神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第125話 止まない雨はない (後篇)

 オープンチャンネルによる救援要請が出てからの行動は迅速とも言える程だった。

 激戦区で鳴らした極東支部では直ぐに部隊編成が組まれ、そのまま出動する。ゴッドイーターの実力が違うからと言って区別する様な事は一切無い。だからなのか、アラートが鳴って5分後にはヘリが飛び立つ事が可能となっていた。

 けたたましい音を撒き散らしながらヘリは荒々しく上空へと飛び立つ。雨が降り注ぐ中、編成された人間は現地の状況を確認していた。

 

 

《現在の所、救援要請をしている部隊の構成は先程と変化はありません。ですが、周辺状況を確認した際に、付近に大型アラガミと思わる偏食場パルスが計測されています。予測が正しければ現地到着後300秒程になるかと思います》

 

「今回の件は現地には?」

 

《現地には既に連絡は完了しています。ですが、接近しているアラガミの事も考慮し、時間までは生き残る事を提案しています》

 

 ヘリの内部からはアナグラからの情報が逐一流れていた。

 救援要請そのものはそれ程問題になる事は無い。しかし、接近しているアラガミの存在が厄介だった。

 救援する為には部隊運営をどうするのかが重要となる。幾ら計測されたデータを基に作戦を構築しようとしても、最終的にはアラガミの様子が肝となっていた。

 

 負傷した人間を救出するには誰かが囮となる必要が出てくる。ヘリの中に居るメンバーの顔触れからすれば、北斗が一番適任だった。

 だからなのか、現場の状況を聞きながらも、予想されるアラガミの行動を探る。

 信号から発するデータでは、肉体の一部が捕喰されていた。

 通信機から聞こえる反応にアラガミ化する事は無くても重症なのは間違い無い。時間との戦いは普段とは違った戦局を強制していた。

 

 

 

「ハルさん。俺が陽動しますので、カノンさんと救援をお願いします」

 

「そりゃ、構わないが大丈夫か?これだけの悪天候だと普段と同じ行動は出来ないぞ」

 

「勿論、それは承知の上です。でないと、それが原因で殉職と言うのも目覚めは悪いですから」

 

「まあ………そこまで言うなら、俺としても良いんだが」

 

 ハルオミの視線は僅かにシエルへと動いていた。ここ最近のシエルの様子がおかしいのはラウンジに出入りする人間であれば直ぐに理解出来る程だった。

 実際に食事一つするにも普段であればそれなりに時間をとって落ち着く事が多いが、とある任務以降シエルの様子はどこか落ち着かない物だった。

 

 自分の肉体を苛め抜くかの様な鍛錬と同時に、曲芸とも取れる様な偏向射撃の訓練も課している。実際にスナイパーライフルの性質を考えれば、そこまでする必要は何処にも無かった。

 リンドウや北斗がやる様に、アサルトの場合は牽制の役割を多分に為に、半ば曲芸ともとれる射撃も要求されるが、スナイパーの場合は一撃必殺の意味合いが強い為に、寧ろ安定性を重視していた。

 一言で銃器をと言ってもシエルはある意味ではその道のスペシャリスト。言うまでもなくその意味を一番理解しているはずだった。

 ラウンジを利用する大半はベテランか中堅の為に影響は少ないが、それでも鬼気迫る雰囲気はどこか近寄りがたい物があった。

 

 

「そ、そうですよ。私も衛生兵ですから、直ぐに治療した後は戦線に出ますから」

 

「カノン、気持ちは嬉しいが、まずは状況を確認する事が先決だ。どうやら負傷しているとは言うが、かなり厳しいみたいだしな」

 

「そうですね。まずはそれからですねよね」

 

 カノンの意気込みは買うが、厳しい中での誤射だけは防ぐ必要があった。

 雨中の戦闘では足元がおぼつかなくなるだけでなく、瞬時に動く事も難しくなる。実際に窓を叩くかの様に降り続ける雨は既に周囲の景色すらも見せる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより酷い。悪いが少しだけ時間稼ぎを頼む!」

 

「了解しました」

 

 事前に情報を得ていたとは言え、現場は予想以上に厳しい状態となっていた。

 実際に北斗も医療に詳しい訳ではないが、これまでの経験からこの現状がどんな物なのかは直ぐに予測出来る。

 今は意識を失っている為に大事にはならないが、倒れたゴッドイーターの左腕は完全に欠損状態となっていた。

 

