インディゴの血   作:ベトナム帽子

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 投稿が1ヶ月も遅れるという……。
 さらに後編に収めようとしたら1万文字越えちゃった。


Elf:地中海を蒼に染めて-後編

 アトランティスは痛みのない左手で3.7cm FlaK M42高射機関砲を構える。

 砲口を向けられたワ級は逃げもせず、反撃もせず、観念したしたかのように、ただ佇んでいる。

「何だコイツ……?」

 通常のワ級は数門の砲や機銃を持っており、悪あがきとばかりに反撃してくるものだが、蒼いオーラを纏ったこのワ級は慌てた様子もなく、ただ静かに佇んでいる。アトランティスはある種の気持ち悪ささえ感じた。

 今は静かにしておいて、こっちが油断したら攻撃し、逃走する気なのか。それとも、本当に武装がなくて攻撃ができないのか。

 アトランティスは今までの状況から後者だと判断する。あそこまで強力な護衛部隊に守られていたのだ。このワ級がただのワ級ではないことは確かである。

 アトランティスはワ級の後ろに回り、ワ級の背中に「抵抗したらコイツが火を噴く」という脅しとして3.7cm FlaK M42を突きつけ、進ませるためにまだ痛みが残る右手でワ級を押した。

 深海棲艦の体は色味の割には、やはり温かかった。

 

 イタリア海軍艦娘が装備しているレーダーは他国から輸入したものがほとんど……いや、全てと言ってよいだろう。イギリス製は271型対水上レーダー、279型対空レーダー、281型対水上レーダー、ドイツ製はFuMO22ゼータクト対水上レーダーやFuMG 321フレイヤ早期警戒レーダー。どれも最新式ではないが、第一線で使われている優秀なレーダーであり、イタリア海軍では自国製レーダーの開発に注力しながらも、外国製レーダーによって運用ノウハウを得ようと努力している。ちなみに配備数はイギリス製レーダーが多く、ドイツ製は少ない。

 第10駆逐艦戦隊旗艦のマエストラーレはイギリス製の271型レーダーを搭載していた。3GHzの電波は深海棲艦――もっともアトランティスとコルモラン、ワ級のことだが、それとは別の影もしっかりと捉えていた。

 マエストラーレは首を傾げ、グレカーレに尋ねた。

「この海域に出撃している部隊って私達以外、いたっけ?」

「いる。確か、ドイツ海軍の仮装巡洋艦。名前は――――」

 「アトランティス」とシロッコがグレカーレに先んじて、名前を言う。

「ああ、アトランティス。オーメドン号事件の。でもなんでまた? 仮装巡洋艦1隻の火力じゃ、何もできないのに」

 仮装巡洋艦の武装は15cm程度の砲、魚雷、対空機銃、機雷と武装だけを見れば軽巡洋艦クラスだが、砲門数は少ないうえ、改造元が商船なので装甲もなく、足も遅い。いくらメイクによって深海棲艦に化けられるといったって、積極的な偵察は難しいし、敵と判断された場合、簡単に沈められてしまう。この場にいるのは少し妙だ。

「エリント?」とグレカーレ。

「何かの極秘任務かなぁ」はリベッチオ。

「とりあえず、二手に分かれよう。私とシロッコは深海棲艦の方に、グレカーレとリベッチオは仮装巡洋艦アトランティスと思われる方に」

 マエストラーレの分け方にシロッコは少し不満げな顔をした。

「シロッコ、どうした?」

「私はアトランティスの方に行きたいのだが」

「却下」

 マエストラーレはシロッコの意見を即座に一蹴した。シロッコは顔を歪ませる。

「なぜ?」

「姉としては不服だけど、姉妹の仲で一番強いのはシロッコだもの。確実に深海棲艦と分かる方にシロッコは連れて行きたいわけ。何、私の事嫌い?」

「いや、そういうことではないが」

「なら、付いてきなさい」

 シロッコはまだ不服そうだったが、気持ちを切り替えて、マエストラーレの後ろに付いた。マエストラーレは無線で母艦のMST艇MST-15に連絡を取る。

「二手に分かれるから、MST-15は私、マエストラーレとシロッコの方に来て。共同で攻撃する」

 

