僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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四人目の魔法使いなの?!

 くらげは、アースラにある小さな部屋のベットの上に座っていた。

 小さなといっても、それはアースラのなかでは、という意味であって日本の一般的な家を基準にすれば、一人に割り当てられるには大きい部屋と言えた。くらげにしてみれば、大きすぎる部屋、である。

 そのベットの前に置かれた、二つの椅子に、なのはと、男の子が座っていた。

 

 その男の子に覚えがないくらげは、そちらをチラチラと見ながら、様子を伺っていた。

 それに気づいた男の子は、くらげの言いたいことに気がついたらしく、口を開いた。

 

 「あ、ああ、僕、ユーノだよ」

 

 くらげは、ユーノというフェレットと、目の前にいる男の子が一瞬結びつかなかったが、フェイトの家でみた使い魔のアルフを思い出した。

 

 「使い魔、だったの?」

 「ううん、こっちが本当なんだ」

 「そう…」

 

 本来であれば、驚くところではあったが、くらげの心は反応できる状況にはなかった。くらげは自然と俯いた。

 くらげの相槌を最後に、しばらく誰も口を開くことはなかった。

 だが、

 

 「くらげ君、ごめん…」

 

 と、なのはがつぶやくように、ささやくように言った。

 

 「なんで、謝るの?」

 

 くらげは、問いかける。なのはは、悲しそうに目を伏せて答える。

 

 「くらげ君、フェイトちゃんと、一緒に居たかった、よね。多分、フェイトちゃんも、本当はくらげくんと一緒にいたかったんだと思う」

 

 くらげにとって、なのはがフェイトのことを思いやるような言葉が出ることは、少し不思議だった。

 

 「敵対してるのかと思った」

 「うん、ジュエルシードを取り合ってるのは、本当。でも、わたしは、フェイトちゃんと友達になりたいの。いつも、悲しい顔をしてるから」

 「そう…」

 

 なのはは、フェイトのことを見ていた。見ようとしなかったくらげとは違う。

 

 「フェイトちゃんって、その、ずっと」

 「ううん、一緒にいた時は、よく笑ってたよ」

 「そうなんだ、よかった」

 

 なのはは、少し微笑む。

 

 「でも、僕もあんまり話してないから、たまに話すくらいで。あとは、一緒にご飯食べてたり、一緒におふ…」

 「おふ?」

 「…何でもない」

 

 くらげは危うく必要ないことまで口走りそうになって、慌てて言葉を止めた。だが、時、すでに遅い。

 

 「おふ? お、お、お風呂?! い、一緒に?!」

 

 なのはは、顔を真っ赤に染めて、手をバタバタとさせながら言う。

 

 「ち、ちがっ、くないけど、勝手に入ってくるっていうか」

 

 くらげはどうにか言い訳をしようとするが、嘘でないため、うまく言えない。

 と、そのお風呂という言葉に、ユーノが反応していた。どぎまぎして、顔が赤い。

 

 くらげがその様子を見た瞬間、くらげは部屋が薄暗くなったかのような、温度が数度下がったような感覚を覚えた。

 ふとユーノの隣のなのはを見ると、その作ったかのように固まった笑顔の、暗黒で染め上げたような目が、ユーノを見つめていた。

 

 「ひぃっ」

 

 その抑えきれない殺気に、くらげは思わず声を上げた。

 ユーノはその隣で、死を覚悟した囚人のように固まっている。

 なのはは、ゆっくりと口を開く。

 

 「ユーノ君、それは忘れる約束だよね? 忘れられないのかな?」

 

 なのはの言葉にユーノはびくりと体を震わせる。

 

 「っ! い、いや、僕はなのはが何を言ってるのか、よく分からないなあ〜」

 「だよね~」

 

 なのはは、満足したかのように相槌を打つ。それと同時に、周りの様子が元に戻る。

 ユーノは安堵のため息をつき、くらげは意味もわからず流した脂汗をぬぐった。

 どうやらなのはとユーノに、『お風呂』に関係するなにかがあったようであったが、それを聞けるほど、くらげは命知らずではなかった。

 

 と、ドアをノックする音が響き、ドアの外から、クロノが「くらげ君、ちょっといいか」と声をかけてきた。

 くらげは、少し身構えて、「はい」と答えてドアを開けた。そこには、黒いバリアジャケットを着たクロノが立っていた。

 

 「少し、演習場まで付き合ってくれ」

 

 そういうと、クロノはくらげをアースラの演習場まで連れて行った。

 なのはとユーノも一緒である。

 

 その演習場はそこそこの大きさがあった。大体サッカー場の半分くらいのように見える。

 その中央にくらげとクロノが二人で立っている。

 くらげは手ぶらで所在なさげに、クロノは杖を持ったまま堂々と立っていた。

 そしてクロノが言う。

 

 「君が、リンカーコアを持っていることが分かった。要は魔導師になれる素質があるということだ」

 

