インディゴの血   作:ベトナム帽子

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Sechs:人間と深海棲艦-前編

 仮装巡洋艦の任務というと敵国の商船を襲撃、撃沈する――――いわゆる通商破壊というものだ。

 大砲や機銃にシートを被せて隠し、中立国の旗を掲げ、無害な存在として敵船に近づく。十分に近づいたら、大砲や機銃に被せてあったシートを取り、自国の旗を掲げ、敵船の近くの海面に威嚇射撃をし、敵船を停船させる――――その時点で降伏してくれたら、拿捕して敵船の乗組員などを自艦に移乗させて、敵船から暗号表だとか物資だとかを回収する。空になった船は基本的に沈める。自国の基地が近ければ、沈めずに鹵獲船として自国の船にすることもある。もし敵船が通報しようとしたり、停船せず、逃走を図るようなら容赦なく攻撃し、場合によっては撃沈する。

 これが仮装巡洋艦の基本的任務だ。仮装巡洋艦は敵船の物資を捕獲できるので、Uボートの通商破壊に比べ、活動期間を長くできるのが特徴だ。アトランティスは602日もの間、無寄港で通商破壊戦を行い、22隻、144,384トンの船を沈め、その他多数の船を拿捕している。移動距離は161,000km。実に地球4周分の距離である。

 そんな仮装巡洋艦も1943年頃から敵国の哨戒網の強化に伴って、多くが撃沈されるようになり、仮装巡洋艦としての活動は終焉を迎えている。

 仮装巡洋艦は基本、化けて無警戒の船を襲撃、である。

 決して複数の船で編成される船団、それも重巡クラスが護衛に就いているような船団を攻撃するのは仮装巡洋艦の任務ではない。それこそ、ドイッチュラント級だとかシャルンホルスト級といった火力も防御も優れた艦がやれば良いのだ。

 そう、アトランティスは思う。

 深海棲艦が艦娘部隊や航空機がうろうろしている地中海を輸送クラス1体だけで航行させることなんて、ヘラクレス作戦が始まった今、あり得ないことなのだから。

 哨戒させていた艦載機のAr196水上偵察機から敵船団発見の報告があった。編成は輸送クラス5、重巡クラス2、駆逐艦クラス4という具合らしい。移動速度は10ノットで距離は6kmほど。かなり近い。

 艦娘でなかったころなら、私知ーらーない、と無視する。仮装巡洋艦は所詮、商船を改造したものに過ぎない。火力こそ軽巡並みだが、防御力なんて紙同然である。敵うはずもない。

 しかし、艦娘になったらまた違う。敵から物資を捕獲することができないのでバックアップなしの長期間単独行動はできないが、偽装の幅が大きく上がった。前のインディゴ作戦で使った偽装スーツやステルスマントを始め、艤装のカバーや化粧の次第では味方に敵と見間違われるくらいの偽装ができる。これも艦娘が人の姿をしているゆえにできることである。

 今のアトランティスは重巡リ級をモデルにメイクアップしている。といってもリ級のようにビキニ姿ではない。いくら温かい地中海といっても、あの姿ではさすがに寒い。なのでネ級とリ級の合いの子のような姿だ。肌は深海棲艦と同じ不健康そうな青みがかった白を塗ってあり、肌色の箇所はひとつもない。髪は地毛の金色を小さくまとめ、白いカツラを被っている。コンタクトレンズはスカイブルーの色のものを付けている。服装はネ級のように黒いノースリーブのミニワンピースで、腕にリ級のような両手を覆う黒い艤装を取り付けている。中には15cm単装砲、3.7cm連装機関砲、53.3 cm連装魚雷発射管を備えている。

 リ級やル級のように両手を覆う偽装を備えている深海棲艦は戦闘しやすい上、武装をたくさん詰められるので好まれる。逆に嫌われるのがヲ級で、頭のかぶり物が重いと不評である。

 アトランティスは敵船団の未来位置に両手を向け、魚雷発射管からFaTⅡを2本発射した。

 FaTⅡは一定時間経ったらグネグネと蛇行しながら航走する便利な電気魚雷である。命中率は通常魚雷に比べれば高い。

 アトランティスは先に進む魚雷の後を追うようにして、敵船団に近づいていった。

 

 フランス南部、地中海に面する県であるブーシュ=デュ=ローヌ県サロン=ド=プロヴァンス。そこにある第701サロン=ド=プロヴァンス空軍基地ではターボジェットエンジン2基の甲高い音が響いていた。

『リザード1、リザード2、滑走路に進入してください』

 管制灯からの指示でダッソー ミラージュⅢRD 2機が滑走路に進入する。ミラージュⅢRDはミラージュⅢの偵察型ミラージュⅢDの全天候型である。このリザード1、リザード2の垂直尾翼には数字を抱いたトカゲの紋章が描かれていた。

