荒ぶる神との対峙は誰もが神経をすり減らす事が要求されていた。
僅かな隙を荒ぶる神は見逃さない。当然ながら対抗すべき存在もまた同じ事を考える。どちらの命の天秤に傾くのかは、それぞれの技量が全てだった。
「残念ね。バラバラにしてあげるわ!」
これまでに無い程に銃口の内部にはエネルギーが充填されていた。
元々はこれ程の威力は無かったはずの物。しかし、改良に改良を重ねた事により、人類の、特定の人間にはこれまでに無い程の力を手にしていた。
神から与えられた物ではなく、それを屠る為の手段。人類が唯一抗う為の物。それがもたらすのは荒ぶる神の死。
唯一無二のそれは既に最終段階に入っていた。
既に残す工程は引鉄を引くだけ。
興奮状態の真っ只中にあったからなのか、高揚した女の声が聞こえたのはそれだけだった。
これまでに無い程に充填したエネルギーはそのまま銃口を経て荒ぶる神へと直撃する。
既に周囲にはそれを遮る物はおろか、邪魔する存在も無い。同じチームの人間もまた避難が完了していたからなのか、その先の未来は考えるまでも無かった。
圧縮されたエネルギーはそのままアラガミの体躯へと直撃する。これまでに無い程の衝撃は、そのままアラガミの体躯を貫通し、背後へと突き抜ける。
破壊力抜群の攻撃の前には如何なるアアラガミもまた同じ結果をもたらすだけだった。
「なぁ、カノン。分かっているとは思うが……」
「す、す、すみません。ついうっかりと…………」
「コアも無ければ素材も無い。確かに討伐報酬は出るが、その前に今回の趣旨は何だった?」
何時もは温厚な男もまた少しだけ怒りに満ちた表情を浮かべていた。
そもそも今回のミッションは討伐任務の傍らで、自身の神機のアップデートを予定していた。
神機をアップデートする際に必ず必要になるのがアラガミの素材。ましてやコアに関しては、支部のアラガミ防壁の為の素材だった。
今回のミッションの結末は、一言で表せば『爆散』
オラクルを全て使い切る程の威力の銃弾をそのままアラガミへと向けた結果だった。
事実上の塵一つ無い状況。アナグラでもまた同じ事を考えていたからなのか、通信機の向こう側からはこの結末を予測しなかったからなのか、何も聞こえてこなかった。
「はい。ハルさんの神機のアップデートの為の素材回収です」
「で、どうやって回収出来るんだ?」
「あ、あのですね…………」
ハルオミの言葉にカノンもまた自覚しているからなのか、視線は完全に逸らしている。
当然ながら回収が不可能であるのは言うまでも無い。改めて同じ個体のミッションを再度受ける必要があった。
報酬額よりも素材を優先する。その結果として今に至っていた。
「……まぁ、悪気があってやったんじゃないのは分かってる。今後は
「了解です。以後細心の注意を払います!」
本来であれば罵倒されてもおかしくはない。目的と自分の命が掛かっている為にある意味では当然の結末。しかし、こんなやり取りは今に始まった事では無かったからなのか、ハルオミの声に怒りの感情は無かった。
だからと言って赦された訳でも無い。だからこそ、腰から先が90度に曲がる程カノンは深く頭を下げていた。
「ハルさん。カノンさんも悪気があった訳じゃ無いですから、そろそろ許してあげても………」
「エリナがそこまで言うなら………カノン。次は頼むぞ」
「は、はい!任せて下さい」
エリナの言葉にハルオミも内心ではホッとしていた。
ここ最近になったカノンの誤射率が確実に低くなりだしていた。一番の要因は驚異的なバレットを開発した事による、一撃必殺の戦法を確立した事だった。
これまでの様にダメージを積み重ねながらの攻撃である事に変わりはないが、事実上の止めの一撃に近い銃撃は先程見た光景そのままだった。
剣形態で斬り裂くやり方も間違いではないが、万が一の事を考えればカノンの様に銃撃で屠るのが一番確実だった。