 止血と回復錠の効果で命だけはかろうじて留まっている。しかし、それはあくまでも今の状態がずっと続けばが前提だった。

 周囲にはまだ徘徊しているのかアラガミの歩く音が響く。この雨でこちらの音が聞こえにくくなっているのは僥倖としか言えなかった。

 

 

「無理はするなよ」

 

「任せて下さい」

 

 ハルオミの言葉に北斗は自分のやるべき事を理解する。このまま回収する為にはアラガミを遠ざけるか、排除するしかなかった。

 神機を持つ手に力が籠る。これからの行動を示唆するかの様に北斗の視線は厳しい物となっていた。

 

 

 

 

 

 

「シエル。アラガミの状況はどうだ?」

 

「今の所は問題ありません」

 

「少なくともヘリの音を察知されないレベルまで遠ざけるか、出来るなら討伐しよう。だが、最悪は撤退も視野に入れた方が良さそうだ」

 

「そうですね。最悪は部隊を再編制するれば問題は無いと思います」

 

「悪いがバックアップは頼んだ」

 

「了解しました」

 

 シエルの返事を聞く前に北斗はそのままアラガミの近くまで一気に距離を詰めていた。地面はぬかるんでいるが、まだ運動量に規制がかかる程ではない。そもそも今回の任務はあくまでも救出であって討伐では無かった。

 北斗が言う『出来るなら』は万が一の回収に置いての憂慮を消すための行動。それを理解しているからなのか、シエルもまた口にする事無く自身の神機の確認を行っていた。

 

 遠めに見えるのは、灼熱を思わせる色を纏った巨大な蠍。ボルグ・カムラン堕天種だった。まだこちらに気が付いていないのか、何かを捕喰している様にも見える。気配を隠してからの強襲によって意識をこちらに向けるには好都合だった。

 北斗の意図に気が付いたのか、シエルもまた狙撃に適した距離を測る。先程の負傷の度合いからすれば、出来れば討伐が望ましいと考えるのは、ある意味では当然の事だった。

 

 

「これから強襲する」

 

「了解しました」

 

 二人の視界に映るそれは未だこちらに気が付いていない。短い打ち合わせと同時に直ぐに行動に移していた。

 ぬかるんだ大地を気にしながらも北斗は一気にトップスピードへと到達する。この足場では困難なはずにも拘わらず、平地と同じ速度になったからなのか、北斗の躰は直ぐに小さくなっていた。

 シエルもまた狙撃の為に準備する。これまでの鬱屈とした気分は既に消失していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《北斗さん。状況を教えて下さい!》

 

「こちらは問題無い。それよりも負傷者の回収はどうなっている?」

 

《既に回収は完了しています。あとはお二人の離脱だけです》

 

「そうか。だが、直ぐの離脱は無理だ。少なくともあれを何とかしない事にはどうにも出来ない」

 

《万が一の事も考えて、部隊の追加投入を現在調整中です。出来る事ならこのままやり過ごす方向でお願いします》

 

 オペレーターはまだ配属されて間もないからなのか、その声は既に悲しみに打ちひしがれている様にも聞こえていた。

 事実、今の状況はまさに窮地としか言えなかった。

 元々ボルグ・カムランの討伐任務のはずが、気が付けば周囲にはヴァジュラが数体闊歩している。未だ雨が止まなかった為に、現場に接近している情報を聞き逃したのは痛恨としか言えなかった。

 

 

「了解した」

 

 北斗もまたその言葉の本当の意味を正しく理解したからなのか、それ以上の通信を止めていた。

 このまま通信を繋げても問題は無い。しかし、万が一の可能性を考えると危険であると判断した為に、それ以上の通信は完全に遮断していた。

 

 

「シエル。状況的にはどうだ?」

 

「そうですね。今のままだと戦闘を開始した時点で何かと気が付かれる可能性が高いかと思います。出来る事なら、一体だけをおびき寄せて極秘裏に始末する様な感じで問題無いでしょう。

 それに、幸運にも目の前を歩くアラガミの周囲には他の気配は感じられません。各個撃破ならば今しかありません」

 

「……だったらやる事は一つだけだな」

 

 シエルの『直覚』による情報は実際に戦場で相対すると厄介だと思う程に凶悪だった。

 幾ら隠れようとしても、奇襲の為に待ち伏せされている場所を看破される。その有用さがこの状況では有難かった。

 先程までとは違い、窮地である以上は情報に瑕疵があれば、待っているのは自身の死。ここから先は事実上の綱渡りだった。

 

