インディゴの血   作:ベトナム帽子

10 / 12
MST艇
 イタリア海軍が運用する魚雷艇兼艦娘母艦。船型は全没型水中翼船型であり、高速航行時には翼航走(フォイルボーン)を行い、通常時は艇体航走(ハルボーン)する。
 武装はオート・メララ76mmコンパクト砲1門、533mm魚雷発射管2門、ブレダ30mm連装機関砲2基。運用可能な艦娘の数は4名。



Zehn:地中海を蒼に染めて-中編

 WmK C/14がそもそも開発された理由は駆逐艦娘の火力不足にあった。もちろん駆逐艦には必殺兵器である魚雷があるのだが、いかんせん魚雷は命中率が低く、1発や2発が当たっても戦艦クラスを沈められるような兵器ではない。最近の戦艦クラス深海棲艦は機敏に動くため、適当に撃ったのでは当たらないのだ。

 命中率を上げるには回避できないくらいに接近するのが一番なのだが、それは性能、練度、士気が三拍子揃った駆逐艦娘でなければならない。

 「全軍突撃せよ!」の号令一下、たとえどんな敵が撃ってこようと魚雷が当てられる距離まで、しゃむに突進する。それこそ猟犬のごとき駆逐艦が日本海軍には揃っているのだが、ドイツ海軍は艦隊決戦よりも機雷敷設や通商破壊が主で対艦戦闘には消極的であり、イギリス海軍は第二次大戦でSボートに苦しめられたのが反映しているのか、対潜戦に執着を見せている。

 そんな具合なので、駆逐艦だけの哨戒部隊などが快速の戦艦クラス深海棲艦に出くわしたら、大損害待ったなしという具合なのである。

 これは問題だ、ということで駆逐艦の火力増強を狙ってドイツで開発されたのが、WmK C/14だった。

 ドイツの大砲メーカーであるクルップ社が開発した最新戦車砲である130cm KwK12 L43滑腔砲に耐水・防錆処理を施し、海上で使うのに適したFCSやその他のシステムを備え、さらには艦娘の簡易補給所としても機能するように砲弾や魚雷、糧食の保管庫すら装備という画期的な艦娘支援装備なのである。

 ちなみにコルモランが登場しているWmK C/14は駆逐イ級の外見を模した特別仕様の外装であるが、通常型は繊維強化プラスチックの平板で構成された簡素なものである。

 

 アトランティスとコルモランはイタリア空軍が攻撃を終了して十数分後。コルモランはWmK C/14の中、アトランティスはネ級にメイクアップして海上迷彩色のステルスマントを被った状態で、敵艦隊『ラピスラズリ』まで5kmという近距離に迫っていた。

「始めよう」

 アトランティスはステルスマントを被ったまま、両腕、両足の太腿とふくらはぎに装着した4連装魚雷発射管からFaT I魚雷24発を放った。

 電気推進のFaT IIと違ってウェットヒーター推進のFaT Iは排気ガスを青白い航跡として残しながら、敵艦隊の予想位置に向かって突進していく。

「次、TV」

「右ハッチ」

 アトランティスの声にコルモランは反応して、WmK C/14内部の基盤を操作して右ハッチを開ける。

 右ハッチが開かれた先にはドイツでは量産され始めたばかりの音響誘導魚雷TVが16本がマス目状のケースに入っていた。アトランティスはTVをケースから1本ずつ丁寧に取り出し、腕と太腿の魚雷発射管に装填する。そして発射。

 16本のTVは雷跡を残さず、地中海の青い海に溶け込んだまま、敵艦隊に向かっていく。

「次、FaT II」

「左」

 続いて左ハッチ。右ハッチと同じようにFaT II魚雷が16本、マス目状のケースに入っている。FaT IIには慣れているので、流れるように発射管に装填、16本すべて発射した。これもまたFaT I、TVに続いて敵艦隊に向かっていく。

 計56本の魚雷が『ラピスラズリ』を襲うのは5分18秒、6分40秒、6分45秒たったときである。

 

