僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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本編、最終回です。


プロローグ
黒神くらげ


 そこは、離れの屋敷にある、小さな、薄暗い部屋だった。

 

 天井から吊るされた蛍光灯は消されており、窓には遮光カーテンが引かれている。ちゃぶ台の上に乗ったパソコンの画面からの光が無ければ、真っ暗闇だっただろう。

 

 そのパソコンの前には、畳の上に敷かれた座布団に、猫背で座る、一人の少年が居た。

 

 歳は八才。訳あって小学校には通っていない。その代わりに、特別に学校の授業を、パソコンを通じてリアルタイムで受けている。

 

 彼はしばらくそうしていたが、やがてため息をつくと、そのまま敷きっぱなしの布団の上に倒れ込んだ。

 今日の授業が終わったのだ。

 

 彼はそのまま身じろぎもしない。目は虚ろで、口は半開き、無気力に服を着せたような様子で、鍵が掛からない部屋の引き戸を眺める。

 

 「はぁ…」

 

 そうして、いつものようにため息をついた。

 そのため息には、諦めが多分に含まれていた。

 

 彼の知能は同学年の平均に比べて低い。

 体力も、容姿も、とにかく、彼は全てにおいて劣っているのである。

 

 彼の名前は、黒神くらげ、という。

 

 「はぁ…」

 

 くらげは、もはや癖になったため息をつく。

 

 と、何の前触れもなく、くらげの前の空間がゆがんだ。

 まるでグニャリ、と音を立てたかのように歪んだその空間は、元の形を取り戻そうとするが、それは見えざる何かに阻まれているように見える。

 

 そして、その人外は、その隙間に割り込むように現れた。

 

 そこに居たのは、セーラー服を着た、安心院なじみだった。

 その腰まである黒い髪が緩やかに揺れ、その透き通るような肌は、まるで大理石のようである。

 ゆらり、と揺れたカーテンの隙間から漏れる一筋の光が、その肩から太ももまでを滑らかに切り抜く。

 

 「おや、君は、黒神くらげ君じゃないか」

 

 そして、くらげに目線を向けると、微笑し、鈴の音のような声で、くらげに話しかけた。

 くらげは奪われそうな心を、どうにか、押さえ込む。

 

 そんなくらげの心を知ってか知らずか、安心院なじみは、淡々と話し出した。

 

 「7932兆1354億4152万3222個の異常性と4925兆9165億2611万643個の過負荷、合わせて1京2858兆519億6763万3865個のスキルを持つ僕が次元旅行の出口を…」

 

 そしてそこまで話すと、首を傾げた。

 

 「なんだろう、既視感…?。ちょっとごめんね」

 

 安心院なじみはそう言って、目を瞑ったかお思うと、急に光り始めた。

 その神々しさは、まるで目の前に神様がいるかのようで、くらげは、呆気にとられたかのように、口を開けていた。

 

 安心院なじみが、目を開けた。

 

 「くらげ君、今回が『三回目』なのかい…?」

 

 安心院なじみは、驚いていた。

 

 「でも、じゃあなんで『二回目』の僕は気がつかなかった…? …おいおい、『一回目』のは、本当にゼロから作り直しているのか。そりゃあ、そうと思って調べないと分からないはずだ」

 

 安心院なじみが使ったスキルは、神になるスキル『過身様ごっこ』《スペックオーバー》である。

 それで、何かを識った。

 

 「でも、『二回目』と『三回目』である今回は、同じスキルだね。そうなると、このまま送り出しても、結局は同じ結果になるのかな?」

 

 安心院なじみは、親指と人差し指て、丸を作り、それで覗くようにくらげの未来を『覗いた』。

 

 「次元移動して、なのはちゃんに会って。…くらげ君、『スタイル』なんていつ覚えたんだい? 『逆説』なんて、『定義』である君が一番使っちゃいけないものじゃないか。そうか、『二回目』の、なのはちゃんの最後のときの台詞と、全部取り込んだときの経験か…。あー、次元も、時間も、ごちゃごちゃだ。魔理沙ちゃんや琥珀ちゃん、アインハルトちゃんまで混ざっちゃってるじゃないか。それにあれは、僕、かな? 僕、ズタボロになってるんだけど…、あの可愛い女の子、強すぎ…っていうか、あれ『世界』そのものじゃないか。うわぁ、あんなの勝てる訳ないよ。…ん?」

 

 安心院なじみは、そこまで言うと、何かに気づいて、ニヤリと笑った。

 

