僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

38 / 49
魔法少女リリカルなのは《イコールゼロ》編
彼はその再会を望まなかった。


 そこは、とある室内運動施設の一室。

 広くはないが、スパーリングや簡単な試合であれば、特に問題ない程度の広さはある。

 

 そこに向かい合う二人の女の子。

 一方は柔らか気な金色の髪で、目がクリっとした女の子、もう一方は、碧銀の髪で鋭い目つきの女の子。

 どちらも、左右の目の色が異なっているという特徴があった。

 

 既に練習試合は始まっている。先に手を出したのは金髪の女の子だった。しかし碧銀の髪の女の子はそれを難なく躱し、即座に反撃する。だが、金髪の女の子もそれを躱し、反撃する。その息もつかせない攻防は、子供のそれとは思えない。

 

 その試合を、四名の女性が壁側で見ていた。

 

 「それで、今日はどういった用事なんですか? はやてさんも一緒となると、何かあるんですよね?」

 

 ジャージ姿の女性がいう。恐らく、試合をしている女の子たちのコーチをしていると思われた。

 はやてと呼ばれた女性はカジュアルな格好をしている。

 二人とも髪型はショートカットだ。

 

 「いやいや、何にもないで? ヴィヴィオとアインハルトの成長と、ノーヴェのコーチっぷりを見に来ただけや」

 「か、からかわないで下さいよ。皆さんが一緒にいるのって珍しいので、何かあるのかと思いましたよ」

 「まあ、そうやな。なかなか休みが合わへんかったり、用事があったりで、三人で会うことはあんまりなかったなぁ」

 

 はやては遠くをみるように、ぼんやりとそう言う。

 

 「まあ、ちょっとした約束でな」

 「約束?」

 「せや。機動六課設立のときの、二人からの約束や」

 

 はやてはそう言うと、カバンの中から、銃のような、変わった形の何かを取り出した。金属というよりは宝石と言うような質感である。

 それをノーヴェが見て言う。

 

 「変わったデバイスですね」

 「デバイスちゃうよ」

 「違うんですか?」

 「ロストロギアや」

 「へー、そうなんで……はい?!」 

 

 はやてはその反応に、曖昧に笑う。

 ロストロギアとは、古代の危険な遺産、膨大な力を持つものもあり、厳重に管理されているものだ。ノーヴェの反応も当然のことと言えた。

 

 「まあ、ゆうても大したもんやないで? これに魔力込めて人間のこめかみを撃つとな、その人がその時考えてたことを一時的に忘れるっちゅーもんや。効果も一ヶ月もてばいいほうや。ほぼ無害と言ってええやろ」

 「で、でで、でもロストロギアなんですよね?!」

 「声が大きいわ。だから、私がおるんよ」

 「はぁ、じゃあ約束っていうのは」

 「これを『一日だけ貸し出すこと』や」

 

 ノーヴェは、はやて以外の二人をみて、

 

 「じゃあ、なのはさんと、フェイトさんが、これを使う、んですか?」

 

 そう言った。

 

 そこにいたのは、成長した、なのはとフェイトだった。

 恐らくは二十歳程度と思われる風貌だが、昔の面影はしっかりと残っている。

 二人ともラフな格好ではあるが、ピンクや黒を基調とした、少しばかり気合が入ったような感じを受ける

 

 なのはは、はやての手からロストロギアを受け取ると、短くため息をついた。

 

 「うん。まだ、迷ってるけどね」

 「それにしても、急すぎやで? 今日いきなり言うてきて、申請通すのにかなり無理したわ」

 

 はやてがこれみよがしに肩を落とすと、なのはは慌てて言う。

 

 「ご、ごめんね。でも多分、今日、会える気がするから」

 「うん。今日、だと思う」

 

 なのはの言葉に、フェイトも続ける。

 そんな二人を見て、はやてがため息をつく。

 

 「そんないい男なんか? その『くらげ』君っつー男の子は」

 「え?!」

 

 ノーヴェがそのはやての言葉に驚く。

 

 「お、男って、もしかして?!」

 「子供の時から好きな人らしいで? 何度惚気話されたか分からんわ」

 「そ、そ、そんなにしてないと思うんだけど!」

 

 はやての言葉に、なのはが割り込む。

 

