僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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リリカルなのは《イコールゼロ》編、そして、本編最終回まで、あと数話です。
よろしければ、最後までどうぞよろしく。


だから彼はいつものように言うのだ。

 アインハルトに抱きかかえられた状態に、くらげは顔を真っ青にして暴れだした。

 

 「や、やめて! 離して!」

 

 だが、アインハルトはくらげを強く抱きしめ、

 

 「今は駄目です」

 

 そう言って、その場から飛び退き、そのまま壊れたビルや、他のビルの屋上を飛び跳ねながら、その場を離れていった。

 

 と、同時に、

 

 「ディバインバスター!」

 「オーバードライブ、真ソニックフォーム!」

 

 なのはの砲撃が、自らのクローンに放たれた。

 そしてフェイトも、リミットブレイクフォーム、ライオットザンバーフォームを使用し、二本のライオットブレードを連結させて大剣として、自らのクローンへ振り下ろされる。

 そして、続けてヴィヴィオ、ノーヴェと鍔迫り合うクローンへ、放たれ、振り下ろされた。

 クローンたちは、淡い光となって、消え去る。その表情には苦悩はなく、解放された安堵しか無かった。

 

 その場に残ったなのは、フェイト、ヴィヴィオ、ノーヴェは、スカリエッティを睨みつける。

 そして、ノーヴェが一歩踏み出す。

 

 「ドクター…、これは、悪いことじゃないのか…?」

 

 スカリエッティは、その問いに嬉々として答える。

 

 「勿論だ、ノーヴェ。言っただろう? 『正義の味方』だと。私が君たちを傷つけようとしたかい?」

 「けど、あの男の人には!」

 「おいおい、ノーヴェ。アレを人だなんて言ってはいけない。あれは、ただの脅威、世界を壊す爆弾だ。私は、世界の危機を救うために、アレを排除しに来たのだよ」

 

 ヴィヴィオが、足を踏み出す。

 

 「人一人に、世界を壊すなんて出来るわけない!」

 「だから言っているだろう、アレは、人ではない。なんというべきか…、概念なのだよ。ゼロ、基点、原点、『定めるもの』とでも言えば伝わるか…」

 「『定めるもの』」

 「そう。ゼロが無ければ、プラスもマイナスも、その存在すら許されない。そして、アレは『人の皮を被っている』。この恐ろしさが分かるかい? あれは、『人が存在するための基準』を、定められるのさ。つまり、その基準に当てはまらないものは、人として、『存在することができなくなる』。人類滅亡すら、アレには容易い。未だそれが為されていないのは、恐らくは、それを行使するための力が足りないか、基準が低すぎるか、だけだ。いつそうなってもおかしくはない」

 「そ、んなことが、あるわけない…」

 

 ヴィヴィオが、その言葉が信じられずに足を引き、ノーヴェも、眉を顰める。

 だが、なのはとフェイトは、ただ、スカリエッティを睨みつける。

 

 「おや、君たちはそれほど驚いていないな。まあ、アレを少しでも調べれば、人間でないことくらい分かるか」

 

 フェイトのデバイスを握りしめる手に、力が入る。

 

 「くらげ君は、人間。誰がなんと言おうと、それは変わらない」

 「アレはただ定めるだけの存在だ。脆弱な個人の『定義』など、触れただけで取り込まれる。そんなモノが人間なわけがないだろう」

 「それでも、くらげ君は、人間だ」

 

 スカリエッティは大きなため息を吐いて、首を振る。

 

 「愛とは盲目というが、そのとおりだな。少し考えれば分かることだろうに…。大体、君たちは、あの世界の危機を見逃すというのかい?」

 

 スカリエッティは不敵な笑みを浮かべ、言う。

 

 「そうであるなら、『好奇心』という感情で世界を危機に晒した私と、『愛』という感情で世界を危機に晒す君たちとで、どれほどの違いがある?」

 

 そして、両手を広げて続けた。

 

 「そう、違いなどない。分かるかい? 元『正義の味方』。わざわざ君たちのクローンを用意してまで、巻き込んだんだ。出来れば分かってもらいたいがね」

 

 なのはとフェイトは、その言葉で、ようやくスカリエッティの意図を理解した。

 今の絶望したくらげを排除することは、容易い。実際、縄で縛られているときですら、くらげは抵抗すらしなかった。

 だが、スカリエッティは、わざわざ、なのはとフェイトのクローンを使用する方法を取った。まるで、その在り方を、生前のスカリエッティを退けたことを、あざ笑うかのように。