 敵艦隊『ラピスラズリ』はいまだ西進を続けている。

 『ラピスラズリ』はイタリア空軍の攻撃により、戦力の実に4割を失った。しかし、旗艦である戦艦棲姫はジブラルタルに行くことを諦めていない。

 戦艦棲姫は護衛対象である輸送ワ級に目をやる。飛来するミサイルを他の駆逐艦や巡洋艦が防いでくれたおかげで、ワ級にはまだかすり傷1つ付いていない。

 私が沈んでも、コイツがジブラルタルに到着してくれれば……ジブラルタルは落ちない。

 そう、戦艦棲姫が思うほど、このワ級は深海棲艦にとって大事な存在だった。

 雷跡!

 誰かが叫んだ。戦艦棲姫は頭をぶんぶんと振って、周囲を確認する。2時方向から無数の青白い線――――雷跡が近づいてきていた。

 深海棲艦達はおのおのに回避行動を取る。所詮、雷跡を残す空気魚雷。深海棲艦は余裕で回避する。回避行動をしたことによって艦列が乱れることもない。もし敵が第2弾の魚雷を放ってくるならば、三角測量で相手の位置を推測できる。だから、進路を変わらなかったし、変えなかった。

 しかし、それはすべて裏目に出ていた。

 左舷に雷跡! 

 その声を聞いて戦艦棲姫は舌打ちをする。相手は複数体の潜水艦――――ウルフパックに違いない。駆逐艦を半数失った今、こっちから攻撃的に潜水艦を沈めに出ることはできない。こうなったら全速力でこの海域を突っ切る。潜水艦の航行速度は水上艦よりも格段に遅いのだから、逃げられる。

 とりあえず、この魚雷を避けねば。

 戦艦棲姫、その他の深海棲艦も左舷から迫る魚雷の回避に努める。無数の魚雷と魚雷の間を位置取ろうと動く。

 そのときだった。

 戦艦棲姫の背後で爆発が起こった。破片、衝撃波、悲鳴。足にバブルパルスの衝撃波を感じる。

 振り返ると、後ろを航行していたル級が足を吹き飛ばされて海面に崩れ落ちる瞬間だった。

 いったい何が? 左舷から来る魚雷はまだ到達していない。被雷したコイツが前に突出したわけでもあるまい。この艦隊には精鋭を集めたのだ。新米もしないようなミスをするだろうか、いや、するはずがない。では何が――――

 ゴツン。

 足に何か当たった。

 戦艦棲姫が当たったものが何かを理解する前に、音響誘導魚雷TVは炸裂した。

 

 ドカン。ボカン。ドコン。

 魚雷の爆発音はそんな擬音語で表現できそうな、くぐもった音のようにアトランティスは感じた。

 アトランティスとコルモランは全速力を持って敵艦隊『ラピスラズリ』に向かっていた。魚雷で攪乱し、混乱している隙を突く。これ以外に戦艦棲姫を中核とした大艦隊に対抗する手段はない。

 まだ魚雷の爆発は続いているが、爆発音の数は減っている。まだ当たらずに海中を走っている魚雷はFaT IとFaT IIしかないはず。電気推進のFaT IIは航続距離が短いから、もうあまり時間はない。

 『ラピスラズリ』まであと1.5km。確実に砲を当てられる距離までは、あと2分はかかる。17.5ノットしか出せない自分を今以上に呪ったことはない。

 アトランティスは敵の数を確認する。ざっと見て、10体いるかいないか。あと1km。

 残っていたリ級の1体がアトランティスの方に顔を向けた――――が、すぐに海面に顔を戻した。味方と思ってくれたのか、接近する魚雷の方に注意を向けただけか、それは分からないが、砲を構えたりしなかったあたり、メイクはしっかり効いているようだ。まだ勘違いしてくれている間にアトランティスは距離を詰める。あと700m。

