くらげはクロノと一悶着あったあと、しばらくの間落ち込んでいた。
すぐに『僕にできるわけがない』と諦めてしまうくらげにしては珍しいことで、それだけフェイトに依存していたとも言える。
それは、クロノに手を出そうとしたことからも伺える。誰かに攻撃するなど、普段であれば行うはずもない行為である。
いつにもまして肩を落とし、俯きがちなくらげは、傍から見ているものの心を暗くさせた。
だが、そんなくらげを健気に支えようとしていたのはなのはだった。
どうやら、なのはは家から離れてアースラで暮らしているようで、ジュエルシード集めでアースラを離れることはあるが、それ以外の時間はほぼくらげと一緒に居たと言っても過言ではない。
部屋から出ないくらげを食事に誘ったり、他愛もない話をしたり、簡単なゲームで気を紛らわせたりと、落ち込むくらげをなんとか支えようとしていた。
「くらげ君、一緒にご飯食べに行こう?」
くらげの部屋のドアがノックされ、なのはが声をかける。
くらげが「うん…」と答えてドアを開けると、小学校の制服に身を包んだなのはが立っていた。なのははくらげが出てきたところを見ると、屈託なく、ニコっと笑った。
くらげは思わず顔を赤らめて、顔を逸らす。最近なのはと過ごすことが多くなり、なのはへの恐怖が薄れ、普通の女の子として見るようになったからだ。
フェイトはその非の打ち所のない顔立ちや体型に目を奪われるが、なのはは違う。少し可愛い、どこにでもいる普通の女の子のだった。
けれど、その仕草が、言葉が、いちいち可愛くて、くらげの心を揺らす。
失敗した時に少し頬を赤らめて「にゃはは」と笑ったり、なんの気無しにクルリと回った時に高めに翻ったスカートを慌てて抑えたり、言いにくそうなことをモジモジと赤らめた顔を伏せながら言ったり。それを見るたびに、くらげは言いようもない、恥ずかしいような、嬉しいような、愛しいような、もにゅもにゅとしたものを感じていた。
食堂に着くと、なのはは、率先して目立たない端の席をとる。恐らく、目立ちたくないくらげのことを思ってのことと思われた。
そのまま、なのはは二人分の食事を取って来て、席に座る。
そうして、くらげは俯きがちに黙々とご飯を食べ、目の前のなのはは笑顔でくらげの顔を見ながら食事をしていた。
「あの…」
くらげがなのはに話しかけると、
「なに?!」
となのはは笑顔のまま身を乗り出して答える。
くらげは思わず仰け反って、その姿勢をゆっくりと元に戻すと、なのはにいった。
「僕のこと、放っておいても、大丈夫だよ?」
なのははその言葉を聞いて少しだけ、目を伏せた。
「邪魔…?」
「邪魔、じゃないけど、僕なんかに構わなくても…」
なのはは、くらげの言葉を聞いて笑う。
「なら一緒にいる」
くらげは、なのはの気持ちがわからない。くらげから好意的とは思えない対応をされて、それでもくらげの側にいる理由がわからなかった。
「なんで、そんなに…」
「わたし、後悔してるの」
なのはは、くらげの言葉に割り込む。
「後悔?」
「わたしの家に、くらげ君が来てくれたときのこと」
くらげは、体を少しだけびくりを震わせる。あの高町家での出来事を思い出したからだ。なのはは曖昧に笑うと、視線をくらげから離して、遠くを見た。
「わたし、くらげ君を守るって言ったのに、何もしなかった。ただ見てるだけだった。それが本当に悔しいの」
そう言いいながら、なのはは机の下の手をギュッと握りしめた。
「わたしね、家族も友達も、みんな大好きで大事だから、特別な人って、誰よりも大事な人ってできないと思ってた」
なのははくらげに顔を向ける。
「でも、くらげ君と会って。あんなに怖がってたのに、わたしを助けようとしてくれて。わたしのために、頑張ろうとしてくれて。わたし、くらげ君を見てて、胸の奥が熱くなって」
そう言いながら胸に手を当てる。
「わたし、くらげ君に会うために今まで生きてきたんだ、ってそう思ったの」
そして、はにかみながら、
「そんなこと初めてで…なんでもいいから引き止めなきゃって…くらげ君、どっかに行っちゃいそうだったから、でも」
