「くらげ君の言ってた子に会ったよ」
大木の根に座った女の子、フェイト・テスタロッサはそう言った。その隣には、段ボールにくらげが座っている。
その二人を、まばらに差し込む夕焼けが赤く染めている。
フェイトは、あれからも度々くらげの元へ訪れ、ある程度深い話をできる程度には仲良くなっていた。
しかもお互いのミスで、フェイトはジュエルシードを集めていることを、くらげはなのはやユーノのことを話してしまっていた。
フェイトは、まさかくらげがジュエルシードのことを知っているとは思わず、くらげは、まさかフェイトがなのはやユーノと相対する側とは思わなかったからだ。
最初は険悪になりかけていた二人も、話をするにつれて敵対することがないと分かったのは幸いだった。
二人とも、お互いの失敗を笑いあえる程度には打ち解けていたため、今となっては笑い話である。
その後くらげは、この世界で体験したことは、大体フェイトに話している。そのため、フェイトは、なのはのこともくらげから聞いていた。
「そう…」
「くらげ君の名前を出した途端、顔色が変わったよ。色々聞かれた」
「なんて?」
「なんでくらげ君を知ってるのか、何処にいるのか、元気にしているか、ご飯は食べているか、あと」
フェイトは、少し言いづらそうに、顔を紅くして言う。
「わ、私とどんな関係か」
「どんな関係って…」
「だから、想像にお任せしますって、言っといた」
そう言うと、フェイトは舌を出した。くらげは、そういう仕草を見るたびに、心を持っていかれそうになる。
そして、フェイトは真面目な顔で言った。
「なかなか手強かったよ」
「戦ったの?」
くらげの問いかけに、フェイトは、「少しね」と曖昧に答えた。
だが、くらげはそれほど驚きはしなかった。なのはやフェイトのような人を、「魔導師」と呼び、戦う力があることを、くらげはフェイトから聞いていた。
「彼女、すごく心配してたみたい。だから、元気だって伝えておいたよ」
「そう…、ありがとう」
「あと、伝言」
「伝言?」
「待ってるから、って」
くらげは思わず、空を見上げた。その優しい言葉に、涙が溢れそうになったからだ。
なのはに対するくらげの態度は、褒められたものではない。そんなくらげを、心配してくれていた。合わせる顔がないと引き篭もったくらげを、逃げ続けているくらげを、なのはは心配してくれていた。
くらげは、申し訳ない気持ちで一杯になる。そんな価値が自分にあるとは到底思えなかった。その優しさに答えることなど、『僕にできるわけがない』と、そう思った。
「はあ…」
くらげはいつものようにため息をついた。
フェイトはそんなくらげを、じっと見ていた。そして、口を開こうとし、それを押しとどめるような様子でしばらく続けたあと、言った。
「そ、それでね。私が、ちゃんとくらげ君の面倒を見る、って言っちゃって…」
「まあ、今も色々持ってきてもらってるし」
くらげの周りには、フェイトが持ってきた傘やビニールシートがあり、フェイトは今日差し入れた食事のゴミを持っていた。
「うん。でも、私が居ない時に、くらげ君が危ない目に合うかもしれないし。くらげ君の力って一秒だけしか使えないんだよね?」
「うん、まあ…」
『ただの戯言』《プチフィクション》のことも、くらげはフェイトに話していた。魔導師のことを聞いて、何も言わないのは、自分だけが隠し事をしているような気がしたからだ。
「だから」
フェイトは、一旦接続詞で軽い深呼吸をすると、頬を染めた笑顔で言った。
「うちに、来ない?」
「…え?」
そのフェイトの発言は、ありがたい申し出だった。だが、高町家での騒動が頭をよぎる。
そのくらげの心境を感じたのか、フェイトは微笑して、言葉を続ける。
「大丈夫だよ。うちには、わたしと使い魔のアルフしかいないから」
なんだそれなら安心だ、と安堵するくらげだったが、もう一つの問題にすぐ気づく。
「え?! それは…、僕、一応男だし」
気を使わう相手が少ないことはメリットだが、一人暮らしの女の子の家にあがり込んで、同棲するなど、くらげにはハードルが高すぎる。
「わたし、くらげ君なら平気だよ」
それは、喜んでいいのか、男として恥ずべきことなのか、くらげは分からなかった。
そうして、あたふたと色々話しをしたが、フェイトはがんとして折れず、結局はくらげがお邪魔することになった。
そして、移動したくらげの前にあったのは高級マンションだった。体も服も汚らしいくらげが足を踏み入れるには、抵抗があった。
「僕やっぱり」
「駄目」
などと、なんやかんや話したりあと、やはり結局はくらげが折れて、フェイトが住むマンションの一室の玄関の前まで来た。
そのドアを開けると、そこは高級マンションにふさわしい作りと内装だった。
