神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第114話 緊迫した間合い

 太陽がゆっくりと沈むにつれて、これまではまだ温かさが残った気温は徐々に冷えだしていた。

 この時期は太陽が沈み込むと一気に冷え込む。冷えは本来であれば活動にも影響を及ぼすが、今の4人にとってはそんな影響は微塵も無かった。

 吐く息は少しづつ白くなりつつある。既に時間はあと残す所十数分程度しか無かった。

 

 

「そろそろ決着をつけたいんだが、姉上から有難い事に援軍と物資が来る。あと数分らしいが、それまでにある程度のダメージは与えておいた方が良さそうだな」

 

 リンドウの言葉に全員が頷いていた。

 金色の狼は周到な動きを見せるからなのか、攻撃の隙は思った以上に少なかった。

 これまでは自身の体躯を活かした攻撃が主だったが、日没を視野にしているからなのか、攻撃の方法は徐々に変化していた。

 これまでに無いと思われていた遠距離型の攻撃は色々な意味で厄介だった。

 ハンニバルの様に火炎を吐く訳では無いが、前足を鋭く振る事によって生まれた不可視の刃は、エイジだけでなく、ソーマもまた近づく事が出来なかった。

 

 まだエネルギーの塊の様な攻撃であれば回避か防御は可能だが、不可視の攻撃となれば、回避は出来ず常に防御を要求していた。

 単体だけではなく、時折連続した攻撃を繰り出す事によって間合を詰める事が出来ない。幾らエイジの斬撃が鋭かったとしても、距離が足りなければ攻撃出来ないのは当然だった。

 だからこそ、リンドウの言う援軍到着と同時に攻めるやり方に意味がある。

 これまでの近接攻撃一辺倒から遠距離、中距離を活かした攻撃が加わる事によって繰り出す電撃戦で一気にケリをつける。これが現時点で考えられるやり方だった。

 

 

「後はその攻撃をどうるのかだろ?これまで戦ってあれだけのダメージなら、どうするのかが先決だろうが」

 

「まぁ、その通りなんだが……」

 

「あの……それなら援護射撃を絡めたらどうですか?」

 

 打開策が見つからないままの攻撃は精神を摩耗させていく。少なくともこれまでのやり方が通用しないのであれば新たな戦術を構築するのは当然の事だった。

 そんな中で北斗の言葉に誰もが注目する。分かってはいたものの、その前提が無いからこそ今に至っていた。

 

 

「それは……まぁ、何だ。北斗、やってくれるのか?」

 

「背に腹は代えられませんから。やれるだけの事は必要かと」

 

 普段のブラッドであればこうまで畏まる事はない。ブラッドは元々ジュリウスが言う様にどこか家族の様な雰囲気はある。だからこそ気軽に言える雰囲気はあるが、このクレイドルの中ではどうしても恐縮していた。

 この場に居る全員が事実上の最高戦力。ブラッドアーツこそ無いが、その卓越した技術と攻撃力は北斗が知る中では最高峰だった。

 元々旧第一部隊である事も影響しているのかもしれない。だからこそ今の状況を打開する為にと北斗は口を開いていた。

 

 

「そうだな。何時までもエイジにおんぶに抱っこはみっともないしな」

 

 通信機越しでも、今のリンドウの言葉はどんな表情を浮かべているのは見るまでもなかった。

 現時点ではエイジを中心に狼と対峙している。少なくともこの戦闘が始まってからエイジは一度も集中力を切らした事は無かった。

 実際にゴッドイーターと言えど精神までは強化されていない。永遠とも取れる戦闘の中でも未だ集中力が続くのは見事だった。

 勿論リンドウだけでなくソーマもまた理解している。苦手だからと言う前に何かしらの打開策を打ち出すのはある意味当然の事だった。

 

 

「射線の事もあるから、北斗と俺は交差する感じでやる。で、ソーマは……」

 

「俺のやれる事をやるだけだ。状況は分かってる」

 

「って事だ」

 

 狼との距離を一定上に保つエイジを見ながらリンドウとソーマは行動を開始している。北斗もまた、リンドウの移動先を予測しながら行動を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の状況はどうなてるんですか?」

 

《まだ交戦中です。エイジさんが牽制しながらアラガミと交戦中です。ですが、状況的には良いとは言えませんね》

 

「ヒバリさん。到着まであとどれ位ですか?」

 

