神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第121話 極東ならでは

 大戦とも取れる戦いによって受けた恩恵は予想を上回る程だった。

 極東支部に最初から配属された人間だけでなく、外部からの派遣組もまた相応の経験を積んでいた。

 他の支部ではこれ程までに大規模な戦いを経験する事はまずありえない。仮に起こった場合、待っているのは支部の壊滅だった。

 当初はその規模に怯える人間もいたが、ブラッドやクレイドルをはじめとして他の部隊もまた強固な能力を秘めていた。

 事実、極東支部では未だに旧型神機、即ち第一世代型の神機が現役で稼動している。当初は態度にこそ出さないが、内心ではどこか蔑んだ部分が多少なりともあった。

 

 しかし、この戦いで戦線を支えたのはその第一世代型のゴッドイーター。仮にどちらかが使えないからといって、そのまま安穏としている訳では無かった。

 近接型であれば常に間合を意識し、こちらが有利に運べる様な戦術展開は誰もが息を飲む。特にソーマと同系統の神機を使う人間からは、まさに圧巻としか言えなかった。

 バスター型でもあるイーブルワンは本来であれば一撃必殺の様に重攻撃を本来の仕様としている。当然ながら攻撃が外れた場合や、思った程にダメージを与えられなかった場合、待っているのは手痛い反撃だった。しかし、そんな事は杞憂でしかなかった。

 常に先手を取りながらも全体状況を把握する。五手、十手先を見越した戦いは傍から見ればある意味では理想的だった。

 当然ながら重攻撃が連撃で来れば如何なアラガミと言えど不様に散るしかない。だからなのか、アラガミは直ぐに物言わぬ骸と化していた。

 

 

「流石ですね」

 

「………別に何時もと同じだ」

 

「いやいや。絶対に張り切ってたって。何時もと違い過ぎるから」

 

「コウタ。言いたい事はそれだけか?」

 

「何だよ。まだ言って欲しいのか?」

 

「………勝手にしろ」

 

 ソーマの戦いに見惚れるかの様に派遣された人間は感じたままの賞賛を素直に口にしていた。

 今回のメンバーはクレイドルと第1部隊の混合チーム。ソーマ自身が依頼した内容をこなす為のミッションだった。

 既に周囲にはコンゴウやその堕天種がコアを抜かれた事によって霧散している。この程度ならば当然だと言わんばかりにソーマは周囲を索敵していた。

 

 

「まぁ、ソーマはああ見えて照れ屋だからな。見た目は怖いけど、いい奴だよ」

 

「そうだったんですか………」

 

 コウタの言葉に同じメンバーに選ばれた女はその背中を目線が追いかけていた。

 ソーマは研究職である為に、周囲に溶け込む事は余り無い。しかし、その戦闘方法があまりにも理知的だからなのか、どこか洗練されている様にも見えていた。

 実際にバスター型神機は斬るよりも叩き潰すイメージの方が強い。女もまた所属していた支部では似たような事をしていた。

 当然ながらそれが極東で通用するのかは別問題。あの当時の戦いの際にはアラガミを攻撃した隙を狙われ、被弾率が他に比べると多かった。

 幾ら強靭な肉体を持つゴッドイーターと言えど、痛みは生じる。痛みを怖がる人間程、結果的には被弾率が高かった。

 

 

「コウタ隊長。そろそろ移動しないとソーマさんに怒られますよ」

 

「やべっ!もうそんなに離れてるのか」

 

「当たり前です。私達も急がないと。それに帰ったらマルグリットさんに言っておきますから」

 

「ちょ……俺、何もしてないじゃん」

 

「少しだけ鼻の下伸びてましたよ。全くコウタ隊長のどこが良いんですかね」

 

「るせぇ。大きなお世話だ」

 

 コウタの会話はエリナの一言で突如終了していた。

 実際に戦場で気を抜く行為は褒められた物ではない。しかし、今に至っては周辺にアラガミの姿は観測されていなかった。

 実際にレーダーに反応しない個体はここ最近では現れていない。ブラッドが交戦した新種でもあった感応種が関の山だった。

 エリナとコウタのやり取りに先程までコウタと話していた女もまた急ぐ。詳しい事は分からないが、コウタには彼女が居る事だけは判明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回のミッションは助かった。俺一人でも良かったんだが、結構面倒だったんでな」

 

「おお、ソーマが礼を言うなんて」

 