 

 なのはとフェイトは言葉に詰まる。しかし、彼女たちの覚悟はすでに決まっていた。デバイスに力を込め、スカリエッティに狙いを定める。

 

 スカリエッティは、その様子を見て、心底愉快そうに嗤い、

 

 「心配することはない。今回も、世界を救うのは君たちだよ。『クローンが』だがね」

 

 とそう言った時、遠くで何か大きなものが壊れる音がした。四人は同時に振り返った。アインハルトがくらげを連れて、逃げ去った方向へ。

 

 「無駄な被害は望むものではない。早めに助けに行くことをお勧めするよ。」

 

 と、そのスカリエッティの言葉と同時に、スカリエッティの前に、更になのはとフェイトのクローンが現れた。そして、「くらげ君とやらは、あっちだぞ」と耳打ちすると、クローンが悲鳴を上げて、その方向へ飛び立とうとした。それを、ヴィヴィオとノーヴェが、押さえつける。

 

 「なのはママ、フェイトママ、行って!」 

 「ここは私たちが、引き受けます!」

 

 なのはとフェイトは、コクリ、と頷くと音のした方向へ飛び立った。

 

 「大丈夫さ、ノーヴェ。目が覚めたときには、全て終わっている」

 

 そう言うと、スカリエッティは、更に二組のクローンを造った。それを見て、ヴィヴィオとノーヴェの顔には、絶望が浮かんだ。

 

 

 だが、危機的状況なのは、ヴィヴィオとノーヴェだけではない。当然ながら、アインハルトも同様だった。

 

 「もう止めて! 僕のことは放っておいて!」

 

 くらげはアインハルトに叫ぶ。

 舗装がぼろぼろに砕けた道路に倒れ込んだくらげの前で、アインハルトは肩で息をしながら、なのはとフェイトの、二組のクローンと相手をしていた。

 

 最初は壊れたビルの中に逃げ込んだが、砲撃による崩壊で潰されかけた。どうにか逃げ出してビルの陰に隠れるも、なのはのエリアサーチで場所が特定される。

 自然と、見通しのきく道路で相対する形となった。いや、それしかできなかった。

 

 くらげを抱きかかえていたため、アインハルトの髪は白く染まっている。それは、劣化している証拠であり、とてもではないが、なのはとフェイトのクローンを相手にできる状態ではなかった。

 

 だが、アインハルトはその知識で、クローンたちの攻撃を凌いでいた。躱し、捌く。そして、くらげが危なければ、捕まえ、暴れるくらげを押さえつけて、回避する。

 

 だが、それも限界だった。アインハルトの体に傷が無いところはなく、心臓は悲鳴を上げている。深く息をしようとしても、肺が上手く動かない。

 アインハルトは満身創痍だった。

 

 くらげは、目の前に立ち、クローンへ相対しているアインハルトへ叫ぶ。

 

 「いいんだ! 僕は二人に殺されるなら!」

 「説明、したはず、です。彼女たちは、クローン、です」

 

 肩で息をするアインハルトは、途切れ途切れに、言う。

 

 「それでもいいんだ! どうして、君はそんなになってまで、僕を…」

 

 アインハルトは、クローンへ体を向けている。だから、くらげはその顔を見ることができない。

 

 「私は、『守るため』に、力を、求めました。だからわたしは、あなたを、守る」

 「僕が守らないでって、言っているのに…! 僕はもう逃げない、もうここで死んでもいいんだ!」

 「だって」

 

 アインハルトは、気づいていた。

 

 「くらげさん、逃げたいって、助けてって、叫んでいるから」

 「違う。僕は、二人からなら、殺されてもいいんだ!」 

 「逃げたいんですよね、『自分』から」

 

 くらげは、息を呑む。

 無意識の感情の叫びを、くらげも気づいていなかった叫びを、アインハルトが、くらげに気づかせた。

 

 「だから、守ります。助けます。それに私」

 

 アインハルトの顔が、くらげに見えるわけがない。

 だから、それは錯覚。

 けれど、

 

 「くらげさんのこと、嫌いじゃないですから」

 

 くらげは、四つの砲撃の光に包まれたアインハルトの、その柔らかな微笑みが、見えた気がした。


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