インディゴの血   作:ベトナム帽子

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ちょっとした事前解説

Sボート S-320型(オリジナル兵器)
 ドイツ海軍の保有する艦娘輸送艇。主に隠密性が重要になる潜水艦や仮装巡洋艦などの母艦として使用される。
 船体は通常のSボートとほぼ同じであるが、甲板上構造物はステルス性を意識した形状になっており、そのため武装も少なめである。船体後部には艦娘の艤装や装備を保管・整備する所があり、船尾には艦娘を出撃させるための可変式スロープが装備されている。
 武装は38口径8.8㎝低圧砲1門、53.3cm魚雷発射管2門(魚雷4発)を搭載する。8.8㎝低圧砲はステルス性の高い形状の装甲カバーで覆われており、魚雷発射管の発射口も非戦闘時は装甲カバーによって隠蔽される。
 エンジンはガスタービンエンジンとディーゼルエンジン両方を搭載しており、CODOG(コンバインド・ディーゼル・オア・ガスタービン)で運用する。巡航時はディーゼルエンジンでスクリューを回し、戦闘時はガスタービンエンジンでウォータージェット推進する。これにより高い航続性能と速度性能を有している。

ステルスマント
 電波吸収繊維で編んだマント。多少のステルス効果がある。
 カーボン粉を混合したポリウレタン繊維とアラミド繊維で織られている。誘電損失により、電波を吸収するので電波を浴びた場合、熱が発生する。
 絵柄や色は数種類あり、真っ黒、灰色迷彩、海上迷彩、幾何学迷彩といった一般的なものから、深海棲艦に似せた絵柄のものもある。

パンツァーファウスト(具体的な型式はこの作品では表記しない)
 ドイツ軍の使用する携帯式対戦車擲弾発射器。ロケット弾とは異なり、弾体自体に飛翔能力があるわけではないため、その分後方へ噴出される爆炎が少ない。
 今回、アトランティス達が使用するパンツァーファウストはパンツァーファウスト250と似た形状。照準器を立て、安全ピンを抜くことで安全装置が解除される。カウンターマスには塩水が使われている。
 HEAT弾頭の貫通力はRHA(均質圧延鋼装甲)換算で650㎜。HESH弾頭もある。

HEAT弾(成形炸薬弾)
 ろうと状に成形した炸薬を用いた砲弾・弾頭のこと。化学エネルギー弾とも言われる。
 ろうと状に炸薬を成形することで爆圧が1箇所に集中するモンロー効果と、ろうと状の炸薬の内側に金属板を張り、爆破すると金属板はユゴニオ弾性限界を超え、液体化、超音速で前方へ飛び出すノイマン効果を利用している。この液体化した金属板をメタルジェットといい、これが装甲を貫通し、中の搭乗員や機器を破壊する。

HESH弾(粘着榴弾)
 ホプキンソン効果を利用した砲弾のこと。ホプキンソン効果は鋼板や岩石などに爆薬を密着させた状態で爆破した際、その裏側に剥離が生ずる現象のことである。
 HESHの弾頭はプラスチック爆薬などでできており、命中時に弾頭は潰れ、敵の装甲に密着、起爆する。そしてホプキンソン効果で装甲の裏側が剥離、飛散することで中の乗員や機器を破壊する。ちなみにHESHは装甲の内側に鋼製ネットや高分子ライナーなどの内張装甲を付けることによって簡単に無効化される。深海棲艦に対して使用する場合、胴体に直接命中すれば、内蔵をぐちゃぐちゃにしてほぼ確実に撃沈できるが、バリアーで防がれた場合は完全に無効化される。


Zwei:夜の閃光

 イギリス南部の海域。闇夜の水平線に光が灯された。照明弾の光だ。戦闘が開始されたのだろう。水平線の2箇所でぱっ、と光っては消え、またぱっ、と光っては消える。その繰り返しだ。近くで聞くとけたたましい発砲音だが、遠くで聞けばくぐもって夜の鳥が鳴いているようにも聞こえないこともない。

 アトランティスは艤装とステルスマントを付けた状態でSボートS-323の手すりに寄りかかりながら、イギリス海軍と深海棲艦の夜戦を見ていた。夜目には少し悪いのであまり見ない方が良いのだが、戦闘が終わらなければ、自分達は仕事ができないので見る必要がある。しかしSボートの船員が見てアトランティス達に伝えれば良いだけなので実際は見る必要はない。なのにアトランティスが見るのは正直に言って、暇だからだ。

 夜戦というのは端から見ると、照明弾の白い光と発砲炎の光が闇夜にちらつくだけなのだが、これだけでも戦闘推移がある程度わかる。イギリス海軍の方より深海棲艦の方が光の量が減っているようにも見える。どうもイギリス海軍の方が優勢らしい。砲撃できる艦が減っているという証拠だ。

