僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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ライバル?! もう一人の少女なの!!

 くらげは、森の中にいた。

 森とは言っても、開発された市に残された小さな森で、浅い場所は林とも言える。だが、深くに立ち入れば話は別だ。

 

 真っ暗闇の中、枝葉を体に受けながら、くらげは進む。獣道を選んでいるのは、人に会うのを恐れているからだろう。

 先ほどまで全力疾走であったから、息が切れており、足にも力が入っていない。

 だが、足を前に進める。出来る限り奥へ、人気のない方へ進む。

 

 歩きながら手頃な段ボールを拾う。誰かの私物の可能性もあるのだが、くらげはそこまで気が回っていない。

 

 たまに虫がワラワラと出てくることがあるが、くらげは、虫は平気であった。むしろ、昔から一緒にいた、なじみの友達みたいなものである。

 

 そして、その大木の前で足を止めた。

 周りは木々が鬱蒼と茂っているが、大木の下はそれほどでもない。恐らくは大木の茂った葉が、日光を遮っているためと思われた。

 

 くらげは、大木の足元を借りることにした。

 

 根が張られていないところへ段ボールを敷き、そこに横たわる。その上から段ボールを被る。根を枕代わりにして、頭を載せたが堅かったため、二重にした段ボールでカバーする。

 

 くらげは、考えていたよりも暖かく、快適であることに驚いた。そもそも、くらげが地下室に居た時、体を包むようなものはボロボロの服だけで、体を丸めて寝ていたのだから、それと比べれば随分とマシな寝具であった。

 

 「はぁ」

 

 くらげは、後悔していた。

 高町家で声を荒げたこと、そのまま飛び出してしまったこと、そして、女の子に怒鳴ってしまったこと。

 だが、いまさら戻れるわけもない。謝るとしても、どのような顔をすればいいか、分からない。

 

 それに、万が一、何かがあった際に、くらげには対抗する手段がない。

 『ただの戯言』《プチフィクション》は既に三回使ってしまっている。そもそも、『ただの戯言』《プチフィクション》はくらげの虎の子、奥の手のはずだった。くらげは、この世界が危険すぎると感じていた。

 

 いずれにしても、住む場所のあてが完全になくなったことは間違いない。

 幸いなことに、雨は降っていない。虫の鳴き声がするだけで、何か動物が動いているような様子もない。

 自分を守るものが、段ボール一枚ということが不安ではあるが、この際仕方がない。

 くらげは、とりあえず今日のところは、このままここで寝ることにしようと、体の力を抜いた。

 よほどの緊張していたのか、くらげはそのまま深い眠りについた。

 

 

 翌日、くらげは木々の間から降り注ぐ光の眩しさに目を覚ました。

 軽い呻き声をあげて寝返りをうつと、その光に影がさし、くらげはゆっくりと目を開けた。

 

 くらげのぼんやりとした目に、黄金色に輝き、さらりと流れる絹のようなものが映る。

 光を受け、滑らかに揺れるそれを追っていくと、次に現れたものは、一点のくすみもない真っ白な陶器だった。それは、あまりに艶やかで押せば弾力があるようにも見える。さらに視線を動かせば、陶器は漆黒に染まった何かに包まれており、それにはひらりと薄い布のようなもので隠されるように覆われていた。

 次に視線を上げた、くらげの目に入ったのは、可愛らしい小さな唇であった。そして鼻から眼へ。その眼は太陽の光を吸い込んだかのように輝き、黄金の絹とも言えるその前髪へ続く。そうしてようやく、最初に見たものがツインテールに結ばれた髪の毛の片方であったことに気がついた。

 

 その一つ一つが、恐るべきバランスの上に成り立っており、それは、神が自ら創造した造形物のようであった。

 

 そして、くらげの頭もとにしゃがみこんでいたソレは、くらげに声をかける。

 

 「大丈夫…?」

 

 その女の子は、くらげに優しく問いかけた。

 