 「さあ、くらげくん。次元を超えるスキル、『次元喉果』《ハスキーボイスディメンション》で僕は次元旅行をしてきたのだけれど、それを見て、君はどんなスキルができたのかな?」

 

 くらげは、安心院なじみの意図がわからなかったが、自分の中に、そのスキルの劣化したスキルがあることは分かった。

 くらげは、胸に手を当てて、そのスキルの名前を、口から発した。

 

 「『かわいい子には苦労をさせよ』《トラブル・トラベル》」

 

 途端、くらげの目の前がグニャリと歪む。慌てて、胸に手を当て、そのスキルの詳細を確認し、くらげは驚愕し、大きな目を見開いた。

 その様子を見て、安心院なじみは、首を縦に振る。

 

 「そう、『かわいい子には苦労をさせよ』《トラブル・トラベル》。スキルが発動したが最後、強制的に別の次元に飛ばされる」

 

 そうして、安心院なじみは、両手を広げ、

 

 「さあ、くらげくん。君はこれから次元旅行に出かけるんだ。君は持っているその劣化したスキルを駆使して、そして、新しい力を手に、脅威を乗り越え」

 

 満面の笑みで言い放った。

 

 「主人公になるのさ」

 

 くらげは歪み続ける視界の中で聞き、嵌められたことに気づき、慌てるが、しかし、発動したスキルが止まらないことは、誰よりも理解していた。

 

 「そんな…」

 

 くらげは、驚愕の中で、どうにか、声を絞り出す。

 

 「そんなこと…」

 

 そうして、心の限りに叫んだ。

 

 「『僕にできるわけがない』じゃないかあああぁぁぁ!」

 

 しかし、その叫びは、次元の隙間に吸い込まれ、次第に消えていった。

 

 そして、その薄暗い部屋には、安心院なじみだけが悠然と立っていた。

 パソコンの微かな駆動音だけが聞こえ、静寂があたりを包む。

 

 「なれるさ。それもハーレム系主人公にね。魔理沙ちゃんと琥珀ちゃんに嫉妬する、なのはちゃんやフェイトちゃんなんて、可愛いじゃないか。アインハルトちゃんも、結構意識してるみたいだし。あの様子じゃ、『世界』ちゃんも怪しいね」

 

 安心院なじみは、くすりと笑うと、くるりと回り、その短めのスカートをヒラリと翻す。

 

 「このお話にタイトルをつけるなら、君のスキル、というか口癖からとって、『僕できるわけがない』ってのはどうかな? 『一回目』は、無印で『僕にできるわけがない』。『二回目』は、最近の流行りに合わせて、感嘆符をつけて『僕にできるわけがない!』。そして、今回の『三回目』は、『僕にできるわけがない!!』って感じでさ」

 

 そして数歩、前に歩いて足を揃え、

 

 「僕も参加するみたいだから、今見た記憶はちゃんと消しておかないとね。きっと、楽しくなるよ。僕のスキル、『過身様ごっこ』《スペックオーバー》の劣化スキル、『運命綴り』《シナリオライター》もあるんだ。僕が今見た『未来』だってどうなるか分からない」

 

 目を閉じて、楽しげに笑うと、

 

 「だから、最後はこう締めよう。『僕たちの戦いはこれからだ!』『次回作の『僕にできるわけがない!!』でまた会おう!』ってね」

 

 安心院なじみは人差し指をピンと立てて、ウインクしてそう言った。

 

 

 

 そうして、くらげは、安心院なじみの策略によって別次元、異世界へ旅立った。

 これからくらげは、その異世界で様々な出会いを経験することになる。だが、これが『世界』そのものとの戦いに身を投じることになるとは、くらげは知る由もなかった。

 

 何にせよ、物語は始まってしまった。

 まずは、くらげの旅立ちを祝おう。

 

 それでは、『僕にできるわけがない!!』

 くらげの『三回目』が、ハッピーエンドになることを祈って。

 

 




 以上、『僕にできるわけがない!』、終了です。
 最後までありがとうございました。

 最初は半年くらいで終わらせるつもりだったのですが、一年半もかかってしまいました。

 今回のテーマは『最後まで最弱』で、最後まで情けなくて、諦めてて、精神的に成長とかもしない、でもハッピーエンドで、っという感じを目指して書きました。

 スカッとするシーンなど皆無なので、盛り上げるのに必死で、なるべく伏線をはって、構成に拘ったり、仕掛けを入れてみたりしています。

 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 一番楽しんでいるのは自分ですが…

 因みに、『僕にできるわけがない』『僕にできるわけがない!!』を書く予定は今のところありません。

 でも書きたいシーンはいっぱいあって、『僕にできるわけがない』だと、伽藍の堂で式にくらげのスキルが殺されるシーンだったり、琥珀さんに匿われるシーンだったり。
 『僕にできるわけがない!!』だと、くらげのチートっぷりや、ハーレムっぷりだったり。
 でも、形にしないほうが、妄想が捗りそうなので、なんとも言えないところです。