と言って目を伏せた。
「くらげ君のこと、守るって決めたのに、あの時、守れなかった。みんなから、くらげ君を守れなかった」
「違うよ。あれは僕のせいで」
「違わない。あの時、くらげ君は追い詰められてた。わたしは、ただそれを見ているだけだった。ただびっくりして、くらげ君が出ていくまで、何もしなかった」
そして、なのはは、くらげをじっとみつめる。
「もう二度と、あんな気持ちにはさせないから」
なのはの目に、力がこもる。
「絶対に、わたしが守るから」
そう誓うなのはの目に迷いなど微塵もなかった。
真っ直ぐな視線が、くらげを射抜く。
必ず守ると、会うために生きてきたと、それらの言葉はくらげの心を激しく揺さぶった。
それは元の世界で感じることのなかった、熱さだった。
黒神舵樹は、くらげを暗い地下室から救い出し、その溢れる愛で、皆と同じようにくらげを愛し、人並みの幸せを教えてくれた。
黒神めだかも、くらげを差別することなく、皆と同じようにくらげを愛した。
その愛は、くらげに微かにだが届いていたし、くらげも二人のことは嫌いではなく、愛されているのだということはわかっていた。
だが、違った。なのはの気持ちは、それらとは違っていた。
誰よりも大事だと、そんな嘘偽りない想いは、それらとは違っていた。
くらげの目から涙がこぼれた。
「え? え?! くらげ君どうしたの?!」
それは、ぼろぼろと流れ、くらげはそれを止める様子はない。ただ、遠くを見るように放心していた。
「ご、ごめん! わたし何か変なことを…」
手をあちらこちらに振り回しながら、なのははくらげは言う。
「ごめん…」
「え?」
「ごめん…避けてて、ごめん…」
くらげは、放心したまま言う。
なのはのことを見もせず、理解しようともせず、ただの避けていた自分と、そんな自分を見ていてくれたなのはへの、感謝や謝罪や後悔といった気持ちが混ざり合って、ただ、そう言った。
そして、それはなのはに届き、なのはの目に涙を浮かばせた。
「ううん、大丈夫だから」
「ごめん…」
「うん、大丈夫だから」
なのはは謝り続けるくらげに何度も「大丈夫」と声をかけ続けた。
そして、ようやくくらげが落ち着くと、なのはが言った。
「フェイトちゃんのことも大丈夫だから。アースラのみんなも居るし、わたしも頑張るから」
「僕も、ちょっとくらいは」
なのはは、くらげの言葉を止めるように、手のひらを差し出す。
「くらげ君はだーめ。だって、わたしの方が強いもん。だから」
そう言って、なのはは不安げに顔をくしゃり崩した。
「わたしに守らせて?」
くらげはそんななのはの様子をみて、何度か何かを言おうと逡巡したが、唇をきゅっと締めた後、
「ありがとう」
と言った。その言葉を聞いたなのはは満面の笑みで「うん!」と答えた。
それから二人は、いつもよりもリラックスした様子でゆっくりと食事をとっていた。
しかし、それは鳴り響いたサイレンによって、終わりが告げられた。
なのはは顔を引き締めて、焦点の合わない目でじっとしている。どうやら、魔導師が使う『念話』という、テレパシーのような能力を使っているらしかった。くらげに聞こえていないのは、関係者への連絡だからと思われた。
少しして、なのはは突然立ち上がると、くらげを見た。
「フェイトちゃんが、ちょっと無理してるみたい。ちょっと行ってくるね」
決意を瞳に浮かべて、なのはは言う。
「うん、その…」
「くらげくん」
そして、笑って、
「こういう時は、『がんばって』って言って欲しいな」
そう言って頬を染める。
くらげも同じように頬を染めると、呟くように言った。
「が、がんばって…」
「うん!」
そしてなのはは駆け出した。
残されたくらげは、なのはの力強い後ろ姿を見つめた。
挫けない、諦めない、そんなくらげが捨ててしまったものをなのははしっかりと持っていた。
なのはは、まるで『主人公』だった。
話が進むとか書きながら、ちょっとしか進まないとか…、ぶっちゃけありえない。
なのはの好感度が下がったままだったことを忘れていました。ごめんなさい。