僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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固有結界

 「『So as I pray, unlimited blade works』《その体は、きっと剣で出来ていた》

 

 アーチャーのその言葉と同時に、世界が変動した。

 地面を炎が走り、塗り潰される。そして、気がつけば目の前には異界が、広がっていた。

 燃えさかる炎と、空間に回る歯車。一面の荒野には担い手のいない、名剣が突き刺さっている。

 

 それは、心象風景を具現化して、現実を侵食する大禁呪の魔術、『固有結界』。

 

 「アーチャー…」

 

 凛は、目を驚愕で染める。

 

 「そう、私の生前は魔術師だったというわけだ」

 「ふむ、固有結界か」

 

 驚愕した面々の中で、ネロ・カオスは、こともなげに呟いた。

 

 「『二十七祖』であれば、『固有結界』も珍しくないか」

 「この世界であれば私を倒せるとでもいうのか?」

 「そうだな。貴様が完全に1つの『群体』となっていれば、それこそ『直死の魔眼』のようなお伽話の産物でもなければ殺せないだろうが、まだ貴様は自我がある。完全な『群体』になっていない。六百六十六の命を一瞬でといったが、その『一瞬』は、数秒の余裕があるとみるがね」

 「むっ」

 「やはり、隙はありそうだな。さて、貴様の目の前にあるのは無限の剣」

 

 アーチャーが手を挙げると、それに従って、荒野に突き刺さっていた剣が浮かび上がる。

 

 「たかだか六百六十六の命で、何秒耐えられるか、見ものだな」

 

 ネロ・カオスの顔が怒りで歪む。

 

 「貴様…、我を殺しきるというのか…」

 「殺しきれないとでも言うのか?」

 

 そして、アーチャーは皮肉を込めて言う。

 

 「『雑種』」

 「我が混沌を雑種と蔑むか!!」

 

 瞬間、ネロ・カオスの体が弾けた。

 だが、それを浮かんでいた幾多の剣が阻む。

 現れる狼を、熊を、鮫を、竜を、現れ続けるありとあらゆる命を殺し続ける。その生命と剣のせめぎあいは、しばらくの間、拮抗したが、程なくして、それはアーチャー側に倒れた。

 ネロ・カオスより生まれいでる命が間に合わない。生まれいでる前に、剣によって切り捨てられる。

 

 「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 馬鹿なぁぁぁあああ!」

 

 ネロ・カオスが、押し込められる。

 最後にその奥底から這い出たような、純粋な獣の叫びは、ザクッという音とともに、この世から呆気なく消え去った。

 

 そして、いつの間にか、その異界は消え去り、元のアスファルトの地面に立っていた。

 

 ネロ・カオスの姿はどこにもない。既にこの世のどこからも消え去っていた。

 

 「アーチャー、あなた、『二十七祖』を殺しきったの…? こんなにあっさりと…?」

 

 凛は、驚愕の目をアーチャーに向ける。

 だが、アーチャーは、深いため息をついて言った。

 

 「今回は運が良かったとしか言えないな。『混沌』であるから、殺しきれたのだ。ただの相性の問題だ」

 

 いつも軽口を叩くアーチャーですら、運が良かったと語る、それが『二十七祖』である。

 そして、その『二十七祖』をもってすら、『白い吸血鬼には関わるな』と言わせたもの、それが『真祖の姫』、アルクェイド・ブリュンスタッドである。

 アルクェイドの恐ろしさがどれほどのものかは、その事実だけで容易に伝わるだろう。

 そして、そのアルクェイドが立ち上がれないほどの重症を負うことなど、どれ程の例外かということを。

 

 「アルクェイド・ブリュンスタッド、どうにか動ける、か…?」

 

 アーチャーの声に反応するものはない。

 その唐突すぎる光景に、誰もが呆気に取られた。

 アルクェイドの上に、ナニカが覆いかぶさっている。そして、そのキモチノワルイ音は、アルクェイドから何かを吸い上げているようだった。

 

 「貴様!」

 