「まずいですよ! 非常にまずいです!」

 窓越しのヴィダーが発する大声は艦橋の中でも十分に聞こえた。S-323の艇長は、そんなに大きな声を出さなくても良いのに、と思いながらS-323の背の低い艦橋から出る。

 艇長は少々うんざりした顔でアトランティスそっくりの格好と顔をしたヴィダーに何事かと尋ねる。

「イタリア海軍のMAS艇ですよ!」

「MST艇だろ。それくらい逆探で気付いている。もちろん艦娘らしきものもな」

「気付いていたんですか? なら早く言ってください」

「こっちも言おうと思っていたところだ」

 S-323には最新の電波兵器が搭載されているが、今は逆探以外は使用していない。ステルス性の高いS-320型でも自分から電波を発すれば、その居場所は一目瞭然になるからだ。しかし、ヴィダーはアトランティスが「ここにいる」というアリバイを作るためにステルスマントを被ってもいないし、レーダーも使用している。

「こっちじゃ、レーダーを使っている艦娘しかわからん。1隻というのは確実なんだが、他は分かるか?」

「艦娘は4隻です。あ、今、二手に分かれました。2隻と2隻です。進路は私達の方と……アトランティスの方ですね……」

 ああ、これはまずいな。そんな風に思ったのか、ヴィダーは苦笑する。一方、艇長は苦笑もできない。

「アトランティスの方に行った艦娘は何ノットで航行している!?」

「えっと、22ノットほどですね。アトランティスまでの距離は20kmくらいです」

 距離20km程度で22ノットなら30分程度である。

「あ、MASの方も動き出しました。アトランティスに行く方について行ってますね。速度は同じく22ノットです」

 それを聞いて、艇長は甲板をぐるぐると歩き始める。

 MST艇のMST-10型の最高速度は51ノットで今は22ノット。S-320型の最高速度は42ノット出せる。自分たちとアトランティス達の距離も20kmほどだから、最大速度で向かえば15分でアトランティス達の所に到着することができる。約15分の余裕ができるが、その15分でアトランティスとコルモラン、捕獲したワ級を回収することができるだろうか? 回収するだけならできるだろう。しかし、MST艇や艦娘に捕捉されるのは間違いない。MST艇の最大速度は50ノット。S-320型とは8ノットも差がある。逃げ切れないだろう。

 レーダーを妨害すれば、何とかなるだろうか? イタリア艦娘の使用しているレーダーはイギリス製の271型だから妨害するのは簡単で、ECCMは不可能だろう。しかし、MST艇の方が問題だ。アトランティス達が『ラピスラズリ』に攻撃をかけた際に一度、CW方式の狭帯域連続波妨害を行っている。ノイズ方式やパルス方式でやればもう一度、妨害することは可能だろうが、逃げ切れるまでECMができるかどうかは疑問である。

 一番安全なのは、「君達のレーダーに映っている深海棲艦は、実はドイツ軍の仮装巡洋艦だよ。深海棲艦は壊滅したよ」と教えてしまうのが一番早い。そうすれば、イタリア海軍側も追い回す必要性がなくなる。しかし、今までの経緯などを話すとインディゴ作戦の存在がばれてしまう。それはまずいだろう。

 いや、まずいのか? すでにワ級の確保には成功している。インディゴ作戦自体は深海棲艦を捕獲することが目的であり、捕獲した深海棲艦自体は後々、世界に公表されることになるのは間違いない。インディゴ作戦で秘匿したいのは「ドイツ仮装巡洋艦が行った」とか「生きたまま深海棲艦を捕獲する」ということではなく「()、そういう作戦が行われている」ということだろう。裏の事情は色々あるにしても、独力(・・)でドイツがそういうことを成し遂げた、と公表するのが「インディゴ作戦」の狙いなのだ。おそらくは。しかし、できるだけバレない方が良いだろう。

「ヴィダー、お前はここに残れ。俺達はアトランティス達を迎えに行く」

「え、じゃあこっちに来る艦娘はどうするんですか?」

「お前が対応しろ」

「そんな!」

「任せたぞ」

 

 アトランティス達はS-323との合流地点に向かっていた。

 途中、イタリア軍のブレゲーアトランティック哨戒機がアトランティス達を見張るかのように高射砲の射程ギリギリを飛行していたが、煙幕を張って針路を変えてからは見ていない。おそらく、アトランティス達を見失って、別の海域を探しているのだろう。

 アトランティスはワ級の背中に3.7cm FlaK M42高射機関砲を突きつけながら、このワ級について考えていた。

 このワ級は一体何者なのだろうか? 

