「すごい」
くらげは思わずそう呟いた。それは初めて魔導師同士の戦いを見たせいもあったが、それにもまして、なのはとフェイトの攻防は凄まじかった。
少し離れた海の上に浮かぶなのはの周りを、フェイトは目で追うのも難しいほどの速度で飛び回り、そのたびに十数個の光の玉をなのはへ放っている。
なのはは、その光の玉を冷静に避け、捌き、相殺させながら、フェイトの動きを見つめている。
と、くらげの隣が眩い光を放ったかと思うと、そこには人間の姿をしたユーノが立っていた。
「結界も張らずに、なんでこんな!」
ユーノはそうつぶやくと、両手を前に差し出して、ぐっと力を込める。それと同時に、まるで世界から切り離されたように、周りの雑音の一切が消えた。
ユーノが結界を張ったためである。
「くらげさん、これは一体」
ユーノはくらげに説明を求める。それには、アルフが答えた。
「フェイトが、なのはを呼んだのさ。お互いのジュエルシードをかけて戦おう、ってね。あんたたちも、その予定だったんだから、別に構わないんだろ?」
ユーノは、渋々頷く。
「予定どおりではあるんですが…、ただ、あのフェイトさんは」
ユーノは、鬼気迫る表情のフェイトを見ながら、そう言う。それにアルフは頷く。
「心の容量を超えちまったのさ。今までよく持ってたよ。もっと早くこうなってもおかしくなかった」
「でも」とアルフは続ける。
「このタイミングでよかったのかもね。見てみな」
その声にくらげとユーノはなのはとフェイトに目を向けた。
肩で息をするフェイトに対して、なのはは少しの息切れもない。
「いつものフェイトの戦い方じゃないね。戦略もなにもあったもんじゃない。あんながむしゃらに魔力使ってりゃ、こうなるよ。まあ、あれを防ぎきるのも、異常だけどね」
アルフはそう言うと、目を伏せた。
「ま、いいさ。それでフェイトが大人しく捕まってくれるなら」
「大人しく、ってわけには行かなそうですけどね」
アルフとユーノの視線の先のフェイトは、満身創痍ながらも、離れたなのはを強く睨んでいた。
アルフは弱々しくため息をつく。
「…もう、それしかすがりつけないんだね」
フェイトはちょっとした気の緩みで解けてしまうバリアジャケットを、気づくたびに装着し直しながら、なのはを睨んでいた。
だが、それは虚勢であり、意地である。客観的には、恐らくは主観的にも、既に勝負はついていた。
しばらく睨み合いが続いた時、なのははくらげたちの方に背を向けて、フェイトに向かい合った。
そして、フェイトの息切れさえ聞こえそうな音のない空間に、
『Starlight Breaker』
その機械的な声が響いた。
その途端、なのはの足元に魔法陣が描かれ、そして、淡い光が集まり始めた。
アルフは言う。
「魔力を集めてる…収束魔法…? でも、これは…」
なのはの前に集まり続けるそれは、まるで小さな星のようだった。
その輝きは目が眩むほど、その巨大さは身震いがするほど、そしてそれを創り上げたなのはは、寒気がするほどの自然体で立っていた。
くらげは、何が起きようとしているのか、察した。だが、それはくらげだけではない。
「なんだいこれは! もうフェイトは飛んでるだけでもやっとなのに!」
「いくら非殺傷設定でも、至近距離でバリアジャケットもない相手に、あんなものを放てば…」
アルフはユーノのその言葉をに愕然とし、ユーノはなのはの強行に唖然とした。
だが、くらげは、その様子をじっと見ていた。
なのはを信じていたからだ。
自分を見捨てなかったなのはは、きっとフェイトも見捨てない。そう確信していたからだ。
そうして、なのはは杖を持ち上げて、呟いた。
「Starlight Breaker」
その声と同時に、その光り輝く力の塊は方向性を定め、フェイトの方へ放たれた。
フェイトの視界全てが光で埋め尽くされる。
フェイトは、その凄まじさに息を呑み、瞳が絶望で染まる。そして、魔力不足で防御魔法を使えない自分を、バリアジャケットもまともに纏えない自分を微かに嘲笑う。
そして、その不可避な絶望を目前にして呟いた。
「ごめんね…くらげ君…」
フェイトは泣き出しそうな顔でそう言うと、直撃を覚悟して目を瞑った。
だが、いつまでたってもその衝撃はなく、瞼越しに光が無くなっていくのが分かった。
フェイトが目を開けると、魔力の塊はなく、なのはが立っていただけだった。