「いえ。私も良い経験と積めましたので」

 

「コウタ隊長、少し真面目にお願いします」

 

 コウタの茶化した言葉を無視するかの様にソーマは今回のミッションのアサインに礼をしていた。

 基本的には単独でもやれない事は無いが、そうなれば時間がかかるのは間違い無い。

 危険度の事もあったからなのか、コウタ達にアサインした事が始まりだった。

 大きな戦いの後、油断する事無く引き締まったのは偏にリンドウと北斗の射撃の教導と、エイジが教官として入った教導が発端だった。

 

 幾ら階級があるからと言っても、派遣された人間はその支部ではかなりの実力を持っているとの触れ込みで来ている。当然ながらそこに介入する様ならば、何かと軋轢を生む可能性があった。

 しかし、極東での実力が上位の人間が黙々と厳しい教導を行っているとなれば、周囲に対する影響もまた大きかった。

 

 幾ら厳しい戦いがあったとしても、自己研鑽を止めれば待っているのは死。生き残る為であるからと行動している為に、自然と緩い雰囲気が蔓延する事は無かった。

 それを示すかの様にコウタ達がアナグラのヘリポートに帰還すると、そこは何時もの様な光景が待っていた。

 これから任務に出るからなのか、見知らぬ人間が組んだチームが次々と乗り込んで行く。その表情に驕る気持ちは存在していなかった。

 そんな空気の中、ソーマのお礼にコウタは戸惑う。少なくともこれまでの記憶の中では言われた数は数える程。まさか言われると思わかなかったからなのか、コウタの態度は自然とおどけていた。

 

 

「いや、ちょっと驚いただけだって。それに今回のミッションは研究に必要な物があったんだろ?だったら礼なんていらないって」

 

「コウタ隊長………ちゃんと考えてたんですね。少しだけ見直しました」

 

「エリナ。お前が俺の事をどう思っているのか少し分かった気がするよ。この時間ならラウンジに行ける。よし、詳しくはそこで話そうか」

 

「えー。私も予定があるんですけど」

 

「いや。折角だから偶には第1部隊としても情報の共有化は必要だからな」

 

「ちょっと横暴じゃないですか、それ」

 

 何時もの手合いだからなのか、会話の中身こそ物々しいが、表情にそれは無かった。

 実際には単に食事をするだけの話であって、それ以上は何も無い。特に今回のミッションに関してはコウタ自身も色々と気を使う部分が多分にあった。

 これまでにも数える必要が無い程に人員の入れ替えはやっている。ただ、今回に限ってだけ言えば、同行した女性に少しだけ思う部分があった。

 決して弱い訳では無い。本人の性格から考えても問題は無いはずだが、何となく気になる部分があった。

 恐らくはエリナも感じているはず。だからなのか、コウタのアイコンタクトにエリナもまた行動に移っていた。

 

 

「そんなんで、済みませんが、この後は少しだけコウタ隊長にも付き合ってくれませんか?」

 

「私もですか?それは構いませんが………」

 

「費用ならコウタ隊長の奢りですから大丈夫ですよ」

 

「ちょっ……エリナ!」

 

「隊長なんですから」

 

 チラリとコウタを見ながらも女はエリナの言葉に頷いていた。

 少なくともソーマの戦闘力が高い事は、今回のミッションで嫌という程理解させられていた。その一方で、コウタもまた第1世代型神機でも銃形態のみにも拘わらず、部隊の指示とポジショニング、また着弾率はこれまでに見た事が無い程だった。

 実際に来た当初は、絶対とは言わなかったが多少なりとも下に見る部分があった。

 しかし、一度のミッションでその考えは払拭されている。だからなのか、エリナからの提案にも素直に応じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?今日はムツミちゃん居ないの?」

 

「風邪ひいたみたいでね。急遽だよ」

 

 何時もとは違った光景にコウタは思わず疑問を口にしていた。

 本来であれば今日はムツミがカウンターにいるはず。にも拘わらずエイジが居た事に出た言葉だった。

 病気と言われればそれ以上は何も言えない。しかし、エイジがそこに居るとなるとコウタも少しだけむず痒い部分があった。

 特にダメ出しをする訳じゃ無いが、教導をやっているエイジの目の前で大言出来る程図太くはない。だからなのか、コウタは少しだけ動揺している様だった。

 

 

 

 

 