 ヘラクレス作戦はすでに佳境を迎えていて、あとはジブラルタル半島とジブラルタル湾を落とすだけ。戦艦棲姫を中核とする33体の深海棲艦増援は確かに脅威ではあるが、いかんせんタイミングが遅すぎる。攻略当初ならばイギリス軍とフランス軍を撃退できたかもしれないが、ジブラルタルの深海棲艦は後退しつづけ、湾に追い込められてしまっている。イギリス軍は下手に追撃して半島の要塞砲に撃退されたが、次の攻勢ではマスタードガスやサリンの化学兵器も使用するらしい。今、増援がジブラルタルにたどり着いたとしても、湾内と増援それぞれが各個撃破されるだけになる。

 深海棲艦にとっては巻き返せないこの状況。このワ級が打開できる切り札だったのだろうか?

 この大きく膨らんだ球体部の中身は一体――――――――

 

 ――――何が入っているのだろう?

 

 アトランティスがワ級の球体部の肌をつまもうとしたそのとき、前方200mほど先に水柱が上がった。

「っ!」

 アトランティスはワ級から離れ、3.7cm FlaK M42高射機関砲を両手でしっかりと構え、ワ級の胴体中央に照準を合わせた。

 武装なしというのは勘違いか! アトランティスはさっきの水柱をワ級が前方を進むコルモランを狙って外した砲弾が上げたものだと思った。しかし、それは違うとすぐに分かった。

 水柱がまた上がった。

「えっ?」

 左前方120m。アトランティスは水柱からワ級に目線を戻す。

 ワ級は動いていない。砲煙の1つや2つが見えても良いはずなのに、それは見えなかった。

「深海棲艦の別働隊?」

 また水柱が上がる。

 

 タン、タン、タン。

 MST-15のオート・メラーラ 76 mm 砲が小気味よいリズムを奏でる。砲弾は15km彼方まで飛んでいくが、目標からは大きく外れ、無駄に海水を跳ね上げるだけ。

「はずれ、はずれ、全部はずれ。もうちょっと後方を狙って」

 マエストラーレは271型レーダーで弾着を確かめつつ、言う。マエストラーレの言葉にしたがって、MST-15は狙いを修正、また3発発射する。

 タン、タン、タン。

「はずれ、はずれ、はずれ。全部外れ。今度はもう少し奥に」

 タン、タン、タン。

「全部外れ。M(マイク)1が変針。方位3-3-0」

 M1とはイタリア海軍が深海棲艦だと思っているアトランティス達のことだ。

 タン、タン、タン。

「全部外れ。今度は後ろ過ぎ」

 タン、タン、タン。

「はずれ」

「はずれ」

「はずれ」

「はずれ。みんな、はずれ」

 マエストラーレが弾着観測をし、MST-15が修正して撃つ。これを10回ほど繰り返しても命中弾は得られなかった。MST-15の艇長は堪忍袋の緒が切れ、 

『まどろっこしい! マエストラーレ、シロッコ、乗艇しろ! 直接攻撃だ!』

 シロッコとマエストラーレは肩をすくめる。そして海面を蹴って、ジャンプ。MST-15の甲板に飛び乗った。そして艦橋側面の手すりに振り落とされないように掴まる。

「マエストラーレ、OKでーす」

「シロッコ、大丈夫だ」

 フィアット社製のガスタービンエンジンが始動、鋭く甲高い音が船内から響き始める。5500馬力もの動力は減速機を通じて高圧ポンプを回し、水中翼尾部から水流が勢いよく噴き出し始めた。

 速度が急激に上がっていき、船体が浮き上がり始める。MST-15はすぐに最高速度の51ノットに到達し、敵に向かって進んでいく。

 