 くらげは、目の前に座っているのが女の子であることと、ちょうどくらげの顔の前には女の子の股間があることに気づくと、慌てて後ろへずり下がった。そして、先ほど見ていたのが女の子の髪や肌であったことにに気づき、顔を赤らめる。

 

 よくみれば、その女の子は変わった格好をしていた。黒いマントを羽織り、光沢のあるレオタードのようなものに身を包み、その腰にはスカートがベルトで巻かれているが、ちょうど真ん中の部分だけが覆いきれていない。女の子の股間とその滑らかな足が、神秘のヴェールから覗くような装いは、随分と蠱惑的であった。

 そして、右手には、なのはが持っていたものと同じような、金属でできたと思われる杖を持っていた。その杖の先の形はまるで斧のようだ。

 

 くらげは答えようと、声を出そうとする。だが、動揺していて、うまく喋れない。

 

 「だ、」

 

 女の子は首をかしげる。首の倒す角度は、その女の子の可愛らしさを最大限に表現できる、完璧な角度だった。

 

 「だ?」

 

 くらげは、その可愛らしさに揺らぐ心をどうにか抑え、どうにか口を開く。

 

 「大丈夫…」

 

 くらげの様子に、女の子は、「そう」と言うと、立ち上がり、スカートらしきものを叩いた。

 そして、不思議そうに言った。

 

 「こんなところで何しているの?」

 「寝、てた」

 

 くらげは顔を背けて答える。

 

 「ここは寝るところじゃないよ。家に帰って寝ないと」

 

 女の子はそういうと、くらげが寝ていた段ボールを片付けようとして持ち上げて、はたと気がついた。

 

 「もしかして、ここに住んでるの?」

 「まあ、そうなるかもね…」

 

 女の子は、驚いたのか、口か開いていた。だが、直ぐに元に戻ると、

 

 「変わってるね」

 

 と言いながら、拾いあげた段ボールを元のように敷き直した。

 

 「じゃあね」

 

 女の子はそういうと、木々の隙間を縫うように去っていった。

 くらげは呆気にとられながらも、とりあえず何事もなかったことに、胸をなでおろした。だが、いきなり人に遭遇するとは思っていなかったため、もしまた他の人に会うようなことがあれば、この場所は離れようと決めた。

 

 そして、くらげはお腹が空いていることに気づく。

 立ち上がって、周りをみる。何か食べられるものがないか、探しにいくことにした。

 

 その後、小一時間ほど探索して、見つかったものは、数種類の果実と木の実である。

 それらを一つずつ、食べてみる。じゅわり、と水分が口の中に広がる。渋かったり、酸っぱかったりしたが、とりあえず腹に物を入れることはできた。

 

 くらげは今後のことを考える。

 まず、警察に行こうと考えた。そうなれば、どこかの施設に入る、という形になるだろう。だが、これはアウトだ。

 何故ならば、くらげは誰かに触れるということができない。正確に言えばできるが相手を劣化させてしまう。そのために、元の世界でも、わざわざ学校へ通わずに、家で授業を受けていたくらいである。

 では、警察以外の誰かに助けを求めれば? 論外である。助けてもらった相手に迷惑をかけるなど、くらげにできるわけがない。

 

 では、どうするか。

 元の世界では父である黒神舵樹が持つ巨大な資産のお陰で、隔離された場所で生活を送ることができた。

 しかしこの世界で同じように支援を受けることはできない。

 

 くらげは散々考え、しぶしぶ結論を出した。

 

 「ここで暮らそう…」

 

 そう、もうくらげの性格的には、その選択肢しかないのである。

 そう決めたくらげは、果実や木の実がどの程度あるか、それ以外に何か食べ物はないか、見て回ってその日を過ごした。

 

 次の日、くらげが集めた木の実をかじっていると、目の前の木々がガサガサと揺れた。

 くらげはすぐに逃げ出せるように身構えて、その方向をみる。

 だが、そうして現れたのは、昨日見た女の子だった。

 服装は昨日とは違った。スカートの短い黒いワンピースに、上からジャケットを羽織っている。シックさとカジュアルさのコラボレーションが、そこにはあった。

 

