぎ澄まされて行く様にも思える。

 コウタの様に一気に食べて貰える事は違う意味では嬉しいが、やはり料理人である以上出した料理の事を言われる方が嬉しいのは作る側からすれば皆同じだった。

 何時もと同じ様に包丁で野菜を切っていく。何かを観察するかの様に板長と呼ばれた男性は腕を組みながらムツミの手つきをジッと見ていた。

 

 

「なるほどな。これならこちらとしても然程力を入れてやる必要は無さそうだな」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。以前に教えたロシア人の姉ちゃんは覚えが悪くてな。早々考える事が無い様なミスをしでかした事を考えれば、今回はもっと細かい部分も教える事が出来るな」

 

 ロシアのくだりでアリサの事だとムツミは瞬時に理解していた。確かに話が本当であればその苦労は確実な物である事は間違い無かった。

 口にはしていなかったが、ここで教わった物は身体が覚えているから作れるが、それ以外となれば何も分からない。何をどれだけ入れればどんな味になるのかを理解出来なければ味付けはするまでも無い料理が出来るのは間違い無かった。

 今出来る事は、なるほどと思いながらも口にしない事だけ。アリサの腕前の源泉を垣間見た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまでだ。中々普段から使う事は無いかもしれんが、やればやったで自分の物になっていく。何事も精進が必要だ」

 

 ムツミの腕を見たからなのか、板長の指導は随分と内容が濃い物となっていた。出汁の取り方や火加減などの基本的な物だけでなく、飾り切りなどの包丁の業は今の時代には然程必要としない物でもあった。

 

 極東支部では配給や店頭に並ぶ物は他の支部に比べてもかなり品質が優れている。これまでの様にただ腹さえ満たせれば良い時代は既に過ぎ去っているからなのか、食事一つとっても彩や味のバリエーションはここ数年で一気に向上していた。

 ムツミも自分で作っているからこそ、ここ数年の市場に出回る食材の品質が大きく向上している事を理解していた。安定して腹が満たされれば、次の段階は自ずと決まってくる。

 食事は食べるだけでなく、見て楽しむだけの余裕が今後求められる可能性が高いからと自分が出来る事を余す事無く伝えていた。

 

 

「ありがとうございます!明日から早速やってみたいと思います」

 

「そうか。今は不要な技術も、やがては必要とされる可能性が出てくる。ここに居るとそんな事を実感させられる。今でこそ漸くまともになったが、それもここ数年の話だ。俺も一時は包丁を持つ事を諦めていた時期もある。だからこそ、廃れ行く技術は誰かに継承してほしいと願うのかもしれんな」

 

 先程のまでの指導とは変わり、板長は何かを思い出しているのかもしれなかった。初めてここに来た際にはムツミも物珍しいだけではなく、アナグラでも手に入らない様な食材が幾つも存在していた。

 試作段階の為に作られた野菜などは、育成の度合いを見ながら市場に流通出来るのかを常にチェックしていく。中には一定のレベルに達しない物も存在するが、だからと言って粗末に使う様な事は一切無かった。

 形が不ぞろいだったり、味が安定しなかったとしても技量があればそれでカバーできる。何一つ無駄にしたく無いからこそ、その技術が要求されるのだとムツミは考えていた。

 

 

「とにかく技術は使ってなんぼだ。それがやがて自分の血肉へと昇華する。今はその準備の段階だ。向こうに行ったら若嫁にもそう言っておいてくれ」

 

「はい。伝えておきます」

 

 厳しい中にも垣間見るそれは、それ以上は踏み込む事がダメだとムツミは感じ取っていた。アナグラとは違い、ここはある意味では特別である事はエイジからも聞かされていたが、詳細までは何一つ知らない。

 まだ人生と呼べるほどの年月を生きた訳では無いが、それでも今は何も言わない事が最善だと判断し、それ以上は口を閉ざしていた。

 

 

 

 

 

「あれ?ムツミちゃん。何か味付け変えた?」

 

「特別な事は何もしてませんよ」

 

 板長の教えを受けたのは基本中の基本となる物だった。まさか出汁の取り方一つでああまで変わるとは思ってもいなかったが、実際に自分で食べてみると明らかにこれまでの料理とは違っていた。

 下味と出汁が以前に比べクッキリと出ているからなのか、以前よりも味に深みが出ている。ナナが指摘した様に味付けが大幅に変わったのかと思える程だった。しかし、味付けの配合そのものは何も変わっていない。土台がしっかりとしたからこそ、その味が活きる結果でしか無かった。

 

 

「ええ~そうかな。何だか昨日までとは違ってるんだよね……もっとこう、味が深いと言うか……」

 

 そう言いながらもナナは出されたご飯を一気に口へと運んでいる。既に気が付けばお代わりは3杯目。そろそろ止めた方が良いのだろうか?そんな他愛ない事をムツミは考えていた。

 

 

「それは……出汁ですよ」

 

「出汁かぁ……確かに言われればそうかも。ねぇねぇムツミちゃん。出汁がもっとハッキリ出るなら、私のおでんパンの味も変わるかな」

 

「多分、変わりますよ。でも、今までの味が変わるんですけど、良いんですか?」

 

 ナナのおでんパンの謂れは以前にナナ自身の口から語られていた。母親との絆とも取れるそれが大きく変わるとなれば、それは絆を断ち切る可能性があると考えた結果だった。

 余計な事はしない方がナナにとっては良いのかもしれない。そんな考えが察知されたのか、ナナは改めてムツミに話をしていた。

 

 

「おでんパンの味はお母さんが作った物だから、これはこれで完成してるんだよ。今考えているのは私が作るおでんパン。それは私が自分で味付けを考えて作る物なんだって考えてたんだよね。ほら、おでんって煮込むだけじゃなくて、時には態と冷ます必要もあるからね」

 

 ムツミの考えは杞憂だと言いたい程にナナは丁寧に話しをしていた。味が変わる事そのものは悪い事では無いが、人の記憶は匂いや味で記憶しているケースも少なくない。

 そんな中での新規開発が何を意味するのかもナナは理解した上でムツミに話しかけていた。人から人へと繋がっていく。既にムツミもここの腰掛ではなく、一人の人間としての場所を確保出来た様な気がしていた。

 

 

 


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