 アトランティスの頭に砂のような、ざらざらとした感覚が走った。その感覚は次第に大きくなる。レーダーが見えなくなる。

「ECM……?」

 アトランティスは搭載しているFuMO27対水上レーダーをとんとん、と小突く。それでもレーダーは復旧せず、ノイズを頭の中に走らせている。

「コルモラン!」

『こっちも駄目! WmK C/14のレーダーも殺されてる』

 アトランティス、コルモラン両名のレーダーは何者かの妨害電波によって効果を発揮できなくなっていた。

 深海棲艦のECMはCW方式で対抗もできる。しかし、この感覚はノイズ方式の妨害電波。深海棲艦はこの方式を使わない。だとすれば、

「イタリア軍か」

 非常に厄介なことになった、とアトランティスは思う。先ほどの砲撃もこの妨害電波を流しているヤツが原因に違いないのだ。水柱の大きさからして75mmクラスの砲。それほど距離は離れていない。イタリア軍の哨戒艇や艦娘母艦はどれも高速であり、逃げ切ることは不可能。

 アトランティスは3.7cm FlaK M42高射機関砲を握り直す。

 砲撃してきたということは、確実にこちらを捕捉し、深海棲艦だと思っている。普通の艦載レーダーでは艦娘を捕捉することは極めて難しいから、レーダー持ちの艦娘がいるのは確実。このまま何もせず、ジグザグ航行をしながら、合流地点を目指すだけでは間違いなく、交戦することになる。それも艦娘同士で。

アトランティスは晴嵐(サイラン)を残しておけば良かった、と舌打ちをする。

 まだ晴嵐はまだ空を飛んでいるが、着水して補給はできない。晴嵐は爆弾を搭載する場合、フロートを取り外さなければならないからだ。偵察機にはなるが、攻撃機にはならない。時間稼ぎもできない。

『こっちがドイツ海軍ということをきちんと表明すれば、交戦は避けられるかもしれないよ』

 自分達は兵隊である。作戦を作戦通りに進めるのは兵隊の勤めである。

 アトランティスはワ級を見て、一応考えてみる。インディゴ作戦の中止を。

 コイツを囮にし、自分達はステルスマントを被って逃げれば、交戦せずに、それもドイツ海軍がここにいたこともばれずにすむかもしれない。しかし、それではインディゴ作戦はまたしても失敗だ。第一回の時と違って、死骸サンプルすら手に入らない。

 それにこのワ級は無駄に死ぬことになるのだ。

 無武装のワ級1体で何ができるだろう? 自分達、仮装巡洋艦が沈めてきた無数の商船のように、何もできず沈められるだけだ。さながら、あのパイロットのように。

 インディゴ作戦が成功しても、このワ級は生体実験や解剖といったことが行われるだろう。最終的には処分されるかもしれない。しかし、ここで無駄に死なせるよりかはよっぽど価値がある。

 それと比べるのなら、自分達がドイツ連邦海軍の仮装巡洋艦であり、秘密任務のため、この海域で行動していた、ということを公表しても良いのではないだろうか?

 それなら、誰も沈むことはない。上層部で誰かの首が切られることにはなるかもしれないし、自分達も少しの間、営倉に入れられるかもしれないが。

「無線封止解除! S-323に通報!」

 

「まだ深海棲艦は無線を使わないのか?」

 MST-15の艇長は無線手に尋ねる。先の砲撃から10分ほど経っていた。

M(マイク)1は先ほどから深海棲艦が使用するバンドの電波を出していますが、他はさっぱりです。あっ―――」

 無線手が機器を弄り始める。通信手は液晶画面に出たバンドの数字をぶつぶつと呟きながら、紙の対応表を見て、そのバンドが誰のものかを探る。

「どうした?」

「いえ、M1の方向から別バンドの電波が今出たんですが、深海棲艦のバンドじゃないんです。えーと、今のはドイツ軍が使っているバンドですね」

「ドイツ軍……? 傍受できるか?」

「やってみます」

 無線手はヘッドフォンを耳に付けて、そのバンドにチューニングしたが、すぐに首を横に振った。

「暗号化されていて、内容は分かりません。共通の暗号方式ではないので解析も難しいかと……」

「ふむ……」

 艇長は考え込む。この暗号通信の送り主は仮装巡洋艦アトランティスと共に行動しているドイツの艦娘だろうか? 実際、ターラント基地に届け出された書類通りならば、仮装巡洋艦アトランティスと潜水艦U-48、U-331の3人が出撃している。その通りならば、この暗号通信の送り主はU-331かU-48のどちらかで間違いない。

 マエストラーレとシロッコしかいない今、ドイツ軍と共同して威力偵察を行いたいところだが、暗号通信をしている以上、知られたくない何かをしているのだろう。強力は見込めない。

