飛び立つ妖精を、僕は友達と呼んだんだ   作:テフロン

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正論と正論がぶつかる。
どちらも正しいように思える。
こういう意見のぶつかり合いを見ていると、やっぱり殺傷力のある方が勝つんだろうなと漠然と思う。きっとそれは、間違いでも何でもなく真理なのだとも思う。



第3話 ぶつけ合う景色を、色づいていると言った。

 ニコニコした顔で僕の隣でカレーを食べていた龍驤さんはもうここにはいない。

 食べ過ぎて机に突っ伏していた龍驤さんはもうここにはいない。

 龍驤さんがいた隣に目をやってみる。僕の隣には大きな空間が空いている。

 そして、通路となっている空間では総勢4名の艦娘が重い空気を共有していた。

 若干目が怖くなった龍驤さんの視線が叢雲さんに注がれている。

 目の前にある3人分のカレーを残して、僕と赤城さんは視線を交わすとそっと息を吐いた。

 喧嘩が始まる。空気がそう言っている。

 ピリピリとした雰囲気が発言するように、未来の行く末を明示していた。

 

 

「今、なんて言った? もう一度言うてみい?」

「ふ、ふんっ! 何を言われようとも私は謝らないわ! 私は何も間違ったことは言っていないもの!」

「間違っている、間違っていないちゅー話やない!」

「だったら何なのよ!?」

「叢雲、あんたが侮辱したのはこの鎮守府で働いている相手だってことや! どことも知らないやつじゃない! 仲間に向ける言葉じゃないってゆーてんのや! 深海棲艦との戦いで頭のネジでも飛んだか? 自分が今なんて言ったか思い返してみ? それは明らかな侮辱やで?」

「頭のネジが飛んでいるのはあんたの方でしょ!? こんな男のところに入り浸っちゃって―――正直言って気持ち悪いのよ!」

「なんやて!?」

 

 

 龍驤さんの顔が怒りの色に染まっている。普段なら見せないような顔になっている―――眉間にしわを寄せてがんを飛ばしている。

 相対する叢雲さんの表情も同じような顔になっている。気が強い二人はお互いに退く様子を見せない。怒って、イライラして、自分の我を通そうとしている。

 

 

「ちょっと叢雲ちゃん、それ以上は……」

「吹雪、止めないで! 今はこの分からず屋と話しているのよ!」

「分からず屋はどっちや!!」

(この話はそんなに譲れないことなのかな? 指揮系統に関わるのは分かるけど……)

 

 

 内容は僕が中心になっているようだが、正直―――あんまり興味がない話だった。僕のことがどう思われているかなんて、そんなもの余り気にしていなかったからだ。

 気にしても仕方がないというか、意味がないというか、考えても無駄だと思っていた。

 龍驤さんの言い分は、仲間の一人なんだから仲間として扱ってやれというもの。

 叢雲さんの言い分は分からないけど多分、提督にもっと気を遣ってやれと言っているのだろう。

 別にどっちでもいいような気がする。

 別にどうでもいいような気がする。

 こう思うのはきっと僕という存在が本来鎮守府にあるものではないからそう思うのだろう。どこの鎮守府にもきっと妖精と話ができる者がいないからそう思うのだろう。いないというのは単なる予測、予想だけど、きっと間違っていないはずだ。

 だから、僕はここ―――鎮守府にいられるのだから。

 そんな特殊性の塊の僕をどう思うかは千差万別のはずである。僕という存在がいることで善いことが起こることもあれば、悪いことも起こる可能性がある。そのメリットとデメリットは見る人によって配分が違っている。