「取敢えず研修の間は持ち回りになるはずだから、そのつもりで」

 

「分かりました」

 

 エイジを警戒したからなのか、コウタは当初考えていたはずの言葉の半分程の説明で終わっていた。

 実際にコウタが詳しく言うまでも無く基本は抑えているからなのか、動きに澱みは無い。気を付けるとすれば、ここは極東である為に目の前のアラガミにだけ注視する訳にはいかない点だった。

 実際に予定されてミッション以外のアラガミの難易度は誰にも分からない。当初は初心者のチームだけでも大丈夫だと思った矢先に接触禁忌種の乱入は日常的だった。

 当然ながらミスマッチした依頼は命を危険に晒す。だからなのか、直ぐに救援が出るのは当然だった。

 

 クレイドルやブラッドは基本的には出ずっぱりになる事も多い。だからこそコウタ率いる第1部隊の人間は精神的な緊張を常に強いられていた。

 一時的に配属された人間にも確りと説明をする。コウタの説明に、女もまた理解したからなのか頷いていた。

 

 

「世間ではどう思われているのかは分からないけど、ここでは第1部隊だからって考えは持たない方が良い。確かに討伐専門ではあるけど、俺達はアラガミだけに目を向ければ良い訳じゃないからさ」

 

「確かにそうですね。先程のミッションも本当は私のレベルじゃ厳しかったんじゃないですか?」

 

「それは無い。ソーマも居たけれど、基本はミスマッチする様な依頼は受けないから。万が一の際には何とでもなるから」

 

「……そうですか。私はまだまだ足りないって事ですよね」

 

 先程の戦いで思う所があったからなのか、女の表情に翳が僅かに落ちていた。しかし、ここで精神的に折れなければ今よりも更に上を目指す事が出来る。

 それを理解したからこそ女もまた先程よりも表情が明るくなっていた。

 

 

「そう言えば、コウタさんは銃形態だけなんですよね」

 

「参考になる部分は少ないよ。だったらエイジならどう?」

 

「いやいや。それは無理ですよ。流石に私でもそれ位の分別はつきますから!」

 

 女の言葉にカウンターの中に居たエイジは苦笑いするしかなかった。

 恐らくはエイジの人となりと噂の違いに区別がつかないのかもしれない。特にここ最近になってからはエイジが前面に出る事は少なくなっていた。

 下手に騒がれた所で碌な目に遭わない。だったら自分の知りうる範囲の中での生活をするしか無かった。

 冷静に考えれば目の前の女はまだエイジが受け持っていない。だからこそ、本音の部分が見えていた。

 極東の鬼の異名は伊達では無い。厳しい教導は力にはなるが、その過程は苛烈そのもの。だからなのか、女はそこまでの気概は無いままだった。

 

 

「あれ、コウタ。もう終わったの?お疲れ様」

 

「そっちも今終わったのか?」

 

 そんな取り止めの無い会話は背後からの声に終了していた。コウタが振り向いた先には浴衣を着たマルグリットとリヴィが居る。普段では珍しい格好だったからなのか、女は少しだけ驚いた表情を見せていた。

 

 

「うん。今回は割と簡単な部分だったからそれ程でも無かったかな」

 

「そっか。そうだ、メシ一緒に食ってく?」

 

「コウタの奢りならね」

 

 エリナと同じ会話ではあったが、確実に今の方が柔らかみがあった。

 詳しい事は分からないが、どうやらコウタとは知り合いらしい。少なくともまだここに来たばかりの人間に極東支部の人間関係を知るのは困難だった。

 

 

「私は第1部隊副隊長をしてるマルグリット・クラヴェリです。宜しくね」

 

「あ、はい………」

 

 これまでに見た事が無い格好は周囲の視線を一気に奪い去る。既に慣れている人間であれば気にも留めないが、これまで見た事が無い人間は殆どがマルグリット達に向っていた。

 パッと見ただけでも女性らしい姿に女も圧倒される。握手はしたものの、どこか現実味を帯びた様な雰囲気は無かった。

 

 

 

 

 

「そうだったんですか……」

 

 その後の食事は結果的にコウタが全面的に支払う事が決定していた。元々自分で言った手前、今更撤回する事は出来ない。かと言って、他のメンバーには何もしないのもなんだからと結果的にはそうなっていた。