 M1までの距離はあと5km。艇長はマイクを取り、甲板で手すりに掴まっているマエストラーレとシロッコに呼びかける。

「そろそろ出番だ。気を引き締めろ!」

 

 今向かっている、というS-323の返事とイタリア軍の襲撃はほぼ同時だった。

 アトランティスは叫ぶ。

「5時方向、雷跡!」

 猛烈な速度で白い雷跡が2本、迫ってきていた。その速さはアトランティス達が使っている魚雷の4倍以上はあろうかという高速。

「キャビテーション魚雷!」

 普通の空気魚雷よりも白い雷跡とこの高速性。その正体はキャビテーション魚雷という特殊な魚雷である。

 白い雷跡は魚雷のノーズコーンで減圧されて発生するキャビテーションと呼ばれる泡とロケットエンジンから発生するガスによるもの。このキャビテーションとガスのおかげで魚雷は水に触れず、水中における摩擦抵抗は非常に小さくなり、ロケットエンジンの推進力も相まって200ノット以上の速度をたたき出すのだ。

「くそ、どうする!?」

 アトランティスは悪態をつきながら、動きの鈍いワ級を押して回避行動を取らせる。

 キャビテーション魚雷を使うのは今のところ、人類だけ。ここが地中海ということを考えれば、撃ってきたのはイタリア軍以外にあり得ない。勘違いとはいえ、人間同士で殺し合うというのか?

「この魚雷がまぐれ当たりを期待しているものだったならば……!」

 それなら直接の交戦は避けることができる。通常兵器だけが深海棲艦と戦闘する場合、通常兵器は絶対に深海棲艦の武装の間合いに入らない。つまり、海上での最大視界距離の4.64km以上。だったら、砲撃や魚雷攻撃を受けながらもS-323と合流して、ワ級を回収、帰還することもできる!

 イタリア海軍のキャビテーション魚雷が近づき、通り過ぎていく。

 ワ級は思ったよりも重く、動かしずらかったが、何とか直撃コースから逃れることができた。キャビテーション魚雷はその仕組み上、誘導装置を持つことができない。

 これで被弾は回避することができる……そう、アトランティスが一息ついたときだった。

 真横を通り過ぎようとしていた魚雷が突如爆発した。

 爆発が巻き起こした大波がアトランティスとワ級に襲いかかる。

 磁気感応式信管か! アトランティスは反射的に顔を腕で防御するも交差した腕の隙間から入り込む海水は目や口に入る。

 破片による被害はないが、海水で目が非常にしみる。

『本体が来た! 4時方向、距離3.8km!』

 コルモランからの通信。しみる目を微かに開いて、言われた方向を見ると、何かが来ていた。本体と言うからにはキャビテーション魚雷を撃ってきた魚雷艇だろう。

「なんて強気な……! 目薬さしたい……!」

『魚雷艇から艦娘! 駆逐艦クラス2隻!』

「ああ、もう!」

 アトランティスは3.7cm FlaK M42高射機関砲を魚雷艇がいる方向に向けて連射する。もっとも狙いは適当でなので当たらない。しかし、牽制にはなる。ドイツ駆逐艦艦娘との演習では適当に機銃を撃っただけでも突撃を中止して、一歩下がるのだから。

 アトランティスが発砲したのを見て、コルモランも130cm KwK12 L43滑腔砲にHESH(粘着榴弾)を装填して、左にいるイタリア艦娘の針路手前に発射する。HESHは大きく水柱を上げ、イタリア艦娘は水柱に突っ込むが、危なげもなく水柱から出てくる。

「撤退してくれ! 当てちまうぞ!」

 コルモランは次弾のHESHを装填しながら、叫ぶ。HESHは空間装甲に弱い砲弾である。そのため、障壁を二重に展開できる艦娘にはほぼ効果がない。

 コルモランの優しさを知ってか知らずか、イタリア艦娘達は肉薄してくる。

 

 機銃と砲の攻撃を受け、マエストラーレは確信する。

「相手は深海棲艦で間違いない! もっと肉薄しろ!」

 マエストラーレとシロッコは機関出力を最大にして、アトランティス達に向かっていく。

 アトランティスの「機銃を撃てば、駆逐艦は下がる」というのは完全な誤算で悪手だった。確かに弱気なドイツ駆逐艦艦娘ならば下がっただろう。しかし、イタリア駆逐艦艦娘は違う。