 その言葉に誰もが驚いたが、くらげだけは、なんとなくその次に続く言葉も分かっていた。

 

 「ただ、魔力量はかなり低い」

 

 くらげは、その言葉に納得した。

 つまり、スキル『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》によって、なのはやフェイト、クロノの魔導師としての素質を劣化コピーしたのだ。

 

 クロノは簡単な装飾が施されたグローブをくらげに渡す。

 

 「そのグローブをはめてくれ。それは初心者向けブーストデバイスだ、基本的な魔法の使用を補助する。事が片付けまでは、君の身も危険だ。助けに行けないことあるだろう。それを一時的に貸し出すので、最悪の場合、それで身を守ってくれ」

 

 くらげは言われたとおりに、両手に少し大きいグローブをはめる。

 

 「試しに防御魔法を使ってみてくれ。心の中で守るように強く念じればいい」

 

 くらげは言われたとおりに、自分を守る硬い壁を想像した。

 それと同時に、くらげの目の前には薄い膜のようなものが出来た。くらげは、本当に魔法が使えたことに、少しばかり驚く。

 クロノはくらげが出した薄い膜を、コンコンと杖で叩く。

 

 「うん、やはり、強度は低いな。実践では使えない。だが、逃走中の足止めくらいにはなるだろう。次は攻撃魔法を使ってみてくれ。先ほどと同じように、強く念じればいい」

 

 くらげは同じように、敵を討ち倒すための光り輝くエネルギー体を想像する。だが、それは形にはならなかった

 

 「攻撃魔法は駄目のようだな。魔力量のせいかもしれない。だが、防御魔法だけでも、何かの役にはたつだろう。休んでいるところ済まなかった。できるだけ早めに渡していた方がいいと思ったので、急がせてもらった。あとは部屋で休んでもらって構わない」

 

 そういって、演習場を去ろうとするクロノに、くらげは声をかけた。

 

 「あの…」

 

 その声にクロノは足を止めて振り返る。

 

 「どうした?」

 「一応、お礼だけは」

 

 くらげは、うつむきがちに言う。

 クロノは頭をひねる。

 

 「保護の件か? それは僕の職務だ。お礼を言われるほどのことではない。むしろ、君からは恨まれていると思っていたよ。君とフェイト・テスタロッサは、悪くない関係を結んでいる可能性が非常に高かった」

 「こうしなくちゃいけない理由も、分かる、つもりだから」

 「そうか」

 「お礼を言わなくちゃいけないことも、そうしてもらわなくちゃいけなかったこともわかる、んだけど、でも…」

 

 くらげは俯いていた顔をあげる。

 その顔は、その目には涙が溜まっていた。

 

 「だけど、どうしても」

 

 くらげは、そういうとあるスキルを発動した。

 

 「『あなたの正面だあれ』《フェイクフェイス》」

 

 このスキルは安心院なじみの、相手の認識をいじって自分を任意の人間だと錯覚させるスキル、『身気楼』《ミラージュブナイル》の劣化スキルである。『あなたの正面だあれ』《フェイクフェイス》は、一瞬だけ自分の上手く視認できないようにするスキル、つまり、この瞬間、クロノはくらげのことを視認できず、まるで残像を見ているかのように錯覚してしまう。

 

 「っ!」

 

 クロノはくらげを見失ったかのような錯覚に陥った。くらげは続けざまにスキルを使う。

 

 「『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》!」

 

 そう叫びながら、くらげはクロノとの間合いを詰める。

 そうして、力の限り握りしめられた拳をクロノの頬へ打ち込もうとして、

 

 「どうした…?」

 

 無抵抗なクロノは、目をつぶったままそういった。

 くらげの拳はクロノの頬の手前で止まっている。

 

 くらげとクロノの実力差は歴然である。

 それは、いくらくらげが『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》を使ったところで埋まるような溝ではない。当然のように見切られるに決まっていた。だが、クロノは見切った上で、くらげの思惑を理解した上で、無抵抗に、目を閉じていた。

 

 「どうして…」

 「君こそ、何故当てない。僕は君とフェイト・テスタロッサを引き離した張本人だぞ」

 

 その言葉に、くらげは腕を下ろした。

 クロノはこうされることすら覚悟の上で、今回のことを決断していたのだと、くらげは思い知った。そしてくらげの気持ちを理解した上で、敢えてその気持ちを受けとめようとする姿勢に、くらげは言葉がなかった。とても、くらげが敵うような覚悟では、意思ではなかった。

 

 くらげには、その覚悟まで、届かない。

 

 「ごめん、なさい」

 

 くらげはどうにかそういうと、ふらふらとした足取りで、自分に割り当てられた部屋に戻っていった。

 

 




 テレビ版のタイトルをもじっている、となると、今回のタイトルは予測できちゃいますよね。
 今回は停滞回でしたが、次回はちゃんと物語が進みます。

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