「真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッド、で間違いないかな?」
アーチャーがそう言うと、アルクェイドは眉を潜めながら応える。
「何処かで会ったことがあったかしら?」
「いや、直接君と会ったことはない。君のおじさんと、ちょっとした知り合いでね」
その言葉に、アルクェイドは、態度を少し軟化させた。
「ゼル爺の? 元気にしてる?」
「彼が元気でないところなど、想像できないがね」
「まあ、そうね」
「それに、私も今はこういう身でね」
アーチャーの体がゆらりと揺れ、半透明になる。
「へぇ…、英霊、かしら?」
「訳あって、今はマスターが居る身だ」
アーチャーはそう言って凛を見る。アルクェイドは凛を見て怪訝な顔をする。凛がビクリと震える。
「魔術師が英霊を召喚したの? 嘘でしょ?」
「普通のやり方ではないからな」
「人間は時々とんでもないことやるわね…」
「だから」
アーチャーの手に力が入る。
「君が敵でないことを祈るよ」
ざわりと、アルクェイドの周りに敵意が纏われる。
「それは、あなたの答え次第ね」
「何かな?」
アルクェイドの鋭い視線がアーチャーを刺す。
「あなたは、私の敵かしら?」
その瞬間、殺意が具現化したように、アルクェイドの周りがぐにゃりと歪む。
くらげと琥珀と凛は、足が砕かれたように、その場に座り込む。橙子ですら、気圧され、足に力を込めた。
「私からも、同じことを聞きたいね」
何事もなく応えるアーチャーだったが、そのこめかみには、冷や汗が伝わっていた。
「そう…」
アルクェイドは、ため息をつくようにそう言うと、
「それで、私も少し安心したわ。今の私で、あなたを相手するには、きついもの」
と言って、軽くほほ笑んだ。
その微笑みには間違いなく安堵が含まれていた。
辺りに漂っていた殺意が、薄まり、それでようやく周りはアルクェイドの様子に気づく。
アルクェイドは、微かながら、肩で息をしていた。まるで満身創痍のように。
「迂闊ながら気が付かなかったが、君は、弱体化しているのか…?」
アルクェイドは、頬を上げる。
「まあ、そうね。それでも、ここにいる全員くらいは相手にできるわよ。できればしたくないけど」
「言葉も出ないな」
アーチャーはそういうと唖然とした表情でアルクェイドを見る。
「ま、敵じゃなくてよかったわ。実は、ちょっと殺されちゃったのよね」
「…それはなんの冗談かな?」
アルクェイドはため息をつく。
「冗談なら良かったんだけどね」
「君を殺すなど…、どんな概念武装なら可能なんだ?」
「それがただのナイフにしか見えなかったのよね。しかも人間に」
「…は?」
アーチャーが呆気に取られたように、らしくなく、声を漏らす。アルクェイドは首を傾げながらいう。
「不思議よね。でもね、今、わくわくしてるのよね。私を殺したのがどんな人なのか、すごく気になるのよ」
アルクェイドは笑いを抑えきれないように言う。
「だから、探してたんだけど、たまたまここに通りかかったわけ。なんか空間も変だったからね」
アーチャーとアルクェイドが、そんな話をしているとき、アルクェイドの殺意が緩んだお陰で、くらげはようやく体が動かせるようになっていた。
くらげは、琥珀に話しかける。
「あの、さっきはありがとう」
琥珀はくらげを見ると、困ったようにはにかんだ。
「…いえ、私もつい体が動いてしまって」
そしてそう言うと、
「あの! 別の世界からきたって本当なんですか?!」
と、何かを決意したかのように言う。
その言葉の強さに、くらげはたじろぐ。
「う、うん。そう言う劣化スキルがあって、もう何度目かな…」
「そうですか…」
琥珀はそう言うと、俯いて、ぶつぶつと呟く。
くらげはその様子をしばらく見ていたが、こちらを見ていた視線に気づいて、凛の方を向いた。
「あの、さっきは」
「ああ、お礼はいいわ」
凛は、くらげの言葉を遮る。
「あなたの為じゃない。私のポリシーの問題。でも、『真祖』が出てくるなら、私も止めなかったかもね」
「…えっ」
「あなたも分かるでしょ? 次元が違うのよ」
それはくらげも、体で理解していた。先程までのガタガタと震えていた体を思い出す。
「あなたも随分、次元が違いそうだけど」
「僕はそんな」
「曲がりなりにも『英霊』のアーチャーを止められる人間が何言ってるのよ」
その言葉に、くらげは首を傾げる。
アーチャーの強さを、人間とかけ離れた『英霊』の強さを知らないからだ。
凛は、その様子を見て呆れるが、『根源に近い』というアーチャーの言葉を思い出して、気を引き締め直す。
そして、何かに気づいた。
「でも、何かしら、この違和感…」
「え?」
「変だと思わない?」
くらげは凛にそう言われて、周りを見渡す。
アーチャーとアルクェイドは、よく分からない話をしていたが、殺伐とした空気は流れていない。
橙子は、少し離れたところでその話を聞いている。
琥珀は、くらげの隣で先程と同じように、ぶつぶつと、何かをつぶやいている。
変といえば変だが、そもそもこの状態が異常であるため、何を指して言っているのか、くらげには分からなかった。
「変、かな?」
「変よ。さっき、アーチャーが言ったでしょ? あなたを殺さないと、次の抑止力が来るって」
「う、うん」
「でも、さっきのアーチャーと『真祖』の話だと、『真祖』はそもそもこちらを警戒していただけで、こちらに対して敵意は無かった」
「うん、そうみたいだね」
「変でしょ?」
くらげは首を傾げる。
「『敵意』がないのよ? あなたを排除するためなら、それって変よね?」
「あっ…」
その不自然さにくらげが気がついたとき、
ぞぶり。
そんな、気味の悪い、キモチワルイ音がした。
「ちぃっ!」
直後、アーチャーがアルクェイドに向かって短剣を繰り出す。だが、その短剣はアルクェイドに向けてではなく、アルクェイドの腹に食いついて、その肉を引き千切った、『巨大な鰐』に対してだった。
ザンッ、という音とともに、その鰐は崩れ落ちる。
その跡は、まるで泥のようである。
その泥は、ズリズリと意志でもあるように、電灯の届かない暗闇に這いずる。
そして、その暗闇からナニカがでて来た。
一瞥すれば、黒いコートの男であった。
だが、そうではない。
何故なら、そのコートの下は、まるで暗闇に塗りたくられたように真っ黒だ。泥のような闇だった。
アルクェイドは、三分の一ほど食いちぎられた腹を抑えながら、その男に向き合う。
「―し、信じられない…、『混沌』とも名付けられた吸血種が、こんなくだらないゲームにのってくるなんて…。なんだが出来の悪い夢みたいだわ、『ネロ・カオス』」
そのコートの男は、不機嫌そうな顔でこちらをジロリと見る。
「同感だな。私も、『真祖』の生き残りを捕らえるなど、そのような無謀な祭りの執行者にしたてあげられるとは夢にも思わなかった。私にとってもこれは悪夢だったが…」
その視線はくらげを刺している。
「このようなモノがいるなら、話は別だ」
『混沌』の名を持つ死徒二十七祖の第十位、666の生命因子を持つ獣の群体、『ネロ・カオス』がそこに居た。