「『できない』のが仕方ないというのは、どういう…」
アインハルトがなのはに問う。なのはは、答えにくそうに、曖昧に笑っていたが、フェイトが言う。
「ごめんね。それはちょっとだけ秘密なんだ」
そして、フェイトははやてを見る。
「でも、はやてには、知ってもらっておいたほうがいいかも。くらげ君がどういう人なのか、危ないところと、助けてあげなくちゃいけないところ。今のはやてになら話せる」
「…『触れた人を劣化させる体質』いうのも、まだ完全には信じてへんねんで。これ以上、びっくりさせること言わんといてえな…」
「ということは」
ノーヴェが話に割り込む。
「あたしとヴィヴィオ、アインハルトは聞かないほうがいいってことですね?」
その言葉にフェイトは、頷く。
なのはがその後に付け加える。
「ごめんね。多分、くらげ君も秘密にしてることじゃないと思うんだけど…、直接聞いたわけじゃないから、ちょっとね」
なのはは、ヴィヴィオの方を向く。
「ごめんね、ヴィヴィオ。ヴィヴィオがもう少し大人になったら、ちゃんと話すから」
ヴィヴィオは、その言葉に笑顔で返す。
「大丈夫だよ。なのはママもフェイトママも、わたしが知っておかなきゃいけなことなら、ちゃんと私に教えてくれるから」
なのはとフェイトは、ヴィヴィオの前に座り込むと、ヴィヴィオをギュっと抱きしめた。
その様子を優しげな目で見ていたノーヴェは、部屋の出口を指差す。
「そろそろあがる時間だし、お話の間に着替えちゃいますよ。行こうか、ヴィヴィオ、アインハルト」
だが、アインハルトは返事をしなかった。
「アインハルト?」
「すみません。そのお話、私も聞けないでしょうか?」
アインハルトは、なのはとフェイトを見る。その目は、引かない心を表すかのように、力強い。
「『できない』と諦めることに、何故『仕方ない』などという言葉が出るのでしょうか」
アインハルトは、記憶継承者である。
親や先祖の記憶を受け継ぐといったものであるが、彼女は過去の王、覇王と呼ばれた『クラウス・G・S・イングヴァルト』の記憶を、自分の記憶のように思い出せる。
そして、それは想いや後悔も含まれる。
『守るための強さ』を求めた彼の想いは、かつてアインハルトを縛り、苦しめていた。強くなるために、ただそのためだけに研鑽を、努力を続けた。
『諦め』とは、彼女の思想から最も遠いものであり、かつ許容できないものであった。
その強い視線に、なのはは小さくため息をつくと、ノーヴェに顔を向けて頷く。ノーヴェはそれを受けて、ヴィヴィオと一緒に外に出た。
なのははそれを確認すると、アインハルトに向き直った。
「いいよ」
なのははそう言うと、両手を広げた程度のパネルが出てきて、その画面に何かが映し出される。
それは、あのプレシア・テスタロッサとくらげが対峙している場面である。
「クロノ君が、撮ってたやつなんだけど、それをもらって私たちで色々解析したの」
「へー、このちっこいのがさっきの男やな」
それは何らかの妨害があったためか、画質はあまり良くない。だが、くらげの怯え具合は、それでも十分に分かった。
「よっぽど恐ろしかったんやろなぁ」
「それはそうだよ。リンディさん、クロノ、アルフにユーノ、なのはと私も動けなくて、一番弱いくらげ君が残ったんだから」
はやての言葉に、フェイトが説明を付け加える。
「なんや、なのはちゃんもフェイトちゃんも、随分と気に入っとるから、よっぽど強いんかと思ったわ」
「弱いよ、くらげ君は。心も体も。誰よりも弱い」
「誰よりも、は言いすぎやろ」
「ううん、言いすぎじゃない」
なのはは、画面に映る、震えるくらげを見ながら言う。
「でもね。それでも、震えながら、私たちを守ろうとしてくれたの」
「なるほどなぁ、そこに惚れたと」
「う、うん。まあ、その前から…と言うかなんというか…」
「あー、聞きだしたらきりないやつやな。で? この映像がなんやて?」
なのはは、言い訳をしようとしたが、上手く言えずに口ごもる。
「う、うん。まずは、一度見ようか」
そう言って、四人はくらげがプレシアを無力化するところまでを見る。
そして、はやてが言った。
「なるほどな、これは今のヴィヴィオには見せんほうがええか。それに、おばあちゃんの黒歴史見るようなもんやからな」
「それ、母さんには言わないであげてね。気にしてるから…」