 綺麗にコンクリートで舗装され、中央を示す白線が引かれた滑走路は初夏の太陽光で熱されて、陽炎がゆらゆらと揺れている。2機のミラージュⅢRDはこれから地中海の深海棲艦偵察に赴くのである。イタリア空軍が地中海のかなりの範囲を担当しているといっても、ジブラルタル海峡手前といった肝心の範囲はカバーできていない。ここの部分はフランス空軍がきっちりと偵察し、ジブラルタルを攻略しているイギリス軍と自軍の艦娘に伝えなければならない。

 2機のミラージュⅢRDはエルロンやラダーなどを動かして、不調がないかの最終確認。翼下には落下燃料タンクだけ積んでおり、ミサイルの類いは深海棲艦の航空機相手には役に立たないので積まない。

 先頭のミラージュⅢRDがターボジェットエンジンの回転数を上げる。そしてアフターバーナー点火。赤い炎がエンジンノズルから噴き出す。

 ブレーキリリース。リザード1のミラージュⅢRDが小石ひとつも落ちていない清浄な滑走路を滑るように進み始めた。

 速度はどんどん上がっていく。そして浮いた。勢いを増しながら、リザード1のミラージュⅢRDは飛び立った。

 

 砂の匂いに混じって、硝煙の匂いが鼻についた。砂の匂いはアフリカ大陸の砂漠の砂で、硝煙の匂いはFaTⅡの爆発が原因だ。

 FaTⅡは駆逐艦クラスと輸送艦クラスに命中したらしい。2本の水柱が上がった後、その2体が消えていたらしい。

 アトランティスはここでAr196に軽く爆撃でもさせて敵船団を混乱させてやりたいと思うのだが、残念なことにAr196には爆弾を搭載するだけの余裕がある機体ではない。極東には潜水艦に搭載できるくらい小さく折りたためる水上攻撃機……たしか、サイランだったか? そんな航空機があると聞くが、それが欲しい所だ。ズイウンなんていう性能が高くても折りたためない機体は必要ない。

 アトランティスは敵船団に近づいていく。

 航跡のない魚雷攻撃に慌てふためく敵船団。そんなところに味方の巡洋艦が颯爽登場。やあ、そんなに慌ててどうしたんだい? そうかい、魚雷攻撃か。大変だね。僕も護衛を手伝ってあげよう。そんな筋書きだ。

 深海棲艦もこちらを認めた。重巡クラスの顔がこっちを向く。何か喋ったようにも見えたが、距離が遠くて声は聞こえないし、聞こえたとしても理解できないだろう。

 深海棲艦はアトランティスを味方と認識したらしく、砲撃や雷撃はしなかった。

 馬鹿な奴らめ。アトランティスは内心、嘲笑う。

 深海棲艦は潜水艦を警戒しているのか、敵船団の護衛艦はワ級を円で囲むように広く布陣していた。アトランティスはその一番後ろに付く。

 先頭は駆逐艦ハ級、中央がワ級で、その左右に駆逐艦二級、重巡リ級2体はワ級の後ろ、そのさらに後ろにアトランティスという布陣である。

 こっちとしては攻略しやすい布陣で助かる。

 アトランティスは両腕を上げ、左右のリ級に狙いを付けてから、15cm単装砲の引き金に人差し指を掛けた。そして引き金を引いた。

 15cm砲弾が音速の2倍ほどの速度で砲身から飛び出し、リ級2体の後頭部をぶち抜いた。脳漿やら脳髄やら首根っこの脊髄やら頭蓋骨の欠片やら。リ級2体の頭は粉々になって魚の餌となった。頭を失ったリ級の体は数秒だけ、そのまま航行していたが、すぐに倒れて沈んだ。これもきっと魚の餌になるだろう。

 発砲音でワ級と駆逐艦が振り返った。しかし、アトランティスは反撃する暇は与えない。アトランティスは15cm砲を発射してすぐに、両手に1本ずつ残っていたFaTⅡをワ級の左右にいた二級に向けて放っていた。

 電気魚雷であるFaTⅡは雷跡を残さない。二級は何が起こったか分からないまま、水柱と衝撃波に包まれ、絶命した。

 残りの敵は輸送艦ワ級3体と駆逐艦ハ級1体。ハ級は先頭にいるため、ワ級が影になり、アトランティスの姿は見えない。ハ級が事態を理解し、反撃してくるのは時間がかかる。だから、その間にワ級を始末する。