 その声と同時に放たれたアーチャーの剣を、飛び避けたナニカは、少し離れた場所に着地し、ゆらりと立つ。

 

 それは血だらけの、学校の制服を着た女だった。

 ツーサイドアップの髪型、そして幼さの残る顔つき、背丈やその服装から、一見すれば一般的な高校生と思われる。

 

 その姿に、くらげは見覚えがあった。この世界に来て、最初にであったもの、おぼろげな記憶の中から、その名前を思い出す。

 

 「弓塚、さつき…?」

 

 さつきは恍惚を浮かべ、唇についた朱いものを指で拭い、舐めとる。

 

 「あぁ、すごい…。体から溢れてくる…」

 

 アルクェイドが、動く様子はない。動かない体に、恐らくは不意打ちを受けたと思われた。通常であれば歯牙にも止めずに撃退するような些末なことであるが、今の状況がそれを許さなかった。

 

 何故、このような状況になったのか。それは、『抑止力』のせいなのか。

 その目に見えない力を語るのは、難しい。それは証拠がなく、検証のしようがないためだ。事が終わったあと、どれが『抑止力』であったのだと、人が勝手に決めているに過ぎない。

 だからあえて言おう。

 弓塚さつきをこの場に呼び寄せ、アルクェイドの血を吸わせることが、『抑止力』の目的であったと。

 

 数ヶ月かかる吸血鬼への進化を、僅か半日で終えてしてしまうほどのポテンシャル。

 そして、半年もすれば得たであろうその力は、

 

 「あぁ、でもどうして…、こんなに溢れているのに、躯が…」

 

 アルクェイドの血を吸うことで、

 

 「『乾く』」

 

 今、得るに至った。

 

 瞬間、世界が侵食された。

 気がつけば、そこは、花が溢れる美しき庭園になっていた。しかし、それらは次第に枯れ、乾き、輝かしき青は、荒んだ赤に姿を変える。

 一面の荒野のなか、弓塚さつきがぽつんと、立っていた。

 

 「『固有結界』だと…?」

 

 それはアーチャーの声、自らも使うその大禁呪、その異質さはよく理解している。

 

 「ぐっ!?」

 

 アーチャーが呻く。そして、周りを見渡し、驚愕に顔を染める。

 

 「何これ…?」

 

 凛が自分の両手を見ながら呟く。橙子も状況を理解して目を見開いて言う。

 

 「身体から魔力が抜けていっている…、これは…オドが…? マナもか…?!」

 

 弓塚さつきの固有結界『枯渇庭園』。

 自然の魔力である『マナ』、そして人間が体内で作り出す魔力である『オド』、それらを消滅させる、異界である。

 アーチャーの体からユラリと揺らぎ、透けていく。

 

 「凛! 実体を保てない! どれ程の効果があるか分からんが、あれから出来る限り距離を取れ! 最悪、『現界』も保てなくなる!」

 

 アーチャーと凛と橙子は、さつきから飛び退き、距離を取る。凛は、狼狽を隠せない。

 

 「う、嘘でしょ、何これ、魔力が消えてく…」

 「凛! 霊体でどうにか『現界』を維持する!」

 

 そう言うと、アーチャーの体が消え去った。目に見えず、魔力の消費が少ない、霊体になったためだ。

 橙子は、さつきを見て言う。

 

 「何だあれは、反則にも程がある、魔術師や精霊種は勝負にもならんぞ!」

 

 そして気づいた。

 

 「そうか…、くらげ君を守るであろう周りを先に落とすために…、最初からこれが目的か…?!」

 

 だが、時はすでに遅い。

 くらげの前には、いつの間にか、さつきが立っていた。

 

 「ひっ!」

 

 くらげから、悲鳴が漏れる。

 さつきは、くらげをぼんやりと見ていたが、何かに気づいて声を上げる。

 

 「ああ、ちょっと前に会った人だ」

 

 そう言って、一歩、足を進める。

 

 「さっきはシエル先輩に邪魔されちゃったけど」

 

 さらにもう一歩。

 

 「今度は邪魔は入らなそう」

 

 そして、さつきは、にたりと嗤った。

 


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