くらげは、アースラにある小さな部屋のベットの上に座っていた。
小さなといっても、それはアースラのなかでは、という意味であって日本の一般的な家を基準にすれば、一人に割り当てられるには大きい部屋と言えた。くらげにしてみれば、大きすぎる部屋、である。
そのベットの前に置かれた、二つの椅子に、なのはと、男の子が座っていた。
その男の子に覚えがないくらげは、そちらをチラチラと見ながら、様子を伺っていた。
それに気づいた男の子は、くらげの言いたいことに気がついたらしく、口を開いた。
「あ、ああ、僕、ユーノだよ」
くらげは、ユーノというフェレットと、目の前にいる男の子が一瞬結びつかなかったが、フェイトの家でみた使い魔のアルフを思い出した。
「使い魔、だったの?」
「ううん、こっちが本当なんだ」
「そう…」
本来であれば、驚くところではあったが、くらげの心は反応できる状況にはなかった。くらげは自然と俯いた。
くらげの相槌を最後に、しばらく誰も口を開くことはなかった。
だが、
「くらげ君、ごめん…」
と、なのはがつぶやくように、ささやくように言った。
「なんで、謝るの?」
くらげは、問いかける。なのはは、悲しそうに目を伏せて答える。
「くらげ君、フェイトちゃんと、一緒に居たかった、よね。多分、フェイトちゃんも、本当はくらげくんと一緒にいたかったんだと思う」
くらげにとって、なのはがフェイトのことを思いやるような言葉が出ることは、少し不思議だった。
「敵対してるのかと思った」
「うん、ジュエルシードを取り合ってるのは、本当。でも、わたしは、フェイトちゃんと友達になりたいの。いつも、悲しい顔をしてるから」
「そう…」
なのはは、フェイトのことを見ていた。見ようとしなかったくらげとは違う。
「フェイトちゃんって、その、ずっと」
「ううん、一緒にいた時は、よく笑ってたよ」
「そうなんだ、よかった」
なのはは、少し微笑む。
「でも、僕もあんまり話してないから、たまに話すくらいで。あとは、一緒にご飯食べてたり、一緒におふ…」
「おふ?」
「…何でもない」
くらげは危うく必要ないことまで口走りそうになって、慌てて言葉を止めた。だが、時、すでに遅い。
「おふ? お、お、お風呂?! い、一緒に?!」
なのはは、顔を真っ赤に染めて、手をバタバタとさせながら言う。
「ち、ちがっ、くないけど、勝手に入ってくるっていうか」
くらげはどうにか言い訳をしようとするが、嘘でないため、うまく言えない。
と、そのお風呂という言葉に、ユーノが反応していた。どぎまぎして、顔が赤い。
くらげがその様子を見た瞬間、くらげは部屋が薄暗くなったかのような、温度が数度下がったような感覚を覚えた。
ふとユーノの隣のなのはを見ると、その作ったかのように固まった笑顔の、暗黒で染め上げたような目が、ユーノを見つめていた。
「ひぃっ」
その抑えきれない殺気に、くらげは思わず声を上げた。
ユーノはその隣で、死を覚悟した囚人のように固まっている。
なのはは、ゆっくりと口を開く。
「ユーノ君、それは忘れる約束だよね? 忘れられないのかな?」
なのはの言葉にユーノはびくりと体を震わせる。
「っ! い、いや、僕はなのはが何を言ってるのか、よく分からないなあ〜」
「だよね~」
なのはは、満足したかのように相槌を打つ。それと同時に、周りの様子が元に戻る。
ユーノは安堵のため息をつき、くらげは意味もわからず流した脂汗をぬぐった。
どうやらなのはとユーノに、『お風呂』に関係するなにかがあったようであったが、それを聞けるほど、くらげは命知らずではなかった。
と、ドアをノックする音が響き、ドアの外から、クロノが「くらげ君、ちょっといいか」と声をかけてきた。
くらげは、少し身構えて、「はい」と答えてドアを開けた。そこには、黒いバリアジャケットを着たクロノが立っていた。
「少し、演習場まで付き合ってくれ」
そういうと、クロノはくらげをアースラの演習場まで連れて行った。
なのはとユーノも一緒である。
その演習場はそこそこの大きさがあった。大体サッカー場の半分くらいのように見える。
その中央にくらげとクロノが二人で立っている。
くらげは手ぶらで所在なさげに、クロノは杖を持ったまま堂々と立っていた。
そしてクロノが言う。
「君が、リンカーコアを持っていることが分かった。要は魔導師になれる素質があるということだ」
その言葉に誰もが驚いたが、くらげだけは、なんとなくその次に続く言葉も分かっていた。
「ただ、魔力量はかなり低い」
くらげは、その言葉に納得した。