 アトランティスは15cm単装砲の下、53.3cm連装魚雷発射管の上にある3.7cm連装機関砲をワ級3体に向けて、連射した。相手は防御の弱いワ級である。3.7cmという小さな口径でも十分だ。

 発射される無数の3.7cm砲弾はワ級3体の体に次々と穴を穿っていき、四方八方に蒼い血を迸らせる。

 ワ級2体が完全に絶命したころ、ようやくハ級がアトランティスを敵と認め、ワ級の脇を通り抜けて、アトランティスに砲の照準を合わせようとする。

 遅いって。

 ハ級が砲の照準をアトランティスに合わせた時に、アトランティスはハ級に向けて、15cm砲を放っていた。砲弾はハ級最大の特徴といっても良い大きな眼に命中。砲弾は角膜、水晶体、硝子体や硝子体管、視神経などををぐちゃぐちゃに破壊しながら、ハ級の目を貫通し、体内へと突き進み、爆発した。体の白く柔らかい部分が弾け、所構わず、蒼い血がハ級の体内から外へ噴き出した。ハ級は口をがくがくとさせながら、沈んでいく。

 残ったのはワ級1体だけだった。逃走しようとするがアトランティスは容赦がなかった。15cm砲、3.7cm連装機関砲、両方を連射した。狙いがかなり適当だったおかげで嬲っているような感じになった。

 まず15cm砲弾がワ級の右腕に当たって肩から右腕をもぎ取った。3.7cm砲弾はワ級の体のあちこちに当たって、1発が頭部に当たって左半分を吹っ飛ばした。15cm砲弾が脇腹をかすって、肉を持っていった。3.7cm砲弾が左腕の肘関節に当たって、左腕が千切れた。そしてようやく15cm砲弾が下の丸い部分に命中して、まるで手榴弾が爆発したかのようにバラバラの欠片となって散った。ワ級の体の部分は丸い部分との境界で千切れて飛び、アトランティスの後方20mに着水した。そしてそのまま沈んでいった。

 海の上に残っているのはリ級とネ級の合いの子みたいに変装したアトランティスのみ。海面には深海棲艦の蒼い血や肉片、髪の毛が無数に漂っている。

「ふぅ……」

 アトランティスは一息吐く。インスタントラーメンができる3分にも満たない戦闘だったが、意外と疲れるものである。

 休みたいところだが、さっさと逃げなければならない。通信が途絶したことに気付いて、深海棲艦が調査に航空機を飛ばす可能性があるし、なにより深海棲艦の血と肉の臭いでサメが寄ってくる。敵航空機にしろ、サメにしろ、出くわすと面倒である。

 アトランティスは調査しに来るかもしれない深海棲艦が運良くひっかかるかもしれない、とそこらに機雷を撒いてから、食事や弾薬補給のために一度セーフハウスに戻ることにした。

 大西洋からジブラルタル海峡を抜けたところの地中海西部の海、アルボラン海上空6,000mをリザード1のミラージュⅢRDは飛んでいた。

 ミラージュⅢRDの機首下方には小さな窓がいくつも開いている。ここに撮影カメラがあり、下の様子を撮影するのだ。すでにリザード1は何十枚もジブラルタルの深海棲艦に補給物資を運ぶ船団や増援部隊の様子を撮影していた。

「損傷したやつが多いな。イタリア軍も意外に仕事をするもんだな」

 リザード1こと、フランス空軍パイロットのベルナール・ポミエ中尉はHUDで撮影した写真を見ながら、呟いた。

 ベルナールの言う通り、写真には損傷した深海棲艦が数多くいる増援部隊の写真が数多くあった。中には輸送艦クラスが1隻なのに護衛がたくさんいるような、編成として明らかにおかしい補給部隊の写真もある。

 12年間もアドリア海を守り抜いてきたイタリア海軍の力は伊達じゃないということかね? ベルナールはそう思う。このままいけば、英仏海軍の艦娘達がジブラルタルを抜けるもの時間の問題だろう。今日の朝刊によれば、海の方は一進一退という感じらしいが、陸の方では優勢らしい。アフリカの方からはモロッコ軍とアルジェリア軍が、イベリア半島からはスペイン軍とフランス軍が快進撃を繰り広げているそうなのだ。

 ジブラルタルが落ちるのも遠くはない。

 ベルナールはコックピット脇に貼られた写真を見た。緑青色の綺麗な瞳が特徴の白人女性が写っている。名前はクロエ。クロエはベルナールの妻でヘラクレス作戦が終わったら、休暇を取って、スイスに行こうと約束していた。

 さあ、こんな戦い、早く終わってくれよ。ベルナールはフランスにはない急峻で美しい山々を、その麓に栄える街を歩く自分とクロエの姿を想像しながら、戦闘が早く終わることを願った。


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