僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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魔法少女リリカルなのは編
それは異世界からの出会いなの?


 黒神くらげという男の子を一言で表すなら、『劣等感』という言葉に尽きる。

 

 体質然り、スキル然り、そして、性格然り。

 それは無理もないことだった。

 地下室に軟禁され、たまに合う人には侮辱や軽蔑の目で見られる毎日に耐えられたこと自体、評価に値する。

 

 だが、くらげはそんな毎日が普通だと思っていた。みんなそういう毎日を過ごしていると思っていた。窓もない地下室であったし、外の情報を知る方法が一切無かったからだ。

 

 だから、むしろくらげの不幸は、黒神舵樹が助け出してしまったことにある。

 

 そのせいで、自由を知ってしまった。布団のぬくもりを知ってしまった、味のある食事を知ってしまった、今までの過ごしてきた不幸を理解してしまった。

 

 そして、くらげはそれらに耐えきれずに、与えられた屋敷の一室に引きこもった。今までのように、これまでと同じように。

 

 だが、以前とは違った。テレビがあった、パソコンがあった。くらげの生き方が、いかに駄目か、そういったことを押し付けられた。

 くらげは駄目だと思いつつも、正しくあれない自分を責めた。そして、努力し、工夫し、鍛錬し、それらが自分のスキルで台無しになった時、完全にくらげの心は根本から折れた。

 

 どうせ、『僕にできるわけがない』と。

 

 

 それは異世界に飛んでも変わらないと、くらげは確信していた。

 だが、そんな諦めも、歪み続ける視界や、未知に対しての言いようのない恐怖を抑えられるわけは無かった。

 どのような世界に飛ばされるのか。そこは人が居る世界か、生きていける世界か。空気は? 水は? 食べられるものがあるか? 下手をすれば移動直後に息ができずに死んでしまう可能性もあった。

 

 その恐怖で、くらげはしばらくの間、眼をギュッと閉じていた。

 

 だから、次元移動が終わったことに気がついたのは、瞼の外から感じた強い光だった。

 くらげは何か硬いものの上に座り込み、手をついていた。その感触は、元の世界のアスファルトにとてもよく似ていた。

 

 くらげが、恐る恐る目を開けると、その眩しいまでの光源が目の前にあった。

 

 それは、神秘的な光景であった。

 辺りの暗闇を消し去るかのような、眩いまでの光の中に、くらげと同じくらいの歳の、女の子が一糸まとわぬ姿で浮かんでいた。

 その栗色の髪をツインテールにした女の子は、まるで踊るように光の中で舞い、天の羽衣を纏ったかと思えば、それは次第に形を整え、衣服と成していく。

 フワリと軽やかな布地であったり、重厚な金属で出来た鎧のようであったり、それらが精巧に組み合わさって創り上げられたソレに身を包んだ女の子は、同じく金属で出来たと思われる杖を右手に持っていた。

 

 くらげの目には、神の使わした天使のように見えた。

 

 「きれい…」

 

 くらげは、その清廉さに思わず、そう呟いた。

 そして、その声は、次第におさまっていく光の中から、静かに地に降り立った女の子にも届いた。

 

 「へ?」

 

 そんな間の抜けた声は、女の子から発せられた。

 くらげは、あまりの衝撃に女の子をただ見つめるだけだったが、女の子の顔が紅く染まっていく。

 杖を持った右手と、もう片方の手で、くらげから体を隠す。

 そして、女の子は、わなわなと震える口を開いた。

 

 「み、見た…?」

 

 その問いかけに、呆けていたくらげはすぐに意味を理解出来なかったが、ほんの数瞬後に、その意味を理解した。

 つまり、『わたしの裸を見たのか』と聞かれているのである。

 くらげは、慌てて手を振るが、慌て過ぎて口をつく言葉は、意に反したものだった。

 

 「いや、違う! 見たけど、見てない!」

 

 くらげの言葉で見られたことを確信した女の子は、顔をさらに紅くすると、右手で持っていた杖を両手で構えなおして、杖の先をくらげへ向けた。杖の先にはいくつかのパーツが組み合わされている。その杖の先が、明滅を始めたかと思うと、女の子が叫んだ。

 

 「いやあぁぁぁ! エッチぃぃぃ!!」

 

