ミッドチルダにある高町家の朝食は、いつも、なのはとヴィヴィオでとっているが、今日が休日ということもあって、泊まりにきていたフェイトも珍しく一緒だった。
三人の仲はとても良い。
今も、朝食が終わったあと、他愛もない話で笑いあったばかりだ。
そんな時、ヴィヴィオが、少しばかり聞きづらいことを、思い切って口にした。
「なのはママ、フェイトママ、あの、くらげさん…は、あのままでよかったの?」
なのはとフェイトは、その言葉に曖昧に微笑む。そして、なのはが言った。
「本当は、私たちを頼って欲しかったけど、くらげ君がそれを望まなかったからね。少しずつ、進んで行くしかないの」
「うん、でも、くらげさん、こっちでひとりぼっちだし…、引き止めて、ほんとに良かったの…かな…って。ちょっと、無理矢理っぽかった…っていうか…」
「ヴィヴィオは優しい子だね。でも、大丈夫、くらげ君は、いつだって、別の世界に行けるんだから」
「でも、記憶を…」
「あれはね、くらげ君に、この世界にいても仕方ない、っていう言い訳をあげるためだけ。ほんとにくらげ君が嫌なら、あんなのじゃ止められない」
「そう、なの?」
ヴィヴィオは、その意味がよく分からず、首を傾げる。フェイトも、説明を追加する。
「そうだよ。それは、くらげ君も分かってる」
「分かってるの?」
「だって、自分自身のことだから、もちろん分かってるよ。分かってて、残ってくれてる」
ヴィヴィオは、どういう意味か分からなかったが、二人が嘘を言うわけもないと、とりあえず納得した。
そし、うーん、と唸る。
「でも、ご飯とか、寝る場所とか…」
ヴィヴィオの疑問に、なのはが答える。
「そうだね。くらげ君はどうにかしてるみたいだけど、あとで様子を見に行かないと」
「居る場所、知ってるの?」
「あの後、探したからね」
と、そんな会話をしているとき、来客を知らせる音が鳴った。
なのはが来客の顔を、機器で確認すると、アインハルトであった。三人は玄関に向い、なのはドアを開けた。
アインハルトが頭を下げる。
「朝早くに申し訳ありません」
ヴィヴィオは笑顔で言う。
「全然大丈夫ですよー。今日はどうしたんですか?」
アインハルトは、ヴィヴィオの言葉に答えずに、軽く頭を下げると、なのはとフェイト、それぞれの顔を見ながら言う。
「高町なのはさん、フェイト・テスタロッサさん」
「うん?」
「…はい」
そのアインハルトの改まった物言いに、二人は首を傾げる。
「髪を一本いただけないでしょうか?」
アインハルトの言葉に、なのはとフェイトは顔を合わせる。そして、もう一度アインハルトへ向き直る。
「別に、構わないけど…」
なのはは、そう言って一本、髪をプチリと取り、アインハルトに渡す。フェイトも同じように渡す。アインハルトは、それを受け取ると、小さなビニールのパックに入れた。
「でも、急にどうしたの?」
なのはがその意味を問おうとしたとき、なのはへ通信が入った。
「あ、ちょっとごめんね」
連絡をしてきたのはノーヴェだった。
なのはたちの目の前に通信のウインドウが開く。そのウインドウにノーヴェの姿が現れる。
「どうしたの? ノーヴェ」
「『すみません。ちょっとお伝えしたいことがあって、アインハルトのことなんですけど』」
「アインハルトちゃん? 丁度今ここにいるけど」
「『なのはさん、何の話ですか? アインハルトなら、『私の目の前に居ますけど』。なあ?』」
ノーヴェのそう言って隣に声をかけるき、そのウインドウの中にアインハルトが姿を見せた。
「『えっと、はい』」
「『私、昨日、アインハルトに襲われたんです。でも、アインハルトは覚えてないみたいで。洗脳とか、記憶操作がされていないか、調べたりできませんか?』」
ノーヴェが、なのはに問いかけるが、なのは、そしてフェイトとヴィヴィオも、ノーヴェを見ていない。
なのはたちは、通信のウインドウではなく、目の前に居るアインハルトを見ていた。
「ノーヴェ」
「『はい?』」
なのはそう言うと、通信ウインドウを、目の前のアインハルト側に向けた。