 ヘリで移動しながらもアリサだけでなく、コウタもまた情報を確認していた。

 画像が無い為にほとんどは推測ではあったものの、これまでの戦闘経験から現状は何となく理解していた。

 移動の際にも幾つかの数字を見るが、大きく変動する事は無かった。

 

 これまでの可能性を考えるとエイジが牽制をしながらリンドウ達が攻撃をする方針は既に周知の事実。本当の事を言えばアリサもそれに関しては何も言う事は無かった。

 問題なのは、あの当時と同じだった場合、その結末もまた同じになる可能性だった。

 今の神機は完全に封印されいてる為に強引にでも発動する事は無い。命の面だけで言えば、脅威は何も無いのと同じだった。

 

 厄介なのはそれ以外の点。囮よりも厄介なのは日没による視界不良の可能性だった。

 これまでに夜戦の経験が無い訳では無い。視界不良とは言え、幾度となく戦っているが、あれはあくまでもデータがあるからこその対応。新種に関してはこれまでに一度も無いと言っても過言ではなかった。

 完全に闇夜ではないが、天候はそれ程良い訳では無い。月明りすら無いままの戦闘がどれ程危険なのかは言うまでも無かった。

 

 

《そろそろ有視界で確認出来る距離になります。厳しいとは思いますがお願いします》

 

「分かりました」

 

「アリサ、見えてきたぞ」

 

 ヒバリの通信が切れる間際、交戦中と思われる場所に近づきつつあった。

 ここまで来れば後はやれる事をやるだけ。アリサだけでなくコウタもまた表情は徐々に険しさを出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は良いぜ」

 

「了解です」

 

 エイジの耳朶に飛び込んだのはリンドウの短い言葉だった。

 これまでの経緯は戦闘をしながらでも通信機越しに聞いている為に打ち合わせをする必要はなかった。

 既に準備を終えたからなのか、リンドウだけでなく北斗もまた銃口を特定の場所に向けている。今のエイジに求められるのはその場所までの誘導だった。

 全身を間断なく動かすアラガミの方向性をゆっくりと誘導する。ここまでの一連の流れは完全にエイジの手の内だった。

 

 これまでに築き上げた戦闘経験は伊達ではない。幾ら個体差がろうとも、アラガミの基本的な特性に大きな違いは無かった。

 本来でればこの事実を榊に伝えれば、確実に何らかの研究を始める事は間違い無い。

 しかし、この経験則はあくまでもエイジの主観であって客観性は皆無。内容に関してはエイジも理解しているが、やはり推測の域を出ない物を態々言う必要は無いと考えていた。

 そんな経験則から導き出された誘導は新種と言えども同じ反応だった。

 これまで手強いと感じた人間が徐々にその行動に綻びが出た場合、確実に待っているのは追撃だった。

 長時間の戦闘はアラガミにとっても脅威の対象となりやすい。どちらが狩られる側なのかを示すのにこれほど分かり易い物はなかった。

 だからこそ、誘導の為に少しづつ毒を浴びせるかの様に動きを緩慢にしていく。

 ギリギリの攻防を繰り返した獲物に問題を抱えるとなればその結果はある意味では当然だった。

 気が付かれない様に狼を誘導する。あと3歩下がれは待っているのは2人からの一斉射撃だった。

 

 

「今だ!」

 

 リンドウの声に北斗もまたオラクルが尽きるかの如く引鉄を引いていた。一方方向ではなく交差する射撃の為に回避すべき場所は限られてくる。

 目の前のエイジと対峙しながら被弾するのは愚策だからと狼は大きく後方へと跳躍を開始していた。

 

 

「飛んで火にいる……か」

 

 狼が跳躍した先に居たのはソーマだった。イーブルワンの鋸状の刃は明らかに腰部を狙っている。

 ここが一つの転換点。当然ながら狼もまたその攻撃を甘んじて受けるつもりはなかった。

 空中で身を捩り、少しでも方向転換を図る。直撃よりはマシだと判断した結果だった。

 予想地点よりも外れた為に鋸状の刃は掠めるだけに留まる。ここからは一気に追撃をしようとした瞬間だった。

 

 

「ッ、ソーマ!」

 

 エイジの叫び声はソーマには届かなかった。

 狼は着地した瞬間、掠めた刃を気にする事なく再度跳躍する。ここからは反撃をされるはずだと思った瞬間、大気は予想外に震えていた。

 

 

「エイジ!」

 

「エイジさん!」

 

