それは、人だけじゃなくて艦娘においても同じだ。
善いこと、悪いこと、両者の境はいつだってその人の判断基準で決められている。
妖精管理部という部署がどう見えているのかなんて実際のところ分からないのだ。善いのか悪いのか分からない。ある人にとっては、赤色かもしれない。黄色なのかもしれない。青色なのかもしれない。僕には分からない色がきっと各々見えているのだろう。十人十色の色に染まっているのだろう。
妖精管理部―――僕にはこの部署が無色に見えていた。
「初めまして、お会いするのは初めてですよね?」
「はい、初めてですよ。僕はまだここには来たことがないので」
「間宮さん、こちらは妖精管理部の……」
「ああ、あの新しくできた部署ですか。艦娘の間で話題になっていましたよ。謎の部署ができたって」
「部署といっても僕だけしかいないんですけどね。ちなみに、どんなふうに話されているのでしょうか?」
「それは……」
「言い難いのなら別に言わなくてもいいですよ。何となく分かります。そこらへんは
僕の部署が艦娘たちからどんなふうに思われているかは知っている。
どうしてそんなふうに思われているのかも何となく理解できる。
言うなれば―――よく分からないもの、余計なもの、邪魔なものだという認識だ。
赤城さんの鋭い視線が向けられる。
「間宮さんを困らせないでください。ご飯に影響が出たらどうするのですか?」
「それはすみません。ご飯に影響が出るのかどうかはおいといて、確かに間宮さんに迷惑をかけるのは筋違いでした。それでは、昼食のオーダーいいですか?」
「はい」
「いつものを」
「赤城さんはいつものですね、承りました」
いつものとは、何なのだろうか。赤城さんはいつもここを利用しているからそれで通るのか。
僕は、何を頼もうか。初めて一緒にご飯を食べるのに食べる料理が違うというのは、どうにも協調性がないと思われてしまうかもしれない。料理の味についての話ができない可能性もあるから同じものを選んだ方がいいだろう。
「いつもの? それじゃあ私も、そのいつものというのを」
「え、本気ですか? いつものでいいのですか?」
「そんな反応されると怖くなるのですが……食べ物なんですよね?」
「ええ、一応食べ物ですけど……」
「だったらそれでお願いします」
ボーキサイトとか鉄鋼とか持ってこられると食べられないけど、一応食べ物だと言っていることから、さすがに人間の食べられないものが運ばれてくるということもないだろう。
とてつもなく辛いものが出てきたり?
だとしたら辛い物に耐性のある僕としては、特に問題視することもない。
「間宮さんの作った料理はとてもおいしいのですよ。私は、毎日ここで食べています」
「赤城さんがそこまで言うってことは、期待大ですね。楽しみです」
嬉しそうに、楽しそうにいう赤城さんの表情を見ていると、こっちまで嬉しくなりそうだった。赤城さんと一緒に食事をとった経験がないから知らないけれど、そもそも食べることが好きなのかもしれない。それでも、ここでいつも食べているということから間宮さんの作る料理のクオリティの高さが窺い知ることができた。
期待は大きい。だけど、どうしても周りの閑散とした席が目立っている。
そこまでおいしいというからには艦娘の人たちの間でも人気だろうけど、何でこんなに少ないのだろうか。
「それにしても今の時間帯は人がいないのですね」
「少しだけ早く来ましたから。それに、護衛艦をしてくれた駆逐艦と軽巡洋艦の子達は中破してしまった子たちが多かったので現在入渠中です。後は遠征に出かけている子達が数名います」
「そうだったのですか。でも、ここの鎮守府にいる艦娘はそれだけではないんですよね?」
「この鎮守府には現在32名の艦娘がいます。そのほとんどが駆逐艦です。あの子たちは仲がいいのできっと入渠中の子達と一緒に来るつもりなのではないでしょうか?」
軽巡は川内型の3隻と天龍型の2隻。
重巡が妙高型の足柄と羽黒、そして利根型の利根の3隻。
水上機母艦は千歳の1隻。
軽空母の龍驤、祥鳳、鳳翔の3隻。
正規空母が私。
戦艦が山城の1隻。
残り18名は駆逐艦です。睦月、如月、菊月、長月、吹雪、叢雲、綾波、朧、曙、潮、暁、響、時雨、夕立、朝潮、霰、不知火、黒潮。
「随分といっぱいいるんですね」
「この鎮守府は少ない方です。多いところでは100を超えているところもあります」
「そんなにいっぱいいるんですか―――覚えるのが大変そうですね」
「気にするのはそこなのでしょうか?」
いや、そこでしょう。大は小を兼ねるなんていう言葉があるけど―――上手く扱えなければ宝の持ち腐れだ。
多くなればなるほど人間関係は複雑になる。人数が増えれば増えるほど、一人あたりにかけている時間が少なくなる。