 さすがに動きが変だと思われたのか、数体の深海棲艦がアトランティスを指さし始めた。それを見たアトランティスは無線に向かって叫ぶ。

「爆撃開始!」

 アトランティスの命令によって、『ラピスラズリ』上空で待機していた空色の晴嵐3機が急降下を始めた。

 晴嵐の腹には独ソ戦において戦艦マラートを大破着底させた1,000kg汎用爆弾SC1000。

 風切り音を響かせながら、晴嵐3機はアトランティスを指さす深海棲艦へと向かっていく。目標の深海棲艦2体は未だアトランティスが敵か味方か、判別しかねている。

 レーダーはECMによって潰され、空に溶け込むブルー系迷彩に塗装された晴嵐に気付くはずもない。

 投下された1,000kg汎用爆弾SC1000は間抜けなタ級とリ級に命中。爆弾は脳天をかち割って、胸の辺りまで体内に侵入してから爆発した。2体はミンチより悲惨な何かへと変わる。

 晴嵐の仕事はまだ終わらない。機体を水平に引き起こしてから、赤、黄、青といった派手な信号弾を撃って、他の深海棲艦の目を引く。

 数体の深海棲艦は悪態を付いて、ふざけ腐った晴嵐を打ち落とすべく、砲を空に向ける。

 しかし、その砲が撃たれることはなかった。

 アトランティスが放った15cm砲弾は的確に晴嵐を狙った深海棲艦の頭部を刈り取っていた。

 頭を失い、首から蒼い血を噴き出させる深海棲艦は、糸が切れた操り人形のように力なく、海面に斃れる。

 アトランティスは15cm砲をワ級に向ける。撃破させまい、と間に割って入る戦艦ル級。アトランティスは15cm砲を撃つが、戦艦にとって豆鉄砲同然の15cm砲弾は余裕で弾かれる。

 ル級はにたりと笑った。そして、それが最後だった。

 真横から音速の4倍以上の速さを持つ矢が飛来し、ル級の腹部を貫いた。コルモランが操るWmK C/14の狙撃である。

 上半身と下半身に千切れたル級は笑顔を顔に張り付かせたまま、沈む。

 アトランティスとコルモランはまだ自体を理解できておらず、棒立ちの状態だった他の深海棲艦を次々と撃ち抜いていく。

 

 こいつらは味方じゃない! 敵だ!

 戦艦棲姫がそう結論づけ、反撃に出ようとした時には、残っている深海棲艦は戦艦棲姫とワ級、ネ級の3体になっていた。

 その残っていたネ級もアトランティスから距離を取った瞬間、コルモランが操るWmK C/14に撃ち抜かれる。130mmAPFSDSは障壁などまるで紙か何かのように簡単に突き破り、ネ級の左腕を千切った。

 悲鳴を上げるネ級。そこにアトランティスの容赦ない砲撃。3.7cm FlaK M42高射機関砲から撃ち出される無数の砲弾はネ級に反撃を許さない。アトランティスはFlak M42を撃ち続けながら、ネ級の眼前に迫り、喉元にナイフを突き刺した。

 ネ級の口から蒼い血が溢れ出る。

 ネ級は最後の力を振り絞って、アトランティスのナイフを持つ左腕を残った右手で掴んだ。アトランティスはネ級を振り解こうとするが、ネ級の握力は強く、できない。ネ級は笑っている。

「くそっ!」

 アトランティスは15cm砲をネ級の右肩に突きつけるが、腔発を恐れて、引き金を引くのを一瞬ためらった。そのためらいが、隙となった。

 戦艦棲姫の怪物じみた艤装がその巨大な拳で、アトランティスをネ級もろとも殴りつけた。見た目に反しない強烈なパンチによって、アトランティスとネ級は十数mも飛ばされる。アトランティスはネ級のせいで受け身を取ることもできなかった。海面を数度水切りして、ようやく止まる。

 ネ級が沈み、アトランティスが立ち上がろうとした、そのときには――――なんという素早さだろう、戦艦棲姫は眼前にいた。すでに艤装の拳は高く振り上げられており、アトランティスを叩き潰そうとしていた。

 この距離では誤射を恐れて、撃てまい。戦艦棲姫にはコルモランのWmK C/14に対して、そのような考えがあった。ここで、この偽物巡洋艦を叩き潰し、偽物駆逐艦を叩きのめせば、終わりだ。戦艦棲姫はそう思った。

