僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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サーヴァント

 「『異常性』《アブノーマル》に、『過負荷』《マイナス》に、『悪平等』《ノットイコール》か。君の世界の話を聞くと、私達が必死になってやっていることが馬鹿らしくなるな」

 

 橙子は車の運転をしながら、そう言った。

 車中で流れていた緊迫した空気は、くらげの話を橙子聞くほどに薄れていった。

 くらげは、包み隠さず、橙子から聞かれたことに答えた。聞かれていないことも答えていたが、帰れないかもしれない世界の情報で、今の命が繋げられるなら、くらげに思いとどまる要素などない。

 橙子の威圧感に震えて、答えざるを得なかった部分も多々あったが。

 

 「全く、夢でも見ているようだよ。しかし、君の話は辻褄があってしまう」

 「辻褄?」

 「君がその世界で『できてしまった』のには、理由があるってことさ」

 

 くらげは橙子の言っている意味が理解できない。自分が、モノ扱いされていることも含めて、である。つい、視線は穿ち気味になる。

 

 「要はバランスの問題だ。君の世界で、唯一足りていない存在があるだろう? 君はその穴埋めだよ」

 

 くらげは眉をひそめる。橙子の言葉の意味が分からず、ついていけなくなったからだ。

 

 「あの…」

 

 ちょうどそのタイミングで、先程まで黙って座っていた琥珀から声がかかった。

 

 「ん?」

 「その…、別の世界からきた、っていうのは、比喩、とかではないんですよね…?」

 

 琥珀はおずおずと橙子に問いかける。

 

 「おや、もしかして、君はそこのくらげ君と近しい仲ではないのか?」

 「あの、先程合ったばかりで」

 「それはしまった。くらげ君、話しても良かったのかな?」

 

 橙子は悪びれもせずに言う。

 

 「まぁ…。別に隠していることではないので…」

 「ふむ。まあ、比喩ではないよ。私も半信半疑だがね」

 

 琥珀は、その橙子の言葉を聞いて、

 

 「そうですか…」

 

 と伏し目がちにいうと、そのまま黙り込んだ。

 くらげは、琥珀の横顔をチラリと見るが、その心境を覗き見ることはできない。先程の質問の意図も、よくわからず、くらげも同じように黙る。

 そしてくらげは、公園で呆然としていた琥珀を思い出していた。あの琥珀を見て、くらげは、

 

 『僕に似てる』

 

 そう思っていた。

 

 笑顔が似合う女性が、劣等感の塊の自分に似ている、と思うことが如何に的外れな考えであるかは理解している。

 だが、くらげには、くらげだからこそ分かった。

 笑顔のその目の奥には、『諦め』に占められていた。

 何に絶望したのか、それは分からない。だが、『何か』があったことは想像に難くない。

 

 だからあの時、琥珀は目の前の出来事をただの事実として受け入れ、ただ眺めているだけように見えた。けれど、先程の琥珀と、今の琥珀は何か違っているようにも見えたが、それが何かは分からなかった。

 

 「こうなると」

 

 橙子が言う。

 

 「私が『抑止力』に選ばれたと考えるべきだろうな」

 「『抑止力』?」

 「ああ、危険を未然に防ぐ見えない力、みたいなものだ。恐らく、私がそれに選ばれた。私はここまで君を連れてくる役目だったようだ」

 

 塔子はそう言って、車を止めた。

 そこは大きな橋で、その入り口の端に、赤い服装をした誰かがいた。

 車の窓ガラス越しにくらげはその二人を見た。

 

 車の音を聞いて、しゃがんで何かを調べていた女と、その後ろで赤い外套を来た白髪の男が、こちらを警戒しながら見た。

 

 「ここは歪みでね。その解決のためにここに向かったつもりだったのだが…、どうやら『抑止力』の本命は別にいるらしい」

 

 橙子はそう言うと、助手席からトランクケースを持つと外に出た。くらげもそれに続いて、ドアを開けておずおずと外に出る。

 

 橙子と、その二人の位置は遠くない。その場の空気が張り詰める。

 

 橙子は数歩、二人の方へに歩み寄る。

 すると、黒髪でツーサイドアップの女が、前に出る。赤い上着、ミニスカートとニーソックスとの組み合わせが目の毒だ。

 