 妖精を相手にしている僕。

 深海棲艦を相手にしている艦娘。

 艦娘を相手にしている提督。

 見えているものは、みんな違っている。

 もちろん、好かれていたいとは思う。

 誰も嫌いでいて欲しいなんて思ったりはしない。

 でも、全部が全部自分を愛してくれるなんてそんな思い上がりをするつもりはなかった。

 地球上の生物全てが自分を好んでくれているなんて考えるのは無理があった。

 つまるところ、どっちでもいいんだ。

 好きでいてくれる人と同じだけ、嫌いでいてくれる人がいる。

 合う、合わないはあるけれど、それが個性っていうものだろう。

 ただ、話をする機会が少なかったのは事実かな。僕の妖精管理部という仕事上、艦載機に乗っている妖精を相手にすることが多いから空母以外の―――駆逐、軽巡、重巡、雷巡、戦艦の艦娘たちとはコミュニケーションをとる機会がなかったのだから。すり合わせをしてこなかったのは僕の職務怠慢だろう。こうして食事をしに外に出ることもしてこなかったのだから。噂の真偽を問い正すこともしてこなかったのだから。

 今度からは、もうちょっと外に出よう。

 外に出て、コミュニケーションを取ろう。

 隣で起きている喧嘩を見ていて、僕はそう思った。

 

 

「キミも何か言ったらどうなん!?」

 

 

 おっと、考え事をしていたら急に話を振られた。

 

 

「そうだね、誰かカレーを一緒に食べてくれる人はいないかな? 見ての通りいっぱいいっぱいでさ。食べないともったいないし、手伝ってくれるとありがたいんだけど」

「そうそう、今カレーに負けて絶体絶命のピンチなんよ……ってちゃうちゃう! そうやない! 何言うとるん!?」 

 

 

 鋭いノリツッコミと共に頭を小突かれる。

 普段なら龍驤さんの身長が低いから頭を下げなきゃ届かないのでわざわざ頭を下げているんだけど、今日は座っているから普通に叩かれた。

 龍驤さんに視線を向けると、プンすか怒っている表情が視界に映る。怒っている顔をしているけど、目が笑っている。優しい目をしている。いつもの龍驤さんの調子に戻ってきた気がした。

 入り浸っているなんて言われるぐらいに毎日のように来てくれる龍驤さんの調子はいつもこんな感じだ。何かに突き動かされるようにいつも元気で、ころころと表情を変えて笑っているイメージ。元気娘―――そういう表現がよく似合っている。

 

 

「いや、これで正しいでしょ。今言うべき言葉はこれで間違っていないはずだよ。他に何を言うの? 僕には思い当たらないよ」

「このアホ!! 今の流れでそんなボケはいらんわ!!」

「むしろボケたのは龍驤さんの方じゃない?」

「この流れでウチがボケるかい! 今、真面目な話をしてるんや! なんでキミはいつもそうなん!?」

「龍驤さんもいつも通りだよ? ものすごく楽しそう。口角が上がっているよ?」

「な、なんやって!? ちょっち待ってな……」

 

 

 そういって、頬をペタペタと触る龍驤さん。

 そして、しばらくすると信じられないといった顔を僕に向けた。

 

 

「ほ、ほんまや……アカン! この流れはアカンやつや!! このままはしゃいで終わって、そんで帰ってから後悔するパターンや!! ふぇぇ……こりゃマズいでぇ……」

 

 

 龍驤さんがツインテールを振り回して頭を抱える。

 こんなやりとりをいつもやってきた。いつもこんなやり取りだった。これまでも龍驤さんから妖精管理部が良く思われていないことを聞いていた時、大体こんな感じだった。僕自身があんまり気にしていないからかもしれないけど、流して流して受け止めて冗談交じりにいつも会話を終わらせていた。

 いつものやり取りに空気が少しだけ柔らかくなる。

 ふざけたような雰囲気が世界を軽くした。

 ふざけた雰囲気が完全に重い空気を取り払った。

 

 

「ほらほら、しっかりしないと」

「せやな! こういうときにこそしっかりせんと!」

「そんなしっかり者の龍驤さんの頭を撫でてあげよう」

「わーい! 褒めて褒めてー! って、あっかーん!! そうやない!」

 

 

 その時、僕と龍驤さんとのやり取りを見ていた駆逐艦の2人の顔に笑みが浮かんだ。

 

 

「ふふふ。そのカレー、僕が食べてもいいかな?」

「わ、私も手伝います!」

「時雨、吹雪!?」

 

 