 

「ですが………」

 

「このままここに居てもどうしようも無い。少なくとも一体は討伐しない事には俺達が今度は二次的に危険を晒す事になるんだ」

 

 北斗が言う意味はシエルもまた理解していた。先程まで対峙したボルグ・カムランは既にヴァジュラによって捕喰された為に今は跡形も残っていない。

 悪条件が重なり過ぎたが故に起こった現状は誰が悪い訳でも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボルグ・カムランの最大の弱点とも取れる尾は、ゆっくりと左右に揺れていた。

 捕喰に集中したが故に北斗達にはまだ気が付かない。この最大の隙を活かすべく北斗は初撃に全てを賭けていた。

 討伐ではなく注意を引く事だけを優先する。そうすれば救出にはゆとりを持てるのは当然だった。

 だからこそ、疾駆した勢いを殺す事無く白刃を尾の根本から斬りつける。

 加速と筋力を活かした斬撃は、そのままボルグカムランの太い尾を完全に切断していいた。

 

 大きな悲鳴の様な咆哮と同時に、先程までは太い鞭の様に映った尾はただの肉塊へと変貌している。大半の攻撃の術を失ったアラガミは最早脅威では無くなっていた。

 足元に注意を払いながら素早くその場から離脱する。まだ尾があれば離脱一つとっても苦労するが、既にその要となる尾は失われていた。

 だからなのか北斗は精神的なゆとりを持って回避していた。

 

 このままならば討伐も不可能ではない。既に尾の切断だけでなく、幾度となく放った斬撃がそれを物語っていた。

 ボルグ・カムランの討伐の難しさは堅牢な盾を要する為。それを破壊するまでに時間が多分に必要だった。

 当然ながら単独だろうがチームだろうが、その堅さに閉口する。それが難易度を高くする要因となっていた。

 ゴッドイーターであればそれを如何に早く攻略するかが戦いの肝。それを理解しているからこそ北斗もそう考えていた。

 

 

《……アラ……が……接……………急…………してく……い》

 

 北斗の耳朶に届いた通信は雨だけでなく時折鳴り響く雷によって不完全なままに届いていた。

 本来であれば有りえない現象。しかし、悪天候はそれすらも演出だと言わんばかりだった。

 聞こえくい通信を耳にすれば集中力が濁る。それを無視するからの様に北斗は白刃をボルグ・カムランに向けた瞬間だった。

 そこにあり得ないはずの影が一つ見える。その瞬間、北斗の背中に冷たい物が疾る。本能に従うべく、目の前のボルグ・カムランを無視し、その場から離脱していた。

 

 

「シエル!周辺の警戒を頼む!アラガミがここに出た。一度態勢を立て直す」

 

 この地に降り立ったのはヴァジュラだった。

 ボルグカムランなど最初から見向きもしないと言わんばかりに、降り立った勢いそのままに背中を踏みつける。元々弱っていた部分はあったが、それでもボルグカムランは嫌な音を立てて大地へと沈んでいた。

 シエルの返事を待つ事無く、直ぐに行動を開始する。ここで時間を使えば自分の命は加速度的に危うくなる。当然ながら考えるよりも先に身体が動いていた。

 

 

「北斗!」

 

 シエルもまた条件反射の様に引鉄を引いていた。この一撃で沈めるのではなく北斗への意識を断ち切る事。それが出来るのは、今のメンバーではシエルだけだった。

 唸りをあげながらアーペルシーから放たれた銃弾はヴァジュラに着弾する。

 事前準備も無しに、なし崩し的に出来た戦場は、既に退避を許されない状態へと陥れていた。 

 

 天空から雨の代わりだと言わんばかりに雷が北斗へと襲い掛かる。盾で防ぐ事も可能ではあったが、北斗はそれを無視するかの様に回避行動に出てた。

 周囲からは湧き出るかの様に数体のヴァジュラが立ち塞がっている。ここで足を止めれば待っているのは最悪の展開だった。

 だからこそ、北斗は足を止めようとはしない。態と囲まれるかの様にヴァジュラの行動を誘導していた。

 数体のヴァジュラが北斗を囲むかの様に集まり出す。その瞬間、周囲には白い闇が広がっていた。                                                                               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純白の刃は一体だけとなったヴァジュラの後ろ足を剣閃と共に斬りつけていた。