 「まさか、封印指定の魔術師に会えるだなんてね」

 

 女は橙子にそう言う。

 

 「こちらに敵意はない。と言って信じてもらえるかな?」

 「こんな状況だから、まずはお話を聞かせていただきたいですけど」

 「そちらの御仁は、そんな様子ではないようだがね」

 

 その言葉に女は隣の男を見た。

 その様子が異様であったのか、女が男に問いかける。

 

 「アーチャー?」

 「何故、『こんなもの』がここにいる…?」

 

 アーチャーと呼ばれた男は、驚愕に眼を見開く。その様子は決して友好的なものではない。

 その両手にはいつの間にか短刀な握られている。そして、その視線はくらげを射抜いている。

 

 「あ、アーチャー?」

 「…凛、もう調べる必要はない。原因はあれだ」

 

 その予備動作のないアーチャーの動きに気がついたのは、橙子だけだった。そんな橙子ですらそれに対応することはできなかった。

 だが、くらげはその臆病さ故に、ほんの少し漏れたアーチャーの殺気に慌てふためき、ついその劣化スキルをアーチャーに向けて使った。

 

 「『浮いた先から落ちる』《フワフワグラビティ》!」

 

 その叫びと共に、アーチャーがくらげの目の前で静止する。くらげは腰を抜かして、その場に座り込む。

 

 「ちぃ!」

 

 アーチャーは自身の体が空中に浮き、全く動けないことに舌打ちをする。その隙を逃す橙子ではない。

 

 「個人的な感情で悪いが、似たようなのが知り合いにいてね。こっち側に味方させてもらうよ」

 

 橙子はくらげを顎で指してそう言うと、トランクケースが音を立てて開く。

 それと同時に何かがトランクケースから飛び出し、アーチャーに襲いかかった。

 

 「ぐぅっ!」

 

 アーチャーはその何かからの攻撃を受ける寸前に、ようやく体が動かせるようになり、全力で後方へ退避した。だが、その腕には何かが噛み付いたような傷を負った。

 

 橙子の横には黒い猫のような、だが全く異質の何かが何事も無かったように佇んでいた。

 

 その一部始終をどうにか理解した凛と呼ばれた女は、隣に退避してきたアーチャーへ叫ぶ。

 

 「あ、アーチャー! 何やってるの?!」

 

 アーチャーは悪びれもしない。

 

 「戦いは先手必勝だ。初手で討ち取ることが望ましい」

 「それには賛成だな。しかし、あの隙で私の『コレ』から逃れるとはな。『アーチャー』…と言うことは、まさか『聖杯戦争』か?」

 

 凛は自分の失言に顔をしかめる。

 聖杯戦争とは、七人のマスターと七騎のサーヴァントが戦い、最後に残った一組が、万能の願望機である聖杯を手に入れる戦いである。

 サーヴァントは英霊、過去の偉大な英雄などを召喚したようなものだ。それらはクラスという型にはめられている。『アーチャー』はそのクラスの一つ、そのクラスを知られることは、戦略上好ましくない。

 

 凛は思わずそのクラスを口にしていた。

 だが、橙子はあっさりと言う。

 

 「ああ、私は聖杯戦争に関与しないから問題ない。しかし、あまり離れて繋がるとは思えないな。第四次か第五次のどちらかだろう?」

 

 凛はその質問には答えずに、顔を引きつらせながら言う。

 

 「その聞き方からすると、もしかして場所だけじゃなくて、時間もねじ曲がってるのかしら」

 「どうもそうらしい。まるで『世界が何かを集めたがっている』ようにも見えるな」

 

 橙子は笑いながらそういうと、くらげをちらりと見て、アーチャーを見た。

 凛は先程の詰問が終わっていなかったことを思い出して叫ぶ。

 

 「って、そうだ、アーチャー! まだ敵か分からないのに何やってるの?!」

 「敵だ」

 

 アーチャーは、断言する。

 

 「凛、あれは『世界の敵』だ。人間として存在しているなど最悪と言う他ない。何かが起こる前に、今すぐに排除するべきだ」

 

 アーチャーの言葉に凛は理解が追いつかない。

 

 「何を言って…」

 「あれは根源に近い存在だ」

 

 その言葉に、凛は腰を抜かして座り込んだくらげを、驚愕の視線で見つめた。

 


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