 「事あるごとに、くらげ君が、くらげ君が、とか言うてたやん。なのはちゃんも、フェイトちゃんも」

 「わ、私はそんなには…、言ってるかもしれないけど…」

 

 はやてはもう一度、長い溜息をつく。

 

 「どうせ、そのくらげ君に関係する話なんやろ?」

 

 なのはの持つロストロギアを指差しながら、はやてが言う。なのはは、それを両手で握りしめて、いう。

 

 「うん…。でもね、もしも、くらげ君が今幸せで、私たちがいらないんだったら、それでいいの。でも…」

 「でも、もしも、辛いなら私たちが守ってあげたい。だけど、きっと、くらげ君は、それを望まない。私たちを傷つけない選択をする。だから…」

 

 なのはとフェイトは、目を少し伏せながら言う。

 

 「ま、ええけどな。でも、今日だけやで? 何もなかったから、明日また…ってわけには…?」

 

 はやての言葉が尻すぼみになる。何かの異常に気がついたようだった。

 

 「なんや…?」

 

 フェイトはなのはへ手のひらを差し出す。

 

 「フェイトちゃん…」

 「私がやるよ。私は一度捨てたから。今度は拾いたい」

 

 なのはが、フェイトにロストロギアを渡す。

 

 その時、その部屋の中央の、空間が軋み始めた。

 その異常は試合をしている二人の女の子も、直ぐに気がつき、慌ててその軋みから距離を取る。

 軋みはグニャリと歪み続け、本来の空間の隙間に何かが捻り込まれる

 

 気がつくと、そこにいたのは膝をついて俯いた、大学生くらいのみすぼらしい男だった。

 ボロボロのTシャツにジーンズのズボン、そして薄汚れたスニーカーをはいている。

 

 だが、人が『居る』とは思えなかった。

 そこに物が『在る』だけのように、生気というものが感じられなかった。

 誰もがその異常現象に息を飲んでいた時、なのはが、その男に声をかけた。

 

 「くらげ君。久しぶり」

 

 男は、機械的に反応するように、ヨロヨロと立ち上がり、振り返る。

 

 その顔に、ぞっと、背筋が凍る。

 

 「ひっ…」

 

 それは誰の声か、だが、ほぼ全員の心境は同じだっただろう。

 

 おかしなところがあるわけではない。

 

 ただその目が、その深く、暗く、感情が抜け落ちたような目が、気持ち悪かった。

 生気のない、何もかもを諦めた目が、気持ち悪かった。

 

 「くらげ君、分かる…?」

 

 フェイトが声をかける。

 

 男は反応しない。

 だが、次第にその表情が変わる。

 無機質なものが、歪んでいく。そこにある感情は読み取れない。ただ苦しそうに、歪んでいく。

 

 その口が何かを言おうと動く。しかし、何度も何かを言おうとするが、声が発せられることはない。

 その手が、なのはとフェイトの方へ挙げられようするが、そのもがくようなその手が、挙げられることはない。

 

 もがいていた。

 その男はもがいていた。

 

 まるで溺れているように、もがき、足掻き、だがそれを押しとどめ、押し込んで、抑えつけて、今にも泣き出しそうな顔で、

 

 『助けて』

 

 その言葉を、歯を食いしばって飲み込むと、震えながら小さく息を吸った。

 ある劣化スキルを使うために、ここから消えるための劣化スキルを使うために。

 

 その様子を見ていたなのはは、ぼろぼろと目から涙を零しながら、悲痛な声で叫んだ。

 

 「フェイトちゃん!!」

 

 その声と同時にフェイトは駆け出していた。

 その男の口から言葉が発せられたまさにその時、

 

 「『かわいい子には苦労を《トラブル・トラ」

 

 男のこめかみに、フェイトが持つロストロギアの銃口があてられ、引き金が引かれる。

 

 パシリッ、と電気のようなものが走り、男はその場に、崩れるように倒れ込んだ。

 異様な雰囲気に包まれていたその場所に、静寂が広がる。

 その静寂に、なのはとフェイトの、しゃくりながら泣く声が響く。

 

 なのはは、泣きながら、言葉に詰まりながら言う。

 

 「私たちが、助ける、から」

 

 フェイトも、目から涙を流しながら、

 

 「助け、させて…」

 

 倒れたくらげに、そういった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。