 叫び声が引き金となって、明滅は強烈な光の塊へ変わり、くらげへ放たれた。

 その塊が荒ぶる暴力の塊であることを直感したくらげは、『あ、死んだ』と思った。この暴力に対抗することなど『僕にできるわけがない』と思った。

 だが、対抗はできないが、逃走するなら話は別だった。

 くらげは、目の前の死にあがらうために、生を諦めた体に鞭を打ち、慌てて叫んだ。

 

 「『ただの戯言』《プチフィクション》!」

 

 その途端、目の前の光の塊が、まるでなかったことのように、消えた。

 

 「へ?」

 

 女の子は、また間の抜けた声を発した。

 だが、くらげにそんな余裕はない。

 

 『ただの戯言』《プチフィクション》は、ありとあらゆるものを一秒間だけ無かったことにするスキルである。制限回数は、一日三回。夜中の零時で、回数はリセットされる。

 ちなみにこれは、球磨川禊のありとあらゆるものを無かったことにするスキル『大嘘憑き』《オールフィクション》の劣化スキルである。

 

 つまるところ、一秒間の間に逃げなければくらげの命はない。

 

 くらげは、這いずるようにその場から離れる。その直後、無かったことが、無かったことになった光の塊がくらげがいた場所に衝突した。

 

 激しい爆風、飛び散るアスファルトの破片、そしてアスファルトの下の土が巻き上げた土煙がおさまった時、くらげは青ざめた。

 そこには、アスファルトに数メートルのクレーターができており、その下の土が大きくえぐれていた。

 もし、くらげが逃げなかったとして、命どころか、身体の形が残っていたかも怪しいほどの威力であった。

 くらげは、ガタガタと震えて、ブツブツと呟く。

 

 「ありえない…、裸を見られたら殺すとか…、ありえない…」

 

 天使ではなく悪魔だったと認識を改めたくらげは、座り込んだまま、ズリズリと後ずさる。

 

 だが、女の子は自分のしたことを、理解しきれていないようだった。

 呆けた表情のまま、立ち尽くす。

 そして、ハッと顔に表情が戻ると、くらげの反対側へ顔を向ける。

 そこには、一匹のフェレットがいた。

 女の子は、慌てていた。

 

 「な、な、なにこれ?!」

 

 そのフェレットは、女の子の声に反応して、話し始めた。

 

 「ぼ、僕らの魔法は、発動体に組み込まれたプログラムを、術者の精神エネルギーで発動させます。攻撃や防御などの基本魔法は、心に願うだけで発動できるので…。でも、これは流石に…」

 

 フェレットは、砲撃の跡を見ながら、呆気にとられていた。

 くらげは、フェレットが喋っていることに驚いたが、異世界に来ていたことを思い出して、無理やりながら納得した。

 そんなことよりも、くらげは女の子が、ただただ怖かった。

 

 くらげから、恐怖で満ちた顔で見られていることに気づいた女の子は、両手を横に振った。その杖が動くたびに、くらげは、体を震わせる。

 

 「ち、違うの! こんなつもりなかったの!」

 

 女の子の言葉に、くらげは『じゃあどういうつもりだったのか』と、問い詰めたくなったが、同じような目に合うのは御免だった。

 

 と、耳をつんざくような、「キシャアアア!」という声が響き、その場にいる三名はその声の元へ振り向く。

 

 そこには、黒い、何かがいた。

 黒い、とは正しい表現ではない。悪意と言う名の色が、渦巻いているような、黒よりもさらにおぞましい何かだった。

 

 「忘れてた!」

 

 女の子のそういいながら、それに対して向き直る。

 フェレットもそれに続く。

 

 「早く、封印しなければ!」

 

 女の子とフェレットは、その黒い塊に向き直る。

 途端、その黒い塊の数カ所が、数メートル離れているフェレットに向って凄まじい勢いで伸びた。

 女の子は、慌ててその前に立ちふさがり、杖を前にかざした。その杖から、機械的な声が発せられる。

 

 「『Protection』《プロテクション》」

 

 その瞬間、女の子の目の前に薄い膜のようなものができたかと思うと、黒い塊の一部がそれに衝突する。

 激しい音が辺りに鳴り響く。黒い塊の一部は、目の前の壁を突き破ろうと、さらに勢いを増す。女の子はたたらを踏むが、なんとか足を踏ん張り直し、勢いを抑えきれずに暴れる杖を、両手で握り直して押さえつける。

