僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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いつだって彼は救えない。

 「アインハルトさん、すごい…」

 

 ヴィヴィオは、アインハルトとアインハルトのクローンの攻防を見て、そう言った。

 その言葉の意味は、その場の誰もが理解していた。何故なら、アインハルトは圧倒的過ぎた。たとえそれが過去の自分であったとしても、成長する前の自分であったとしても、一年も満たない時間で成長できるには限度がある。

 

 だが、目の前のそれは、そんな当たり前を無視したものだった。

 

 アインハルトが突き、蹴り、投げるものを、アインハルトのクローンは避けることができない。できることは、どうにか受けることだけ。それは自分自身のダメージに繋がるが、受けざるを得ない。それほどにその打撃は速く、鋭かった。

 逆にアインハルトのクローンの攻撃はアインハルトにかすりもしない。アインハルトはそれを余裕をもって避けていく。

 

 ノーヴェは、鋭い目つきで、それを見る。

 

 「筋力、技術、デバイス、どれをとっても、アインハルトが上、当然の結果だ。だけど…」

 

 そして、アインハルトのクローンの攻撃に、アインハルトはカウンターを入れた。

 

 「ぐぅ!」

 

 アインハルトのクローンは、呻きながら後退する。

 息をどうにか整えて、自分のオリジナルを見据え、

 

 「なるほど、正しい師を持てば、これ程変わりますか…。『スポーツ』と侮ったことは謝ります」

 

 そう言って、静かに構え直す。

 肩で息をすることを隠しきれない彼女に対して、アインハルトは息を静かに整えた。

 明らかに、二人のレベルは段違いに異なっている。

 

 「安心しましたが、ですが、だからこそ残念です」

 

 そう言うと、アインハルトのクローンの足元に、魔法陣が描かれた。そして、その右手に力が込められる。

 

 アインハルトは、自らのクローンが何の技を繰り出すのか、分かった。

 

 『覇王断空拳』。

 

 足先から練り上げた力を打撃に乗せる技。使用者の力量にもよるが、まともに当たればただでは済まない。

 敢えてそれを晒しているのは、挑発のためと見てとれた。

 

 『カウンター狙い、ですね』

 

 アインハルトはそのあからさまな狙いに乗る必要はないと、体を浅く構える。

 まずは一撃、それを受ける、もしくは避けたところに本命のニ撃目を打ち込む。

 そう考えて、アインハルトは、距離を詰めて、まずは一撃目を打ち込もうと腕をつき出す。

 

 だが、アインハルトのクローンは、それを避けないどころか、受けもしなかった。

 ほんの少しだけ打点をずらしてその打撃の衝撃を減らし、それと同時に、その技を放った。

 

 「『覇王断空拳』!」

 

 それは自らもカウンターを受けてしまう、諸刃の刃。だが、牽制の一撃と必殺の一撃では、全く異なる。

 

 アインハルトは慌てて防御をするが、完全には間に合わない。その衝撃をまともに受け、後ろの建物の壁に叩きつけられた。

 

 「ぐぅっ!」

 

 内臓から吐き出すように呻きながら、アインハルトは倒れ込む。

 

 アインハルトのクローンは、左肩を抑えながら、近づいてくる。そして、えづきながら咳き込むアインハルトの前まで止まった。

 

 「私が強さを求めたのは理由があります」

 

 そんなことは、当然アインハルトも知っている。忘れるわけがない。

 

 「『守る』ため。誰かを守るために、強さが欲しかった。そのために、一撃一撃が必殺、そんな路上での戦いを望んだのでは無いですか?」

 

 アインハルトは自分の手を見つめる。

 覚悟が足りなかった。知っていたのに、分かっていたのに、そういう戦いであると理解していたはずなのに、体が、思考がそう動かなかった。

 

 アインハルトのクローンはしゃがみ込み、アインハルトに顔を近づけて囁いた。

 

 「あなたは、強くなってます。それは、私が保障します。けれど、覚悟を決めてください。あの方は、一筋縄ではいきません」

 