 狼の形状をしている以上、一つだけ可能性はあった。

 しかし、これまでのアラガミの事を考えれば、その行為はそれ程気になる可能性が低いと誰もが無意識の内に考えていた。だからこそ、狼の至近距離に居たソーマは直撃している。

 狼が放ったのは、音響攻撃とも取れる咆哮だった。音の塊が至近距離にいたソーマを直撃した事によって無防備に受ける。

 ソーマは通常のゴッドイーターととは違い、聴力は常人以上となっている。その結果、エイジ達よりも激しい結果をもたらしていた。

 一瞬だけ飛ぶ視界。三半規管もまた麻痺したからなのか、意識の回復が遅れていた。

 元々反撃をする為だったからなのか、狼は巨大な牙を隠す事無くソーマへと向ける。誰もがソーマの事を心配したと思われた瞬間だった。

 

 

「ソーマぁあああ!」

 

 狼の事実上の突進に対抗すべく飛び出したのはエイジだった。

 既に盾を展開しているからなのか、その目的は考えるまでもない。

 しかしながらこの状況での防御はある意味では危険も孕んでいた。ラージシールドではなくスモールシールド。それとアラガミの体躯は巨大な質量体となっている為に、完全に勢いを遮断する事は不可能だった。

 牙で止めを刺す前に、前足によって衝撃を与える。既に狼の前足は完全にソーマを狙っていた。

 

 重い一撃の直撃を防ぐ事が出来たのは僥倖だった。

 鋭い爪で攻撃を受ければ無事である可能性は低い。だからこそエイジは半ば無意識の内に飛び出していた。

 ソーマに迫る爪は死神の一撃。幾らソーマと言えど、無事で済むとは思えなかった。

 だからこそ、後先を考えない行動に出る。そのツケがエイジを脅かしていた。

 一撃目を防いだまでは良かったが、次の攻撃には無防備となっている。

 本来のエイジであれば当然読んでいたはずの行動。想定外の窮地によってその事実は完全に消え去っていた。

 完全に一方向からに集中した為に次の攻撃にま間に合わない。エイジはそのまま狼の一撃を受ける以外の選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタ!援護して下さい!」

 

「どうしたんだよアリサ!」

 

「良いからさっさとやりなさい!」

 

「お、おう………」

 

 アリサの行動にコウタはそれ以上は無駄だと悟ったのか、反論する事無くアリサの指示に従っていた。

 詳しい事は分からないが、アリサがああまで動揺するのは最近では早々無かった。

 時間を惜しむかの様にアリサは降下の準備を開始する。扉を開けた事によってスカートのすそがはためくが、アリサはそんな事すら気にする事無く一気に降下する。

 その後にコウタの目に飛び込んで来たのは吹き飛ばされたエイジの姿だった。

 

 

「ヒバリさん。エイジのバイタルは!」

 

《今の所はギリギリですが大丈夫です。ですが、このままだと危険な事に変わりありません》

 

「って事はまだ無事って事だな」

 

《はい。一刻も早くお願いします》

 

 コウタの問いにヒバリの声も僅かに動揺が走っていた。

 どんな状況なのかは分からないが、戦線が崩壊すればどうなるのかは考えるまでも無かった。

 それと同時に負傷者にエイジの名が入れば確実に士気は下がる。只でさえ時間にも余裕が無い中での情報は最悪の一手だった。

 だからこそ、アリサはコウタに指示を飛ばすと同時に行動を開始している。それを悟ったからなのか、コウタもまた直ぐに降下を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗!フォロー頼む!」

 

「了解!」

 

 2人が弾き飛んだ光景を、リンドウは見た瞬間に駆け出していた。

 金色の狼の一撃がどれ程の物かは大よそながらに想像出来る。双眸に映るのは意識が半ば飛んでいる様に見える白い制服。エイジだけでなく、ソーマもまたその衝撃を殺しけれなかった為に一緒になっていた。

 本来であれば衝撃をそのまま受ける為に、肉体は強化されていても飛散する。しかしリンドウの視界に映るそれはそんな事は無かった。

 攻撃を受ける瞬間に衝撃を逃がす為に脱力したからなのか、それとも無意識の内に後方に飛んだからなのか、見た目にも損傷している様には見えなかった。

 だからと言って完全に無事である保証はどこにも無い。リンドウが駆け出したのは追撃をさせない為だった。

 疾駆するも距離的にはまだ足りない。むしろエイジ達からの距離はまだ狼に分があった。このままでは最悪の展開になり兼ねない。リンドウは走りながらも嫌な予感だけが過っていた。