 しばらくすると光は完全に消えた。戦闘が終了したのだろう。鋭い光とくぐもった砲声は消え、波の音と三日月がほのかに照らす夜が帰ってくる。

 Sボートの船員の1人が傍受した英軍無線の内容をメモした紙と小さなペンライトを手に船内から出てきた。当方の損害はネルソン中破、ロドネー損害軽微、ウォースパイト大破、ヴァリアント小破―――――――――――――――船員はメモ用紙を照らしながら、読み上げる。どうも戦艦6隻に巡洋艦5隻、そのたもろもろ14隻の計25隻からなる大艦隊による戦闘だったらしい。それだけの艦娘戦力を出したのなら、深海棲艦側もそれは大きな艦隊だったのだろう。夜戦の光を見る限りではイギリスが優勢。敵に残存艦あり、と報告していることを考えれば、こちらにとっては都合が良い。全滅させていたら出てきた意味がない。

出撃する。そう一言、船員に言い、夜風にマントを翻しながら、アトランティスは後部甲板に歩いて行く。

 すでに駆逐ハ級の姿を模した偽装スーツが準備されていた。スーツと言っても皮膚に密着するような物ではなく、着ぐるみと言った方が正しいかもしれない。コルモランはすでに準備しているらしく、アトランティスは急いで開けられていたハッチから偽装スーツの中に入り、自身の艤装にスーツの電源ケーブルを繋いだ。複数のモニターに「Das System start jetzt.(システム起動中)」の文字が浮かぶ。完全に起動するのは少し時間がかかるので、ヘッドホンと喉頭マイクを付け、有線通信を確認する。

「テス、テス。こちら、アトランティス。コルモラン聞こえる?」

『こちらコルモラン。通信状態良好』

「こちらも良好。こちらアトランティス、S-323聞こえるか?」

『こちら、S-323。通信状態良好』

 システムが完全に起動。スーツ内の4つのモニターが暗視装置越しの緑色の景色を映し出す。その他の機能チェック。システムが言う限りでは、異常なし。目で見ても異常なし。夜間灯はちゃんと発光するのを確認してスイッチをOFF。補助でついているウォータージェット推進器を試運転、回転は快調。今回は使わないであろう水と食料は4日分。拘束用のワイヤー。悲鳴を上げられないようにする口を塞ぐガムテープ。パンツァーファウストは両壁に2本ずつ。S-マイン発射筒の弾薬ドラムに煙幕弾を装填する。

『準備完了、アトランティス出撃可能」

『コルモラン、同じく出撃可能』

『S-323了解。スロープ傾斜!』

 無線越しの艇長の掛け声と共に艦尾の甲板が傾斜。アトランティスは偽装スーツに入った状態で海に滑り落ちた。続いてコルモランも滑り落ちる。

『ノート神のご加護があらんことを』

 北欧神話における夜を司る女神ノートに祈る声を最後にS-323とスーツの通信線が外れ、深海棲艦捕獲作戦「インディゴ」が開始された。

 

 インディゴはドイツ語で藍色という意味だ。アトランティス達はもっとかっこよい名前を作戦名に欲しがったが、ヘルター総司令が「作戦名は目立たない方が良い」ということでインディゴに決まった。

 この深海棲艦捕獲作戦が外国に知られたくないにしても、もうちょっとマシな名前はないのか、という感じにアトランティスは思う。

 S-323の艇長は作戦名くらいどうでも良いではないか、と言うのだがアトランティスにとってはどうでも良くないのである。この深海棲艦捕獲作戦は極めて危険な作戦なのだから、もっと仰々しい名称を付けたいのだった。たとえばミヒャエルとか。

 それはともかくとして、深海棲艦捕獲作戦「インディゴ」の具体的な内容を決めるのは難しかった。どこでどんな深海棲艦を捕まえるか、これすら決まっていなかったのである。

 現在、イギリス海軍とフランス陸海軍がジブラルタル攻略のための準備をしているらしく、それを察知したジブラルタル及びアイスランドの深海棲艦の動きも活発的になっている。1ヶ月前と同じ状況ならば、スエズ運河からジブラルタル海峡に向かう深海棲艦の輸送部隊は輸送クラスと駆逐クラス1隻2隻だけ、という軽い編成だったのだが、現在は重巡クラスが数隻護衛についているので、手を出すのは難しい。最初の接敵と攻撃はうまくいくだろう。しかし、その最初の攻撃でリ級を始末しきれなかったら、仮装巡洋艦のような弱い艦娘では太刀打ちできない。簡単に沈められてしまう。捕獲もできやしない。

 だったらそこらを哨戒している駆逐クラスなら? とコルモランが言うのだが、S-323艇長がでかすぎてSボートに乗らない、と言う。だったら、捕獲対象はヒト型の軽巡以上というのは確実で、仮装巡洋艦にとっては何とか勝てるかどうかという領域になってくる。