 叢雲さんは二人の言葉に驚愕しているけど、僕からすれば願ってもない申し出だ。目の前の敵―――カレーを何とかできれば当面余裕ができる。

 今の流れを大事にしたい。僕は、勢いづけるように再びお願いを申し出た。

 

 

「二人ともぜひとも手伝ってよ。料金は僕が払うからさ」

「それじゃあ、叢雲ちゃんも!」

「ちょ、ちょっと! 私は食べるなんて一言も!」

「いいじゃないか。間宮さんのカレーはおいしいよ」

「ああもう! そんなに強く腕を掴むのは止めなさい! 食べればいいんでしょ食べれば! あんた、せいぜい二人に感謝しなさいよ」

 

 

 もともと龍驤さんが座っていた場所に次々と流れ込むように駆逐艦の3人が座り始める。

 叢雲さんの動きを完全に押さえつける様に吹雪さんと時雨さんが両側から腕を掴んでいる。叢雲さんは逃げることができないと悟ったのか、おとなしく座席に座った。座っている並び的には、左から僕、吹雪、叢雲、時雨の順番である。

 残っているカレーの量はちょうど3人分程度だ。きっと食べきることができるだろう。

 3人はそれぞれにスプーンを間宮さんからもらうと次々と手を付け始めた。

 

 

「あ、あの! 妖精管理部ってどんな仕事をしている部署なのですか?」

「一度艦娘が集められて提督から説明があったけど、よく分からなかったんだよね。他じゃ聞かない部署だしね」

「そうなんです。いきなり新しい部署ができるって、それも妖精さんを相手にした部署って聞いて興味はあったんですけど、なんだか複雑で……ごめんなさい、こんなこと言われても困りますよね……」

 

 

 吹雪さんと、時雨さんがまくしたてる様に話しかけてきた。

 提督さんが説明してくれたときには、僕はいなかったんだっけ。

 なんでも混乱を避けるためとは言われていたけど、あの時直接出ていればもう少し艦娘との関係も上手く回ったような気がする。あくまでも想像でしかないけど、もちろん悪くなっていた可能性もあるけど、今のようにはならなかったのは間違いないだろう。

 

 

「いいよ。聞きたいことがあったら何でも聞いて。答えられることなら答えるからさ」

「だったら僕から一つあるんだけど、いいかな?」

「どうぞ」

「なんで妖精の声が聞こえるのかな?」

「おっと、いきなり答えられない質問が来たね。さすがというべきかな。鋭い質問するよね」

 

 

 なんで妖精の声が聞こえるのか。時雨さんからの質問は答えるのが酷く難しい。

 この質問は例えて言うならば、なぜ貴方は目がいいのですかという問いに似ている。なぜ遠くまで見えるのかと問われても、見えるものは見えるとしか答えようがないのと同じようなものだ。

 どこかでスイッチが切り替わるみたいにきっかけがあって聞こえるようになったのならば原因も特定しやすいだろうけど、残念ながらそんなものがあった記憶は全くなかった。

 出会ったその時、何を言っているのか理解できたのだ。

 気持ちが飛んできているのが分かったのだ。

 

 

「そうだね、僕もよく分からないんだ。どうにもこっちの言語は理解しているみたいだから一方的には伝えられるんだけど、妖精の言葉って特殊っていうか―――もはやテレパシーで話している気になっている」

「なによそれ、何も分からないのと大差ないじゃない」

「そうなんだよ。僕は何も分かっていないんだ。妖精のことも、話をしてそれほど長いわけじゃないからよく分かっていない。ただ、個性があってみんな生きているんだなって思うだけ」

 

 

 最初文句たらたらだった叢雲さんも会話に参加しながらカレーを頬張っている。

 こうして話していると、口に出していると余計に自分の無知さを思い知る。自分がいかに妖精のことを何も知らないかということを。自分のことを何も知らないということを。

 今度前田君に聞いてみようかな。

 妖精から見た―――僕の見え方というのがどういうものなのか、興味が出てきた。

 

 

「龍驤さん、こちらに座ったらどうですか?」

「そやね……」

 

 