 機動力を潰すと同時に、一気にカタを付ける。下手に時間をかける事を嫌ったが故の戦法だった。

 幾らヴァジュラとは言え、怯んだ瞬間は多大な隙となる。既に討伐を決めた北斗にとっても、態々待つ必要は何処にも無かった。

 ヴァジュラの巨躯をくぐるかの様に地面スレスレから一気に柔らかい腹部を体躯に沿う様に斬り裂く。短期決戦で決着をつける以上は圧倒的な攻撃をしかけるしかなかった。

 臓物らしきものがダラリと地面に落ちる。既にヴァジュラの視界には北斗しか映っていなかった。

 憎々しい存在を叩き潰す。その瞬間、ヴァジュラの中にはシエルの存在は消え去っていた。

 

 

「撃て!」

 

 北斗の叫びと同時に轟音と共にヴァジュラの眼球が弾け飛ぶ。シエルの銃撃はそのままヴァジュラの頭蓋を貫通していた。

 後頭部から衝撃を逃すかの様に大穴が開く。残された片方の瞳には生命の炎は感じ取れなかった。

 巨躯が地面に横たわる。予想以上の結果にシエルもまた笑みを浮かべた瞬間だった。

 

 

「ぐぁあああああああ!」

 

「北斗!」

 

 油断をしたつもりは微塵も無かった。しかし、現実に北斗は雷撃を全身に受けた事によりその場で倒れ込む。今のシエルにとってその状況はあまりにも非現実的だった。

 倒れたヴァジュラの向こう側には既に活性化しるからなのか、全身に雷を纏ったヴァジュラがこちらを睥睨している。先程までの戦闘が勘付かれた瞬間だった。

 

 新たに接近したヴァジュラは巨躯を持て余す事無くこちらへと疾駆している。北斗が倒れた今、シエルだけで何とかするしかなかった。

 その瞬間、シエルの脳裏に一つの光景がフラッシュバックする。ここで自分がやらなければあの時の二の舞になる。あの時の表情が不意にシエルの脳裏に浮かんでいた。

 

 

「北斗だけは………させません!」

 

 本来スナイパーライフルは連射性能はそれ程高くはない。一発必中であるが故に連射よりも精密さを高めた結果だった。

 アサルトの様に連射する事で怯ませる事は出来ない。今のシエルにとって出来るのは一刻も早い北斗の回収だった。

 本来であれば回復しているはずの時間は経過している、それでもなお北斗は横たわったままだった。

 

 目測で後数メートル。ここで狙撃を外せば待っているのは北斗の死。どこか現実離れしたかの様に感じるこれが何なのかは分からない。しかし、今のシエルにそんな事を考える余裕は無かった。

 

 一発必中ではなく一撃必殺。シエルに求められているのは先程と同様の精密射撃だった。

 通常であれば焦る事無く機械的に引鉄を引く。たったそれだけの行動。しかし、今のシエルにとってその引鉄は重い物だった。

 外せば北斗の命は無い。無意識にそれが過ったからなのか、シエルの指は先程以上に動く事は無かった。

 震える指先。これまでに感じた事が無い感情が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「至急ヘリをお願いします!」

 

《既にこちらからは飛び立っています。到着まであと180秒の予定です。北斗さんの容体はどうなっていますか?》

 

「まだ……意識は戻りません」

 

《万が一の為に医療班も同乗しています。直ぐに治療をしますので、現場からは動かないで下さい》

 

 降り注ぐ雨は元からそうだと言わんばかりにシエルだけでなく北斗の全身に叩きつけるかの様に降っていた。

 雷撃を受けた程度ではそれ程問題はないはずだった。しかし、今回の雷撃が万分の一の確立とも言える状態で心臓にまで達していた。

 このままどうなるのかは考えるまでも無い。

 幾ら強靭な肉体を持つゴッドーターと言えど、長時間の呼吸停止がもたらす結果は同じ。

 既にどれ程の時間が経過しているのかが分からない今、求められるのは迅速な処置だった。

 

 一旦は止まった心臓を再度鼓動させる為にシエルは蘇生を始めていた。

 心臓の部分を強く押し、時折、口から強引に酸素を送り込む。既にシエルの目には透明な雫があふれていた。

 本来であれば周囲の警戒を優先しなければならないが、今のシエルにそこまで意識が回らない。ここにアラガミが来なかったのは単なる偶然だった。

 リズミカルに胸部を押し込むと同時に、何度も唇を合わせ強引に酸素を送り込む。僅かに動かした視線の先に会ったのは先程まで停止していたはずの胸が少しづつ上下に動く光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……は?」