 女の子はくらげを見ると、驚いたように言った。

 

 「本当にすんでるの?」

 

 くらげは、その疑問に答えることが恥ずかしくて、顔を背けて、「うん…」と答えた。

 そして、女の子は、右手に持っていたビニール袋を差し出す。

 くらげは怪訝な顔をして、それを受け取ったが、その中身を見て驚いた。中には、コンビニエンスストアのおにぎりが二つと、ミネラルウォーターが入っていた。

 

 「あげる」

 

 女の子はそう言って少し、ほんの少しだけ笑った。

 くらげは目の前の人間らしい食事に少し興奮していた。

 

 「うそ、ほんとに? いいの?」

 「うん」

 

 女の子のその答えを聞くや否や、くらげはビニール袋からおにぎりを取り出して、カバーを外して食べ始めた。

 ほんの1日だけであったが、果実と木の実だけは、今のくらげには辛いものがあった。

 

 「そんなに焦らなくても」

 

 女の子はそう言いながら笑うと、くらげの横の大木の根に座った。滑らかな足が投げ出される。

 しかし、くらげはそれに気づく余裕がない。

 そして、おにぎりを二つ、あっという間に完食すると、ミネラルウォーターを飲みきって、満足そうに息をついた。

 

 「ふうっ」

 「おいしかった?」

 

 笑いながら問いかける女の子に、くらげはつい焦って食べてしまった自分が恥ずかしくなり、顔を赤くした。

 

 「ご、ごめん、つい」

 「大丈夫だよ」

 

 女の子はそういうと、立ち上がり、くらげが食べ終わった後のおにぎりのカバーやペットボトルをビニール袋に入れる。

 

 「あ、ごめん」

 

 くらげがその様子を見て、そう言ったあと、何かに気がついたようにくらげは真っ青な顔になった。

 

 「ああ! しまった! 水はもっと大事に飲めばよかった!」

 

 頭を抱えて、体を捩らせながら、くらげはうめき声をあげる。

 その様子を見て、女の子はクスクスと笑う。くらげは恥ずかしくなって、ゆっくりと頭から手を離すと、段ボールの上に腰を下ろした。

 そんなくらげをみて、女の子はその隣の根に座ると、言った。

 

 「明日も、来ていい?」

 

 くらげは、女の子が何を言ってるかわからなかった。

 

 「えっと…?」

 「来たら迷惑?」

 

 女の子は悲しそうに、少し目線を落とす。

 くらげは慌てて答える。

 

 「め、迷惑じゃないよ! 全然!」

 

 そのくらげの答えに、女の子は「ありがとう」といって、笑った。

 

 茂った大木の枝葉が擦り合い、その隙間から光が降り注ぐ。その光は大木の根に座った女の子の、黒いワンピースや、ミニスカートから投げ出された艶やかな足を、清めるかのうように染め上げる。

 その姿は、まるでこの地上に降り立った天使のようであった。




 ところがどっこい、フェイトです!

 いや、アリサに拾わせるつもりだったのですが、後々都合が悪くなることに気づき、すずかに変更するのも難しく、急遽フェイトへ変更しました。

 本当は、夕方、公園の遊具で雨をしのいでいたくらげにアリサが声をかけて、「なにしてんの?」「べ、別に…」みたいな会話をして、その夜に再度現れたアリサに「私の家に来なさい!」と無理やり連れて行かれ、なんやかんやあって戸籍がないため、バニングス家の養子になって、その後、小学校へ通うことになり、「バニングス・黒神くらげです」と自己紹介したところで疲れた顔のなのはが居て、その後なのはから「バニングス? ちょっとお話しようか」っとなる流れを書きたかったのですが、実に残念です。

 ですが、書いてみるとフェイトも楽しかったので、問題なしですね!

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