 力と元気を失った体がのっそりと赤城さんの隣に移る。

 体面にいる赤城さんが綺麗な姿勢をして座っているから猫背になっている龍驤さんが余計に疲れているように見えた。

 

 

「落ち込んでいるのですか?」

「そんなんやない。ただ、やっぱり分かってもらえんのかって悲しくなっただけや……」

「分からないもの、見えないもの、話せないものを理解してもらうのは難しいことですから。耳に聞こえない人に音の素晴らしさを伝えるぐらい難しいことです」

「不憫や。ウチら空母は使役する側だからよく分かるが、それがどうやったって伝えられん。ほんま……みんな妖精の声が聞こえたらなぁ……」

「そうですね。聞こえていたらこれほど拗れることもなかったのでしょうけど、そうなったら彼がここに来ることはありませんでしたよ?」

「それはそれで嫌やんなー」

 

 

 対面の空母組もそれはそれで楽しそうに話をしていたように思う。終始穏やかな雰囲気というわけにはいかなかったが、幕が下りるときには険悪な空気は何も残っていなかった。

 そして、目の前にあるカレーの皿の上にも何も残っていなかった。

 駆逐艦3隻がワイワイと一皿のカレーを胃に収めるまで時間はかからなかった。ちょくちょく話をしながら食べたつもりだったけど、数十分、いや数分の間に皿は空となった。

 僕は、目の前の壁がなくなったお礼を駆逐艦のみんなに告げた。

 

 

「ありがとうございました。これで気兼ねなく戻ることができます」

「いえいえ、こちらこそご馳走様でした! とっても楽しかったです!」

「ご馳走様。また今度、一緒に食事できるといいね」

「ふ、ふんっ! 変なことしたら酸素魚雷を喰らわせてやるから覚悟していなさいよ!」

 

 

 僕のお礼に3者三様の言葉が帰ってきた。

 みんなバラバラで、みんな一緒で、ここに生きていることを実感させてくれる。

 

 

「またまた、叢雲ちゃんはそんなこと言ってー」

「そうそう、食べている間楽しそうにしていたじゃないか」

「してない! それはあくまでカレーがおいしかったからで」

「はいっ、分かっています!」

「吹雪、あんた絶対に分かってないでしょ!?」

「行こうか。次の演習が始まるよ」

「だから腕を掴むなって言ってるじゃない! 一人で歩けるわ!」

 

 

 時雨が席を立って吹雪が立ち上がって叢雲の腕を掴み連行しようとしたが、今度は振り払うように両者の手を吹き飛ばした。

 そして、そのまま去っていくと思っていた叢雲さんが目の前まで近づいてくる。なんだろうか。何か用事でもあるのだろうか。表情を見ても何も読み取れない。常に怒っているように見えるその顔は、来た時と何も変わっていなかった。

 

 

「なにかな?」

「あんた、今日夕方から夜にかけての時間にそっちに行くから妖精管理部で待っていなさいよ」

「それは構わないけど……」

「なんや、逢引か? 手の早いやつやな。さっきまでの言動が信じられんわ……」

「叢雲ちゃん、やっぱり仲良くやりたいんですね!」

「ふふふ、やっぱり気に入っているんじゃないか」

「ちがーう!! 二人とも誤解よ!」

「はいはい、行きましょーね」

「これ以上遅れたら遅刻確定だよ」

 

 

 今度こそ引きずられながら叢雲さんが連れていかれる。バタつきながらも吹雪と時雨が笑って引きずっている光景は、とても深海棲艦から海を守るために戦っている艦娘には見えなかった。

 みんな生きている。

 妖精だって。

 艦娘だって。

 人間だって。

 生きて、活きて、いきている。

 そんな世界が何だか好きになった気がした。

 

 

「はははっ、面白いなぁ。みんな楽しそうで何よりだ」

「お、今の笑顔は百点やな。キミもそんな風に笑えるんやね」

「はい、今までで一番自然な笑顔だったと思います」

「そうかな?」

「ええ、間違いなく」

 

 

 なんでだろうか。

 二人からそういわれて、さらに笑みが深まった気がした。




次回更新は、あらすじでも書いたように未定です。
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