僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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運命が変わるときなの

 くらげは、後退りする足をぐっと留め、震える足をどうにか抑え込む。

 

 辺りには鈍い地鳴りが響き、壁や足場が徐々に崩れ落ちている。なのはやフェイト、そして、倒れている皆を連れて、この場所から逃げ出すには猶予は無い状況である。

 

 しかし、くらげは、ここに居る誰よりも弱いということを、認識しなければならない。

 プレシアに勝てる要素などは皆無である。一対一でくらげに勝ち目などない。くらげがすべきことは、逃げるための手段を考えることである。

 そのためにはまず、

 

 「『君の瞳が心配』《アイキャッチ》」

 

 プレシアの弱い部分が、くらげの意識に朧気に浮かび上がる。そして、くらげはプレシアの秘密を知り、目が見開いた。

 

 「いま、私に何かしたわね」

 

 プレシアの殺気を含んだ言葉に、くらげは身体を震わせる。

 

 「まずはあなたからね」

 

 プレシアはそういうと、くらげにその手を向けた。その手がぼんやりと光が灯ったかと思うと、急激に光を放ち始めた。

 

 それは死の光、くらげの死だった。

 

 くらげの足が、激しく震え始める。

 目の前に迫る死の気配に心が折れそうになる。なぜ逃げなかったのかと後悔で染まる。

 だが、その足が止まったのは、なのはへの想いである。フェイトへの想いである。そのためにこの死地に留まった。

 だから、それが足りないというのならばと、

 

 「『直列化』《シリアライズ》」

 

 くらげは、なのはとフェイトへの想いを、繋げた。

 確たる想いがくらげの心に埋め込まれる。揺るがず、解れず、動じない。そんな想いが鎮座した。

 

 足の震えが止まる。

 それでも、一歩を踏み出せない。

 今動かなければ、自分が死ぬことを、全てが無くなることを理解しても、足が動かない。

 ただ一歩、一歩だけ踏み出せる勇気が欲しい、とくらげは願う。

 だが、くらげの中にそんなものは無い。無いものは生み出せない。

 

 故に、

 

 「『ただの戯言』《プチフィクション》」

 

 くらげは、自分の中の、恐怖を無かったことにした。

 

 その瞬間、くらげはプレシアに向かって飛び出した。

 恐怖の無いくらげの足に力が篭もる。目の前の障害を打破するために拳に力が入る。

 

 「『あなたの正面だあれ』《フェイクフェイス》」

 

 そのくらげの声と同時に、プレシアの目に映るくらげがブレる。プレシアはくらげをうまく視認出来ない。

 その致命的な隙に、

 

 「『言うは易し、行うは速し』《ピーチクパーチク》」

 

 くらげは更に踏み込む。

 プレシアとの距離が詰まる。だが、一秒経ち、くらげに恐怖が戻る。すくみそうになる足を無理矢理前に進める。

 

 プレシアはくらげに向かって魔法を放つ。くらげの目の前に雷撃が迫る。

 くらげは、右手に嵌めていたブーストデバイスに力を込め、防御魔法を発動させる。

 

 くらげの目の前に張られた薄い膜によって、プレシアの魔法の軌道が、くらげからずれる。

 

 そして、それだけのスキルと魔法を使い切って、ようやく届いた。

 

 くらげは、プレシアの手を、掴んだ。

 

 「なにを! あぁ…、あああぁぁぁ!」

 

 プレシアの叫びが響く。

 恐怖を纏っていたかのようなプレシアが崩れ落ちる。

 

 プレシアが劣化していく。

 

 「あああぁぁぁ…」

 

 しりすぼみになる悲鳴に、くらげは目を背ける。

 だが、くらげにとれる策はこれしか無かった。

 『触れた人を劣化させる体質』を利用するしかなかった。

 

 これは、誰も劣化させたくないと思うくらげにとって、取りたくない手段であった。

 だが、今のプレシアに限り、くらげはこの手段を取ることができた。

 

