インディゴの血   作:ベトナム帽子

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ちょっとした注意

・ぐるぐると回る忌まわしい羅針盤は存在しない。
・ドイツ海軍の艦娘が主人公。日本の艦娘は出てこない。
・よって、舞台はヨーロッパ。
・一部隊6隻が上限、なんてことはない。
・通常兵器は有効。
・艦娘の食事は人間と同じ。
・艦娘や深海棲艦は障壁(バリアー)を張れる。
・たぶん、恋愛とかそういうのない。
・設定的には私の稚作「雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-」と同じです。そっちも読んでくれると嬉しいな。

 それでも良いって方はどうぞ楽しんでいってください。


大西洋
Eins:愚痴


 深海棲艦を生きたまま、捕獲せよ、と海軍総司令官は私達を呼び出し、直接言った。

 無茶を言わないでくれ、と私達は言い返した。すると総司令官は残念そうな顔をした。

 君達ならできると思ったのだがね。思い違いだったか。

 気づけば、言い返していた。

 やって見せましょう。深海棲艦を生きたまま、捕まえてみましょう!

 

 ため息を吐きたかった。しかし、周りは海軍の高官達がいて、それなりに愛想良くしてなければならない。海軍総司令部の食堂で出される料理はそれはそれはへんぴな魚雷艇部隊基地よりも上等なものだったが、居心地という点から言えば、残念としか言いようがなかった。それでも2人は不満を全く顔に出さない。それは仮装巡洋艦ゆえのポーカーフェイスなのだろう。一方で口では周りには聞こえないくらいの声で愚痴を言っている。余所から見れば2人のお嬢さんが料理に舌鼓を打ちながら、楽しそうに会話しているようにしか見えない。しかし、声が聞こえるくらいまで近づけば顔と口の差異に人は驚くことだろう。

「で、どうするわけ?」

 ジャガイモをフォークで潰しながら、アトランティスは向かいの席に座るコルモランの目も見ずに、

「知らない」

 ぶっきらぼうに答えた。

「でも、うなずいちゃったよ」

 コルモランの指摘はもっともで、アトランティス達はエルケ・ヘルター海軍総司令官の挑発に乗って、命令に首を縦に振ってしまっている。撤回するなんて、少々のことじゃできない。相手が頑固者、偏屈と知られるエルケ・ヘルターだというのもあるし、自分達が優秀な仮装巡洋艦としての誇りを持っているからでもある。

「そもそもなんで、私達に『深海棲艦を生きたまま捕まえろ』なんて言ってくるの」

「ヘルター総司令の話聞いてなかった?」

「あんな演説じみた口調、聞き流してた」

「えぇ……。そんな図太さ、私も持ちたいよ」

「で?」

「で? って何?」

「司令の話」

 コルモランはため息を吐こうとしたが、ここが司令部の食堂だということを思い出し、思いとどまる。ケチャップがかけられたソーセージをフォークで刺し、口に放り込んで、咀嚼、飲み込んだ後、コルモランは話し始めた。

 そっくりそのまま話したら冗長になってしまうので、コルモランは要約して話そうとするのだが、ヘルターの演説のような調子に影響されてしまっていて、少々回りくどい。

 要約するとこうだ。イギリスやフランス、よもやイタリアにすら艦娘技術でドイツは後れを取っている。このままだとドイツはヨーロッパの中心ではなくなってしまうので、深海棲艦を生きたまま捕まえて、まわりの国をあっと言わせたい。そんな話だった。

「できるかなぁ」

「しろ、って言ってるんでしょ。ヘルター総司令は。しかも、する、と言ってしまった」 まったく。アトランティスは心の中で悪態を吐きながら、つぶし終わったジャガイモを口に運んだ。

 実際、「艦娘技術の後れ」というものは国会でも議題になるレベルの話であり、最近のドイツの兵器輸出額が低迷化していることと関わりが大きいと言われている。艦娘が多くの国で建造されるようになった今、既存の通常兵器は一定の需要はあるものの、時代遅れになりつつある。通常兵器市場が低迷している中、艦娘装備市場は規模を急速に広げつつあるのだが、艦娘技術が後れているドイツは参入が遅れ、市場はほぼイギリスが独占している状態だ。ドイツも砲熕兵装や光学機器を売り込んでいるが、イギリスは砲、レーダー、照準システムといった兵器システムのワンセットで売り込んでいる。しかも実戦を経て実績がある兵器システムなので、買い手としてはドイツよりイギリスに流れるのだ。