しかし、そんな戦法にも致命的な欠点があった。
事実上の爆散の為に素材やコアが一切回収出来ない。アラガミからの脅威を排除する点だけであれば問題は無いが、やはりそれ以外にも必要な物が要求される以上、この状態が長く続くのは良いとは思えなかった。
実際にカノンはまだ気が付いていないが、ハルオミはこれがどれ程危険なのかを理解している。
かと言って、これまで燻ってきた人間を一気に貶す様な行為は正直な所したいとは思わなかった。
そろそろサクヤならまだしも、ツバキから何かを言われる可能性が高い。その前に何とかしなければ。そんな危機感を抱いたまま帰投していた。
「残念だけど、またオーバーホールだね」
「そうですか………」
アナグラの整備室にはカノンとリッカだけがそこに居た。
基本的にはミッション完了後には必ず神機のメンテナンスが義務付けられているが、それは偏に万が一の可能性を排除する為だった。
互いが互いの仕事に命を、プライドを賭ける。その結果として信頼関係が生まれるからだった。
ゴッドイーターからしても誤作動や動作不良で命を落としたいとは思わない。ある意味では整備班の言葉は絶対に近い物だった。
そんな整備班の代表の様にリッカは笑顔で回答する。その笑顔にある目が笑っていなかったのは、この場で気が付いた人間は居なかった。
「あのさ、もう少しだけバレットの改良をした方が良いと思う。確かにこの攻撃力は魅力的だし、安全性はとにかく殲滅できるのは良い。でも、その分神機にはかなりの負担がかかってるんだ」
リッカの言葉にカノンもまた驚いたままだった。確かに銃口付近に多大な熱を持つのは知っていたが、まさかそれ程だとは思わなかった。
初めて使用した際には銃口が威力に負けた事で、歪みを持ったのはまだ記憶に新しい。
その後、カノンもまた色々な伝手で改良を繰り返していた。当然ながら今回放ったバレットもまた改良に改良を加えた物。前回の出動の際にはそれ程では無かった記憶があった。
「やっぱり厳しいですか?」
「厳しいね。今はまだ大丈夫なんだけど、このまま使い続ければ最悪は撃った瞬間に神機が崩壊する可能性もある。私達もそうならない様に常に改修はしてるんだけど、この子に関しては正直かなり厳しいとしか言えない。
神機の事だけを考えるなら、早急にオラクルリザーブの限界量を下げるしか無くなるよ。それでも良い?」
「そ、それは流石に………」
ここに至るまでに紆余曲折あったオラクルリザーブ。これまでに無い程の限界値を詰め込む事によって、これまでに無いバレットが幾つも発表されていた。
その源泉を封印すれば、またあの頃に状態に戻るのは間違いない。それは最悪の未来だった。
リッカとて憎くて言っている訳では無い。しかし、現状を鑑みればそれはある意味当然だった。
現実問題として今の神機は既に第二世代を基本とし、その中で開発を続けている。
第一世代型の神機に関しては現時点で出ていない者は封印されている状態だった。
限りある資源は人間か神機なのか。言葉にはしないが、リッカがどんな思いで口にしたのかを分からないカノンでは無かった。
「何せ、このまま明日には完了って訳じゃ無いから、時間があったらサクヤさんとも相談した方が良いと思うよ」
「重ね重ねすみませんでした」
「私達に出来るのはこれ位だからね。そうだ、今回の件と同時に並行してアップデートもやるよ。時期的にろそろだったから」
リッカの言葉にカノンは改めて頷くよりなかった。
薄々は気が付いていたが、実際にはかなり厳しい状況なのかもしれない。解決策が見つからないままに、カノンもまた新たなバレットを模索する必要があった。
「そうですね。私で良ければ」
「ありがとうございます!」
カノンのお願いにシエルもまた新たな可能性を考えるべく、思い切って自分が使わないバレットの開発を了承していた。