 その言葉に、アインハルトは顔を上げる。そこには、自分と同じ顔がある。

 

 「私では助けられません。この体では逆らえません。先程の攻撃は手を抜いています。まだ、十分動けるはずです。だから…」

 

 そして、アインハルトのクローンは、少しだけ微笑み、

 

 「あなたが助けなさい」

 

 そう、言った。

 

 そして、そのまま立ち上がり、スカリエッティの元に向かう。

 

 「ありがとうございました」

 「もういいのかね?」

 「ええ、十分です。あと、あちらの方も」

 

 アインハルトのクローンは、くらげを見る。

 

 「ああ、構わないよ。君は私の約束を果たしてくれた。解放してあげるといい。ただし、触らないように、襟の『小型の爆発装置』も忘れずにね」

 

 アインハルトのクローンは、くらげに近づくと、落ちている割れて刃のようになった石を取ると、くらげの縄をそれで削り始めた。

 そうして、手足の縄を取った後、顔を上げたくらげと目が合う。

 

 「君は…」

 

 そんなくらげの問いに、アインハルトのクローンは、襟の機械を取り除くと、それを遠くへ放り投げた。

 そして立ち上がり、なのはたちの方へ体を向けた。

 

 「申し訳ありませんでした」

 

 そう言うと、スカリエッティを見た。

 スカリエッティは頷くと、パチンッ、と指を鳴らす。

 すると、アインハルトのクローンは、まるで幻のように消え去った。

 そこに居た形跡など、全く無いかのように。

 

 「あ、あぁ…」

 

 呻き声を上げるくらげを、スカリエッティは見下ろして言う。 

 

 「おやおや、まるで人みたいな反応をするじゃないか。大体、こんなものが居なければ、彼女は私に作られることも無かったのだよ?」

 「あ、あ…」

 「それにしても彼女は強さに真摯だった。強さに対して貪欲で、ルールを侵してでも、強くあろうとした。実に素晴らしい。それも、どこかの下らないものの手によって、平和に染められた。彼女も、君たちの被害者と言っていい」

 

 それを黙って聞いて居られないのは、なのはたちだった。なのはは叫ぶ。

 

 「くらげ君を人質に酷いことを…!」

 

 スカリエッティは、くらげを指差し、袋に入った髪の毛を取り出す。

 

 「あれは取引さ、コレとコレ、ほぼ等価交換だろう。だが、それに加えて、彼女は消える前に、自分のオリジナルとの戦いを望んだ。まあ、多少、『感情は弄った』がね」

 「感情を、弄る…?」

 「ああ、ようやく説明が出来そうだ。では、改めて語ろう」

 

 スカリエッティは、両手を広げる。そして、とても愉快そうに語り始めた。 

 

 「成し遂げた功績を元に信仰を得て、死した後、その存在自体が高みに登ったもの、それが『英霊』。そして、それは善行である必要はない。それが悪行と見なされたものであっても、信仰心があれば、知名度があれば、『英霊』足りえる。そして、その能力、『宝具』もそれに準ずる」

 「死した後…」

 「私は、それに及ばなかったようで、少しばかり押し上げられてはいるがね。お陰で、過去へ未来へ、『世界の敵』を駆除して回る日々さ。だから、心配しなくても、現時点での私は軌道拘置所に収容されているよ。この私は、死した後に成ったものさ」

 

 スカリエッティの体が透けて、ユラリと揺らぐ。

 なのはたちの顔が、驚愕に染まる。

 

 「あなた、一体…」

 

 スカリエッティの体が、元に戻っていく。もう、透けてはおらず、揺らいでもいない。だが、その存在が異常なものであることは、どうしようもなく、なのはたちに伝わった。

 

 「私は、英霊『スカリエッティ』。宝具は『完全複製』《パーフェクト・コピー》」

 

 そうして、スカリエッティは不敵な笑みを浮かべ、

 

 「今は、『正義の味方』をやっている」

 

 と、そう言った。


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