つまり、スキル『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》によって、なのはやフェイト、クロノの魔導師としての素質を劣化コピーしたのだ。
クロノは簡単な装飾が施されたグローブをくらげに渡す。
「そのグローブをはめてくれ。それは初心者向けブーストデバイスだ、基本的な魔法の使用を補助する。事が片付けまでは、君の身も危険だ。助けに行けないことあるだろう。それを一時的に貸し出すので、最悪の場合、それで身を守ってくれ」
くらげは言われたとおりに、両手に少し大きいグローブをはめる。
「試しに防御魔法を使ってみてくれ。心の中で守るように強く念じればいい」
くらげは言われたとおりに、自分を守る硬い壁を想像した。
それと同時に、くらげの目の前には薄い膜のようなものが出来た。くらげは、本当に魔法が使えたことに、少しばかり驚く。
クロノはくらげが出した薄い膜を、コンコンと杖で叩く。
「うん、やはり、強度は低いな。実践では使えない。だが、逃走中の足止めくらいにはなるだろう。次は攻撃魔法を使ってみてくれ。先ほどと同じように、強く念じればいい」
くらげは同じように、敵を討ち倒すための光り輝くエネルギー体を想像する。だが、それは形にはならなかった
「攻撃魔法は駄目のようだな。魔力量のせいかもしれない。だが、防御魔法だけでも、何かの役にはたつだろう。休んでいるところ済まなかった。できるだけ早めに渡していた方がいいと思ったので、急がせてもらった。あとは部屋で休んでもらって構わない」
そういって、演習場を去ろうとするクロノに、くらげは声をかけた。
「あの…」
その声にクロノは足を止めて振り返る。
「どうした?」
「一応、お礼だけは」
くらげは、うつむきがちに言う。
クロノは頭をひねる。
「保護の件か? それは僕の職務だ。お礼を言われるほどのことではない。むしろ、君からは恨まれていると思っていたよ。君とフェイト・テスタロッサは、悪くない関係を結んでいる可能性が非常に高かった」
「こうしなくちゃいけない理由も、分かる、つもりだから」
「そうか」
「お礼を言わなくちゃいけないことも、そうしてもらわなくちゃいけなかったこともわかる、んだけど、でも…」
くらげは俯いていた顔をあげる。
その顔は、その目には涙が溜まっていた。
「だけど、どうしても」
くらげは、そういうとあるスキルを発動した。
「『あなたの正面だあれ』《フェイクフェイス》」
このスキルは安心院なじみの、相手の認識をいじって自分を任意の人間だと錯覚させるスキル、『身気楼』《ミラージュブナイル》の劣化スキルである。『あなたの正面だあれ』《フェイクフェイス》は、一瞬だけ自分の上手く視認できないようにするスキル、つまり、この瞬間、クロノはくらげのことを視認できず、まるで残像を見ているかのように錯覚してしまう。
「っ!」
クロノはくらげを見失ったかのような錯覚に陥った。くらげは続けざまにスキルを使う。
「『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》!」
そう叫びながら、くらげはクロノとの間合いを詰める。
そうして、力の限り握りしめられた拳をクロノの頬へ打ち込もうとして、
「どうした…?」
無抵抗なクロノは、目をつぶったままそういった。
くらげの拳はクロノの頬の手前で止まっている。
くらげとクロノの実力差は歴然である。
それは、いくらくらげが『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》を使ったところで埋まるような溝ではない。当然のように見切られるに決まっていた。だが、クロノは見切った上で、くらげの思惑を理解した上で、無抵抗に、目を閉じていた。
「どうして…」
「君こそ、何故当てない。僕は君とフェイト・テスタロッサを引き離した張本人だぞ」
その言葉に、くらげは腕を下ろした。
クロノはこうされることすら覚悟の上で、今回のことを決断していたのだと、くらげは思い知った。そしてくらげの気持ちを理解した上で、敢えてその気持ちを受けとめようとする姿勢に、くらげは言葉がなかった。とても、くらげが敵うような覚悟では、意思ではなかった。
くらげには、その覚悟まで、届かない。
「ごめん、なさい」
くらげはどうにかそういうと、ふらふらとした足取りで、自分に割り当てられた部屋に戻っていった。
テレビ版のタイトルをもじっている、となると、今回のタイトルは予測できちゃいますよね。
今回は停滞回でしたが、次回はちゃんと物語が進みます。