「20mまで肉薄! 分かってる!?」

「分かってる!」

 第二次大戦でMS艇やマイアーレ人間魚雷を終戦まで生き残ったグレカーレから聞かされているマエストラーレとシロッコである。自分達はやれる、その気概があった。逆にアトランティスが発砲したおかげで、マエストラーレ達は完全にアトランティス達を深海棲艦と思い込んでしまった。

 ちなみに巷にありふれている「イタリア軍は弱い」の逸話はほとんどがデマ、誤解によるものであり、イタリア軍兵自体(・・)は決して弱くない。

 マエストラーレとシロッコは回避運動を行いながらも、120mm連装砲を発砲しながら徐々にアトランティス達への距離を狭めていく。

「ワ級よりも先に護衛を叩け!」

 

『どんどん接近してくるぞ! どうするんだ! HESHの残弾はもうないぞ!』

 コルモランが無線でせっついてくるが、アトランティスの方は考えがまとまらず、混乱していた。

 なんで下がってくれないの!?

 アトランティスは発砲すれば、イタリア艦娘は後退するなりして、様子見すると思っていたのだ。こちらは重巡クラスに見えるように擬装しているのだし、イタリア艦娘は駆逐艦クラス2隻。重巡クラスを相手取るには完全に戦力不足のはずなのだ。なのに、イタリア艦娘は勇猛にもどんどん距離と詰めてくる。

 発砲してしまった以上、「自分達はドイツ連邦海軍の艦娘で秘密作戦の結果、ワ級の捕獲に成功した」なんて言っても信じてもらえるはずがない。

「こちら、アトランティス……。S-323、私達はどうすれば良い?」

 

 S-323の艇長はアトランティスの叫びを聞いて、MST-15に連絡を取ろうとした。

 秘密作戦なんて知ったことではない。もう作戦自体は成功しているのだ。秘匿する必要なんてない。

「こちら、ドイツ海軍地中海派遣艦隊第2艦娘隊指揮艦S-323である。MST-15応答しろ」

 連合軍共通のバンド帯で何度も呼びかけるが、MST-15からは一切、応答がない。

 一体どうしたことか。艇長は戦闘が行われているであろう、海域の方を窓から見つめる。

 

M(マイク)1の射程から離れろ!」

 MST-15の艦橋内はたった1発の砲弾で凄惨な場となった。

 アトランティスが牽制のために放った3.7cm FlaK M42高射機関砲の砲弾が運悪く命中したのだ。MST-15は20mm弾への防弾防片対策はされているが、3.7cmレベルの砲弾を防御することは考慮されていない。炸裂した砲弾は破片を撒き散らし、艇員を負傷させ、機器を破損させた。

 さらに運の悪いことに3.7cm砲弾は艦橋の装甲を貫通した後、延長線上の無線機に直撃してそれを完全に破壊してしまった。

 短距離ならばトランシーバーで何とかなるが、長距離通信は無理だった。

 

 イタリア艦娘は距離をどんどん狭めていく。もう1km程度の距離しかない。牽制としての魚雷を撃ってくるレベルの距離だ。砲の照準も正確になってくる。

 どうにか、何とかならないか?

 アトランティスは敵の砲弾を避けながらも、誤解を解く方法を探していた。

 白旗になるようなものはないし、通信も駄目。S-323が来るのにもまだ少し時間がかかる。

 どうすれば、どうすれば。

 アトランティスはふと、ワ級を見る。ワ級は至近弾の破片を食らって所々、蒼い血を流していた。

 あのパイロットの姿が脳裏に映る。

 死なすわけにはいかないのだ。しかし、イタリア艦娘を沈めるわけにもいかない。

 WmK C/14の130cm KwK12 L43滑腔砲の発砲音。

 左のイタリア艦娘の手前に低く、しかし幅の広い壁のような水柱が立った。超高初速の砲弾が低角度で海に着弾したときに発生する水柱だ。アトランティスも試作品の対艦ゲルリッヒ砲を撃ったときに見たことがある。コルモランはAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を使用したのだ。