代わりができる存在が多くなればなるほど―――人を雑に使い始める。
大きくなると全体が見えなくなる。
地球の裏側で何が起こっているのか分からないのと同じだ。
そして、近場で言えば―――キッチンで起きていた事実を知らないのと同じである。
「お持ちしました」
「えっ……冗談でしょう?」
「冗談なんかじゃありません。私の“いつもの”とはこれのことです」
これ、見上げるほどあるぞ……目の前の大きなカレーの山に絶句しそうになる。
とてもじゃないが人一人が食べる量ではない。10人分は確実にあるだろう。いや、それ以上かもしれない。
「もちろん残しませんよね?」
「残したら食べてくれますか?」
「……いいでしょう」
「それなら安心です。ありがとうございます、赤城さん」
とても食べられる気はしないが、千里の道も一歩よりだ。食べないと減らない。
一口目をすくって口に入れる。甘い方向に舵を取っているカレーは、口の中で溶け込んで消えた。
うん、おいしいね。個人的にはもう少し辛いカレーの方がいいけど―――これもこれでおいしい。
そういってバクバク食べていると―――すぐに僕のお腹は限界を迎えた。
あ、これは駄目みたいですね。お腹がいっぱいになってきた。
目の前の皿は、まだ四分の一も減っていない。赤城さんの皿はすでに半分を超えて残り数分持つか持たないかというところまで来ている。
一体、どこに入っているんだ。質量がどこに保存されているのかさっぱりだ。お腹が苦しくなるのと並行するように、悪態をつくような気持ちがせりあがってくる。これが上がってきたら、次は吐き気の番だ。
僕にとっての終わりはもうすぐそこまで来ていた。
「く、苦しい……」
「思ったより小食なのですね」
「見たままですよ。というか小食じゃないです。十分食べています」
「そうはみえませんが……だって、全然減っていないですよ?」
そう思うのは自分を基準にしているからだよ、赤城さん。
にしても本当にやばいな。突っ込んでいる場合じゃない。食べ過ぎて気持ち悪くなるところまで来てしまっている。
うんざりしそうになる気持ちを表現するように体をひねって体勢を立て直す。何とか状況を打開しないと。
「あ、前田君……」
その際、出入り口付近で妖精の前田君が見ているのが確認できた。僕を見送った後に気になって様子を見に来たのかもしれない。これは好都合だ。もしかして手伝ってもらえるんじゃないだろうか。
まさか、前田君だけが来ているというわけじゃないだろう。いくら妖精といえど、いくら体が小さいといえど、総勢82名の妖精、みんなで食べればこんなもの一瞬になくなるはずだ。
「前田君……手伝ってくれないか?」
「いやです! 頑張ってください!」
「なんで!?」
「妖精はカレーを食べません。そんなことも分かっていないとは、妖精管理部の職員として失格ですよ?」
「いや、いつも食べているじゃん! おいしそうに食ってるじゃん!」
「それはたまたまです! その時はきっと食べたい気分だったのです。普段は食べないものを食べたい気持ちだったのです」
「だったら食べれるでしょ!?」
「今日は残念ながらそういう気分ではないようです。私の中の神様が食べない方がいいと言っています」
マジでこいついい性格しているな。
にこにこしている前田君に腹が立ってくる。
しょうがない―――僕が食べるしかないか。
気が滅入るような存在感を未だに放っている山盛りのカレーに一振りのスプーンを突き刺す。そして、口に入れようとカレーを運ぶ。
うん、味が分からなくなってきたな。
もう赤城さんに頼んだ方がいいんじゃないだろうか。
本気で赤城さんに食べてもらう方向で思考の舵を切ろうとしたところで、それを遮るように横から声が飛んできた。
「うわぁ―――これはあかんやつやな。えらいこっちゃ。きみぃ、赤城にはめられたん?」
「人聞きの悪いこと言わないでください。私が頼んだわけではありません」
「何言うてんねん! こんなもん頼むやつが他におるかい!」
突っ込みを入れた存在は、僕の顔見知りである。赤城さんと比べると身長がかなり低く、髪型はツインテールで勝気な性格が全面から滲み出ている。ついで喋りは訛りが強くて、僕は聞いたことがないから知らないけど関西弁っぽい印象を受ける喋り方をしている。
これらの特徴を持つ人物、それが―――軽空母である龍驤さんである。
空母としての両者の大きな異なる点は、艦載機の発着艦の違いだ。どういう仕組みでそうなっているのかは分からないが、見させてもらった限りにおいては全然違っていた。
赤城さんは弓道スタイルであり、弓を放つことで艦載機を飛ばしている。