 プレシアは崩れ落ち、くらげの前に座り込んだ。

 既に劣化はリンカーコアまで進んでいる。それは、くらげと同じように、ブーストデバイスを使用しなければ魔法が使えないほどである。

 

 その時、くらげの頭に言葉が響く。

 

 『くらげ君、聞こえますか?!』

 

 アースラの職員である、エイミィ・リミエッタの念話だ。くらげは、慌てて念話で返す。

 

 『はい、聞こえます! あ、あの、皆、周りに倒れていて、誰も動けなくて…』

 『はい、確認しました! 妨害が消えたので、直接そこへゲートを開きます! すぐに救援を向かわせます!』

 

 くらげはその言葉に安堵した。

 何故なら、プレシアを劣化させたとしても、そのプレシアを劣化コピーするくらげは、プレシアには勝てないからだ。

 

 その直後、くらげの横が光り、ゲートが開く。と同時にアースラの救援部隊がなだれ込む。

 

 プレシアを捕縛、そして、倒れているなのはやフェイト、他の皆を救出していく。

 そして、最後にプレシアを連行しようとした時、くらげが声をかけた。

 

 「あ、あの!」

 「どうした?!」

 「そこのカプセルの娘も、助けてくれませんか」

 

 その言葉に、救援部隊は少し戸惑った。それは、アリシアが既に亡くなっていることを知っていたからこその態度であったが、

 

 「…分かった」

 

 と言って、プレシア共々、カプセルの少女をアースラに引き上げた。それは、くらげに真実を聞かせるよりは、という気遣いであった。

 

 そして、くらげたちは、一旦アースラに戻った。

 

 くらげたちは、救護室で治療を受け、誰ともなくくらげに説明を求めた。

 くらげは、「できればプレシアさんも一緒に」と言って簡単な説明しかしなかったため、皆でプレシアが捉えられている尋問室へ向かうこととなった。

 

 尋問室の前に到着すると、まずクロノが入り、なのは、ユーノ、手枷をはめられたフェイト、アルフ、そしてくらげが後を続いた。

 

 そこには、椅子に拘束されたプレシアがいた。

 こちらを見ると眉間に皺を寄せて、顔をしかめる。

 

 「何かしら」

 

 その言葉に応えたのはクロノだ。

 

 「プレシア・テスタロッサ、黒神くらげより、話があるそうだ」

 

 くらげは、おずおずと前に出る。

 プレシアの顔が更に歪む。

 

 「よくも、私の前に顔を出せたものね」

 「い、いえ、あの、ちょっと話があって」

 「あなた、私に何をしたの? まともに魔法が使えなくっているのだけれど」

 「えっと、その前に確認したいことがあって」

 「…なに?」

、あのプレシアさんはかなり悪い病気ですよね?」

 「…そうね。だから、私を捕まえても無駄よ、どうせすぐ死ぬわ」

 

 プレシアは、顔を緩ませ、自嘲げに呟く。

 それは、くらげが『君の瞳が心配』《アイキャッチ》を使って得た情報だった。

 それを聞いた、虚ろな表情をしていたフェイトは、愕然とした。

 くらげはクロノの方を向く。クロノは、首を傾げて、プレシアを見る。

 

 「プレシア・テスタロッサ、それは違う。くらげ君の指摘によりお前の身体を検査したが、確かに病変はあるものの、命に関わるものではない。十分に治療可能だ」

 「嘘…、そんなはずはないわ! 私の身体は…」

 

 その言葉にプレシアは驚愕する。

 くらげは、プレシアに、そして皆に告げる。 

 

 「あの、僕、は、『触れた人を劣化させる体質』なんです」

 

 プレシアはくらげを見る。

 そして、なのは、フェイト、他の皆がくらげを見る。

 

 「だからそれで、あなたの手を掴んで、『劣化』させて 」

 「そんな馬鹿なことが…、でも、私の身に起きたことを考えれば…」

 

 プレシアが呟く。

 なのはとフェイトはくらげを見て動揺していた。

 