「コルモラン、あなた!」

『アトランティス、これは戦闘で戦争なんだ! 私は割り切るぞ!』

 お前も割り切れ。コルモランはそう言う。

「ええい、ままよ!」

 アトランティスはMAN社製ディーゼルエンジンの出力を最大の7600馬力まで上げて、イタリア艦娘に向かっていく。

 その姿は、相対するマエストラーレとシロッコには気が狂ったかのように見えた。ワ級を守るべき護衛艦が突撃してきたのだから。

 マエストラーレとシロッコは少し戸惑ったが、これ幸いと魚雷発射管をアトランティスに向ける。重巡クラスの深海棲艦が沈んでくれれば、駆逐艦クラスとワ級など、いかようにも料理ができるからだ。

 魚雷を発射する、その寸前―――――空中に黄色い花火が煌めいた。火花は白い煙を尾に引いて、たちまち辺り一面を真っ白にしてしまう。花火の正体はコルモランが放った発煙弾だ。

 アトランティスもマエストラーレもシロッコも白煙に覆われて、何も見えなくなる。

 マエストラーレはアトランティスが完全に見えなくなる寸前までいた位置に120mm連装砲を撃ち込む。しかし、手応えはない。

 次の瞬間、マエストラーレの前に黒い影が現れる。アトランティスだ。

 マエストラーレは再び120mm連装砲を撃とうとするが、まだ装填が終わっていない。

 アトランティスは120mm連装砲を持つマエストラーレの右腕を掴み、砲口を自分からずらす。そしてそのまま、一本背負いでマエストラーレを投げ飛ばそうとする。

 しかし、踏ん張りがきかず、滑る海面ではうまく決まらず、アトランティス自身もマエストラーレともつれて海面に倒れてしまう。

 大きな隙ができる。

「このっ!」

 マエストラーレはもつれ合う格好のまま、右手に持つ120mm連装砲をアトランティスの顔に向かって放つ。しかし、狙いが甘い。砲弾はアトランティスの左頬を軽くなぞっただけ。切り傷のような傷がアトランティスの頬にできる。

 アトランティスは3.7cm FlaK M42高射機関砲をマエストラーレに接射しようとしたが、握っていたはずの左手にその姿はない。9時方向から水切り音が近づいてくる。

 もう1隻のイタリア艦娘に違いない。アトランティスは腰に差しているナイフを抜き、120mm連装砲を握っていた右手の手首に突き刺す。

 マエストラーレの右手は120mm連装砲をはなし、アトランティスはそれを奪い取る。そして水切り音の方向に発砲する。当てずっぽうな射撃のため、手応えはない。水切り音はなお続く。

 アトランティスはマエストラーレを土台にして、水切り音の方向から現れた黒い影に飛びかかる。

 飛びかかられた黒い影、シロッコは当然のことながら対応できない。そもそもこのような格闘戦じみた接近戦など常識外だ。

 シロッコはタックルを食らって海面に背中から倒れる。そしてナイフを手に覆い被さってくるアトランティス。狙いは首。一撃で仕留める――――つもりだった。

 首に刺さる寸前で、アトランティスの手は止まってしまった。いや、止めたのだ。

 アトランティスの左頬から血が滴り、シロッコの顔に落ちた。

「赤い……血」

 深海棲艦の血は蒼い。赤くはない。

「貴方は……」

「アトランティスよ……この声聞き覚え、あるでしょう?」

 シロッコは小さく頷く。

「色々言いたいことはあるでしょうけど、戦い合うのは止めにしましょう」




 あとはエピローグだけです。
 S-323の直接戦闘シーンも考えていたけれど、結局書かなかった。8.8cm低圧砲の活躍はなかった……。
 
 ドイツはメートル法なのにドイツ軍の大砲の口径で88mmとか128mm、28mmと中途半端な口径になるのは砲の内径自体は90mmだけど、ライフリングも含めた内径の場合は88mmという風になり、ドイツ軍は後者の寸法を名称として使っているからだそうです。
 感想を頂けたら、作者は非常に喜びます。

 俺、「インディゴの血」を完結させたら、「雪の駆逐隊」の方も早く完結させて、マレーシアのパレンバン辺りを舞台にした神風と陸軍技術士官との恋愛物語を書くんだ……。神州丸やHVMS60砲めいた高初速砲(艦娘が持つ)も登場させるつもり。プロットが3話もできていないけど。

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