僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

34 / 49
混沌

 「避けろ! 戯け!」

 

 くらげは、アーチャーのその声と同時に、腹部に鈍痛が走り、ズザザッと地面に倒れ込んだ。体のあちこちに擦り傷がはいる。

 だが、その程度で良かったと言える。

 くらげが居た場所には、『巨大な鮫』がその顎を閉じたところだった。

 

 「うわあああぁ!」

 

 何故鮫が居るのか、などと言った疑問は、正体不明の恐怖で塗り潰された。

 

 「貴様が『混沌』に飲み込まれるなど、最悪の極みだ!」

 

 どうやら、アーチャーがくらげを蹴り飛ばしたようだった。

 

 全員の視線が、ネロ・カオスに注がれる。

 

 「ふむ」

 

 ネロ・カオスはそう言うと、黒いコートを右手で持ち上げる。

 次の瞬間、そこには『馬』がいた。

 いや、『馬』のようでそうではない。何故なら、『馬』であればあのような角は生えているわけがなく、背中の翼もあるわけはない。

 

 それは、その翼をバサリとはためかせると、頭上高く舞い上がった。

 

 「幻想種、だと…?」

 

 橙子が、驚愕の声を上げる。

 ネロ・カオスは、ニヤリと嗤う。

 

 「我が肉体は、原初の海となんら変わりはない。動物という『因子』を肉体とし、混濁させているのみだ。我が領地である肉体から外界に放たれたとき、初めて何らかの『種』として形をなす。我が内なる系統樹には、貴様らの域を凌駕する生命があると知れ」

 

 『馬』のような何かは、上空でひと鳴きする。すると、その角が帯電しながら激しく音をたてる。

 

 「不味いわ、あれに当たればただではすまないわよ…!」

 

 アルクェイドがそう言うと、体に力を込めようとするが、痛みのため崩れ落ちる。

 何度か立ち上がろうとするが、それは叶わない。

 凛は、握りしめた宝石で、宝石魔術を使おうと考えるが、まるで射程距離にないことに歯噛みする。

 琥珀は、目の前の異常現象についていけずに唖然とし、くらげは、いつもどおりに震えている。

 

 そんな中、

 

 「『I am the bone of my sword』《我が骨子は捻じれ狂う》」

 

 アーチャーだけは、冷静にそれを『標的』と見定めていた。

 いつの間にか、左手に弓を、右手には螺旋を描くような剣を持っていた。それは宝具、英霊が生前築きあげた伝説の象徴である。だが、それはアーチャーの象徴の宝具ではない。

 

 そして、その剣を弓に当て、引き絞る。剣は音を立てながら、さながら矢の如く、その刀身の姿を変える。

 

 ギリッという、弓を引ききった音。

 そして、

 

 「『偽・螺旋剣』《カラドボルグ》」

 

 アーチャーは、その『矢』を射った。

 

 一閃。

 

 その『矢』が、上空の脅威を通って、空の彼方へ抜けたかと思えば、黒い泥と化したモノが空から降ってきた。それは、ネロ・カオスの横に落ちると、少しして、ネロ・カオスに飲み込まれた。

 

 「…面倒なものがいるな」

 

 ネロ・カオスは、片目を吊り上げるようにアーチャーを睨みつける。

 

 そのアーチャーは、既に弓は持っていない。

 『弓』ではなく、『大剣』を持っていた。

 

 それは剣で正しいのか、岩を砕き、持ち手をつけただけの無骨な剣。岩が割れた際に偶然できたかのような刃渡り。だが、その無骨さが、巨大さが、畏怖を撒き散らす。それもやはり、正しく宝具であった。だが、それもアーチャーのものではない。

 

 「『投影、装填』《トリガーオフ》」

 

 その声は、呟くように、定めるように。

 そして、その照準は、黒いコートの男に。

 アーチャーは続けて唱える。

 

 「『全工程投影完了―是、射殺す百頭』《セット―ナインライブズブレイドワークス》」

 

 大剣であることがまるで錯覚かのように、その神の如き剣速は、ネロ・カオスの体を確かに捉え、その連撃は全て急所へ叩き込まれた。

 

 「グゥウウウ!!」

 

 ネロ・カオスの苦悶の声が響く。体のあちこちが欠け、切り裂かれ、削られている。

 倒れないわけがない。生きていれるわけがない。その体はズタズタに切り裂かれ、凡そ半身以上を失っている。

 だが、

 

 「やはり殺せんか」 

 

 そのアーチャーの声に、ネロ・カオスは、欠けた体のまま、体を崩すことなく、半身を失った状態で嗤った。

 