 「それに、僕が劣化させるのは、触った人の全部だから」

 「まさか、病変の細胞まで劣化するのか?!」

 

 くらげの言葉が終わらないうちに、クロノが割り込んだ。詳しい説明を、くらげはまだ誰にもしていなかった。

 くらげは頷く。

 

 くらげの体質の利用方法は、単なる罰だけに留まらない。

 自分の全てを犠牲に、死の運命を退けられる、まるで悪魔の囁きである。この選択をしたものは少なかったが、くらげが殺意と憎悪で囲まれたくらげへ、感謝を捧げたのは、その者たちだけだった。

 だから、くらげは、その使い方をされるのは嫌いではなかった。

 

 そして、そのうちの一つに、とあるケースのものがあった。

 

 「あと、アリシアさんは、どういう状態なのかなって」

 「…何故、そんなことをあなたに…」

 「えっと、もしかしたら役に立てるかもって」

 

 プレシアは、くらげをしばらく見つめると、話し始めた。

 

 「今は人工的に生きている状態よ。だから、心臓は動いているし、血液も巡ってる。アリシアはあの頃のまま。だけど、目を覚ますことは、無かったわ」

 

 くらげはおどおどと話し始める。

 

 「あの、それなら、どうにかできるかもしれないんだけど…」

 

 その言葉にプレシアは目を見開く。

 

 「どういうこと…?」

 「あの、人間は複雑で、目を覚まさないのはバランスが取れてないからで、僕もよく分からないんだけど」

 

 そこまでくらげが話したあと、プレシアが何かに気づいた。

 

 「身体機能のバランスが取れていないから目を覚まさない…? でも、一度バラバラになったものをバランスよく繋ぎ合わせるなんて…、なるほど、あなたの体質で、アリシアの身体機能全て平等に劣化させれば…」

 

 くらげはしどろもどろしながら、話す。

 

 「前に一回、そういう事が、あって。その時は、上手く行って、だから、もしかしたら」

 「やってくれるのかしら」

 

 プレシアの目に、僅かな光が灯っている。

 

 「えっと」

 「跪いて、靴でも舐めればやってくれるのかしら」

 

 くらげは首と手を、勢いよく振る。

 

 「な、なんでそんなこと! でも、一つだけ」

 

 そう言うと、くらげはフェイトを見た。

 

 「嫌いだなんて、言わないでくれたら」

 

 その言葉を聞いたプレシアは、フェイトをしばらく見つめた。

 フェイトは、その視線に怯える。

 

 「…善処するわ」

 

 そう言うと、プレシアはフェイトから視線を外し、くらげを見た。

 くらげは自嘲げにフェイトに向かって、

 

 「大丈夫、本当に嫌いな人には、あんな顔しないから」

 

 と言うと、クロノに視線を向ける。

 クロノはその合図で、アースラの職員に念話でアリシアが浮かぶカプセルを持ってくるように伝えた。

 

 そして、アースラの職員がカプセルを持ってくると、カプセルの上部を開ける。クロノか魔法でアリシアを浮かび上がらせて、外に出すと、床に置いたクッションの上に横たわらせて、首から下にシーツを被せた。

 

 くらげは、アリシアの横にしゃがむと、周りを見渡し、誰も反対するモノ居ないことを確認する。

 プレシアがゆっくりと頷いた事を確認すると、シーツからはみ出した、アリシアの手を、静かに握った。

 

 その途端、生きているかのようだったアリシアの生気が、急速に失われていく。

 プレシアが息を呑む。他の皆も、固唾をのんで見守る。

 

 そして、

 

 「けほっ…」

 

 静寂の中に、そんなか細い声が響いた。




くらげ大活躍。

プレシア、アリシアは、原作通り虚数空間に消える予定でしたが、「あれ? 二人とも助けるルートがあるんじゃね?」と思い直して、こちらのルートにしました。

次回はリリカルなのは編、最終回です。
最後までどうぞよろしく。

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