 イギリスに向いた目をドイツに向け直させるためには大きなニュースを掲げる必要がある。それは「深海棲艦を生きたまま捕獲する」ということなのだろう。

「そもそも司令部まで呼ぶこと自体、私達に『はい、やります』と言わせるためだったんだ。普通の任務は無線とか郵便とかで基地に命令を出すだけなのに」

「ヘルター自身でも無茶なことだってわかってるって?」

「そういうこと」

 上品な顔をしながら、ヘルターの愚痴話。それが中断されたのはアトランティスの隣にある人物が来て、隣よろしいか、と尋ねたからだった。

 淡い金髪のツインテール。グレーの瞳。純白をベースとした服とケルト結びの模様が入ったケープ。制帽はおぼんと一緒に手に持っている。

 ドイツ海軍唯一の航空母艦艦娘グラーフ・ツェッペリンだ。

「隣、よろしいか」

「ええ、かまいませんよ」

 アトランティスは屈託ない笑顔で答えた。それを受けて、グラーフ・ツェッペリンも微笑みを見せる。

「いやはや、君達がいてくれて助かった。1人で食べていると面倒くさい輩が来るのでな。君達は―――仮装巡洋艦か」

 艤装なしの艦娘の艦種を言い当てるのは難しいものなのだが、グラーフ・ツェッペリンは1発で2人の艦種を言い当てた。

「はい。私がアトランティス。こっちが―――――」

「コルモランです」

「そうか、オートメドン号のアトランティスと巡洋艦とやりあったコルモランか。『深海棲艦を生きたまま捕獲する』なんてそれは大層な任務を請け負ったものだな」

 グラーフ・ツェッペリンの言葉でアトランティスとコルモランは少し狼狽えた。といっても目尻の形が少し変わった程度だったが、グラーフ・ツェッペリンはそれを見逃さず、丸パンを手で千切りながら、不敵に笑った。

「聞いていたの?」    

 表情は上品なままだが、アトランティスは少し攻撃的な口調で聞いた。

「聞こえた……というのが正しいな。私は耳がいい。Bf109やスツーカは航続距離が短いから、音を聞き逃さないようにしているんだ」

「へぇ……。じゃあ、他に聞いたことは?」

「総司令官の悪口のことか?」

 すべて聞かれていたらしい。アトランティスは決意し、

「お願い、誰にも言わないで」

 上品な笑顔のまま、そんなことを言った。何を言うのか、と身構えたグラーフ・ツェッペリンは少しあっけにとられたようで、苦笑する。

「仮装巡洋艦は大変だな。お偉いさんに媚びないと予算がもらえない、なんて噂は本当だったのか」

 媚びないと予算がもらえない。その言葉にアトランティスとコルモランは笑顔を崩して、顔をしかめる。グラーフ・ツェッペリンは慌てて、すまない、と弁解する。

「馬鹿にするつもりはなかった。予算やらお偉いさんの機嫌やらでいろいろと左右されるのは分かっている。気を悪くしたのなら謝る」

「そう。じゃあ、貴方のこと、今度からグラーフ(伯爵)を取って、ツェッペリンって呼びましょう。ね、コルモラン?」

「ええ、そうしましょう」

 今度はあからさまに作った笑顔と口調だった。本当にすまない、と繰り返しグラーフ・ツェッペリンは謝る。

「まあ、ツェッペリンの言うその噂は本当の話。仮装巡洋艦部隊は媚びを売らないともう、維持するのは難しいのは事実」

 コルモランがコーヒーに角砂糖を入れながら答えた。

「仮装巡洋艦は武装も装甲も貧弱だし、最近は敵もレーダーを使うしね」

「だからレーダーに映らない艦や電波を吸収するマントなどの特殊装備か?」

 コーヒーをかき混ぜる手が止まった。コルモランは波打つコーヒーから視線を上げ、グラーフ・ツェッペリンの目を見た。グレーの澄んだ瞳。グラーフ・ツェッペリンは首をかしげる。淡い金髪が白熱電球の暖かい光を受けてきらりと輝く。

 続いてコルモランはアトランティスの方を見た。アトランティスはコルモランの視線に少し反応しただけで、別に何も言わない。黙々とつぶしたジャガイモを食べている。

「噂ってそんなところまで出回ってるんだ。一応、機密なんだけどね。特にステルスマントの方は」

 ここまで知っているのならば特に隠すことはない。仮装巡洋艦部隊の装備はその他の艦娘部隊に比べて豪華だ。ステルス性を備えたSボートS-320型や電波を吸収してレーダーの映りを悪くするマントだけに限らず、偽装用のスーツやそのための資材や塗料、敵電波を観測したり妨害する電子機器。仮装巡洋艦艦娘1人当たりに潜水艦娘5人分のコストがかかるとも言われている。ドイツが艦娘を建造できた当初こそ、そのコストと戦果と釣り合っていたが、今はそうではない。敵もレーダーや航空機をよく使うようになった今、武装も装甲も貧弱な仮装巡洋艦は戦果が挙げられなくなり、最近では金食い虫とまで言われるまでになった。

