「よく来てくれた、冬風君。こちらが儂の孫娘、夢依じゃ。よしなに頼むよ」
「いえ、こちらこそ」
伯父様と僕はお互いに頭を下げた。その状況についていけてない夢依はおどおどしてた。
「お祖父様、冬風がなぜここに来たのか教えて下さい」
「冬風君はな、事情あって前居た村に入れなくなったのじゃ。それで彼の兄である秋水から、冬風を頼むと電話越しに頼まれてな。」
「だったらここじゃなくても……冬風の両親は何をして…」
夢依が僕の両親の話に触れようとした瞬間、伯父様は大声で怒鳴った。
「夢依!!」
その声にビビったのか、少し泣きそうな顔になっていた。
「……冬風君の母親は3つの時に、父親はその後すぐに行方不明なんじゃよ」
「えっ……」
夢依は驚きの表情で僕の方を見た。僕は……暗い表情で俯くことしか出来なかった。
「つまり、冬風君は3つの時から秋水と二人きりで生きてたのだ。その事を忘れるな、そしてその話はもうするな」
夢依はしょんぼりした顔で、僕に謝ってきた。
「その……ごめん」
僕は表情を戻し、普通を装って微笑んだ。
「気にしなくていいよ、そのうち言うつもりだったんだ……ただその時期が早まっただけだよ」
「でも……」
「本当に気にしないで……伯父様もお気になさらずに、僕は大丈夫ですから」
僕は少し弱々しく微笑んでから頭を下げた。
「すまぬな……逆に気を使わせてしまって…ここに呼んだのは二人の顔合わせのためじゃ、他に冬風君に聞きたいことはあるかな?」
「特には……」
「それじゃ、解散するとするか」
伯父様は椅子から立ち上がると、自室に戻られた。僕はそのまま振り返り、自室に戻ろうとしてた。その時…
「ふ、冬風…」
ん……?僕は振り返った。すると、すぐ近くに落ち込んだ顔をした夢依さんが居た。
「どうしたの?」
聞いてみた。
「あの……本当にさっきはごめん、私冬風の事情を知らないであんな無神経な…」
そのことか……
「さっきも言ったとおり、気にしてないよ。まだ僕が物心付く前だから、あまり顔も覚えてないしね」
……嘘だ、本当は今でも母様の顔は覚えているし、物心もついていた。思い出すだけで涙が出そうになるけど、そんなのこんなところで許されるわけもない。
「とにかく、僕は卒業まで夢依さんを守り切ってみせる。だから、気なんて使わなくったっていい、困ったことがあったら頼ってね」
そう言って、こんどこそ自室に戻ろうとしてた。すると、また夢依さんに服の裾を掴まれた。
「……今度は何?」
振り返ると、今度は普通の顔だった。
「もし……もし差し障りがないなら、冬風の事……もっと教えて?」
……来た、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。
「……分かった、なるべくなら早いほうがいいもんね。じゃあもし聞くのであれば……夜に僕の部屋に来てくれるかな?その時に話すよ」
「分かった……」
夢依は僕の服の裾から手を離した。僕はそのまま歩き出し、皇玉の間を後にした。そして自室に戻った。僕は切ないのやら悲しいのやら…そんな感情と闘いながら必死に涙をこらえ、クリスタルのネックレスを握りしめた。
「はぁ……まさかこんなに早いとは…」
「まぁ、気になることはとことん聞きたい子なんでしょうね」
僕がベッドに座り俯いていると、隣に雅が座った。
「雅……僕は……」
言いかけようとすると、雅は無言で僕を抱いた。
「あの時言ったでしょう?辛い時は私を頼ってもいいって」
「ごめん……本当のところ、僕は辛いんだ。今でも母様や父様のことははっきり覚えている、顔を思い出すだけでも辛いんだ…そして、忍を守りきれなかったことも……辛いんだ…」
僕はいつしか泣いていた。もう泣かないと決めたはずなのに、僕は泣いていた。声を最大限まで殺して泣きじゃくっていた。あの暖かかった時間は、もう帰ってこない。優しく、心を惹かれた母様の笑顔も……憧れで、逞しかった父様も……もう居ないのだから。戻れるなら、あの暖かかった時間に帰りたいと何千回も願った。でも、それが叶うことはもう無い。
だから僕は、そういう時間を作ろうと雅と約束した。もし僕が結婚したとして、子供を授かったとして……もうこんな思いを、ましてや自分の子供にこんな思いをさせたくないと強く思った。暫く雅の胸で泣きじゃくり、やがて少しずつ治まってきた。そして、ドアに乾いたノックの音が転がった。
「はい……?」
返事をすると、メイドらしき人の声が聞こえた。
「冬風様、お食事の用意が出来ました」
「分かりました。お伺いしますので、先に行っててください」
「かしこまりました」
足音が遠ざかっていく。僕は涙を拭い、雅の胸から離れた。
「ありがと、雅……さぁ、飯食いに行こう」
僕は微笑みながら、雅に手を差し伸べた。
「ええ」
雅は少し笑い、僕の手をとった。こうして2人食堂の方へ向かった。入ると、夢依と伯父様が座っていた。
「もう……気分は晴れたか?」
すべてを見透かしていたかのように聞いてくる伯父様。流石だ…と感心しながら席についた。
「大丈夫です、時間を置いたら落ち着いたので」
「そうか……契約したのが雅でよかったな」
「本当です…」
「ふふん」
雅はドヤ顔してた。僕はそれがおかしくて、笑った。伯父様も笑った。でも、夢依は笑わなかった。やはり、気にしているのだろうか…?
「やっぱり……冬風は強いね、色々考えてみたけれど…今も何事もなかったようにこうして話してられるもの、強いよ…」
夢依は少し声が震えていた。
「僕は強くなんか無いよ。心の切り替えは早いけど、結構後まで引きずっちゃうんだからね」
「そうなの……?」
「うん、僕は昔から泣いてばっかりだったんだ。両親が居なくなった後もずっと部屋にこもって泣き続けてたし、幼なじみがベッドの上から動けなくなった後も泣き続けた。でも、雅と出会って……楽しいことがあって、ようやく楽になってきたんだ。そして、僕は僕の夢を叶える為に…雅と契約したんだ」
「……」
唖然とした夢依。伯父様は黙って聞いてる。
「正直言うとね、伯父様に夢の事言う時怖かったんだ。馬鹿げてるだとか、子供の戯れ言だとか言われそうで……でも、伯父様はちゃんと聞いてくれた、笑って応援してくれた。だから、僕は胸を張ってこの夢を叶える為に頑張るんだ」
僕はいつの間にか微笑んでいた。目元に涙を溜めながら。
「夢……というのは…?」
「……僕の夢は僕や雅、幼なじみの忍や夢依と伯父様……皆が笑って話しあえて、酒を酌み交わせる温かい時間を…そういう時間を作りたい、それが僕の夢だ」
「………」
夢依は黙って聞いた。そして口を開いた。
「……とても、素敵な夢だと思う。叶うと良いわね」
その時の夢依の表情は、心の底から微笑んでくれていた気がする。優しい笑顔で。
「叶えてみせるさ…」
僕は涙を拭い去り、微笑んだ。夢依も微笑んでくれていた。伯父様も笑ってくれていた。雅は僕の隣でクスクス笑っていた。あぁ……そうだ、今みたいな…こんな温かい時間にしてみせる。
こうして夕食を済ませ、僕は風呂に入り終わり、自室で髪を乾かしていた。すると、ドアにノック音が聞こえた。僕はドライヤーを止め、返事をした。
4頁へ続く。