「それにしても、なんか、色々と不自然やな。急に震えが止まるわ、動きが速くなるわ、最後、手を握っただけで勝負が決まるとか…、あれが『触れた人を劣化させる体質』いうやつか」
なのはは、その映像を最初に戻す。
「くらげ君は、色々な能力を持ってるから。後から分かったんだけど、さっきの映像のときも、色々使ってるみたい。その中でも、見てもらいたいのは、ここ」
くらげが、『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》を使ったところが流され、止められる。
「この動きが速くなったところ、ただの動きじゃなくて、御神流奥義『神速』の動きなの。初歩の初歩らしいけど、お父さんに確認したから間違いない」
「…どういうことや? 習っとったっんか?」
なのはが首を振る。
「多分、流派すら知らないと思う。一度見ただけ」
「一度見ただけで真似できる奥義…、なんてあるわけはないわな…」
「どう思う?」
なのはの問いかけに、はやては腕を組んで唸る。
「なんやろな…、一度見た動きを少しだけ真似できる能力、とか。ま、あるわけ無いけどな」
フェイトは感嘆のため息をもらす。
「凄いね、はやて。ほとんど正解だよ。正解は、目にした力を劣化して得る能力、だけど」
「うわぁ、おっしいなあー…、ってそんなわけあるかー!」
はやてが、ちゃぶ台をひっくり返すような勢いで、叫ぶ。だが、なのはとフェイトは、冷静にはやてを見ている。
「え、なんなん? 嘘やろ、冗談やろ?」
はやての顔が微かに引きつる。
なのはは、うっすらと微笑むと、映像を、くらげがプレシアの手を掴むところまで進めた。
「ここ、魔力を視覚化するね」
映像に淡い光が付加される。
プレシアの大きな光に比べて、くらげの光は、淡く、小さすぎた。
だが、腕を掴んだ直後から、状況が変わった。
「見て、僅かな魔力しかなかったくらげ君の魔力が増えて、逆にプレシアさんの魔力が減っていってる」
「何やこれ、吸い取っとるんか…? いや、魔力の質が変わっとらん」
「そう、くらげ君に『取り込まれてる』」
なのはの答えに、はやては唖然とする。
「何やこれ、反則すぎとちゃうか…?」
「触れた相手の力を自分に取り込む、結果として相手が劣化する。多分これが、くらげ君の『触れた人を劣化させる体質』の本質に、一番近い考え方だと思う。そして、見せたいのはこの先」
映像の中で、プレシアの光がくらげに移りきり、なだれ込んだアースラの救援部隊の一人とくらげの目があった瞬間、くらげの光が急激に小さくなる。目があった救援部隊よりも小さな光へ。
「これは…」
「目にした相手の魔力を『劣化』して得たから、くらげ君の魔力が『劣化』側に『合わせられた』の。多分、これは魔力に限ったことじゃなくて…」
その時、今まで黙って聞いていたアインハルトが、
「そんな…」
と声をもらした。
「そんな、そうなら、そうだったとしたら…」
「そう、くらげ君は」
「どんなに努力しても、誰かを見るだけで…」
「ただそれだけで、その努力は全部『消えてしまう』の」
なのはの言葉に、アインハルトは口に手をあて、呆然とした表情のまま俯いた。微かに震えも見える。
そして、何かに気づいたように顔をあげ、その部屋の出口へ走り出した。
「アインハルトちゃん!」
なのはの呼び掛けに、アインハルトは立ち止まるが、慌てた素振りを隠しきれない。
「くらげ君なら、多分大通りじゃなくて、路地裏とか目立たないところに居ると思うよ!」
アインハルトはその言葉に、
「はい! ありがとうございます!」
と応えると、出口から出ていった。
残された三人は、出口をしばらく見つめていたが、はやてがぼそり、と言った。
「ええんか? 行かせてしまって」
なのはは曖昧に笑う。
「いま、わたしたちが行っても、くらげ君は嫌がると思うから」
「いや、そうやなくて、男は大抵、年下の方が好きらしいで?」
その言葉になのはとフェイトはびくりっ、と震えると、錆びついたロボットのように、ぎぎぎ、とはやてを見た。
「そ、そのときは…、あ、愛人さんにしてもらう」
「な、なのは、それだ、それでいこう!」
いい考えだと話し合う二人を見て、はやてはどこから突っ込もうかと、思案しつつ、盛大に大きなため息をついた。