僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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そんなことは始めから分かっている。

 くらげの、ぼんやりとした視界に映ったのは、見覚えのある、女の子だった。

 縛られていた、くらげの両手足の縄を外して、くるりと背を向けた彼女は、音もなく、淡い粒子へと姿を変えて消え去った。

 

 その様子を、呆然と見つめる。

 そして、思考は悲観的なものに染まっていく。

 

 ああ、まただ、きっと僕のせいだ。僕がいるから、僕が居なければ。

 

 嗚咽が、口から吐き出される。自由になった両手は、いつの間にかコンクリートの地面に手をついて体を支えていた。

 抑えきれない吐き気を、何度か吐き出す。

 

 吐くものはない。そんなもの、体に入れていない。

 

 くらげが、頭の上から聞こえる声に顔を上げると、スカリエッティが、何かを喋っていた。

 

 「実に使い勝手の悪い能力だよ。対象者の一部から、その時点の対象者を完全に複製できるのはいいが、記憶まで再現してしまう。おかげで大抵は私のお願いなど聞いてくれない。大体、私は科学者で、クローン技術などはそのうちの一部に過ぎないというのに、世間は一体私の何を見てきたというのか…」

 

 スカリエッティは、そのままぶつぶつと、呟く。

 

 「本当はそこの彼女の、今の髪が欲しかったのだが、拾ったのがどうやら以前の彼女の髪の毛だったようでね。記憶が役に立たないならと、ご協力頂いたわけだ。と、まあ色々説明したが…」

 

 そうして、手に持っていたビニールのパックから二本の髪の毛を取り出し、

 

 「実際に見たほうが、話が早いな」

 

 そう言ったと同時に、スカリエッティの目の前に、淡い光とともに、二つの人影が現れた。

 

 くらげにとって、見間違えようもない、二人。

 

 「間に合わせだが、汎用型のストレージデバイスでバリアジャケットを纏わせさせてもらったよ。君たちも、自分たちが裸で現れるのは抵抗があるだろうからね」

 

 そこには、杖を持ち、バリアジャケットを纏った、なのはとフェイトが、目を閉じて、立っていた。

 くらげは、なのはとフェイト、そしてクローンの両方を何度も見比べ、困惑していた。

 

 「そら、お目覚めだ」

 

 スカリエッティの言葉とともに、なのはとフェイトのクローンがゆっくりと目を開く。と、同時に、その目には驚愕に染まった。

 

 目の前の自分自身を、オリジナルを見て困惑しているのだ。当然である。彼女たちは、まだ自分がクローンとあることを知らされていない。

 彼女たちは、突然、目の前に自分自身が現れたように見えただろう。驚かないほうがおかしい。

 

 そうして、二人は周りを見渡し、その視界にスカリエッティが入った瞬間、その手に持った金属製の杖を、スカリエッティに向けて構えた。

 そして、自分たちが持つデバイスが、見知ったものでないことに気づいた。そうして、スカリエッティを警戒しながら、複雑そうな顔をした、自分のオリジナルへ視線を向ける。

 

 「なんだかよく分かんないけど、これってもしかして…」

 「うん…、多分、私たちがクローン、なんだと、思う」

 

 なのはとフェイトのクローンの顔に影が射したが、直ぐに二人とも頭を振り、スカリエッティへ視線を戻した。

 睨み付けられたスカリエッティは、ため息をつく。

 

 「分かるかい? これでは、ただ敵を増やすだけだろう? 不便で仕方ない。だが、使い方次第だ。それに、全く『弄れないわけではない』」

 

 なのはとフェイトのクローンが身構える。

 

 「ほんの少しだけ、『感情』を弄れるのさ。何かに興味があるなら、その興味を強く、そうでないなら更に弱く、といった具合にね。まあ、隠し味程度の調整さ、無い感情を生み出すことはできないから、私に絶対服従といったことはできないがね。けれど、強い思いならその方向を『ひっくり返す』ことならできる」

 

 スカリエッティは、愉快そうに嗤う。

 そして、くらげを指差して、言った。

 

 「ところで、私ばかり気にしているが、そこに居る『くらげ君』とやらのことは、いいのかね?」

 

 その言葉に、なのはとフェイトのクローンは、ビクリッ、と体を揺らした。

 カタカタと手が震え、スカリエッティが指差す先に視線を向ける。

 そして、くらげと目が合う。

 