ただ、その杖の先は、フェイトではなく、フェイトの上の空に向けられていた。
「フェイトちゃん、それはちゃんと本人に言わないと」
なのはは、屈託なく笑うとそう言って、杖を下ろした。
「まさか」
フェイトは、先ほどの凄まじい砲撃がただの脅しに使われたことに驚愕した。何故なら、万全な状態でも直撃すれば防ぎきれないほどの魔力砲撃である。無意味に消費するなど考えられない。
フェイトが目を丸くしていると、なのはは目で、横を見るように合図する。フェイトがその方向を見ると、その先にはくらげが立っていた。
フェイトとくらげの視線が交わる。
フェイトは口を開こうとして、そして何度か躊躇って、結局開くことはなく、目を伏せて俯いた。
「行こう、フェイトちゃん」
なのはがそう言って、離れているフェイトへ、手を差し伸べる。しばらくフェイトは硬直していたが、その手に引かれるように、なのはの方へ踏み出そうとした。
だがその時、突如空に暗雲が立ち込める。
その場に居る皆は一様にして戸惑っていたが、その原因に真っ先に気づいたのはフェイトだった。フェイトは空を見上げて、言った。
「これは…母さんの…」
そして、次にアルフが気づく。フェイトに襲いかかろうとしている脅威に。
「これは…、なんでこのタイミングで…、まさか! フェイト!」
アルフはそう言うと、海の上に浮かぶフェイトの元へ駆け出した。
だが、上空の禍々しさは既に臨界を超えているかのように、稲光が激しく荒れ狂い、フェイトの真上の暗雲が激しい光を纏った。
その様子になのはも、フェイトの身に危険が及ぶことに感づき、フェイトの元へ駆け寄ろうとする。
遠くない距離だが、今まさに発動しようとしている攻撃から守るためには遠すぎる。
なのはは、フェイトの元に向かいながら、くらげをちらりと見た。
そう、その攻撃からフェイトを守れるのは、現時点ではたった一人しかいない。
「『ただの戯言』《プチフィクション》!」
くらげはなのはの意図を悟って、そのスキルを叫び、フェイトへの攻撃を一秒だけ無かったことにした。
そして、その瞬間、落ちるはずだった光は一瞬にして消え失せる。
だが、なのはとアルフが、フェイトの場所に辿り着くにはまだ足りない。距離を詰めてはいるが、最低でも後一秒は必要に見えた。
故に、くらげは更に叫ぶ。
二の矢を継ぐために。
「直列化《シリアライズ》!」
これこそ、正真正銘、くらげの最大の手札、『ただの戯言』《プチフィクション》の連続使用である。二回分を同時に使用したのだ。
直列化《シリアライズ》は、自分の何かを繋ぐことしかできないとスキルであり、黒神くじらの自分や他者の心や身体を弄るスキル『改造』の劣化スキルである。
これを『ただの戯言』《プチフィクション》と併用することによって、効果を伸ばしたのだ。
そして、なのはがうろたえるフェイトの腕を捕まえると、そのままその場所を離脱した。
その瞬間、落雷とも言える攻撃がその場所に落ち、あたりに轟音が響く。
その攻撃を見て、アルフは忌々しげに舌打ちをするとそのまま離脱し、ユーノはクロノと連絡を取り、アースラへの帰還の準備をとった。
くらげとユーノの場所に集まる全員が集まり、即座にアースラへ帰還する。
そして、アースラに移動した一行は、そこでようやく息をついた。
「ふう、なんとかなったね。くらげ、やるじゃん」
アルフがくらげに声をかける。くらげは照れくさそうに笑っていう。
「これくらいしか、できないから」
「いえ、あれを止められるなんて、くらげさんにしかできませんよ」
ユーノがくらげを賞賛する。
「信じてたよ、くらげ君」
なのはは、くらげにウインクすると、ニコッと笑った。くらげはなのはのその様子に顔を赤らめる。
フェイトも、くらげを見ていた。それにくらげが気がつく。
『フェイトはあんたのこと、多分、二番目くらいに好きだよ』
くらげは、アルフが言ったその一言を思い出し、意識してしまい、ハニカミながらフェイトを見た。
フェイトは、何かを言いたげにしながらも、そのまま目を伏せて俯いて黙った。
くらげは、フェイトが自分を取引の材料にしたことに負い目を感じているのだと気づいたため、何か気の利いたことを言おうと考えたが、思いつかず同じように黙った
そんな様子をなのはは不安そうに見つめていた。
ようやく、くらげに見せ場が。
リリカルなのは編は、残り三話です。