 終わり方も、なのはやフェイトを死なせたくなくて、随分迷いましたが、結局は、初志貫徹にしたり。

 書きたいことは色々ありますが、キリがないのでこの辺で。

 読んで頂いた方々、最後まで本当にありがとうございました。





《追記》

 続編は書かないと決めたので、以下、ネタバレです。
 もしよければ、妄想の足しにしていただければと思います。










・「僕にできるわけがない」は、4部構成。

・「僕にできるわけがない」のネタバレ。
→R15。
→ヒロイン全員死亡。
→好感度ゼロからなので、難易度ルナティック。
‎→沢山死にすぎ。
‎→東方のスペルカードはルナティックモードを使用。
‎→最初のくらげのスキルは、『僕にはできない』《ゼロ・ベース》。世界をゼロから作り直すスキル。くらげのスキルは、これで作り直されて変質し、『僕にできるわけがない』《オールコンプレックス》になった。
 ‎
・「僕にできるわけがない!」のネタバレ(というか補足)
→起承転結で、章分け。
→プロローグ→幕間→プロローグは、ゼロ→マイナス→ゼロ→プラス→ゼロと、行ったり来たりするのをイメージ。
→くらげのスキルで作り直したため、そこかしこに、くらげに関するかけらが残っている。くらげやヒロインには、一回目のことが、何となく残っている。
→東方のスペルカードはハードモードを使用。パチェリーだけは、一枚例外。
→レミリアの劣化スキルは、『覆水は盆から零れる』《フラッシュ・フォワード》。稀に、数秒先の運命が見える。
→チルノの劣化スキルは、『ふとんがふっとんだ』《サイレント・ジョーク》。周りが少し寒くなる。
‎→琥珀の劣化スキルは、『似たもの遠し』《ルーザー・シェアリング》。手を繋ぐと、何だか心が落ち着く。駄目な意味で。
→くらげは、取り返しがつかなくなって、初めて前に進む。なので、ヒロインの名前を呼ぶのはいつだって最後。
 ‎
・「僕にできるわけがない!!」のネタバレ
‎→異世界転移後、なのはを助けるために『逆接』を使ったせいで、定義もひっくり返って世界がまた再構成された。但し不安定。くらげのスキルは更に変質し、『僕にできないからこそ』《リ・ビルド》になる。くらげにできないことを、できるように世界を作り変えるスキル。安心院さんも勝てない。最強。
‎→世界ちゃんは、クーデレ。白黒混じった髪でロングヘア。小学校中学年くらいの身長。
‎→世界の危機に、低次元に自身を変換してまで、くらげを消しに来た。けれど、ボコボコにされた安心院さんの腹いせで、安心院さんが、くらげに『僕にできないからこそ』《リ・ビルド》を使わせて、人間に落とされた。
→再構築後の世界はくらげを基準にしていて不安定。一月ともたない。
→この世界には、くらげと接触した人が、定義されて存在しているはずのため、その人たちに触れると、その人たちは、定義であるくらげに戻る。これは、なのはや、フェイトたちも同じ。
(ゆらぎが酷いので、くらげが触ると揺らいでいる定義が崩れて消える。確固たる定義が確立されれば、その世界で再度定義される)
→全てが、くらげに戻ると世界を再定義できる。ただ、取り入れるたびに、くらげが『僕にできないからこそ』《リ・ビルド》で、できることが狭くなっていく。
→世界再定義で、記憶も消える。なんやかんやあって、もとに戻すことを決意。
→くらげとヒロインの最後は、また出会えることを約束する。

・「僕にできるわけがない!!!」のネタバレ
→再定義された世界は、全ての世界が混じった世界。くらげ、ヒロインは、同じ学校に通う。登場人物は、生徒や先生で、大体そこに居る。
 →再定義後の世界でのくらげのスキルは、『僕にできないわけはない』《ハッピーエンド》。頑張れば、自分に関わった人たち全てに、最良の結果をもたらすかもしれない程度の能力。もう、再定義はできない。
→どたばた学園物。詳細な内容は未定。皆が幸せな世界でのハッピーエンドは確定。

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