 その途端、その震えは激しくなる。

 

 「あ、あ…」

 「嘘…なんで…」

 

 杖を握りしめ、耐えきれずにそう呟くと、その杖の先端は次第に光り輝き始めだした。

 

 「『あああぁぁぁ!!!』」

 

 そして、二つの杖の照準が、乱雑にくらげへ向けられ、それと、同時に砲撃が放たれる。

 その様子を見ていたくらげは、何故か逃げなかった。むしろ、まるで安堵したかのような表情で、それを見ていた。

 

 しかし、それを許すなのはとフェイトではない。瞬時にバリアジャケットを纏い、その砲撃の延長線上に回り込んで、防御魔法で砲撃を止める。

 だが、自分自身の砲撃である。当然のことながら、その攻防は拮抗した。

 

 「ぐぅ! な、んでこんなことを!」

 

 なのはの叫びにクローンが応える。

 

 「駄目なの! 憎いの、くらげ君が憎くて憎くて仕方ないの!」

 

 クローンは紙を振り乱しながら言う。

 

 「どうして、こんなに好きなのに、愛しているのに、どうしてわたしを見てくれないの?! あんなに待ったのに、ようやく会えたのに!」

 「違うよ! わたしはくらげ君が幸せでいてくれれば…」

 「違わない! お話がしたい、一緒にいたい、笑っていたい、一緒に居られないなら、いっそ…!」

 

 それは多分、なのはの本心、むき出しになった心。けれど、なのはは自分の気持ちよりも、くらげの幸せを願ったはずだ。

 

 そして、フェイトも自らのクローンに呼びかける。

 

 「止まって…!」

 「駄目、止まれない…、くらげ君が、許せない。どうして、なんで、私たちに守らせてもくれなかったの…!」

 

 その願いを拒否された時、心が傷つかないわけがない。だからそれも、きっとフェイトの本心。

 だがそれよりも、その想いは、くらげの幸せへと向けられたはずだ。

 

 だが、クローンは、それが『裏返っている』。

 

 「ふはっ、ふはははっ! 予想以上だ! 愛憎は反転しやすくて扱いやすいのだが、ここまでとは嬉しい誤算だ。その憎しみは、君たちの愛の強さに比例する。喜びたまえ、君たちの愛は本物だ!」

 

 なのはとフェイトは、自らのクローンをジリジリと押し返しながら、スカリエッティを睨みつける。

 

 使い慣れないデバイスのせいか、クローンの方が分が悪い。

 なのはのクローンは、オリジナルを睨みつける。だが、その感情に逆らうように、顔を歪ませる。

 

 「お願い…」

 

 その絞り出すような声が、何を願っているか、なのはは分かった。同じ立場になったとき、自分が何を望むのか。そんなことは、考えずとも分かる。

 

 「ブラスターシステム、リミット1、リリース」

 

 その瞬間、なのはの魔力が膨れ上がる。

 ブラスターシステムという機能、限界を超えて使用者を強化させる最後の切り札。だが、スカリエッティの不気味さが、早めに切り札を切るべきと、なのはに判断させた。

 

 そして、それは正しい。だが、それでも、その判断は遅すぎた。

 

 「『複製』と言っただろう? 『人の話はよく聞くこと』、それが君たちが、今回の件から得るべき教訓だ」

 

 そのスカリエッティの言葉と同時に、『もう一組』の、なのはとフェイトのクローンが、叫び声をあげながら、くらげを襲いかかった。未だ自らのクローンと相対している、なのはとフェイトでは、とてもではないが間に合わない。

 

 だが、その攻撃は、くらげに当たることはなかった。

 

 そこには、バリアジャケットを纏った、ヴィヴィオとノーヴェが居た。

 新たななのはのクローンの攻撃をヴィヴィオが抑え、フェイトのクローンの攻撃をノーヴェが、どうにか抑えていた。

 攻防に集中していた、なのはやフェイトと違い、ヴィヴィオとノーヴェは、スカリエッティの行動を気づけたが故の行動だった。

 

 そして、それは勿論、アインハルトも同様だった。

 いや、正しくは、真っ先にバリアジャケットを纏って飛び出したのは彼女だった。くらげを守るため、そのためだけに、自らの身を顧みず、飛び出したのだ。

 

 アインハルトは、ヴィヴィオとノーヴェの後ろで守られたくらげを、しっかりと『抱きかかえていた』。

 


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