シックを基調としたデザイン、そして二階分はあろうかという高い天井に、ロフトがついており、もはやロフトは二階の部屋という感じすらある。
呆気にとられたくらげにフェイトは、「お風呂、入る?」と問いかけ、自分の体を見たくらげは、「ごめん、そうだよね」と答えてお風呂を借りることになった。
フェイトは、くらげが着れそうな服があると言って、用意してくれることなった。汚れた服は、もう洗濯するよりも捨てたほうが早いとばかりに、くらげはフェイトからビニール袋を受け取った。
そして、くらげは今、女の子の家で、お風呂に入っていた。
「僕、何しているんだろう」
流れのままお風呂に入ったが、何か良くないことをしているような感じがして、くらげは落ち着かなかった。
脱衣所と浴室との仕切りがガラス張りであることも、それに拍車を掛けていた。バスタブも大きく、一つ一つのデザインが拘られており、ちゃぶ台と座布団で過ごせるくらげには落ち着かない空間だった。
かちゃり、と静かに音がなった。
くらげが見ると、曇っていてよく見えないが、ガラス張りの向こう側で、フェイトがくらげの服を持ってきてくれたようだった。
お風呂に浸かっているものの、くらげは多少の
恥ずかしさを感じながら、フェイトにありがとうと声をかけようとして、服を脱ぎだしたフェイトを見て慌てて後ろを向いた。
「ちょ! ちょっと待って!」
その声はフェイトに届くものの、手応えがない。
「何を?」
「その、服を、脱ぐのを…」
「服を着たままじゃお風呂に入れないよ?」
「なんでいま?!」
「せっかく、くらげ君が入ってるから」
くらげは背中越しで話しているため、フェイトの様子が分からない。
そして、かちゃり、と脱衣所と浴室を隔てるドアが開いた。
くらげは顔を真っ赤にしながら、バスタブの端で、下を向いた。
その後ろでは、シャワーの水が流れる音がする。そうしてしばらくすると、その音が止んだ。
くらげの心臓が弾けるほどに鳴り、隣で、ちゃぷん、と水が静かに沈む音がして、それは更に飛び跳ねた。
くらげの目の前の水面が、ゆらりゆらりと揺れる。視界の端に映るフェイトが動くたびに、水面が揺れ動く。くらげの鼓動は静まらない。
「くらげ君」
「っひゃい!」
フェイトの言葉に、くらげは過剰に反応する。
そして、フェイトは掠れるような声で言った
「こっち見て」
途端、くらげは、身を固くする。フェイトをみるべきか、見らざるべきか、一瞬迷いが走ったが、ゴクリと唾を飲み込み、フェイトの方へゆっくりと向き直った。
その奇跡を、くらげはなんと言えばよいのか分からなかった。まるで女神を模写した絵画を見ているかのような芸術がそこにあった。
濡れた髪はひとつに絞られて肩から前へ回され、フェイトの体に掛けられている。高潮した白い肌は薄紅色に染まっており、彩る水滴はまるで真珠のようだ。
水面から下は揺らいでおりよく見えないが、成長途中ながらも整ったスタイルは隠しきれない。
その、僅かにふっくらした箇所にはうっすらと、
「くらげ君?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
フェイトは、困ったような顔で、ほんの少しだけ首を傾げる。
くらげは、我に返ると、フェイトに寄っていた体に気づいて、元のバスタブの端へ戻る。
フェイトの頬が紅くなっていたが、恥ずかしさのせいか、お風呂で温まったせいか、判断が難しかった。
そのまま、しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのは、くらげの方だった。
「ぼ、僕、出るね」
「待って」
フェイトはくらげを止める。俯くフェイトを見て、くらげはそのまま、もう一度浸かる。
「わたし、これからも、あの子と戦うことになると思う」
あの子とは、どうやらなのはのことを言っているらしかった。深刻な声に、震えが混ざる。
「わたしと一緒に居ると、多分くらげ君、困ることになる」
フェイトから、吐露される言葉は懺悔のようだ。
「あの子のほうが正しい、あの子のほうが優しい、あの子のほうがかわいい」
自分を責めるような、卑下するような言葉を紡ぐ。
「だけど」
そうしてフェイトは、
「わたしと一緒に居てくれる…?」
そんな願いを口にした。
そしてくらげは、
「うん」
と、何の迷いもなく答えた。
そうして、二人は笑い合って、泡のように脆く、悲しい約束をした。
直接的な描写をせずに、でもドキドキが伝わるように書いてみました。
これならR15タグは付けなくていいですよね?
ちなみに、気づいている方も多いと思いますが、タイトルはテレビ版をもじっています。
ですのでリリカルなのは編は、きっかり13話で終わります。(多分)