実際にアナグラでバレットエディットを十全に使うのはシエルしかいない。エイジやアリサ、コウタもエディットを利用する事によって改良はするものの、やはり方向性が違う為にカノンが望むレベルには至っていなかった。
実際に3人の運用はアラガミの足止めや注意を引くものが多く、質より量を重視していた。
一方でスナイパーやブラストは一撃必殺の質を重視する。カノンがシエルに協力を求めたのはそんな意味合いが強かった。
「ですが、私もミッションがありますし、基本的にはスナイパーとしてのエディットがメインなので、少々時間はかかりますが宜しいですか?」
「はい。私の神機はオーバーホール中なので」
極東支部の中での一番の信頼があるシエルの言葉に、カノンの表情は晴れやかだった。
「サクヤ。最近の稼働率はどうだ?」
「以前に比べれば良くはなっています。ですが、この数字の前提がちょっと………」
リッカとカノンが話をしている頃、サクヤとツバキもまた少しだけ現状の確認を行っていた。
一番の問題はゴッドイーターの生存確率。ここ最近になって生存率が向上している事は数字としては理解していたが、その内容を考えると安穏とする事は出来なかった。
数字の向上の原因は第4部隊が絡んだ場合のみ。他の部隊や防衛班を見てもそれ程大きな変化はしていなかった。
これが何も考えない指揮官であれば単純な数字だけを見て満足するのかもしれない。しかし、ツバキだけでなくサクヤもまた詳細を知った事によって今の数字の根拠を認識していた。
「分かっている。台場の影響だな。だが、整備からは神機そのものに対する不安も出ている。我々としても古参の人間に限った話では無いが、少しでも万全な状態でやってほしいと考えている」
「そう言えば、今はブラッドのシエルと一緒に新しいバレットエディットの構築をしている様です」
「そうか………だとすれば、済まないが少しだけ便宜を図っておいてくれ。ブラッドには私が直接話をしておこう」
「その方が良かもしれませんね」
アナグラに置いて正当な理由で話をするのであれば、ツバキからの言葉はある意味では正論だった。
1人のゴッドイーターの命に関する事だけでなく、場合によってはバレットの影響を少しでも他の人間にも広める事が出来る可能性があった。
只でさえ、銃撃そのものを殆ど使用しない人間も少なくない。
自分の夫もまたその中の一人だった。
一時期行われた訓練によってそれなりに改善はされているが、それでも満遍なく使用している人間に比べれば格段に低いままだった。
銃形態の地位を少しだけ高くしても悪くはないだろう。ひょっとしたらツバキはそんな事を考えていたのかもしれない。サクヤはそんな事を考えていた。
「ですから、この方法だと威力の割にはエネルギーロスは大きすぎます。それが結果的には神機にもダメージを与える結果となるのではないでしょうか」
「でも、これだと少し面倒じゃありませんか?」
「確かに言われてみればそうですね。これなら再考の余地がありますね」
シエルとの話し合いはかなりの時間を要していた。
元々はカノンの使うバレットの改良だったはずが、気が付けばそれ以外の事にまで進展している。最初の頃は珍しい組み合わせだったからなのか、周囲の視線を集める事が多かったが、既に見慣れたからなのか誰もが一つの景色の様に対応していた。
そもそもバレットエディットを理解している人間はそう多くはない。無理に改良をしなくても結果的には討伐が出来るからだった。
しかし、カノンの様に第一世代型神機の中でも銃形態のみの場合はその限りではない。有限のエネルギーを使う以上は効率を重視するのは当然だった。
何よりも攻撃の手段を失ったゴッドイーターは足手纏いにしかならない。それを誰よりも理解しているからこその考えだった。
「取敢えず、今日はこの位にして、次回はシミュレーションですね」