 それは侮りだった。

 WmK C/14に搭載されたFCSは揺れる海上でも深海棲艦の部位を狙って、撃ち抜くことは十分可能だった。ましてや相手は図体の大きい戦艦棲姫。できないはずがない。

 5.5mもの長い砲身から発射された130mmAPFSDSは戦艦棲姫の強固な障壁を突き破って、振り上げていた戦艦棲姫の右腕を肘からもぎ取った。

 戦艦棲姫は舌打ちしながら、艤装の左腕を振り上げさせる。装填は間に合わないはず。片手なんてくれてやれ。

 しかし、その考えも打ち砕かれる。WmK C/14には自動装填装置があった。数秒でKwK12 L43滑腔砲に130mmAPFSDSが装填され、発射された。

 発射されたのは戦艦棲姫の艤装が左手を振り下ろすのと同時。130mmAPFSDSはコルモランが狙った肘には命中しなかったが、左手首に命中した。千切れた拳がアトランティスに飛んでいったが、アトランティスを叩き潰すほどのパワーはない。

 アトランティスは飛んできた拳を精一杯の力ではねのけ、戦艦棲姫に迫った。

 逃げるのではなく、攻めてくるか!

 戦艦棲姫は意表を突かれ、後ろに下がるが、前に進むアトランティスの方が速い。

 アトランティスは右手に持つ15cm単装砲の砲身を戦艦棲姫の小さな口に突っ込んだ。ふがふが、と戦艦棲姫は何か言おうとしているが、知ったことではない。

 今度は腔発をためらわない。ここで確実に仕留める。

 アトランティスは引き金を引いた。

 

「ふぅ……」

 アトランティスは一息つく。右手が少し痛い。砲弾の爆発の衝撃波をもろに受けたせいだろう。痛みのない左手で顔に付いた血を拭う。

 目の前には頭がなくなった戦艦棲姫。怪物のような艤装部分も沈黙している。

『終わった?』

 コルモランからの通信。アトランティスはもう一度、戦艦棲姫の死体を見る。支えるものがなくなった首からは噴水のように小さく蒼い血が吹き出し、白い肌が青に包まれていく。怪物じみた艤装の口もだらしなくよだれを垂らし、砲塔も動いていない。確実に事切れている。

 死体は立ったまま、沈んでいく。

「終わってないよ」

 アトランティスは残ったワ級を見て、コルモランに返答した。

「ワ級を連れて帰らないと、ね」

 

 マエストラーレ級の艦娘4人を乗せたMST艇MST-15はドイツ側の呼称で『ラピスラズリ』と呼ばれる敵艦隊を追って、西進していた。

「通信が回復しました」

 無線手が艇長に報告する。この十数分の間、強力なECMによってイタリア軍の通信とレーダーが遮断されていたのだ。これはSボートS-323によるものなのだが、MST-15の乗員達はそのことを知らない。

 艇長は哨戒機ブレゲーアトランティック「ロメオ8」に敵艦隊の様子を聞くように指示する。無線越しにロメオ8からの報告を聞いて、無線手は顔をしかめる。

「どうした?」

「どうも、ロメオ8側が混乱しているようです。数がおかしいとか……」

「空軍が攻撃したのだろう? 1体、2体を数え間違えているだけじゃないのか?」

「いや、さきほどまで敵艦隊がいた位置に今は3体しかいないと。それも重巡クラスと駆逐艦クラス、輸送艦クラスしか……」

 無線手の困惑じみた報告を聞いて、艇長は考える。

 ECMによって通信とレーダーが妨害されていた間に敵艦隊はバラバラに散らばったか、それとも空軍の攻撃によって損傷は食らったもののすぐには沈まず、ECMの間に深海棲艦のほとんどが沈んだのか……後者はあり得ないだろう。通常の航空攻撃だけで大規模の深海棲艦艦隊を壊滅、なんてことはあった試しがない。なら前者だ。

「敵をあぶり出す必要があるな。マエストラーレ達に出撃準備させろ」




 エピローグも含めれば、あと2話くらいかな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。