「『…え?』」
「『わ、私?』」
通信ウインドウの中の二人が、驚きの声を上げる。
目の前のアインハルトは、何の同様もせず、何を語らずに立っていた。
「お名前、聞いていいかな…?」
なのはの問いに、目の前のアインハルトは、各面々を見てから答えた。
「はい。『はじめまして』、アインハルト・ストラトスと申します」
その初めて会うかのような物言いに、誰もが動揺を隠せない。
目の前のアインハルトは、通信ウインドウの中のアインハルトを見る。その視線は何かの思いが込められている。
「なるほど。昨日の、ノーヴェ・ナカジマさんのお話なら推測できてはいましたが、やはり本当なのですね」
目の前のアインハルトは、複雑そうに、ため息をついた。
「あなたは、私たちが知っているアインハルトちゃん、じゃないのかな?」
なのはの問いかけに、目の前のアインハルトは、向き直る。
「はい、違います。私はクローンだそうです」
その言葉に、全員が驚愕した。
通信ウインドウの中のアインハルトは、自分のクローンに対して、それ以外はクローン技術が何らかの方法で使用されていることについて、である。
フェイトは問いかける。
「あなた、記憶が…」
「はい。記憶も完全に複製されています」
「一体誰が…」
「隠すことではないので、そう聞かれたら、答えて良いとのことでした」
その場に緊張が走る。
「…誰?」
「あの方は、『ジェイル・スカリエッティ』と名乗っていました」
次元犯罪者、『ジェイル・スカリエッティ』。
その場のほぼ全員が、その名に驚愕した。
何せ、ヴィヴィオとノーヴェは、そのジェイル・スカリエッティに造られている。
ヴィヴィオは、『聖王』と呼ばれた人物、『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』のDNAを元に造られ、古代ベルカ最強の兵器『聖王のゆりかご』を動かすためのコア、道具として利用された。
ノーヴェは、一時期、そのスカリエッティの下で、なのはやフェイト、つまりはやてが隊長を務める機動六課と対立したことすらあった。
また、なのははヴィヴィオを救出するために間接的に戦っているし、フェイトはスカリエッティを独自に調査するほどに追っていた。
そして、既に逮捕されており、軌道拘置所へ収容されているはずであった。
「そんな…、馬鹿なことが…」
フェイトがそう呟いたとき、なのはが気づいた。
「さっきの、髪の毛、やっぱり返してもらえるかな?」
「申し訳ありません。お約束していますので」
目の前のアインハルトは、なのはの言葉をやんわりと断ると、玄関から外に出た。
「待って!」
なのはがそれを追いかけ、他の人もそれに続く。
そして、そこには、アインハルトのクローンと、もう一人の男がいた。
その男は、ふてぶてしく、そこにいるのが当然であるかのように、立っていた。
紫色の髪と、スーツの上に白衣を着た服装。それは、ジェイル・スカリエッティそのものであった。その男は、なのはたちを見ると、ニヤリと笑った。
「おや、わざわざのお出迎え、痛みいるな」
「ジェイル・スカリエッティ…! お前は軌道拘置所に収容されているはずだ! 何故ここに居る!」
フェイトの叫びに、スカリエッティは臆する様子はない。
「ふむ、『この頃の私』は収容されていた時か…」
「一体何を」
「いやいや、思いふけっていたのだよ。まさか、こんな形で君たちに会うことがあろうとはね」
「何を言っている。いや、監房所から逃げたのであれば、また捕まえるだけだ!」
「おや、何か勘違いしているね。まあ、無知な君たちでは仕方ないか。私ですら、知らなかったのだから」
フェイトと、スカリエッティは、話が噛み合っていない。いや、正しくはフェイトがこの状況を理解するための知識が不足している。
「仕方ない。君たちにも分かるように簡単に説明してやろう」
そして、スカリエッティは、
「君たちは『英霊』と言うものを知っているかな?」
そう言って、また、ニヤリと笑った。