「はい。楽しみです」
気が付けば明るかった景色に少しだけ影が出始めていた。どれ位の時間、話をしたのかは分からない。カノンにとっては何かとやるべき事が多かったが、それを超えるだけの収穫はあった。
一方のシエルもまたどこか満足気な表情を浮かべている。恐らくはこれ程までに白熱した議論をした事が無かったからだった。
事実、ブラッドのメンバーでさえも、シエルがバレットエディットを語り出すと少しだけ距離を置く。誰もが自分の関心事に集中するのは当然の事だった。
「まだ物足りないのかしら」
ブラスト型神機はその特性上、それ程射程距離が長い訳では無い。
高濃度のエネルギーを使用し破壊力を重視した為に、結果的にはそこそこになっている。
当然ながら幾らバレットで調整しても基本の特性を大幅に越える変化は出来なかった。
エネルギーが減衰するならば、その前に着弾させれば良い。そんな単純な思考になるからこそ、一撃必殺の様な物が出来上がっていた。
当然ながら神機の摩耗する速度は加速していく。今回の目的はその加速する摩耗度を抑えながら破壊力を上げる事に苦労していた。
クロスレンジではなくミドルレンジでの射撃。今のカノンにとってはその距離が絶対だった。
威力はそのままにエネルギーロスだけをカットする。その結果が遂に花開こうとしていた。
「カノン、無理はするな!」
ハルオミの言葉を無視するかの様にカノンはアラガミとの距離を詰めていた。
これまでであれば一撃必殺を言わんばかりに引鉄を引いていたが、新たに作ったバレットの特性だからか、これまでの様な動きは完全に息を潜めていた。
少しだけ微調整とばかりに軽く右にステップする。事実上の死角だったからなのか、カノンの目の前には無防備な状態を晒した体躯があった。
迷う事無く引鉄を引く。これまでであれば確実に爆散したはずの体躯は一部の損壊を作りながらも大きな問題を発生する事は無かった。
無駄なエネルギーをカットした事によって、これまでの様にオーバーキルになると同時に、自分にも還ってくる反動は段違いに少なくなっていた。
結果的には狙いを絞り込み、無駄な破壊が軽減される。以前の様に衝撃が大きい事による反動で拡散したエネルギーは完全に一点に絞られた結果だった。
巨躯がそのまま地面へ打ち付ける。生命反応が無くなっているからなのか、ピクリと動く事は無かった。
「上手くやれたみたいだな」
「はい。私も少しだけ成長したみたいです」
帰投の為に乗り込んだヘリではカノンは終始機嫌が良いままだった。これまでの実績だけを見ればカノンの数字は悪くはない。しかし、それを更に細かく見ればある意味では驚愕のデータが幾つも並んでいた。
アラガミの損壊率や誤射率はトップクラス。周囲を巻き込みながらも数字を出している為に、初見の人間はカノンと組む事に忌避感を持っていない。
しかし、ミッションが一度終われば次に組む可能性は極めて低かった。
誤射をしない様にするにはアラガミを直ぐに始末する。その結果が故に今に至る。それが改善された事を実感している様だった。
「取敢えずはって所だな。だが、油断はするなよ」
「そうですね。きっと私のゴッドイーターとしても道はここからなんだと思います」
これから先の未来に希望が見えたからなのか、カノンの目には力が満ちていた。一方のハルオミもまた、カノンの悪癖が無ければもう少しだけ人を配属してくれるかもしれない。そろそろ他の人間の為の肉壁は卒業したいと考えていた。
今のハルオミ以外にある意味カノンを手なずける事が出来る人間は居ない。
当初はカノンの見た目で許せる部分もあったが、それもそろそろ限界だった。リンドウ程ではないが、ハルオミもまたキャリアの点で言えばかなりの時間が経っている。
少しだけはしゃぐカノンを見ながらも、そんな事を考えながら外の景色をぼんやりと眺めていた。