龍驤さんは式神のような人をもじったような紙切れを飛ばすことで艦載機を飛ばしている。
どちらの方法にせよオカルト的な要素を感じるが、見た目での大きな違いはそういうところだろう。艦載機を乗せられる数が違うとかは些細な違いだ。
そして、ここで最も大事なことは、目の前に立ちはだかるカレーの山を消費するための手段がもう一つ増えたことである。
「龍驤さん、いいところに! 一緒に食べてもらえません?」
「キミがどうしてもっていうのなら、食べてやらんこともないけど……」
「お願いします! 龍驤さんの力が必要なんです!」
「そうかそうか! 赤城は手伝ってくれそうにあらへんし、ウチがキミを助けたる! あ、お金は出さへんよ?」
「そりゃ僕が出しますよ」
「おいきた! 任せとき! ウチに任せてもらえれば、正規空母の1隻や2隻分の食料なんてお茶の子さいさいやで!」
頼もしいことを言って僕の隣に座って食べ出す龍驤さん。
こうして横に座られると体の小ささが余計に顕著になる。身長でとやかく言うつもりはないけど、妖精を見ている僕が言うことじゃないと思うけど、こういう子が世界の海を守るために戦っているって本当にどうなっているのだろうと疑問を感じてしまう。
だけど、それもそういう仕組みになっていると言われれば納得せざるを負えない。代替がないのだから―――こうするしかないというのが現状なのだから。
「おぉう、やっぱ何度食っても間宮が作ったカレーはおいしいやんなぁ~! いくらでもいけるでー!」
龍驤さんは、勢いよくバクバクと僕が途中まで食べたカレーを食べていく。おいしそうに食べているのを見るとこっちまで顔がほころびそうになった。
カレーの山の威圧感が心なしか小さくなっている気がする。協力者がいるだけでここまで気持ちが変わるものだろうか。
僕はもうお腹いっぱいのぎりぎりのところだったからほとんど食べられないけど、この調子なら全然大丈夫なはず。
なんていうのは―――ただの幻想だった。
「あかん、舐めとったわ……」
「え、龍驤さん、あれだけ大見得切っておいてそれはないんじゃないですか?」
「あぁー、なんや、その……ウチの頼れる姿っちゅーのを見せたかったっていうか。あんなふうにキミから頼まれたら何とかしたくなるやんか。いつも世話になっているわけやし……」
カレーを僕の前においてぐったりした様子で机に突っ伏す龍驤さん。
「うえぇぇ……」
「出しちゃいけないですよ」
「分かっとるよ。分かっとるけど、これ以上は無理や。あかんやつや。今、人生で一番のピンチかもわからん……キミの手で背中さすってくれへん?」
「そんなことしたら吐いてしまいますよ。口からゲロゲロと出てしまいますよ」
「ちょっちなら大丈夫やって」
なんだその麻薬やタバコみたいな感覚。
絶対大丈夫じゃない。
やばいと思ったらすぐに止めよう。
出したら、間宮さんにも赤城さんにも悪い。
龍驤さんの背中をさすった自分の責任も重い。
「はいはい、これでどうですか~」
「ああーええね。キミの手が温かくてポカポカするわー」
「お腹の調子はどうですか? 良くなりそうですか?」
「背中さすっているだけやのにお腹の調子が良くなるかい。キミがもうちょい続けてくれたら何か起こるかもしれんが、どうなるかは神のみぞ知るっちゅーやつやな」
「だったら止めます」
「あぁ! なんでなん!? これでも頑張った方やろ! 褒めて―な!」
これはもう無理だな。
目の前を見てみれば、赤城さんのカレーはすでに無くなっていた。
よし、赤城さんに頼もう。そうしよう。
「駆逐艦のみなさんが戻ってきましたね」
「…………」
―――間が悪い。そうとしか言いようがなかった。
「あー疲れたわ! あの司令官! もう少しどしっと構えたらどうなのかしら!? ほんとに情けないったらありゃしないわ!」
「叢雲ちゃん、司令官にそんなこと言っちゃいけないよ」
「吹雪、あんたはあいつを甘やかせすぎ!」
「提督はきっと僕たちを心配しているんだよ。だから不安なんじゃないかな?」
「時雨まであいつをかばうの!? そんなんだから空母のみんながあの妖精管理部の男のところに行くのよ! 私たち艦娘は司令官の命令だけを受けるのよ。他のどこの誰とも知らないやつの……」
そこまで話したところでこちらの存在を視認する艦娘たち。
同時に強気で話していた一人が口をぱくぱくさせながら固まる。
赤城さんが静かに佇み。
龍驤さんは机に倒れている。
そして、残り三人分となったカレーが置き去りにされている。
場は―――混沌としていた。
次回更新は、あらすじでも書いたように未定です。
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