 どーすりゃいいのー、と会議室で行き詰まっていた所、基地司令があるメモ用紙を持ってきた。

 アイスランドから深海棲艦の大艦隊が出撃。イギリス南部海域に向けて航行中。

 筆跡を見ると基地司令のものではなく、通信課の伍長のものだ。どうも英海軍の通信を傍受したらしい。基地司令はなぜか得意気な顔をして「どうかね?」なんて言う。

 なにがどうなんでしょうか? アトランティスは思わず聞き返してしまう。基地司令は少し意外な顔をして、その意図を話した。

「英海軍はこれを無視しないだろう。なんたって、イギリス南部の港にはジブラルタル攻略に必要な物資が山積みだ。間違いなく、艦娘部隊を出す。大海戦になるだろうな。どっちが勝つかは知らないが、海戦が終わった後なら数も減っているし、損傷しているヤツもいることだろう。疲労だって溜まっている。そこで私達が敵に化けて、近づき、こっそり捕まえてしまえば良い」

 その手がありましたねぇ。コルモランがからからと笑った。それを受けて基地司令も良い作戦案だろう? と笑う。

 そんな感じで十数時間前に基地司令が言った「英海軍にボコられて敗退中の深海棲艦を捕獲する」という内容の作戦が実行に移され、アトランティス達はイギリス南部の海域で海戦が終わるのを待っていたのだ。

 

 出撃してしばらくすると、ステルスマントがほんのり温かくなってきた。アトランティスは緑の景色を映すモニターに目をこらす。

 ステルスマントは誘電損失により、電波を吸収するので、電波を浴びたときは熱を持つ。自分達はレーダー波どころか無線電波、IFF(味方識別装置)の電波すら出していないのだから、敵の電波で間違いないだろう。

「マントが温もってきた。敵は近いよ」

『分かってる』

 アトランティスは有線通信でコルモランと会話する。電線は会敵したら切り離す予定だが、まだ会敵しない。暇なのでアトランティスは世間話を始める。

『――――――あそこの海軍は結構過激だよね。MAS艇だっけ?』

「MSTだよ。艦娘と高速魚雷艇で攻撃するんでしょ。よくやるね」

『艦娘のじゃない魚雷も磁気信管と水圧信管で直撃しなくても大丈夫になったしね。あれってどれくらい効くんだろう?』

「さあ? イ級くらいになら十分効くって話だけど。あ、ドイツのよ。イタリアのは知らない」

『イタリアかぁ。前、地中海で任務ついていたときに駆逐艦娘と会ったよ』

「どんな子?」

『それが妙な子でね。まず髪の毛が変なのよ」

「変?」

『遠くから見れば、帽子を被っているように見えるけど、近くで見たらゴムバンドで髪くくってるの。実に変な髪型だったから良く覚えてる』

「変な髪ね。他には?」

『なんかおごり高ぶったような、でもちょっとカリスマっぽいところがあったかな。言葉に裏がある感じがかなりするんだけど、結構嬉しいこと言ってくるのよね』

「へえ。会ってみ――――」

 会ってみたいね、と言い切る前にコルモランが「敵発見。10字方向」と言葉を遮った。アトランティスは4つある内の左を映すモニターを見た。複数の人影。海の上に浮くことができるのは艦娘か深海棲艦かイエスくらいのものなのだから、艦娘か深海棲艦だ。もう少し近づいて確認すると大きな帽子とそこから生える触手がある人影があった。間違いない。ヲ級だ。他にはリ級や軽巡クラスが2体づつと戦艦ル級が1体。敗残した深海棲艦に違いない。

『どいつ捕獲する?』

「捕まえたときめんどくさくないのはヲ級だね。うん、ヲ級で行こう。捕縛はこっちがやるから援護はお願い」

『分かった。じゃあ、有線切るよ』

「では行こう」

 ヘッドホンはブツ、というノイズを最後に何も聞こえなくなる。アトランティスはヘッドホンと喉頭マイクを外し、偽装スーツ内のフックに掛ける。

 そしてヲ級捕獲のための準備をする。ガムテープを口が完全に覆えるくらいの大きさに千切り、スーツの内側にすぐ使えるように端っこだけ貼る。捕縛用のピアノ線は輪っかから線を伸ばす。ニッパーも取りやすい位置に置く。そして首締め用の丈夫なワイヤー。

 「インディゴ」。今思えば深海棲艦の血の色から来ているのかもしれない。人間では血中酸素を運ぶのはヘモグロビンという鉄だが、深海棲艦ではヘモシアニンという銅で酸素を運ぶらしく、血の色は蒼い。

 「作戦名は目立たない方が良い」とかぬかしたヘルターも、それなりには作戦名を考えていたのじゃないか、と思えないことはない。しかし、いけ好かない野郎であることには変わりないのだが。

 あいつのことを考えるといろいろと腹が立ってくるので考えるのをすっぱりとやめて、アトランティスは今に集中する。

 インディゴ作戦。本当の作戦はここからだ。




 感想などお待ちしています。

 シャクティ風な次回予告(2月13日13:00投稿予定)

 三日月と無数の星がきらめく大西洋の夜。アトランティスは深海棲艦に初めて触れる、ということに浮き足立ちながらも静かに近寄り、ヲ級の首をワイヤーで締め上げました。そのとき、アトランティスは深海棲艦に自分と同じ生命(いのち)を見てしまうのです。

 次回、「ヲ級の体温」。見てください!

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