僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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代行者

 だが、その腕が振り下ろされることはなかった。代わり、地面には剣が刺さっていた。短剣というには長く、長剣というには短い。

 

 目の前の女は、くらげを見ておらず、別の通路を見ていた。くらげも、つられてそちらを見るが、何があるかよく見えない。

 

 暗闇の中に、カツコツと、靴の音が響く。

 

 女はそちらをみながら呆然としていたが、やがてビクリと震え、呟いた。

 

 「シエル先輩…」

 

 くらげの目には、まだ何がいるのか分からない。

 そしてようやく、そのナニカは現れた。

 

 シスター服のようなものを着た、無表情のショートカットの女であった。

 その両手にはくらげの足元に突き刺さっている剣を、いくつも指に挟み込んでいる。

 とてもではないが、友好な態度とは言えない。

 

 「ち、違う、です。これは、違って…」

 

 制服の女が、その後ろに山と積まれた何かを手で隠しながら、シエルと呼ばれた女に弁解する。

 だが、シエルはそれに反応を示さない。

 

 ジリッ、と足元で音がなる。

 それは後ずさりする音ではない。制服の女が重心を低くし、戦闘態勢に入る音であった。

 

 「違うんです、私はただ、喉が乾いて」

 

 シエルは反応しない。

 ただ、目の前の制服の女を見つめていた。

 その眼は、まるで感情がないように見える。

 

 「苦しくて、仕方がなくて…」

 「弓塚さつきさん」

 

 シエルが、女の声を止めた。

 

 「では何故、あなたは笑っているのですか?」

 

 さつきと呼ばれたその言われたその女は、「そんな、わけが…」といいながら自分の顔を触る。

 さつきはしばらくそうしていたが、やがて気が抜けたように吹き出した。

 

 「ふっ、あは、あははは。何、これ、あはは、私、まるで」

 

 その言葉はシエルによって遮られる。

 

 「『吸血鬼』みたい、ですか?」

 

 シエルの言葉に、さつきは嗤うのをやめて、シエルをじろり、と見た。

 

 「シエル先輩、なんでさっきからそんなに冷静なんですか? 私がこんなに苦しんでいるのに」

 「吸血鬼は、排除します」

 

 シエルは、一言だけそう言った。

 制服の女は目くじらを立てて、喚き出す。

 

 「何なんですか、私だって、好きでこうなったわけじないのに!」

 「好き嫌いの話はしていません。例外なく、吸血鬼は排除します。だから」

  

 シエルはそう言うと、くらげを見た。

 

 「あなたもです」

 

 くらげは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 吸血鬼? 誰が? 目の前の制服の、さつきと呼ばれた女性が吸血鬼であるらしいがだからといって自分はただの人間で…

 

 とそんな思考して、くらげは気がついた。

 

 「酷く弱く、吸血衝動すらないでしょうが、吸血鬼は吸血鬼、差別はしません。それに、その異様な気配、ここで逃すわけにはいきません」

 

 『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》、観察したものを劣化コピーするくらげの劣化スキル。

 コピーの対象を選ぶ権利は、くらげにはない。

 つまり、さつきの、吸血鬼の特性をコピーしたと思われた。最悪のもの、最悪のタイミングで。

 

 カチャリ、とシエルの短剣が鳴る。

 

 「ひぃっ!」

 

 くらげは腰を抜かして座り込んとしまう。そして、シエルのその眼を見て、体が凍る。

 その眼は、まるで、くらげを人として見ていないように冷たかった。くらげを排除するごとに、何の抵抗も感じていない。

 

 「あ、あぁ」

 

 くらげの声が漏れる。

 だが、その視線は1つだけではなかった。さつきもやはりくらげを見ていた。

 それは、冷たいものでは無い。それは捕食者の射ぬくような視線である。

 さつきは、くらげを吸血することによってシエルを撃退するための力を、少しでも底上げするために、くらげを襲おうとしていた。

 だが、そんな理由など、くらげが知ったことではない。

 

 二つの死の視線に射抜かれ、くらげは、まるで蛇に睨まれた蛙であった。

 

 くらげが頼るのは、劣化コピーしたスキルしかない。だが、選択肢は酷く少ない。

 

 『ただの戯言』《プチフィクション》で、相手の力を無かったことにしても、記憶からくらげの存在を無かったことにしても、たかだか数秒かせいだくらいで逃げ切れるとは思えない。

 『浮いた先から落ちる』《フワフワグラビティ》で、一方の動きを止めても、もう一方の動きを止められない。

 『幻は突然に』《フェイクイリュージョン》で、威嚇しても、それで萎縮するようには見えない。

 『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》は論外。

 

 くらげは様々な劣化スキルがあるが、実際は窮地を脱することができるようなスキルは無いと言って良い。

 だから、こんな窮地ですら逃げられる選択肢を導き出せるのは、やはりくらげの取り柄と言って良かった。

 

 「『ただの戯言』《プチフィクション》」

 

 そのくらげの声とともに、くらげの姿が掻き消える。

 シエルとさつきは消えたくらげに驚きつつも、素早くあたりを見回す。

 そして、コンマ数秒で、二人はくらげを見つけた。

 数百メートルは離れているであろうビルの屋上にいるくらげを。

 

 次の瞬間、二人は人間業でない跳躍力にて、瞬時にその場所に辿り着く。見渡しても周りにくらげの姿はないが、元いた場所から離れるように、空を駆ける人影のようなものがあった。

 

 やはり数百メートルは離れているが、二人はお構いなしに追跡を続け、それを追いかけた。

 

 そして、『元の場所にいたくらげ』は、その様子を恐る恐る見つめていた。

 

 そう、くらげは、『ビルの屋上』と『元いた場所』との距離を『無かった』ことにしたのだった。

 そして、その一秒後、『無かった』ことにした距離が『無かった』ことになり、くらげは元の場所に戻った。

 

 シエルとさつきがみた影は、ルーミアの劣化スキルの『追いかければ俺が居る』《シャドウミー》、自分の影を見せるだけの能力で作り出した影だった

 念のための保険であったが、くらげの思惑通りに引っかかってくれたようだった。

 

 くらげは、なるべく遠くに逃げなければと、反対方向にあるき出した。だが、緊張が続き、体が疲れているのか、うまく体が動かない。

 

 しかし、出来る限り遠くへと足を進め、数キロ離れたであろう公園にたどり着いた。

 そこでくらげは、隠れるようにベンチの裏の草むらに倒れ込む。

 

 そこでようやく、くらげは一息つけると思ったのだが、

 

 「あの…、大丈夫ですか…?」

 

 そんな声に恐る恐る顔を向けると、そこには着物姿の女性が立っていた。

 




大変遅くなりました。ごめんなさい。
次からは、早めにあげられると思います。

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