 本来であれば厳しい支払になるが、幸か不幸か今日はエイジが担当している。その結果、当初の予定金額よりも安くついていた。

 そんなコウタとは裏腹に女性陣は楽し気な話になっている。浴衣の意味を知ったからなのか、色々な意味で認識が変わりつつあった。

 

 

「趣味と言われればそうなんだけど、結果的には自分の身になっているのが大きいかな」

 

「ですが、私はヴァリアントサイズじゃないんで………」

 

 舞踊の本来の目的は伝統ではなく体幹を鍛え、体重移動をスムーズにする事によって望まれる斬撃の強化。神機の強化は当然だが、最終的には自分自身が更に力を付ける事が前提だった。

 他の神機とは違い、サイズだけが直線的な動きではなく、曲線を描く。だからこそマルグリットだけでなくリヴィもまた同じだった。

 

 

「でも、他でも使えるはずですよ。だって、アリサさんもですから」

 

「そうなんですか!」

 

「使い方は違うと思うけど、基本は同じだったよ」

 

 異常な食いつきにマルグリットも思わず後ずさりしていた。極東以外の支部では神機の強化を優先させる傾向が強い為に、自身の能力の底上げは二の次となる事が多い。その為に、派遣組の殆どがここに来て戸惑う事が多かった。

 そんな中でアリサの名前はある意味では絶大だった。支部の紹介の中ではアリサの名前は何度も出ている。その結果、神機の事も世間には知られていた。

 

 

「私がどうかしたんですか?」

 

「あ、アリサさん」

 

 偶然でた名前に反応した声が誰なのかは言うまでも無かった。思わず振り向いた先には同じく浴衣を着たアリサがそこに居る。

 話の内容は分からなくても自分の名前が出た為に、そのままここに来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、何かあったのか?」

 

「まぁ、色々としか言えませんけどね」

 

 既に時間は夕食を取る頃。厳しいスケジュールをこなしたリンドウの目に映っているのは異様な光景だった。

 中堅やベテランはそれ程でもないが、まだ来たばかりの新人を中心に一部の派遣組の人間はどこか項垂れている。特に何かを注文している訳では無いのか、その目に光は無かった。

 

 

「何だ?そんな面白い事でもあったのか?」

 

「面白くは無いと思いますよ。それに内容はどちらかと言えば自爆に近いですから」

 

 取り止めの無い事を言いながらリンドウはエイジの前に座っていた。

 今日はサクヤの就業時間が遅い為にリンドウはここで食事をする予定となっている。エイジもまたそんな雨宮家の事情を把握しているからなのか、直ぐにカウンターの下から小鉢を取り出していた。

 

 

「何だ、教えてくれないのか?」

 

「これでも守秘義務はありますよ」

 

「そうか………おっ、丁度良い所に」

 

 一度は着替えたからなのか、リンドウの視線の先には先程までここに居たと思われるコウタの姿を捉えていた。

 エイジは言葉の通りラウンジで話した内容を口にする事は一切ない。これまでにも何度かそんな話があったが、実際に噂にすらなる事はなかった。

 実際にアルコールが入れば時折貴重な情報が出てくる事がある。バータイムであればその殆どが弥生かエイジが取り仕切る事もあってか、案外と口が軽い人間も多々あった。

 厳密に言えば弥生の下には支部内の情報の殆どが上がってくる。そんな事情もそこにはあった。

 だからなのか、リンドウはエイジではなく、他の人間を探す。コウタが居たのは単なる偶然に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

「成程な。だからあんなに落ち込んでるのか」

 

「別に隠すつもりもないですし、そんなのちょっと調べたらすぐに分かるじゃないですか。実際にノルンにだって記載されてるんっすよ」

 

「確かにそうだよな………」

 

 カウンターでは既に晩酌が始まっているからなのか、リンドウの前には獲れたばかりと思われる魚の刺身が置かれていた。

 海上資源はまだ完全に流通が始まっている訳では無い。アナグラで提供される物の殆どはサテライトからの材料だが、ここ最近に関しては海から直接上がってくる事が多かった。

 ゴッドイーターであれば万が一の際にも大丈夫だと言う榊の言葉に、当初は誰もが恨めしい表情をしていたが、時間の経過によって今ではその感情は完全に薄れていた。

 新鮮であれば出来る料理は一気に増える。最近になってからラウンジでも刺身や生もの系統の料理が増えだしていた。

 何時ものビールではなく日本酒と刺身にリンドウは舌鼓を打つ。味わいながらもコウタからの事情聴取を忘れる事は無かった。

 