 

「あっ、大丈夫?」

 

「ナナ……か。それよりも任務は……どうなった?」

 

「任務なら大丈夫だよ。それよりも危なかったんだからね」

 

 北斗の意識が戻ったのはそれから数時間後だった。真っ白な天井の隣から飛び出したのはナナの顔。心配げな表情が全てを物語るかの様だった。

 それと同時にゆっくりと記憶が奥底から浮かび上がる。

 あの後の記憶が途切れたからなのか、北斗は強引に上体を起こそうとしていた。

 

 

「まだ無理はダメ。このまま寝てなよ」

 

「だが……」

 

「良いから!」

 

 ナナの圧倒的な勢いに北斗は再度枕に頭を乗せるしかなかった。気が付けば喉をやられたからなのか、声すらも危うい。

 ヴァジュラを倒したまでの記憶はあったが、そこから先の記憶は何処にも無かった。

 

 

「ちょっと待ってて」

 

 ナナはそんな北斗を他所に直ぐに部屋を後にする。その後に聞こえたのはシエルの足音だった。

 

 

「北斗、意識が戻ったんですね」

 

「ああ。そう言えば、あの後は…どうなった?」

 

「後でしっかりと報告します。今はまだ休んでて下さい」

 

 何時もとは違うシエルの表情は何かを堪えている様だった。それが何なのかは分からない。

 しかし、先程上体を少しだけ起こした際に違和感を感じたからなのか、北斗はその言葉を素直に聞き入れていた。改めて目を閉じる。今はただ躰を癒す事だけを優先していた。

 

 

 

 

 

 

「………そうか。済まなかった。もう少し気を配れば良かったな」

 

「いえ。それは私の役目でしたから、私のせいです」

 

 再度目覚めた際にはゴッドイーター特有の強靭な回復力でほぼ完治に近い状態になっていた。

 既に喉の機能も回復したからなのか、声も同じく出ている。改めて用意された報告書には当時の詳細が記載されていた。

 

 

「………多分だけど、俺にも驕りがあったんだと思う。何とか出来ると判断したのは俺のミスだ。本来ならば即時撤退の方が良かったのかもしれない」

 

「そんな事はありません………あの時の判断は正しかったんだと思います。事実、時間をあれだけ稼いだからこそ救出は間に合いましたので」

 

 だれも居ない医務室には北斗とシエルの声だけが響いていた。既に点滴が抜け、後は手続きを終えるだけの状態。だからなのか、その声は随分と響いていた。重苦しい空気が漂う。僅かな沈黙でさえも随分と長く感じる程だった。

 

 

 

 

 

「あの時…………」

 

「どうした?」

 

 沈黙を破ったのはシエルだった。悲痛な面持ちだったからなのか、北斗も確認はしたものの、それ以上は何も言わなかった。恐らくは何か言いたい事があったのかもしれない。 そう感じたからなのか、北斗はシエルが言い出すのをただ待っていた。

 

 

「本当の事を言えば怖かったんです。私はあの時、狙撃を外して見殺しにした様な物ですから……………」

 

 シエルの独白とも取れる内容は、以前のミッションに関する事だった。

 これまで自信をもってやって来たはずの狙撃が逸れた事によって一人の新人が目の前で捕喰された事。その後、自分の技量に疑問を持ち始めた事。今回の件でもどうすれば良いのか判断に迷った事。これまでの思いの丈が吐露されていた。

 北斗もまたシエルの思いを汲んだのか、独白をただ聞いている。まるで後悔した事による懺悔。そんな風にも聞こえていた。

 

 

「いや。それはありえない。あの場面がどうなのかはギルから聞いた。あれをクリアできる人間なんて居ない」

 

「ですが、私は……」

 

 それ以上シエルが抗弁する事は出来なかった。

 シエルは今、北斗の胸の中に強引に押しこめられている。緩やかな圧力ではあったが、その温もりにそれ以上は何も言えなかった。

 心臓の鼓動を強く感じる。あの時は必至になていた為に何も感じなかったが、その鼓動が愛おしく感じられていた。

 

 

「悪いのは俺だ。油断した結果だからな。でも、今後はもう二度とこんな事にはならない様にする」

 

「……はい」

 

 小さく聞こえたシエルの声に、北斗はそれ以上は何も言わなかった。少しだけ扉が開いた様な音が聞こえはしたが、今はただ、その温もりに浸りたいとだけ考えていた。

 

 

 


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