「アインハルトさん、すごい…」
ヴィヴィオは、アインハルトとアインハルトのクローンの攻防を見て、そう言った。
その言葉の意味は、その場の誰もが理解していた。何故なら、アインハルトは圧倒的過ぎた。たとえそれが過去の自分であったとしても、成長する前の自分であったとしても、一年も満たない時間で成長できるには限度がある。
だが、目の前のそれは、そんな当たり前を無視したものだった。
アインハルトが突き、蹴り、投げるものを、アインハルトのクローンは避けることができない。できることは、どうにか受けることだけ。それは自分自身のダメージに繋がるが、受けざるを得ない。それほどにその打撃は速く、鋭かった。
逆にアインハルトのクローンの攻撃はアインハルトにかすりもしない。アインハルトはそれを余裕をもって避けていく。
ノーヴェは、鋭い目つきで、それを見る。
「筋力、技術、デバイス、どれをとっても、アインハルトが上、当然の結果だ。だけど…」
そして、アインハルトのクローンの攻撃に、アインハルトはカウンターを入れた。
「ぐぅ!」
アインハルトのクローンは、呻きながら後退する。
息をどうにか整えて、自分のオリジナルを見据え、
「なるほど、正しい師を持てば、これ程変わりますか…。『スポーツ』と侮ったことは謝ります」
そう言って、静かに構え直す。
肩で息をすることを隠しきれない彼女に対して、アインハルトは息を静かに整えた。
明らかに、二人のレベルは段違いに異なっている。
「安心しましたが、ですが、だからこそ残念です」
そう言うと、アインハルトのクローンの足元に、魔法陣が描かれた。そして、その右手に力が込められる。
アインハルトは、自らのクローンが何の技を繰り出すのか、分かった。
『覇王断空拳』。
足先から練り上げた力を打撃に乗せる技。使用者の力量にもよるが、まともに当たればただでは済まない。
敢えてそれを晒しているのは、挑発のためと見てとれた。
『カウンター狙い、ですね』
アインハルトはそのあからさまな狙いに乗る必要はないと、体を浅く構える。
まずは一撃、それを受ける、もしくは避けたところに本命のニ撃目を打ち込む。
そう考えて、アインハルトは、距離を詰めて、まずは一撃目を打ち込もうと腕をつき出す。
だが、アインハルトのクローンは、それを避けないどころか、受けもしなかった。
ほんの少しだけ打点をずらしてその打撃の衝撃を減らし、それと同時に、その技を放った。
「『覇王断空拳』!」
それは自らもカウンターを受けてしまう、諸刃の刃。だが、牽制の一撃と必殺の一撃では、全く異なる。
アインハルトは慌てて防御をするが、完全には間に合わない。その衝撃をまともに受け、後ろの建物の壁に叩きつけられた。
「ぐぅっ!」
内臓から吐き出すように呻きながら、アインハルトは倒れ込む。
アインハルトのクローンは、左肩を抑えながら、近づいてくる。そして、えづきながら咳き込むアインハルトの前まで止まった。
「私が強さを求めたのは理由があります」
そんなことは、当然アインハルトも知っている。忘れるわけがない。
「『守る』ため。誰かを守るために、強さが欲しかった。そのために、一撃一撃が必殺、そんな路上での戦いを望んだのでは無いですか?」
アインハルトは自分の手を見つめる。
覚悟が足りなかった。知っていたのに、分かっていたのに、そういう戦いであると理解していたはずなのに、体が、思考がそう動かなかった。
アインハルトのクローンはしゃがみ込み、アインハルトに顔を近づけて囁いた。
「あなたは、強くなってます。それは、私が保障します。けれど、覚悟を決めてください。あの方は、一筋縄ではいきません」
その言葉に、アインハルトは顔を上げる。そこには、自分と同じ顔がある。
「私では助けられません。この体では逆らえません。先程の攻撃は手を抜いています。まだ、十分動けるはずです。だから…」
そして、アインハルトのクローンは、少しだけ微笑み、
「あなたが助けなさい」
そう、言った。
そして、そのまま立ち上がり、スカリエッティの元に向かう。
「ありがとうございました」
「もういいのかね?」
「ええ、十分です。あと、あちらの方も」
アインハルトのクローンは、くらげを見る。
「ああ、構わないよ。君は私の約束を果たしてくれた。解放してあげるといい。ただし、触らないように、襟の『小型の爆発装置』も忘れずにね」
アインハルトのクローンは、くらげに近づくと、落ちている割れて刃のようになった石を取ると、くらげの縄をそれで削り始めた。
そうして、手足の縄を取った後、顔を上げたくらげと目が合う。
「君は…」
そんなくらげの問いに、アインハルトのクローンは、襟の機械を取り除くと、それを遠くへ放り投げた。
そして立ち上がり、なのはたちの方へ体を向けた。
「申し訳ありませんでした」
そう言うと、スカリエッティを見た。
スカリエッティは頷くと、パチンッ、と指を鳴らす。
すると、アインハルトのクローンは、まるで幻のように消え去った。
そこに居た形跡など、全く無いかのように。
「あ、あぁ…」
呻き声を上げるくらげを、スカリエッティは見下ろして言う。
「おやおや、まるで人みたいな反応をするじゃないか。大体、こんなものが居なければ、彼女は私に作られることも無かったのだよ?」
「あ、あ…」
「それにしても彼女は強さに真摯だった。強さに対して貪欲で、ルールを侵してでも、強くあろうとした。実に素晴らしい。それも、どこかの下らないものの手によって、平和に染められた。彼女も、君たちの被害者と言っていい」
それを黙って聞いて居られないのは、なのはたちだった。なのはは叫ぶ。
「くらげ君を人質に酷いことを…!」
スカリエッティは、くらげを指差し、袋に入った髪の毛を取り出す。
「あれは取引さ、コレとコレ、ほぼ等価交換だろう。だが、それに加えて、彼女は消える前に、自分のオリジナルとの戦いを望んだ。まあ、多少、『感情は弄った』がね」
「感情を、弄る…?」
「ああ、ようやく説明が出来そうだ。では、改めて語ろう」
スカリエッティは、両手を広げる。そして、とても愉快そうに語り始めた。
「成し遂げた功績を元に信仰を得て、死した後、その存在自体が高みに登ったもの、それが『英霊』。そして、それは善行である必要はない。それが悪行と見なされたものであっても、信仰心があれば、知名度があれば、『英霊』足りえる。そして、その能力、『宝具』もそれに準ずる」
「死した後…」
「私は、それに及ばなかったようで、少しばかり押し上げられてはいるがね。お陰で、過去へ未来へ、『世界の敵』を駆除して回る日々さ。だから、心配しなくても、現時点での私は軌道拘置所に収容されているよ。この私は、死した後に成ったものさ」
スカリエッティの体が透けて、ユラリと揺らぐ。
なのはたちの顔が、驚愕に染まる。
「あなた、一体…」
スカリエッティの体が、元に戻っていく。もう、透けてはおらず、揺らいでもいない。だが、その存在が異常なものであることは、どうしようもなく、なのはたちに伝わった。
「私は、英霊『スカリエッティ』。宝具は『完全複製』《パーフェクト・コピー》」
そうして、スカリエッティは不敵な笑みを浮かべ、
「今は、『正義の味方』をやっている」
と、そう言った。