 

 

「リンドウさん!」

 

 北斗もまたリンドウ同様に焦りを持っていた。

 ブラッドとしての経験はするが、厳しい戦いに関してはクレイドル程経験した訳では無い。

 ましてやリンドウに至ってはベテランの領域。だからこそリンドウの声に応じはしたが、それでも一歩動くのが遅かった。

 改めて牽制の為に銃口を狼へと向ける。倒す為では無く牽制だからこそ、そのまま引鉄を引くだけだった。

 

 適当な方向に向けて狙いを定める。本来であればそのまま人差し指は引鉄を引くが、上空からの気配にそれ以上動く事は無かった。

 天より降り注ぐかの様に緑の光弾がエイジとソーマに向けられたと思った瞬間、金色の狼の頭上には幾つもの銃弾が降り注いでいた。

 止めを刺す訳では無く牽制に近いからなのか、リンドウもまた直前で強引に停止する。本来であれば苦々しい表情を浮かべる事になるが、リンドウの表情からはそれらが一切感じられなかった。

 

 

「おう!」

 

 雨霰と言わんばかりに銃弾の雨が降り注ぐ。数多の銃撃を受けたからなのか、金色の狼の動きは僅かながらに封じ込まれていた。

 決定的な隙を逃すほどリンドウは甘くない。全力で2人の下へと駆けると同時に上空からの攻撃の意味を理解していた。

 

 

 

 

 

「エイジ、大丈夫か?」

 

「ええ。何とかですが」

 

「そうか。アリサ達が援軍で来ている。このまま一気に決着をつけるぞ」

 

 リンドウの短い言葉にエイジだけでなく、ソーマもまた理解していた。

 咆哮によって一端は中断したが、先程の攻撃はある意味では理想だった。

 銃撃によって動きを封じ込め、一気に最大火力で決着をつける。問題もまたアリサとコウタが来たことによって解消されていた。

 突如として訪れた好機は、ある意味では最後の攻撃になる可能性があった。

 

 

「もう時間も無いですからね。一気にやりましょう」

 

 既に太陽は完全に沈みきっていた。

 今残っているのは太陽の残滓。それもまた数分後にはその存在すら感じられない程だった。

 どれ程時間が残されているのか分からない。今出来る事が何なのかを全員が理解しているからなのか、意思統一は滞りなく進んでいた。

 

 

 

 

 

 

「基本はさっきと同じだ。ただ二度目だから警戒してる可能性は高いぞ」

 

 リンドウの言葉に誰もが改めて確認をする。

 先程と同じ攻撃が通用しない事は間違い。しかし、今回はアリサとコウタが加わった事によって射線が増える。警戒しながらも金色の狼の包囲網は完成していた。

 誰かが合図した訳ではない。まるでその姿が溶けるかの様にエイジは漆黒の刃を構え、その場から消え去っていた。

 

 

「気を抜くな!」

 

 エイジは姿が消えたと思った瞬間、狼の眼前まで迫っていた。

 闇の中で戦うことが出来るのはアラガミだけではない。エイジもまたこれまでのデータを完全には把握した事によって動きの予測を可能としている。

 

 決戦は唐突に始まっていた。

 漆黒の刃が向かった先にあるのは、これまで幾度となく苦しめられた前足。一振りで何もかもを切断する爪を真っ先に排除する事だった。

 光を纏うことなく漆黒の刃が斬りつける。一度懐に入ればそこは完全にエイジの間合いだった。

 近寄る事を嫌がるからなのか、狼は右の前足を横に薙ぐ。ソーマを護る為に受けた攻撃は今のエイジにとってはそれほど苦にはならなかった。

 大気の揺れを肌で感じ、ギリギリの間合いで回避する。

 痛烈な攻撃をするでのはなく、最初から目的が前足だったからなのか、僅かに疾る剣閃は赤をまき散らしながら足の部分を斬り飛ばしていた。

 追撃する事無くその場から瞬時に退避する。待っていたのは3人による一斉射撃だった。

 

 

「来るぞ!」

 

 3人による一斉射撃によて金色の狼は再度咆哮を吐こうとする。それが何を意味するのかを察知したからなのか、そこからのリンドウの動きは迅速だった。

 エイジから渡されたスタングレネードが狼の眼前で炸裂する。白い闇が完全に太陽が沈んだ事で出来た夕闇を取り払っていた。

 

 

 


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