 「この身の半身を断とうが、この首を潰そうが意味はない。私は一にして六百六十六。私を滅ぼすつもりであるのならば、一瞬で六百六十六の命を滅ぼすつもりでなくてはな」

 「二十七祖というやつは、やはり理不尽だな」

 

 アーチャーはそう言うと、ネロ・カオスの前からアルクェイドの側まで飛び引いた。

 アルクェイドは、どうにか膝をついて、立ち上がろうとしているが、それ以上の動きを取れないでいた。

 

 「その様子では、しばらく動けんな」

 

 アーチャーの言葉に、アルクェイドは苦悶の表情を浮かべる。

 

 「残念ながらね。昨日のことが無ければまだ行けたかもしれないけど、今の状態じゃ無理ね」

 

 そこへ、凛が駆け寄る。琥珀、そしてくらげもおずおずとそれに続いた。

 

 「アーチャー! さっきのなんなの!?」

 「凛、魔力量はどうだ」

 「う、うん、まだ余裕はあるけど」

 「そうか、君も無茶苦茶だな」

 

 そして、橙子も近づいてきた。

 

 「なるほど、何故弱体化した真祖なのかと思えば、『混沌』を呼び寄せるための『餌』だったわけか」

 「何の話かしら…?」

 「こちらの話しだ。君を貶めているわけではない」

 

 橙子の言葉に、アルクェイドが嫌悪を抱いたことが分かったのか、アーチャーがそれをたしなめる。

 

 「凛。まだ、逃げる選択肢はあるが、そうであればそこの男は殺しておく必要があるぞ。生きたまま、『混沌』に飲み込まれれば、何が起こるかわからん」

 

 アーチャーの視線は、くらげを指していた。

 その視線に気づいた琥珀は、その間に割り込み、アーチャーを睨む。

 凛は、アーチャーに言う。

 

 「『真祖』が出てくるわ、『二十七祖』は出てくるわ、その方法も考えたいところだけど」

 

 凛は、琥珀を見る。琥珀は、凛を睨む。

 

 「こんな状態で、その方法は取れないわね」

 「そうか」

 

 アーチャーがそう言うと、琥珀は、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 「しかし、そうであれば『混沌』をどうにかしなければな。もう、完全に復元するぞ」

 

 よく見れば、半身を失っていたネロ・カオスの体は、ほぼ元通りに戻りつつあった。

 アーチャーは、また別の宝具を手にする。

 

 「ねえ」

 

 アルクェイドは、アーチャーに言う。

 

 「どうした、アルクェイド・ブリュンスタッド」

 「あなた、もしかして、『英雄王』《ギルガメッシュ》?」

 「……はっ?」

 

 アーチャーの口から、らしくない声が漏れた。

 

 「複数の宝具を持つ英霊なんて、それくらいしか思いつかないんだけど」

 

 宝具は、例外はあるが、英霊は対してそれは一つである。その例外の中で、もっとも有名な英霊、それが『英雄王』《ギルガメッシュ》だ。あらゆる宝具の原典を所持する英霊である。

 

 「ふっ…、ふはっ、ふはははははは!!」

 「?」

 

 突然笑いだしたアーチャーに、アルクェイドは訝しげに首を傾げる。

 

 「よりにもよって、俺があいつと間違われるとはな、久方ぶりにこんなに笑ったわ」

 「何よ、違うなら、違うっていえばいいじゃない」

 「ああ、いや、すまない。あいつの怒り狂う様が目に見えるようでな、くくくっ…」

 

 アーチャーは笑いが抑えきれないようで、体を震わせる。アルクェイドはふてくされたように頬をふくらませる。

 

 「そうなると、『贋作者』《フェイカー》らしく、あいつを真似るのも悪くないな」

 

 アーチャーはそう言うと、凛に向かって言う。

 

 「凛、宝具を使うぞ。どうせ『混沌』をどうにかしなければ、先はない」

 

 その言葉を聞いた凛は、目を見開いた。

 

 「さっきのは宝具じゃないわけ…? って言うかアーチャー! 思い出せないとか言って、やっぱり記憶喪失は嘘だったのね!」

 「何を言う、宝具のことだけ思い出したのだ」

 「そんな都合のいい記憶喪失があるかー!」

 

 凛はそう叫ぶと、アーチャーに色々と文句を叫んでいたが、アーチャーはそれを尻目に『混沌』に向き直る。

 

 そして、

 

 「『I am the bone of my sword』《体は剣で出来ている》」

 

 続けて、そう呟いた。

 




『全工程投影完了―是、射殺す百頭』《セット―ナインライブズブレイドワークス》は、士郎が使いましたが、アーチャーも使えて然るべき、という認識です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。