「私もドイツ唯一の空母ということでそれなりに肩身が狭いつもりだったが、仮装巡洋艦もなかなかだな」

「そういうこと。私達、哀れな仮装巡洋艦を労ってちょうだい」とアトランティス。

「しかし、それこそ『深海棲艦を生きたまま捕獲する』ことができれば、仮装巡洋艦も見直されるのではないのか?」

「まあね。でも無茶な任務だよ。普通の輸送艦を拿捕するのとは勝手が違う。それはそうとして、ツェッペリン、あなたは今日、何しに総司令部へ? こんなところに艦娘が来るなんてそうないのに」

 基本的に艦娘というものは兵士と同じであって、基地で命令を受け、出撃するものである。総司令部まで出向くことはほぼないと言っていい。建造された時だって出向くことはないのだ。

「私も君達と似たようなものだ。もっとも受けた命令は全く違うが」

「聞こうじゃないの。何言ったの? ヘルター総司令は」

 グラーフ・ツェッペリンはため息を吐いて、グラスの水を飲んだ。その顔は少し憂鬱そうだ。

「ビスマルクと同じように日本に行け、とのことだ。今すぐじゃないがな」

「はあ?」

 アトランティスは思わず、ポーカーフェイスすら崩して、間抜けな返事をしてしまった。

「ちょっと待って。ツェッペリンはドイツ唯一の空母。その認識合っているよね?」

 グラーフ・ツェッペリンは頷く。

「ちょっと頭痛くなってきた」

 周囲の目も気にせず、アトランティスは額に手を当てた。ドイツ唯一の海上航空戦力であるグラーフ・ツェッペリンを手放すなんて、ヘルターのアホはいったい何を考えているんだ? 駆逐艦の1隻や2隻は良いだろう。ドイツ海軍で3隻しかない戦艦の1隻も良いとしよう。しかし、空母はどうだ? 1隻しかないのだ。それを日本に送るということは地中海の海上航空戦力をイギリスに頼り切るということと同義だ。ミリタリーバランスや外交的にどうなのだ?

 グラーフ・ツェッペリンはグラスを片手でゆらゆらと揺らしながら話を続ける。グラスの中の氷がぶつかり合って、カラリ、カラリと音を立てる。

「私は航空母艦というよりも航空巡洋艦といった方がしっくり来る艦なんだがな。搭載機は42機程度だが、砲熕兵装と装甲は充実している。日本の赤城や加賀といった普通の空母とは運用の仕方がそもそも違う。日本に行ったところで何になるやら、だな」

 だな、と言い切ったのを最後に鼻で笑って、グラスの水を飲み干した。

 

 アトランティスとコルモランはフレンスブルク駅の前で車から降りた。車の排気ガスや飲食店の匂いなど色々混ざった空気は鼻を刺激するが、ここはこういうものだとアトランティスは思い直す。

「では、また。いつ会えるかは分からないが」

 グラーフ・ツェッペリンが助手席の窓を開けて、別れの挨拶をする。「そちらも元気で」とコルモラン。「日本に行ってもしっかりやりなよ」とアトランティス。

 そして車を運転してくれているグラーフ・ツェッペリンの従兵に2人が送ってくれたことに対する感謝の言葉を述べると、従兵はお気遣いなさらなくても結構です、とはにかみながら答えた。

「ではまた」

 グラーフ・ツェッペリンが窓を閉めると車はすぐに発進した。駅前の車道は時間としては空いていて、車はすぐ遠くに行ってしまった。

「空母はいいねぇ。お付きの車があるなんてさ」

「ツェッペリンの母港はキールで近いんだから車なんでしょ。さ、列車の私達も帰ろう」

「明るい内に帰れるかなぁ」

 2人は並んでフレンスブルク駅の構内に入っていった。




 感想などお待ちしています。

 シャクティ風な次回予告(2月12日13:00投稿予定)

 夜の水平線に走る光は、イギリス海軍と深海棲艦の激しい砲撃戦でした。
 アトランティスとコルモランは英軍の討ち漏らしを狙って、Sボートから夜の海に飛び出します。
 その中、アトランティスは「インディゴ」の意味を考えました。ヘルターの言った「インディゴ」にどんな意味があるのでしょう?
 次回、「夜の閃光」。見てください!

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