 

 鍔迫り合うような衝突音が鳴り続ける。

 状況は拮抗しているようであったが、両者を見れば、結果は一目瞭然である。

 疲労が在るすらわからない黒い塊に、全力で対抗して脂汗が滲む女の子。劣勢は女の子の方だ。

 女の子の方が負ければどうなるのか、よく見れば辺りに黒い塊のものであろう物が飛び散り、コンクリートやアスファルトに突き刺さっている。

 女の子が競り負ければ、どうなるのか。その後、くらげはどうなるのか。くらげは、その想像をして、逃げるために後ずさる。

 

 その時、くらげの心に淡く灯るものがあった。

 慈愛、とでも表現すればよいのか、それも正しい表現とは言えない何かが、くらげの心を止めた。

 

 『助けなきゃ』

 

 くらげはそう思った瞬間、走り出した。

 短い足をがむしゃらに動かして叫んだ。

 

 「『ただの戯言』《プチフィクション》!」

 

 その瞬間、黒い塊とその一部が、この世界から消えた。

 

 「え?」

 

 女の子は突然のことに疑問の声をあげた。だが、消えているのは一秒間だけだ。声を上げる暇すら惜しい。

 くらげは、女の子の服を乱暴に掴むと、フェレットを巻き込んで、そのまま倒れ込んだ。腕のあちこちに擦り傷ができるが、気にしている場合ではなかった。

 

 その直後、再度現れた黒い塊の一部は、女の子が居た場所のアスファルトに突き刺さった。

 くらげはその事実に青ざめる。何故飛び出してしまったのかと、強い後悔に苛まれる。

 だが、それでも逃げ出したい体を、心が拒否する。

 

 くらげは、無理矢理に足を動かして、女の子の前に踏み出した。

 目の前には、死がある。避けがたい死がある。

 くらげは、ボロボロと涙を流し、ガチガチと歯を鳴らしながら、女の子に言う。

 

 「に、逃げ、逃げ、逃げ!」

 

 逃げて、と発音することすらできないほどに、くらげは震えていた。

 女の子の目には、その姿がどう映ったのか。みっともないと、情けないと、思われたか。

 

 しかし、女の子はそんなくらげを見て、目つきが変わった。

 女の子はくらげの前に踏み出し、杖を前に付き出した。

 

 「『Protection』《プロテクション》」

 

 その機械的な声と共に、女の子の前には先ほどと同じように薄い膜が張られる。

 だが、結果は同じではなかった。

 黒い塊からの攻撃に一切動じない、鉄壁とも言える壁がそこにあった。黒い塊は、何度も攻撃を仕掛けるが、揺らぎすら見受けられない。

 

 「大丈夫」

 

 女の子はくらげへ言う。

 

 「わたしが、守ってみせる」

 

 そうして、女の子は謳うように、その呪文を唱えた。

 

 「リリカル、マジカル」

 

 それはまるで、

 

 「封印すべきは忌まわしき器」

 

 神聖な儀式のようで、

 

 「ジュエルシード、シリアルXXI《21》」

 

 くらげは、恐怖を忘れて見惚れていた。

 

 「封印!」

 

 その声と同時に黒い塊の叫び声が響き、次の瞬間、跡形もなく消え去った。

 一変して、辺りは静寂に包まれる。

 そうして、目の前には、赤い宝石が浮かんでいた。

 

 それを見たフェレットが、叫ぶ。

 

 「レイジングハートで触れてください!」

 

 その声に従って、女の子は、持っていた杖の先で赤い宝石に触れると杖の先にある赤い球体に吸い込まれた。

 

 どうやら、封印というのが上手くいったことは、傍から見ていたくらげにも分かった。

 

 くらげは、あの黒い塊が消え去ったことに安心して、安堵のため息をついた。

 ふと気がつくと、くらげの目の前に、女の子がもじもじと、体を捩らせながら、立っていた。

 そして、くらげに言った。

 

 「あの…、ありがとう…」

 

 女の子は恥ずかしげに微笑んでいた。

 その顔は、微かに頬を染めているようにも見えた。




なのはさんがチョロインに?!
無理矢理感はなるべく無くしたいですが、ある程度はご勘弁ください。
ハーレムタグに恥じないように頑張ります。

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