 

「ほら、うちの支部って結構広報誌の影響が大きいから、誰もそこまで調べようって考えないんですよ」

 

「そう言われればそうかもな………」

 

「リンドウさんは簡単に言いますけど、さっきまで大変だったんで」

 

 思い出す事も嫌だったのか、コウタは完全に位渋面を作っていた。

 キッカケはアリサが何も考えず、自分の事を話した事だった。

 アリサからすれば支部でも挙式をしている為に極秘裏でも何でもない。ただ聞かれたから答えただけの話だった。

 

 改めて名前を見れば既に改姓だけでなく指輪もしている。態々自分達の口から言う必要性も無い為に、それ以上な何も言わなかった。

 支部内の中堅以上は誰もが式の事を知っている。懸想した人間は完全な一人相撲だった。

 話はそれだけではない。周囲の反応を見たからなのか、アリサは次々と周囲の関係性までも公表していた。

 ヒバリの事は勿論の事、コウタやリッカ。次々と名前が出た頃には完全に周囲の空気は通夜の状態へと変わっていた。

 勿論、アリサが公表した事には訳もあった。自分だけなら問題無いが、これがエイジにまで波及すれば面倒事が起こる可能性も出てくる。ならばと思った事が一番だった。

 当然ながらマルグリットとて周囲から見れば羨む部分が多分にある。そんなカオスな状況が先程までラウンジで繰り広げられていた。

 

 

「何だ。かなり面白い事になってたんじゃないか。俺も見たかったな」

 

「それ、リンドウさんだけですって」

 

 気が付けばコウタの前にも食事が置かれていた。先程までは軽食だった為に、まだ腹には余裕がある。リンドウ同様にコウタの前に置かれたのはブリの照り焼きだった。

 肉厚な身と脂は甘辛いたれの味とマッチしている。恐らくは先程の状況を宥めたコウタへの気遣いである事は間違い無かった。

 コウタもまたそれを理解しているからなのか、何時もと同じくそれを口にしていた。

 

 

 

 

 

「ちょっと……俺聞いてないですよ。まるで馬鹿みたいじゃないですか」

 

「あれ、俺言ったよな」

 

「いえ。言ったのは恋人はいないって事だけです」

 

「夫は違うだろ?」

 

 何でもない様に言うハルオミの言葉にアランはそれ以上は何も言えなかった。

 確かに初めて会った際には意気投合して結構な酒を飲んだのは記憶にある。しかし、ハルオミの口からは確かに恋人は居ない事は口から出ていた。

 幾ら指輪をしているとは言え、まさか結婚しているなどとは誰も思わない。アランは実質一人相撲だった事に漸く気が付いていた。

 ラウンジに居たのは限りなく偶然の事。そんな中でコウタの言葉はまさに衝撃的だった。周囲に広がる絶望感。アランもまた同じだった。

 

 

「そりゃ……そうですけど」

 

「指輪もしてただろ?」

 

「………そうですね」

 

「でも、もう研修も終わりなんだし、後腐れ無く帰るまでの辛抱だって」

 

 今回の大規模な作戦は完全に想定外だった。

 実際に派遣された人間の中にはゴッドイーターとして再起不可能な人間も存在している。命があるだけマシと考えるのは極東支部位の物だった。

 だからこそ、刹那的な感情が芽生えるのは当然だった。しかし、今回の件に限っては完全に分が悪い。それを理解しているからなのか、アランはそれ以上は何も言えなかった。

 他の支部でもフェンリルが取る判断は同じ。しかし、ここに来る人間の殆どが実力者である矜持を持っていたからなのか、落ち込んだままのケースもあった。

 

 

「確かに、今回の件は良い経験になりましたよ」

 

「そうか。まぁ、何だ。折角だから、今晩のここは俺の奢りだ。じゃんじゃん飲んでくれ」

 

 これまでの事情を全て察しているからなのか、カウンターの中に居た弥生はそれ以上の事は何も言わなかった。

 実際に口出しするのは拗れた時だけ。勿論、エイジがハニートラップの講習を受けているのと同じようにアリサ達もまた、ロミオ諜報対策の講習を受けている。

 その事実を知っているからなのか、笑みを浮かべたまま二人の様子を眺めていた。

 

 

 


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